海上自衛隊は、防衛省の職員の給与等に関する法律(昭和27年法律第266号)等に基づき、高圧室内における作業、潜水器具を着用し潜水して行う作業等(以下、これらを合わせて「潜水作業」という。)に従事する職員に対して特殊勤務手当の一つとして異常圧力内作業等手当(以下「潜水手当」という。)を支給している。潜水手当の支給額は、潜水作業を開始してから終了するまでの時間1時間につき、気圧又は潜水深度の区分に応じて定められた額を支給することなどとなっている。
潜水手当の請求に当たり、職員の勤務を管理する単位の長(艦艇においては艦長等。以下「監督者」という。)から指定を受けた勤務状況管理者(艦艇においては所掌業務について艦長を補佐する科長等)は、「特殊勤務実績簿等について(依命通達)」(昭和49年海幕厚第1532号)等に基づき、職員が潜水作業に従事した都度、年月日、階級、氏名、作業の内容、作業時間等を記入した特殊勤務実績簿を作成することとなっている。
そして、勤務状況管理者は、特殊勤務実績簿その他の記録に記入されている作業の実績を職員別に給与期間ごとに整理して勤務状況通知書に転記し、給与期間の終了後速やかに、監督者の証明を得た上で、給与支払機関の給与の支払事務を行う者に送付しなければならないこととなっている。
また、潜水作業に従事する部隊等における特殊勤務実績簿の作成は、勤務状況管理者の実務を補助する者(以下「手当係」という。)が特殊勤務実績簿に所定の内容を記入した上で、勤務状況管理者がこれを確認して行うことになっている。
海上自衛隊において、潜水作業に従事する主な部隊等には、事故又は故障のため自らの力で浮上できなくなった潜水艦から乗員を救出することを任務とする潜水艦救難艦である「ちはや」及び「ちよだ」、機雷その他の海上における危険物の探知及び処分等を任務とする部隊である沖縄、横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊各水中処分隊等がある。
これらの部隊等は、潜水作業を伴う訓練(以下「潜水訓練」という。)を実施しており、潜水訓練の実施に当たっては、潜水教範(平成29年海上自衛隊教範第434号)等に基づき、潜水訓練を指揮する潜水指揮官が、訓練参加者や訓練内容等を記載した計画(以下「訓練計画」という。)を作成して、潜水訓練の実施時に、現場で気圧又は潜水深度、作業時間等を記録して管理することとなっている(以下、この記録を「潜水記録」という。)。
そして、潜水訓練実施後に、事務所等において手当係が訓練計画や潜水記録を転記するなどして、訓練参加者、気圧又は潜水深度、作業時間等を記入した特殊勤務実績簿の基となる資料(以下「潜水経歴表」という。)を作成することになっている。
(1)及び(2)について、訓練計画の作成から潜水手当が支給されるまでの流れは、図のとおりとなっている。
令和4年9月に防衛省防衛監察本部の防衛監察によって海上自衛隊における潜水訓練の実績に関する不正の疑いが発覚したことから、海上自衛隊の関係部隊等は、事故調査委員会を設置するなどして調査を行い、その結果を一般事故調査報告書として海上幕僚長に提出した。そして、海上自衛隊は、6年12月に、12部隊等(注1)において、平成29年度から令和4年度までの間に、潜水員が潜水手当を不正に受給したこと及び事務手続上の誤りによる過払いがあったことから潜水手当計約6300万円が過大に支給されていたことを公表した。また、本院は、7年2月に会計検査院法第27条の規定に基づく防衛大臣からの報告を受けた。
これらを踏まえて、本院は、合規性等の観点から、潜水手当が過大に支給されていた事態の内容はどのようなものであるか、潜水手当の支給に係る潜水訓練の実績の管理は適切に行われているかなどに着眼して、平成29年度から令和4年度までの間に12部隊等において実施された潜水訓練に対して支給された潜水手当を対象として、海上幕僚監部及び12部隊等において、一般事故調査報告書、特殊勤務実績簿、勤務状況通知書等を確認するとともに、潜水訓練の内容を聴取するなどして会計実地検査を行った。
検査したところ、次のとおり適切とは認められない事態が見受けられた。
12部隊等においては、次のとおり、手当係が事実と異なる特殊勤務実績簿を作成していた。
① 潜水艦救難艦「ちはや」及び「ちよだ」において、手当係は、勤務状況管理者を含む上司からの指示、示唆、前任者からの引継ぎを受けるなどして、自らを含む潜水員が架空の潜水訓練を実施したことにし、また、気圧、潜水深度及び作業時間を水増しした潜水経歴表を作成し、これに基づき事実と異なる虚偽の特殊勤務実績簿を作成していた。また、大湊水中処分隊において、手当係は、訓練計画のとおり実施することができなかった潜水訓練について、自らを含む潜水員が当初の訓練計画のまま潜水訓練を実施したことにした潜水経歴表を作成し、これに基づき事実と異なる虚偽の特殊勤務実績簿を作成していた。
② 10部隊等(注2)において、手当係は、他の業務の都合や休暇等により当初の訓練計画を変更して潜水訓練に参加しなかった者について、その変更が訓練計画に反映されていなかったため当初の訓練計画のまま潜水経歴表に転記するなどし、また、訓練参加者、作業時間等の修正を十分に確認しないまま過去の潜水経歴表を再利用するなどして潜水経歴表を作成し、これに基づき事実と異なる特殊勤務実績簿を作成していた。
そして、平成29年4月から令和5年2月までの間に、これらの事実と異なる特殊勤務実績簿を基にした勤務状況通知書が、監督者の証明を得た上で、給与支払機関の給与の支払事務を行う者に送付された結果、12部隊等において潜水手当が過大に支給されていた。
