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  • 国会からの検査要請事項に関する報告(検査要請)|
  • 会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告書|
  • 平成22年3月

簡易生命保険の加入者福祉施設等の譲渡等に関する会計検査の結果について


第3 検査の結果に対する所見

1 検査の結果の概要

 加入者福祉施設等について、正確性、合規性、経済性、効率性等の観点から、施設の運営管理は経済的、効率的に行われているか、減損会計の適用等による資産の評価及びその手続は適切に行われているか、不動産売却における予定価格の算定及び契約事務は適切に行われ、公正性、競争性及び透明性が確保されているか、また、日本郵政が締結したオリックス社との株式譲渡契約の内容、契約手続及び契約価格は適切かなどに着眼して検査を実施した。
 検査の結果の概要は、次のとおりである。

(1) 加入者福祉施設等の運営管理等及びその承継に係る会計処理について

ア 加入者福祉施設について

(ア) 運営管理の状況

 21年3月末現在、日本郵政が運営管理している加入者福祉施設(かんぽの宿等)は、全国の主な保養地等に所在する71施設となっており、その簿価は269億2599万余円、建設に要した費用は総額2666億2676万余円となっている。
 宿泊利用者数は15年度以降毎年度減少し、20年度の宿泊利用者数は、71施設の合計で211万人(1施設当たり平均3万人)となっているが、客室稼働率は71.2%、定員稼働率は50.8%となっていて、民間の中規模旅館より相当良好な状況にある。
 宿泊単価は年々少しずつ上昇して20年度は平均11,034円となっているが、民間の中規模旅館の平均14,322円よりも23%低くなっている。
 かんぽの宿等71施設における各施設損益を集計すると、20年度の経常収益354億1690万余円、経常費用379億5641万余円で差引き25億3951万余円の赤字となっている。また、個別のかんぽの宿等の施設損益は、15、16両年度では、かんぽの宿有馬のみが経常損益で黒字であったが、17年度から減損会計が導入され減価償却費が大幅に減少したことにより、20年度には黒字施設が12施設に増加している。
 本社等経費を含めた宿泊事業全体の損益計算では、施設損益25億3951万余円の2倍以上の58億1573万余円の赤字となっている(参照 )。

(イ) 利用・損益状況に係る課題

 各かんぽの宿等における宿泊料金についてみると、施設によって土曜日や夏休み、連休等のシーズン料金の扱いが異なっており、中には高需要期にもかかわらず料金が比較的低廉に設定されているものがあった。
 また、日本郵政は、20年度以降の3年間で、飲食部門等3部門の委託業務の直営化を実施することとしたが、直営化後の人件費率についてみると、20年4月から3部門を直営化した1施設では50.7%、6月に直営化がずれ込んだ9施設でも42.3%となっていて、いずれも中規模旅館の人件費率28.2%(19年度)を大きく上回っている。
 さらに、物件費の中では、光熱水料費が最も大きい割合を占めており、中規模旅館のほぼ2倍の比率となっていたが、これは、パブリックスペースが多く、空調等の熱効率が悪いこと、また、空調や給温水等の設備が古くなっている施設が多いことなどによるものである。
 かんぽの宿等における損益分岐点売上高を会計検査院で試算したところ、固定費(人件費のうち固定給与部分、光熱水料費等)の割合が高くなっているため、481億3176万余円と試算され、現在の営業収益352億1309万余円と比べて著しく高い数値となる。これは、仮に、売上高の増加のみによって損益分岐点売上高を達成する場合には、約129億円と4割弱の営業収益の増収が必要となり、固定費の削減のみによって損益分岐点売上高を達成する場合には、人件費等において約57億円の大幅な削減が必要となる。したがって、増収又は費用削減のいずれか一方のみで損益分岐点売上高を達成することは相当困難であると思料されることから、収益、費用の両面から改善を図ることとし、仮に、収益を10%増加させた場合の売上高を損益分岐点売上高とすると、固定費については、20年度実績から10%削減、また、変動費についても増収後の費用から10%の削減をすれば収益と費用が見合う計算となる。なお、この試算は、かんぽの宿等の71施設すべてを対象としたものであり、損益の悪い施設を除いた場合には、その分達成が容易になるものである(参照 )。

