検査対象 | 財務省、国税庁、札幌西税務署ほか100税務署、厚生労働省 | |
会計名及び科目 | 一般会計 国税収納金整理資金 | (款)歳入組入資金受入 |
(項)各税受入金 | ||
租税特別措置(社会保険診療報酬の所得計算の特例)の概要 | 医業又は歯科医業を営む個人及び医療法人が、年間の社会保険診療報酬が5000万円以下であるときは、当該社会保険診療に係る実際経費にかかわらず、当該社会保険診療報酬を4段階の階層に区分し、各階層の金額に所定の割合を乗じた金額の合計額を社会保険診療に係る経費とすることができる特別措置 | |
上記の特例に係る減収見込額(財務省試算) | 220億円(平成15年度) |
1 租税特別措置の概要
租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、租税制度上、特定の個人や企業の税負担を軽減等することにより、国による経済政策や社会政策等の特定の政策目的を実現するための特別な政策手段であるとされ、公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外措置として設けられるものである。
税収の減少(以下「減収」という。)をもたらす特別措置には、税額控除や所得控除などの手法を用いて税の軽減又は免除になるもの(以下「税の減免」という。)と、特別償却や準備金などの手法を用いて一時的にその課税を猶予し、課税の延期になるもの(以下「課税の繰延べ」という。)とがある。
税の減免は、実質的には減免された税額相当額の補助金を交付したことと同様の結果になるものと言われている。また、課税の繰延べは、実質的には繰り延べられた税額相当額を無利息で貸し付けたことと同様の結果になり、利子補給の効果があると言われている。
特別措置の適用による平成15年度における減収見込額の総額は3兆5590億円(特別措置のうち財務省が減収額を試算し公表している項目に係るもの)となっている。このうち、法人税に関するものは1兆7920億円、所得税に関するものは1兆2820億円となっている。
特別措置を行政上の政策に導入している省庁(以下「関係省庁」という。)では、毎年行われる税制改正の審議に当たり、各政策の目的に基づき、特別措置の新設、拡充及び延長を希望する旨を記載した要望書等を財務省に提出している。財務省ではそれらの内容について関係省庁と折衝を重ね、政府・与党税制調査会での議論を経て、税制改正要綱の閣議決定が行われ、この要綱に沿った租税特別措置法(以下「措置法」という。)等の改正案は閣議決定を経た上で内閣から国会に提出され、国会で審議・議決されることになる。なお、これとは別に国会議員により改正案が国会に提出される場合(議員立法)もある。
措置法等に基づく国民(納税義務者)に対する課税は国税庁により執行される。
関係省庁では、特別措置についてその拡充・延長等、改正の要望をする際に、財務省に対して措置法等の適用に伴う減収見込額を提示することなどにより当該特別措置の効果等の検証を行っている。また、政策については、14年4月から「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(平成13年法律第86号。以下「政策評価法」という。)が施行されたことに伴い、行政機関の長は政策評価に関する基本計画や事後評価の実施に関する計画を定め、これらに基づき事前評価や事後評価を実施し、その結果について評価書を作成し公表することとなっている。
2 社会保険診療報酬の所得計算の特例の概要
国民の税に関する関心は高く、少子・高齢化が進行するなど経済社会の構造が大きく変化しているなかで、経済社会の活性化を図る取組としての税制改革に期待が寄せられている。一方で、国税収入の落ち込みによる国の財政への影響が懸念されていることから、税制について種々の議論が行われており、そのなかで特別措置についても議論がなされている。
これらのことから、本院では、15年次に、法人税関係の措置法の実施状況について検査し、条文別の適用件数、適用金額を比較分析するなどしてその適用状況を明らかにし、また、経済産業省における税制改正の際の検証及び政策評価による検証の状況を明らかにした。そして、今後とも措置法の適用状況の把握に努めていくことや検証の内容をより一層充実することにより施策の実効性を高めていくことが望まれるとして、引き続き注視していく旨を平成14年度決算検査報告に「租税特別措置法(法人税関係)の実施状況について」として掲記したところである。