また、海上自衛隊は、6年12月の公表時において過大に支給されていた潜水手当の額を計62,677,360円と計算していたが、本院が過大に支給されていた潜水手当の額を改めて確認したところ、海上自衛隊が計算した潜水艦救難艦「ちはや」及び「ちよだ」に所属する潜水員の潜水手当の適正な支給額に誤りがあり、77,413円を加えた計62,754,773円が事実と異なる特殊勤務実績簿等に基づいて過大に支給されていた額であると認められた。
12部隊等における潜水訓練の実績の管理体制をみたところ、次のように管理体制が適切でなく、潜水訓練の実績を作為しやすい状況となっていて、事実と異なる特殊勤務実績簿等に基づいて潜水手当が過大に支給されていた事態の要因となっていた。
① 訓練計画は、潜水訓練を実施した明確な根拠となるものであるが、訓練参加者の変更を反映することについて規程に明確に定められておらず、当日の他業務の都合や休暇等による訓練参加者の変更が適切に反映されていなかった。また、訓練計画を作成することとなっていたのに、訓練計画を作成することなく実施されていた潜水訓練も見受けられた。
このため、手当係、勤務状況管理者及び監督者(以下、これらを合わせて「勤務状況管理者等」という。)が潜水訓練の実施の有無や訓練参加者を確認することが困難な状況となっていた。
② 潜水記録は、潜水訓練の現場で記録された実績を確認できるものであるが、潜水手当が支給されるための根拠となる資料であるという理解が十分でなかったことから、その多くが保存されていなかった。また、潜水記録を作成することとなっていたのに、作成されていない潜水訓練も見受けられた。
このため、勤務状況管理者等が潜水記録と潜水経歴表や特殊勤務実績簿等とを照合して潜水訓練の実績を確認することが困難な状況となっていた。
③ 潜水経歴表の作成方法等について規程に定められておらず、潜水訓練の現場での実績を詳細に把握している潜水指揮官や訓練参加者等の複数の者による確認が適時に行われていなかったことや、②のとおり、潜水記録の作成や保存が行われていなかったことのため、潜水経歴表の記載内容の正確性が十分に担保されていなかった。
④ 勤務状況管理者等が行う潜水訓練の実績の確認について、訓練計画、潜水記録、潜水経歴表等の実績を確認できる資料、出勤簿等の帳簿、潜水訓練に使用する機器に自動的に記録されるデータ等の客観的な記録等と照合することが規程に明確に定められておらず、勤務状況管理者等が自ら照合し、又は、監督者及び勤務状況管理者が手当係等に照合させるなどの十分な確認が行われていなかった。
このように、潜水訓練の実績の管理体制が適切でなく、事実と異なる特殊勤務実績簿等に基づいて、12部隊等に所属する潜水員延べ354人に対して潜水手当計62,754,773円が過大に支給されており不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、12部隊等において、勤務状況管理者等が十分に確認した潜水訓練の実績に基づいて適正な潜水手当を請求すべきことについての認識が欠けており、特に潜水艦救難艦「ちはや」及び「ちよだ」並びに大湊水中処分隊においてその認識が著しく欠けていたこと、潜水訓練の実績を確認できる体制を整備していなかったこと、海上幕僚監部において、法令等の遵守及び潜水訓練の実績管理に関する教育が不足していたこと、勤務状況管理者等に対して特殊勤務実績簿等を客観的な記録等と適時に照合することを周知徹底していなかったことなどによると認められる。
以上を部隊等別に示すと次のとおりである。
| 部隊等名 | 期間 |
過大な潜水手当が 支給された人数 |
過大に支給した 潜水手当の額 |
|
|---|---|---|---|---|
| 人 | 円 | |||
| (223) | 潜水艦救難艦「ちはや」 | 平成29年4月~令和4年11月 | 42 | 31,859,933 |
| (224) | 潜水艦救難艦「ちよだ」 | 平成30年3月~令和5年1月 | 48 | 23,405,136 |
| (225) | 掃海隊群司令部 | 平成30年4月~令和4年10月 | 30 | 1,124,692 |
| (226) | 掃海艇「ちちじま」 | 平成30年6月~令和4年9月 | 13 | 93,540 |
| (227) | 沖縄水中処分隊 | 平成30年4月~令和4年9月 | 27 | 569,416 |
| (228) | 横須賀水中処分隊 | 平成30年3月~令和4年9月 | 24 | 232,688 |
| (229) | 呉水中処分隊 | 平成29年4月~令和4年12月 | 22 | 517,061 |
| (230) | 佐世保水中処分隊 | 平成29年4月~令和4年8月 | 21 | 2,134,962 |
| (231) | 舞鶴水中処分隊 | 平成29年4月~令和5年1月 | 15 | 373,986 |
| (232) | 大湊水中処分隊 | 平成29年4月~令和5年2月 | 28 | 617,260 |
| (233) | 潜水医学実験隊 | 平成29年6月~令和4年9月 | 22 | 61,081 |
| (234) | 第1術科学校 | 平成29年5月~令和4年11月 | 62 | 1,765,018 |
| (223)―(234)の計 | 延べ354 | 62,754,773 | ||