(ウ) 経営改善の実施状況と課題

 日本郵政及び公社は、これまでに不採算施設の廃止、人件費の削減、調達コストの削減、飲食部門等の直営化という対策を実施している。また、日本郵政は、今回のかんぽの宿等の一括譲渡に関する総務大臣からの命令等を受けて、21年6月にかんぽの宿等の経営改善を図るための経営計画を策定し、20年度54億円の損失から23年度に8億円の黒字を目指すとしている。
 会計検査院において、かんぽの宿等66施設(ゆうぽうと、ラフレさいたま及び休館中の3施設を除く。)を対象に、18年度から20年度までの3年間のGOP(償却前営業利益額)の合計に基づき、GOPが黒字の17施設(A区分)、赤字の施設のうち赤字幅の少ない上位3分の1の16施設(B区分)、同じく下位3分の2の33施設(C区分)の3類型に区分して、各区分ごとに各種の経営指標を比較したところ、B、C区分においては、GOPを改善するため、特に、グループ利用等の新たな顧客開拓等による宿泊利用者数の更なる増加及び飲食単価の上昇による収益の増加に努めるとともに、民間旅館と比べ高率となっている人件費について更なる削減を図る必要があると認められた。そして、C区分については、上記のような経営努力を行った上でなお損益が改善されない施設は、郵政株式処分停止法の施行により現時点での廃止はできないとしても、一時的な休業も念頭に抜本的な損益改善策を検討することも必要である(参照 )。

イ 郵便貯金会館(メルパルク)について

(ア) 運営管理の状況

 日本郵政が承継したメルパルク11施設の簿価は、21年3月末現在で346億4336万余円となっており、メルパルクの利用者は19年度には447万人となっている。
 メルパルク等の運営について、国、公社及び日本郵政は、振興会(19年10月からは財団法人ゆうちょ財団)に委託していた。公社化以降、11施設すべてにおいて、収入から支出(減価償却費等を除く。)を差し引いた収支が黒字となっている(参照 )。

(イ) 国、公社等との運営委託契約に伴う振興会の積立金等について

 国との運営委託契約においては、施設の運営のための人件費、光熱水料費等は振興会の負担としたが、資産の維持管理に必要な整備費用等は国において負担することとし、振興会は、毎事業年度、損益計算の結果生じた利益は振興会の積立金として整理することとしていた。その結果、公社化直前の14年度末における積立金の額は48億1716万余円となっていた。
 また、公社との運営委託契約においては、振興会は、委託事業に係る経理を行っていた特別会計における「剰余の資産」のうち、契約期間中に公社が負担した減価償却費等に相当する額までは公社に納付することとされていたが、19年度下期においては固定額を納付させることとしていたため、19年度の利益10億3815万余円が振興会に帰属している。
 さらに、20年度の日本郵政との運営委託契約の終了に伴い、国、公社及び日本郵政からの委託契約に基づく施設の運営に必要な職員を対象として引当てが行われていた退職給付引当金の残高は、20年度末には47億4393万余円になっているが、ゆうちょ財団は、厚生年金基金を解散して、23年9月末までに清算を終了する予定となっており、その際に退職給付引当金の取崩しの結果として会計上の利益が生ずることが見込まれている。
 以上のように、国が国有財産であるメルパルク等の運営を委託したことなどにより生じた利益等が、委託契約の終了に伴う積立金の処分に係る規定が法令及び委託契約書上になかったなどのためにゆうちょ財団に帰属することとなっている。しかし、これらの利益が生じた背景として、郵便貯金法の規定によりメルパルク等の運営は振興会にのみ委託することとされていたことなど特殊な状況にあったことを考慮すると、これらの利益がすべてゆうちょ財団に帰属することについて、今後、検討の必要があると認められる(参照 )。

ウ 加入者福祉施設等の承継に係る会計処理と減損会計の実施状況

(ア) 承継に係る会計処理

 郵政民営化に伴い日本郵政が承継した資産の総額は9兆5481億余円となっている。日本郵政が承継した加入者福祉施設等(加入者福祉施設及び首都圏の9社宅)及び周知宣伝施設に係る承継価額は、加入者福祉施設等は80施設、土地198億8757万余円、建物等105億7044万余円、計304億5801万余円となっており、周知宣伝施設は11施設、土地212億6557万余円、建物等149億8934万余円、計362億5491万余円となっている。これらの価額は、減損会計を適用して事業価値に見合う評価が既になされているなどとして公社の最終事業年度の期末時点の価額とされていた(参照 )。