16年次においては、一つの特別措置について、個々の適用者及び非適用者に関するデータを幅広く収集し、その適用の状況等を検査することとし、減収見込額が1兆2820億円と大きい所得税に関する特別措置の中から、財務省がその金額を試算して公表(10億円以上)していることや創設された年次が古いことなどにより、社会保険診療報酬の所得計算の特例(以下「特例」という。)を選定した。また、この特例は法人税にもあることから併せて検査することとした。
特例は、医業又は歯科医業を営む個人(以下「医業等事業所得者」という。)及び医療法人に対して、医業等事業に係る所得のうちの社会保険診療に係る所得について税の減免となる特別措置であり、所得税法及び法人税法の例外措置として措置法第26条及び第67条に規定されている。
この特例は、昭和29年に社会保険診療報酬の適正化が実現するまでの暫定措置として議員立法により創設され、当初は、医業等事業所得者及び医療法人に対して、社会保険診療報酬の多寡にかかわらず、当該社会保険診療に係る実際経費が、社会保険診療報酬の72%相当額に満たない場合においても、72%相当額を必要経費又は損金に算入できる取扱いを認めるものであった。
このような取扱いについては、政府税制調査会において、税負担の公平の見地から問題とされ、31年以来再三にわたり、その是正につき答申が出されていた。そして、本院においても、医業所得が1000万円以上で特例の適用を受けている医業等事業所得者の収支を分析し、社会保険診療に係る実際経費率(収入金額に対する実際経費の割合)の平均値が52%であること、1人当たりの所得税の平均軽減額が700万円を超えていることなどを、昭和51年度決算検査報告に「社会保険診療報酬の所得計算の特例について」として掲記したところである。
そして、54年の措置法改正により、前記の一律72%相当額は、医業等事業所得者及び医療法人とも各年又は各事業年度において、社会保険診療報酬を2500万円以下の部分、2500万円を超え3000万円以下の部分、3000万円を超え4000万円以下の部分、4000万円を超え5000万円以下の部分、5000万円を超える部分の5段階の階層に区分して、各階層の金額にそれぞれ72%、70%、62%、57%、52%を乗じて計算した金額の合計額とするように改められた。
その後、63年の措置法改正(個人は平成元年分から、法人は元年4月1日以後に開始する事業年度から適用)により、各年又は各事業年度の社会保険診療報酬が5000万円を超える医業等事業所得者及び医療法人には特例を適用しないこととされ、現在に至っている。
現行の特例は、小規模零細医療機関の経営の安定を図り、地域医療に専念できるようにすることが目的とされており、医業等事業所得者及び医療法人とも各年又は各事業年度において、社会保険診療報酬が5000万円以下であるときは、社会保険診療に係る実際経費が、社会保険診療報酬を次に掲げる階層に区分して、各階層の金額にその右に掲げる率を乗じて計算した金額の合計額(以下「概算経費」という。)に満たない場合においても、当該概算経費を必要経費又は損金に算入できることとなっている。
2500万円以下 | 72% |
2500万円超〜3000万円以下 | 70% |
3000万円超〜4000万円以下 | 62% |
4000万円超〜5000万円以下 | 57% |
過去10年間の特例による減収見込額(財務省試算)は表1のとおりである。
年度 | 減収見込額 | 年度 | 減収見込額 |
平成6 7 8 9 10 |
億円 280 230 210 220 250 |
平成11 12 13 14 15 |
億円 200 200 190 200 220 |
3 検査の着眼点及び方法
特例は、税制の基本理念の例外として設けられていることなどを踏まえて、〔1〕特例の適用状況はどのようなものとなっているか、〔2〕特例に係る課税の執行は適正に行われているか、〔3〕特例の検証は適切に行われているかという点に着眼して検査を行った。
16年1月から6月までに会計実地検査を実施した札幌西税務署ほか100税務署(注1) において、医業等事業所得者及び医療法人の確定申告書等を抽出して、特例の適用状況を把握するとともに特例に係る課税の執行状況を検査した。また、厚生労働省及び財務省において関係書類の提出を受けたり、説明を聴取したりして、特例の検証状況を検査した。
4 検査の状況
(1)医業等事業所得者の適用状況について(措置法第26条)
14年分の社会保険診療報酬が5000万円以下の医業等事業所得者4,334人(注2) のうち、特例適用者は1,672人であり、その適用率は38.6%である。
ア 青色申告者・白色申告者別適用状況について
医業等事業所得者4,334人について、青色申告者・白色申告者(注3) 別の適用状況をみると、表2のとおりである。
青色申告者 | 白色申告者 | 計 | |
医業等事業所得者 | 3,937人 | 397人 | 4,334人 |
うち特例適用者 | 1,371人 | 301人 | 1,672人 |
うち特例非適用者 | 2,566人 | 96人 | 2,662人 |
適用率 | 34.8% | 75.8% | 38.6% |
この青色申告者・白色申告者別による適用率は、白色申告者が75.8%と青色申告者の34.8%を大きく上回っている。
イ 地域別適用状況について
医業等事業所得者4,334人について、13大都市、その他の市、郡部別の適用状況をみると、表3のとおりである。
13大都市 | その他の市 | 郡部 | 計 | |
医業等事業所得者 | 1,820人 | 2,108人 | 406人 | 4,334人 |
うち特例適用者 | 731人 | 781人 | 160人 | 1,672人 |
うち特例非適用者 | 1,089人 | 1,327人 | 246人 | 2,662人 |
適用率 | 40.2% | 37.0% | 39.4% | 38.6% |
この地域別による適用率は、3地域ともほぼ同じであり、地域による差は特に認められない。
ウ 診療科目別適用状況について
医業等事業所得者4,334人について、診療科目別の適用状況をみると、表4のとおりである。
診療科目別 |
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歯科 | 2,891 | 66.7 | 1,067 | 63.8 | 36.9 | ||||||||||
内科 | 637 | 14.7 | 293 | 17.5 | 46.0 | ||||||||||
眼科 | 145 | 3.3 | 84 | 5.0 | 57.9 | ||||||||||
皮膚科 | 106 | 2.5 | 63 | 3.8 | 59.4 | ||||||||||
耳鼻咽喉科 | 92 | 2.1 | 52 | 3.1 | 56.5 | ||||||||||
その他 | 463 | 10.7 | 113 | 6.8 | 24.4 | ||||||||||
計 | 4,334 | 100.0 | 1,672 | 100.0 | 38.6 |
この診療科目別による適用率は、皮膚科59.4%、眼科57.9%、耳鼻咽喉科56.5%に対し、歯科36.9%となっており、診療科目によって開差が認められる。
エ 特例適用者の税額軽減の状況について
(ア)平均概算経費率及び平均実際経費率
特例適用者1,672人のうち青色申告決算書等により社会保険診療に係る実際経費が明らかであるなどの1,516人(青色申告者1,331人、白色申告者185人)について、各人が得ている社会保険診療報酬の金額別に4階層に区分し、各階層における社会保険診療報酬に対する概算経費の割合(以下「概算経費率」という。)と実際経費率のそれぞれの平均値をみると、次のとおりである。
社会保険診療報酬 | 特例適用 者 |
平均概算 経費率 |
平均実際 経費率 |
経費率の 差 |
人 | % | % | % | |
2500万円以下 | 606 | 72.0 | 52.4 | 19.6 |
2500万円超〜3000万円以下 | 234 | 71.8 | 54.1 | 17.7 |
3000万円超〜4000万円以下 | 397 | 70.4 | 53.9 | 16.5 |
4000万円超〜5000万円以下 | 279 | 68.0 | 49.6 | 18.4 |
計 | 1,516 | 70.8 | 52.5 | 18.3 |
全体の平均概算経費率は70.8%、全体の平均実際経費率は52.5%であり、その差は18.3%である。
(イ)実際経費率区分別人数
上記の特例適用者1,516人について、実際経費率の区分別にみると次のとおりである。
実際経費率(%) | 特例適用者(人) |
30以下 | 103 |
30超〜40以下 | 146 |