(イ) 公社及び日本郵政における減損会計の実施状況

 公社及び日本郵政における17年度から20年度までの減損損失額は、総額3480億9332万余円となっており、このうち、加入者福祉施設等に係る分は1715億0239万余円、周知宣伝施設に係る分は1138億9939万余円となっている。加入者福祉施設等における各施設の減損率(減損前の簿価に対する減損損失額の割合)は、17年度で平均52.0%となっているが、18、19両年度(公社実施分)においても引き続き高い水準で推移し、20年度までの通算の減損率は104施設で平均77.9%と著しく高くなっている。
 減損損失は、不動産鑑定評価額を基に算定されていたが、鑑定評価の手法や鑑定評価額の算定方法が鑑定業者によって相違していたり、具体的な根拠が示されていなかったりしているものなどが見受けられた(参照 )。

(ウ) 減損会計の適用に関する検討

 公社の会計に減損会計を適用したことについては、公社法等に基づき企業会計基準に準拠して行われたものである。また、加入者福祉施設等に減損会計を適用したことについては、収益性を重視した取組がなされていること、公社が間近に株式会社化を控えていたことなどの状況を前提とすれば、合理性があると思料される。
 しかし、日本郵政が20年3月期以降に減損の兆候ありと判定していることについては、「譲渡又は廃止の決定」及び「雇用維持」は過去の年度の事象であることなどから、これらを再度の減損の兆候とすることには疑義があると思料される。
 また、19年度の不動産鑑定評価は、本来求めるべき価格よりも相当程度低い価額となっている可能性があると思料される(参照 )。

(2) 旧日本郵政公社等が締結した不動産の譲渡等に関する契約の内容等及び譲渡後の施設の利用状況について

ア 旧日本郵政公社が締結した譲渡契約に係る分(15年度〜19年度上期)

(ア) 契約方式及び入札手続について

 公社が不用資産として売却した土地、建物等の不動産は628物件、売却価格は総額1093億7632万余円に上っている。これらに係る146契約のうち、一般競争契約によるものが74契約、540物件(売却価格858億7866万余円)、随意契約によるものが72契約、88物件(同234億9765万余円)と、一般競争契約による物件が85.9%と高い比率を占めていたが、一般競争契約の中には、複数の不動産を一括して売却するバルク売却によるものが4契約、431物件(同502億2400万円)、複数の物件を地域ごとにグループ化して売却するグループ売却によるものが7契約、46物件(同22億2440万余円)含まれていた。
 一般競争契約74件(物件数540件)についてみると、74件中62件(83.7%)が1回目の入札で落札者が決定されており、この62件のうち1者応札が13件(20.9%)となっていた。一般競争契約により売却された540物件を契約の相手方別にみると、民間企業が511件と最も多くなっているが、これはバルク売却、グループ売却により売却した物件が民間企業に売却されていることによるものであった。
 随意契約72件について契約の相手方別にみると、地方公共団体が30件と最も多くなっていた。
 バルク売却は、16年度から19年度までの各年度に1件、計4件が実施されており、また、グループ売却は、17、18両年度に計12件実施されているが、それらの物件数は、バルク売却で計431件(売却価格502億2400万円)、グループ売却で計66件(同32億8759万余円)となっている。バルク売却による物件431件のうち職員宿舎が329件と全体の76.3%を占めている。
 4回のバルク売却における売却価格は総額502億2400万円となっており、108億9706万余円が売却益となっているが、その売却益の大部分は17年度のバルク売却において、国分寺市所在の社宅用地が高く評価されたことによるものであり、その分を除くと、各年度のバルク売却においては、直近の簿価の合計額とほぼ同程度で売却される結果となっている(参照 )。

(イ) 売却価格の分析

 146契約のうち144件(個別売却128件、バルク売却等16件)の平均落札率は、個別売却128件で156.1%、このうち随意契約によるものは120.1%、一般競争契約によるものは201.3%となっていた。落札率が120%以上のものは、随意契約では65件のうち8件(12.3%)にとどまっているのに対して、一般競争契約では63件のうち40件(63.4%)に上っている。また、バルク売却及びグループ売却による落札率は16契約で119.4%となっていた。このように、個別売却による一般競争契約において落札率が高い傾向が明確になっている。
 個別売却による130物件のうち、売却価格が簿価を下回っているものは26物件(20.0%)、簿価を上回っているものは104物件(80.0%)となっていた(参照 )。

(ウ) 売却における不動産鑑定評価について

 鑑定評価額が簿価を下回っていたものが626物件中323件あり、加入者福祉施設等24件については5割にも満たない状況となっていた。
 また、鑑定評価額が固定資産税評価額を下回っていたものが620物件中241件(38.8%)あり、加入者福祉施設等51件については5割未満となっており、そのうち11件については1割未満となっていた。
 公社時に売却された物件の予定価格の算定について検査したところ、短期間に不動産鑑定評価を2回行い低額な鑑定評価額を採用しているものなど、鑑定評価の方法に疑義がある事態があった(参照 )。

(エ) 簡保事業団から承継した大規模な未利用地の売却について

 簡保事業団当時に加入者福祉施設等の用地として取得され、公社が承継したものの、目的の用途に供されないまま売却された物件の中には、施設の建設を中止したため、地元地方公共団体に解決金を支払うこととなったものなどがあった(参照 )。

(オ) 譲渡後の転売等その後の状況について

 日本郵政による調査結果によると、売却された628物件のうち転売されているものが510件で全体の81.2%を占めており、その中には4回以上転売されているものが29件(4.6%)あった。そして、転売状況についての文書照会に対する回答があった689件のうち金額の記入のあった363件についてみると、その購入金額は1000万円以上2000万円未満のものが最多となっていた。
 また、会計検査院において売却物件40物件を抽出し、現地調査を実施したところ、日本郵政が調査を委託した業者が現地の場所を取り違えるなどして、実際に売却した物件とは異なる物件の現況を記載するなど契約が的確に履行されていないのに、検証が十分行われていないものが5物件あった。
 加入者福祉施設等46施設の売却後の状況についてみると、売却した土地又は施設が利用されているものが30か所と6割を超えており、これらの施設については依然として十分な利用価値や不動産価値があったことが推察された(参照 )。

イ 郵政事業庁及び簡保事業団が締結した譲渡契約に係る分(13、14両年度)

 13、14両年度に、郵政事業庁及び簡保事業団において売却された不動産は、郵政事業庁296物件、簡保事業団13物件、計309物件となっており、その売却価格は総額263億9921万余円となっていた。売却物件は、郵政事業庁においては、そのほとんどが職員宿舎であった。また、簡保事業団においては、簡易保険診療所等を5件売却していた。
 郵政事業庁及び簡保事業団は、原則として、個々の物件ごとに一般競争契約又は随意契約で売却しているが、売却物件309件の資料において、予定価格の記載のあるものは48件、契約種別の記載のあるものが100件であった。また、地方公共団体に売却しているものが34件あった(参照 )。

(3) 日本郵政が締結した株式譲渡契約等の契約内容等について

ア 加入者福祉施設等の処分方針について

 かんぽの宿等については、24年9月30日までに譲渡又は廃止しなければならないという法律上の前提があった。日本郵政が一括譲渡方式の採用を決定するまでの検討過程についてみると、様々な譲渡方式のメリット及びデメリットを検討した上で、事業の一括譲渡の方針を決定している。しかし、公社が実施した施設の単純売却において、売残りなくすべての施設を売却でき相応の売却益が生じていたことを考慮すると、それぞれの方法におけるメリット及びデメリットの定量的な評価や、それらによった場合の結果を事前に確実に予測することは相当困難であるものの、事業の一括譲渡方式以外にも選択の余地はあったと思料される(参照

イ かんぽの宿等に係る株式譲渡契約について

(ア) 株式譲渡契約の概要

 本件株式譲渡契約は、M&Aの手法に即して、日本郵政がかんぽの宿等の資産・負債、権利義務の一切を承継する会社を会社分割(新設分割)により設立し、その会社の株式を譲渡しようとするものである。一括譲渡の対象施設は、かんぽの宿等70施設と首都圏の9社宅計79施設であり、その取得費用は総額2420億余円に上っているが、20年9月末時点の簿価は123億余円と取得費用の約20分の1となっている。
 かんぽの宿等70施設に係る施設損益は19年度で16億2236万余円の赤字、本社損益を加えた事業全体の損益も19年度で39億9385万余円の赤字となっている。
 本件株式譲渡契約においては、買主はクロージング後少なくとも2年間は、日本郵政の事前の書面による承諾を得ることなく、本件株式の譲渡、事業譲渡を行うことができない旨の条項を定めているが、首都圏社宅は買主において譲渡後に転売することなどを想定していると思料された(参照 )。