40超〜50以下 | 316 |
50超〜60以下 | 439 |
60超〜70以下 | 456 |
70超 | 56 |
計 | 1,516 |
全体の平均実際経費率は52.5%であるが、30%以下(103人)から70%超(56人)まで各区分に分布しており、各特例適用者の実際経費率には大きな開差が認められる。
(ウ)平均措置法差額及び平均軽減税額
上記の特例適用者1,516人について、社会保険診療報酬の金額別に、概算経費と実際経費との差額(以下「措置法差額」という。)と軽減税額のそれぞれの平均値をみると次のとおりである。
社会保険診療報酬 | 特例適用 者 |
平均措置 法差額 |
平均軽減 税額 |
人 | 千円 | 千円 | |
2500万円以下 | 606 | 3,047 | 612 |
2500万円超〜3000万円以下 | 234 | 4,888 | 1,252 |
3000万円超〜4000万円以下 | 397 | 5,734 | 1,714 |
4000万円超〜5000万円以下 | 279 | 8,240 | 2,770 |
計 | 1,516 | 4,990 | 1,396 |
全体の平均措置法差額は499万余円、全体の平均軽減税額は139万余円であり、措置法差額の総額は75億6614万余円、軽減税額の総額は21億1775万余円である。
(エ)措置法差額別人数
上記の特例適用者1,516人について、措置法差額別にみると次のとおりである。
措置法差額 | 特例適用者(人) |
100万円以下 | 217 |
100万円超〜300万円以下 | 406 |
300万円超〜500万円以下 | 307 |
500万円超〜800万円以下 | 289 |
800万円超〜1000万円以下 | 106 |
1000万円超 | 191 |
計 | 1,516 |
全体の平均措置法差額は499万余円であるが、100万円以下(217人)から1000万円超(191人)まで各階層に分布しており、各特例適用者の措置法差額には大きな開差が認められる。
(オ)軽減税額別人数
上記の特例適用者1,516人について、軽減税額別にみると次のとおりである。
軽減税額 | 特例適用者(人) |
50万円以下 | 521 |
50万円超〜100万円以下 | 292 |
100万円超〜200万円以下 | 343 |
200万円超〜300万円以下 | 164 |
300万円超〜400万円以下 | 91 |
400万円超〜500万円以下 | 39 |
500万円超 | 66 |
計 | 1,516 |
全体の平均軽減税額は139万余円であるが、50万円以下(521人)から500万円超(66人)まで各階層に分布しており、各特例適用者の軽減税額には大きな開差が認められる。また、100万円以下の者は813人であり、全体の53.6%を占めている。
オ 特例適用者と特例非適用者との比較について
(ア)平均収入金額、平均実際経費及び平均所得金額
上記の特例適用者1,516人と特例非適用者2,662人について、それぞれの平均収入金額、平均実際経費及び平均所得金額をみると、表5のとおりである。
平均収入金額(a) 千円 |
平均実際経費(b) (特例適用後の 平均経費) 千円 |
平均所得金額(a)-(b) (特例適用後の 所得金額) 千円 |
|
特例適用者 (1,516人) |
30,766 | 15,953 (20,944) |
14,812 (9,821) |
特例非適用者 (2,662人) |
29,904 | 25,040 | 4,863 |
特例適用者は特例非適用者に比べると、平均収入金額は同程度であるが、平均実際経費は908万余円少なくなっており、平均所得金額(特例適用前)は994万余円上回っている。
(イ)所得金額別人数
上記の特例適用者1,516人、特例非適用者2,662人について、所得(損失)金額別にみると次のとおりである。
所得(損失)金額 | 特例適用者(人) | 特例非適用者(人) |
0円以下 | 0 | 463 |
0円超〜500万円以下 | 116 | 924 |
500万円超〜1000万円以下 | 312 | 782 |
1000万円超〜1500万円以下 | 417 | 388 |
1500万円超〜2000万円以下 | 335 | 94 |
2000万円超〜 | 336 | 11 |
計 | 1,516 | 2,662 |