(イ) 本件株式譲渡契約の実施手続

 M&Aに関する専門家の意見も聴取した上で検討したところ、本件株式譲渡契約のプロセスは、M&Aでは一般的なものと認められた。そして、プロセスの各段階についての検査結果を示すと、次のような状況となっていた(参照 )。

a アドバイザーの選定手続

 アドバイザーの選定手続についてみると、企画提案の審査に当たっての評価項目に、重要な判断材料であるアドバイザリー手数料は含まれていなかった。
 企画提案の第二次審査は第一次審査で審査した企画提案書をそのまま用いて審査することとして、評価委員も5名のうち3名までが第一次審査と同一の人物で構成されていたが、第一次審査と第二次審査との得点順位が逆転し、第一次審査で2位であったメリル社が第二次審査で1位となってアドバイザーに選定されていた(参照 )。

b 本件株式譲渡契約に係る手続規程について

 日本郵政の公的な側面にかんがみれば、その経営に当たって、国民に対して十分な説明責任を果たすことが求められており、本件株式譲渡契約の契約手続等については、その重要性を考慮すれば、公平性及び透明性を確保する必要があったのに、これらに対する配慮が十分でなかった。
 また、本件株式譲渡契約のプロセスは企画提案の内容を審査して契約の相手方を決定するものであって、入札価格が最も有利な者を直ちに契約の相手方とする競争契約方式によるものではないことから、入札公告において競争入札と表示したことは入札参加希望者等に対して誤解を生じさせる可能性があり、入札公告に対する日本郵政の認識には問題があった(参照 )。

c 予備審査とIMの配布(かんぽの宿の損益見通し)

 予備審査の状況について調査したところ、提出された趣意書には財務安定性の確認ができないものが見受けられた。
 また、第一次審査の買い手候補に配布された譲渡後のかんぽの宿の損益見通しは、譲渡後は様々な制約から解放されることを前提に、可能な限りの損益改善事項を盛り込んで作成され、譲渡直後の21年度で17億8600万円の経常利益を計上でき、その後も経常利益は漸増して25年度では29億4000万円となると予測されている(参照 )。

d 第一次審査とプロセス継続に関する提案

 第一次審査の結果、3社が第二次審査の買い手候補として選定されたが、専門家の意見も聴取した上で検討したところ、ほぼ同額の提示価格である2社の提案の評価に差がつけられ、一方が落選とされていた。M&Aのプロセスにおいて4社程度を第二次審査に進めさせることは通常あり得ることであり、譲渡価格の更なる増大を期待する観点からも上記2社のうち1社を落選とした判断にはなお疑問が残り、検討する余地があったものと思料される。
 また、メリル社から、第一次提案書の提出期限の前日に、現行プロセスの中止・延期を含む提案がされているが、プロセスの中止・延期に関する判断という重要な問題であるにもかかわらず、この提案に対する日本郵政の判断と具体的対応については、関係書類では確認できない状況であり、特に対応を執ることなく審査のプロセスを進めたことには問題があると認められた(参照 )。

e 第二次(最終)選定プロセスにおける辞退の申出とその対応

 第二次(最終)審査に進んだ3社のうちE社は20年10月27日に本件手続の辞退の意向を申し出てきた。また、A社からは10月31日に辞退の申出があった。これに対して、日本郵政は、E社に対しては執行役が直接訪問し辞退の撤回を促しているが、A社に対しては特段の対応を行っておらず、A社はそのまま本件株式譲渡契約のプロセスから除外されていた(参照 )。

f 最終提案書の比較

 最終提案書はオリックス不動産株式会社(オリックス社)とE社の2者から提出され、その取得価格についてみると、オリックス社105億2200万円、E社105億5500万円となっており、E社がオリックス社を上回っていた。しかし、両社の提示価格には対象事業の負債の承継に関する前提条件の違いがあり、同じ尺度で評価をするためE社をオリックス社の前提条件に合わせると、85億7200万円となり、オリックス社の方が優勢と判断されることになった。
 オリックス社の最終提案書には、新設分割会社に日本郵政から登用するとされた取締役候補者1名の名前が記載されていたが、日本郵政からオリックス社に対して記載部分の訂正を求めるなどのリスク管理の方策はとられていなかった。
 なお、オリックス社は、対象正社員全員の雇用を引き受けるとしていたが、目標人件費率を40%から30%へ漸次引き下げることを要望しており、人件費率の目標達成が明らかに困難となった場合、その内容に応じて評価額を減額するなどとしていた(参照 )。

g 最終審査と株式譲渡契約の締結及び解約

 日本郵政は、20年11月にメリル社の提案を受け、世田谷レクセンターを譲渡対象から除外して、宿泊事業と首都圏社宅をセットにして価格の更なる引上げを要請したところ、オリックス社から108億8600万円の再提案があった。一方、E社からは再提案がされなかったため、提出されていた最終提案書を基にE社の取得価格を61億4600万円と算定し、最終審査を行った結果、オリックス社に対し優先交渉権を付与することに決定した。
 日本郵政は、経営会議、取締役会に提案し承認を受け、20年12月26日に、オリックス社を相手方として本件株式譲渡契約を締結して、クロージングの日を21年4月1日と定めていたが、日本郵政は、同年2月25日、オリックス社と「株式譲渡契約の解約に関する覚書」を取り交わし、本件株式譲渡契約を解約している(参照 )。

h 本件株式譲渡契約及びプロセスについての検討

(a) 譲渡価格の妥当性について

 各社の提案金額はM&Aのプロセスにおいて事業の買い手が用いる評価手法として一般的かつ妥当と認められる方法によって算定されていたが、本件のような公的財産の処分に当たっては、公正性、透明性等を確保した上でその説明責任を果たすことが重要となる。しかし、本件株式譲渡契約のプロセスは、実施基準、マニュアルなどが定められないまま進められていたことから、譲渡価格の公正性等が確保されたとは必ずしもいえない状況となっていた。
 また、かんぽの宿等の簿価は、減損会計の適用により、公社承継時に比べ大幅に減額(平均減損率77.9%)されているが、減損損失の算定等に疑義があり、その減損後の簿価が必ずしも資産価値を適切に反映したものとなっているとはいえないと思料されることから、簿価との比較により判断することはできない(参照 )。

(b) 日本郵政が本件株式譲渡契約のプロセスを中止せずに継続したことについて

 20年8月及び11月にメリル社からなされた本件株式譲渡契約のプロセスの中止・延期の提案については、担当部門のみで判断すべき事項ではなく、また、これらの段階で経営会議等に諮っていれば、このままプロセスを継続することは必ずしも時宜を得ていないとの経営判断がなされた可能性も否定できないことから、担当者段階で本件プロセスの継続の適否の判断を行ったことは適切ではなかったと思料される(参照 )。

(c) 譲渡対象施設について

 首都圏社宅、ラフレさいたま及び休館中のかんぽの宿については、その不 動産価値や利用目的等を考慮すると、一括譲渡の対象施設から除外して、個別売却により譲渡価格の最大化を図ることなどを検討する必要があった(参照 )。

(d) 本件株式譲渡契約書の内容について

 本件株式譲渡契約においては、日本郵政は、売却後1年間の正社員及び期間雇用社員に係る総人件費について、売主及び買主双方が合意する水準に達することを確実にすることを誓約していた。しかし、その決定方法や合意に至らなかった場合の措置は契約書には規定されていないため、オリックス社が、本件株式譲渡契約の解除や、提示した評価額から水準を超える人件費相当分の減額を主張する可能性を否定できないものとなっており、本件株式譲渡契約は売主である日本郵政にとって不利益な結果を招くおそれがあると思料される(参照 )。

(e) 日本郵政内部の決裁手続と地方公共団体等への説明

 本件株式譲渡契約のプロセスの各段階で実施された事項のうち経営会議又は取締役会への付議あるいは報告が必要と思料される9事項の決裁状況を確認したところ、取締役会等への付議又は報告の事実が確認できたものは4事項にとどまっていた。社長等に対しプロセスの各段階で口頭説明を行っていたとしても、取締役会等への付議又は報告を十分に行っていないことは、意思決定機関である取締役会等の本件株式譲渡契約に対する関与が十分でなかったものと認められ、本件プロセスにおいて経営判断が適切になされていたとは必ずしもいえない結果となっていた。
 日本郵政は、今回の一括譲渡に当たっては、地方公共団体等に対し、事前説明等の対応は特段行っておらず、また、ホームページでの公表に際しても、かんぽの宿等における市町村への説明は30施設にとどまっていた(参照 )。

i 本件事態を受けての日本郵政による改善への取組状況

 日本郵政は、総務大臣の命令を受け、かんぽの宿等の譲渡について、その意思決定プロセス、譲渡先選定プロセスなどにおける反省点を洗い出し、その改善・是正に必要な措置を検討し、21年6月24日に、総務大臣に報告している。そして、その報告に盛られた内容を、「不動産売却等規程」として定め、7月1日から施行することとした(参照 )。