特例適用者についてみると、所得金額が1500万円を超える者が671人であり、全体の44.3%を占めている。一方、特例非適用者についてみると、500万円以下の者が1,387人であり、全体の52.1%を占めている。
(ウ)平均実際経費の内訳
上記の特例適用者1,516人、特例非適用者2,662人について、平均実際経費の主な内訳をみると、表6のとおりである。
経費項目 |
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(b)/(a) | ||||
薬等の原価 | 2,841 | 4,000 | 1.41 | ||||
給料等 | 5,054 | 8,758 | 1.73 | ||||
給料賃金 | 3,955 | 6,147 | 1.55 | ||||
専従者給与 | 1,098 | 2,611 | 2.38 | ||||
減価償却費 | 987 | 1,773 | 1.80 | ||||
地代家賃 | 973 | 1,585 | 1.63 | ||||
外注工賃 | 1,087 | 1,118 | 1.03 | ||||
利子割引料 | 158 | 432 | 2.73 | ||||
その他 | 4,851 | 7,371 | 1.52 | ||||
計 | 15,953 | 25,040 | 1.57 |
すべての経費項目で、平均実際経費は、特例非適用者が特例適用者を上回っており、全体で1.57倍となっている。経費項目別では、利子割引料2.73倍、減価償却費1.8倍、給料等1.73倍、地代家賃1.63倍と経費全体の比率を上回っている。
カ 事業期間が1年未満の医業等事業所得者の適用状況について
特例は、医業等事業所得者が、年間の社会保険診療報酬が5000万円以下である場合に適用することができる。このため、医業等事業所得者が、年の途中で新規開業したり、医療法人の設立(以下「法人成り」という。)をしたり、死亡等の事由で廃業したりなどした場合には事業期間が1年未満となるが、これらの者もその事業期間の社会保険診療報酬が5000万円以下であれば事業期間が1年の者と同様に特例を適用できることとなっている。
14年における事業期間が1年未満の医業等事業所得者686人(注4)
について検査したところ、社会保険診療報酬が5000万円以下であるとして特例を適用している者は、次のとおり92人であった。
総数(人) | 特例適用者(人) | 特例非適用者(人) | |
新規開業者等 | 348 | 27 | 321 |
法人成りした者等 | 160 | 39 | 121 |
死亡等による廃業者等 | 178 | 26 | 152 |
計 | 686 | 92 | 594 |
特例適用者92人のうち、社会保険診療報酬を12箇月に換算すると特例適用の上限である5000万円を超える者は、新規開業者等8人、法人成りした者等36人、死亡等による廃業者等3人、計47人であり、これらの者の措置法差額の総額は2億7022万余円(平均措置法差額574万余円)、軽減税額の総額は9167万余円(平均軽減税額195万余円)である。なお、法人成りした者等、死亡等による廃業者等の計39人はすべて、前年の13年分においては特例を適用していない。
(2)医療法人の適用状況について(措置法第67条)
14年2月から15年1月の間に終了する事業年度において、社会保険診療報酬が5000万円以下の医療法人682法人(注5) (青色申告671法人、白色申告11法人)のうち、特例を適用しているのは3法人であった。
(3)医業等事業所得者に対する特例に係る課税の執行状況について
医業等事業所得者のうち特例適用者1,739人(注6)
に対する課税の執行状況について、主として14年分を検査したところ、青色申告特別控除額を過大としている者などが85人見受けられた。
青色申告特別控除(措置法第25条の2)は、適正な記帳慣行を確立し申告納税制度の実を挙げることにより、課税の適正・公平を一層推進するため、青色申告者に対して、事業所得等の金額の計算において、取引内容の帳簿への記載の状況等に応じて55万円、45万円又は10万円(16年度税制改正により、17年分以後は65万円又は10万円)の定額と事業所得等の金額のいずれか低い方の金額を控除することを認める特別措置である。
そして、この計算に当たっては、事業所得の金額には特例を適用した社会保険診療に係る所得金額を含めないこととなっている。