ウ ゆうぽうと(旧東京簡易保険会館)及びメルパルクの賃貸借契約等について

 ゆうぽうとは、今回のかんぽの宿等の一括譲渡の対象施設から除外されており、その運営については、20年12月から、ホテル、結婚式場等の部門とフィットネスジム部門とに区分して、それぞれ民間会社との間で定期建物賃貸借契約を締結し、各事業を運営させている。また、世田谷レクセンターの運営については、一括して民間会社に委託している。
 メルパルク11施設の契約の相手先の選定は、企画コンペ方式により行われており、三次の審査の結果、20年10月から、ワタベウェディングを相手方に定期建物賃貸借契約を締結して、各施設を運営させている(参照 )。

2 所見

 かんぽの宿等及びメルパルクについては、従前、日本郵政株式会社法の規定により、24年9月末までに譲渡又は廃止しなければならないとされていたが、21年12月に郵政株式処分停止法が施行され、同法第4条の規定により、日本郵政は、日本郵政株式会社法の規定にかかわらず、別に法律で定める日までの間、譲渡又は廃止をしてはならないものとされた。
 したがって、これらの施設は、日本郵政が当分の間は引き続き保有することになったことから、日本郵政においては、今後、多額の損失を毎年計上しているかんぽの宿の効率的な運営に努め、収支の改善を図ることが喫緊の課題となっている。また、日本郵政及びグループ各社においては、引き続き経営の効率化や郵便局舎等の資産の有効活用等の施策を推進するとしていることを考慮すれば、今後も保有する不動産の売却や再開発等を実施していくものと思料される。
 日本郵政の設立過程及びかんぽの宿等のこれまでの設置、運営の経緯等を考慮すれば、かんぽの宿等は、簡易生命保険の契約者等がその保険料等で間接的に負担して長期にわたり設置運営されてきたもので、国民にとっても貴重な財産である。また、日本郵政は、日本郵政株式会社法の規定により設立された特殊会社であり、取締役の選任決議、事業計画の決定等に総務大臣の認可を要することとされるなど、総務大臣の監督を受けることとされている。したがって、これらの施設の運営管理及び処分に当たっては、日本郵政は、適切に定められた手続を適正に実施するとともに、公平性、競争性、透明性が確保されるよう努めなければならず、かつ、それらについて十分な説明責任を果たすことが求められている。
 今回、会計検査院が検査したところ、上記1の検査の結果の概要に示したように、かんぽの宿等の運営、不動産の譲渡等に関し、効率性、公平性、競争性等の面で更に検討すべきであったと認められる事態が見受けられた。また、日本郵政においては、今般問題となったかんぽの宿等の譲渡及び公社時代の不動産処分に関して、21年6月に、前記 のとおり、総務大臣の監督上の命令に基づき、今後の不動産売却等に関する改善・是正措置を講ずることとするとともに、かんぽの宿等の経営改善に関し、前記 のとおり、23年度の黒字化を目指して収益面及び費用面での各種の施策を講ずることとしている。
 したがって、日本郵政においては、上記の改善・是正措置等を厳正かつ着実に実施することが肝要であるが、特に、次のような点に留意することが必要である。また、総務省においても、日本郵政及びグループ各社への監督に関する職責を引き続き的確に遂行する必要がある。そして、国が振興会に対してメルパルク等の運営を委託したことなどにより生じた利益等がすべてゆうちょ財団に帰属することについて、今後、検討の必要があると認められる。

(1) 加入者福祉施設等の運営管理等及びその承継に係る会計処理の検査結果を踏まえて

ア かんぽの宿等の運営管理に当たっては、今後、新規のグループ利用等新たな利用者層の開拓等を行って利用客数の増加を図るとともに、シーズン料金の適切な改定を行ったり、魅力あるプラン商品の開拓、宴会需要や昼会食の利用客を更に取り込んだりして飲食単価を上昇させることなどにより、収益の増加を図ることが必要である。また、費用の削減のため、業務分担の見直し、作業の共有化等により民間と比べ高率な人件費の抑制を行うとともに、近年投資が抑えられてきたために老朽化が進んだ施設及び設備については、今後、大規模な修繕や更新が必要となるが、これらの実施により減価償却費が増加し、損益に影響等を与えることから、これらの修繕等に当たっては、投資効果を十分に考慮して実施することが必要である。
 しかし、上記のような措置を執っても、宿泊事業全体についての早急かつ継続的な黒字化は容易なことではないと思料される。このため、各施設について徹底した現況調査を実施した上で詳細かつ適切な経営分析を行い、その結果に基づき施設ごとに適切な経営見通しを策定する必要がある。これにより、確実に損益の改善向上が見込まれる施設と、一般的な措置では採算が取れない施設等との見極めを行い、前者については、重点的かつ効果的な追加投資や営業活動の推進を実施して収益力の向上を図るとともに、後者については、郵政株式処分停止法の施行により施設の現時点での廃止はできないとしても、一時的な休業も念頭に抜本的な損益改善策を検討するなどして、かんぽの宿等の全体的な経営改善を図り、ひいてはこれらの資産価値を高めるように努める必要がある。

イ かんぽの宿等における減損会計の適用に当たっては、減損会計の趣旨及び減損会計基準等に基づき適切に実施する必要があるが、その際、正味売却価額を不動産鑑定評価額により算定する場合は、試算価格(積算価格及び収益価格)の算定及びその調整方法並びに算定基礎数値について十分留意し、必要な場合には受託者から説明や再検討を求めるなどして、適切な鑑定評価額を徴することに努める必要がある。

(2) 不動産の譲渡等に関する契約の内容等及び譲渡後の利用状況の検査結果を踏まえて

ア 原則として一般競争契約により不動産を売却することとしているが、その上で適時適切な売却方式等を選定することにより競争性を高め、もって譲渡価格の最大化を図る必要があり、さらに、売却手続の透明性の確保に留意する必要がある。

イ 不動産売却等における予定価格(最低売却価格又は目標価格を含む。)の基となる鑑定評価額を徴するに当たっては、市場価格と大きくかい離することがないよう、その整合性に十分留意する必要がある。

(3) 日本郵政が締結したオリックス社との株式譲渡契約等の契約内容等の検査結果を踏まえて

 オリックス社との契約の対象であったかんぽの宿等については、前記のとおり、別に法律で定める日までの間は譲渡又は廃止をしてはならないとされたことから、当分の間、これらの施設に関して譲渡手続が必要となる事態は想定されない。しかし、本件のオリックス社との契約における契約候補者の選定プロセスの実施状況に照らして、日本郵政が21年7月に定めた不動産売却等規程(前記 参照)に基づいて事業譲渡等を実施するとした場合において、特に留意すべき点を示すと次のとおりである。

ア 公平性、透明性を確保するため、契約に関する実施基準やマニュアルの策定及びそれらの競争参加者への周知に十分留意する必要がある。

イ 譲渡対象施設等の選定や事業損益等の情報の開示・提供に当たっては、競争参加者の増加や譲渡価格の増大等を図る観点から、その内容を十分検討するとともに適時適切に実行することが必要である。

ウ 候補者の選定プロセスの各段階においては、公平性及び透明性を高めるため、審査基準を明確に定めるとともに、譲渡価格の最大化を図るために競争性を高める配慮が必要である。

エ 各段階における意思決定に当たっては、担当部門において完結することなく、新設された不動産売却等審査会において適切な資料による十分な検討を行い、それらに基づいて適切に経営判断を行う必要がある。

オ 契約の締結に当たっては、契約条件に関して契約相手方と十分協議して、事前の合意を図るとともに、合意事項を文書化することにより、事後に不利益な結果を招くことのないよう努める必要がある。

カ 日本郵政等が保有する資産の重要性にかんがみ、透明性の一層の確保を図る観点から、各段階における意思決定や実施プロセスについては、適切かつ十分な記録の作成保管に努め、必要な場合には十分に説明責任を果たせるようにする必要がある。

以上のとおり報告する。

 会計検査院としては、日本郵政及びグループ各社が承継したかんぽの宿等の資産の重要性にかんがみ、今後とも、その運営状況及び処分を含む資産の利活用等の状況について、引き続き検査していくこととする。