しかし、青色申告者である特例適用者1,430人(101税務署)のうち77人(43税務署)において、上記の計算に当たり、事業所得の金額に特例適用後の社会保険診療に係る所得金額を含めていたため、青色申告特別控除額を過大に控除しているという事態が見受けられた(13、14、15年分増差税額計706万余円)。
国税庁では、本院の指摘により、青色申告特別控除適用の適正化を図るため、医業等事業所得者の所得税青色申告決算書の付表及びその記載要領を特例を適用した場合の青色申告特別控除額を適正に導くような様式に改訂することとし、また、申告書を審査する際に特例を適用した場合の青色申告特別控除額の計算を誤っている者を的確に抽出して適正な処理をするよう各国税局等に対し指示するとともに、関係団体への説明会等での注意喚起などを行うこととした。
(4)特例の検証状況について
関係省庁における特別措置の効果等の検証は、税制改正の要望の際に行われるものと政策評価法に基づいて行われる政策評価がある。
ア 税制改正の際の検証の状況
関係省庁が特別措置の新設、拡充及び延長の要望をする際、税制改正の要望書を財務省に提出しているが、その要望書には減税見込額、政策目的、要望の措置の適正性、これまでの政策効果、政策の達成目標等を記載することとなっている。
特例については、適用期限の明確な規定はないが、厚生労働省では、重要な政策であるとして15年度税制改正要望時(14年)から「存続」の要望を行っており、16年度税制改正要望時の特例存続の要望書(15年8月提出)は表7のとおりである。
制度名 | 社会保険診療報酬の所得計算の特例の存続 | ||||||
税目 | 所得税・法人税 | ||||||
要望の内容 | 医療とりわけ社会保険診療の高い公共性に鑑み、社会保険診療報酬の所得計算の特例を存続する。 (租税特別措置法第26条、第67条)
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||||||
新設・拡充又は延長を必要とする理由 |
|
||||||
これまでの政策効果 | 小規模医療機関の経営の安定化を図り、地域医療に専念できるようにするための一定の効果を上げている。 昨年度減税額(推定)約26,000百万円 | ||||||
政策の達成目標 | 小規模医療機関の経営の安定化を図り、地域医療に専念できるようにすること。 | ||||||
租税特別措置の適用又は延長期間 | 恒久措置 |
この要望書における検証を分析したところ、次のような状況であった。
(ア)減税見込額
減税見込額を274億0700万円としており、その算定方法は、中央社会保険医療協議会の「医療経済実態調査」、国税庁の「平成13年分税務統計から見た法人企業の実態」を利用して、医療法人分については、医療法人の所得別法人数などを基に社会保険診療報酬の金額別法人数を算出し、これに特例の適用率3%(仮定)を乗じて社会保険診療報酬の金額別適用法人数を算出していた。そして、これに各階層別の一法人当たりの減税見込額を乗じるべきところを誤って一法人当たりの概算経費を乗じ、その合計額18億1200万円を減税見込額としていた。また、医業等事業所得者分については、上記の社会保険診療報酬の金額別法人数などを基に医業等事業所得者の社会保険診療報酬の金額別人数を算出し、これに特例の適用率10%(仮定)を乗じて社会保険診療報酬の金額別適用者数を算出していた。そして、これに各階層別の一人当たりの減税見込額を乗じるべきところを誤って一人当たりの概算経費等を乗じ、その合計額255億9500万円を減税見込額としていた。
この算定については、仮定の適用率を使用していること、また、概算経費を減税見込額としていることなどの課題や誤りが見受けられた。
そして、要望書の提出後、厚生労働省においてこの算定の見直しを行い、財務省に訂正報告を行っていた。その報告では医療法人分については、医療法人の平均実際経費率が概算経費率を上回っていて、特例を選択する者は極めて少ないと考えて適用率3%(仮定)を0%として、減税見込額を0円と算出していた。また、医業等事業所得者分については、適用率10%(仮定)ではなく関係団体の調査による適用率36.3%を採用したり、一人当たりの減税見込額を、概算経費率から医業等事業所得者の平均実際経費率63.5%を差し引いた率を社会保険診療報酬に乗じてこれに所得税率を乗じることにより算出したりして、減税見込額を55億8200万円と算出していた。しかし、この算定についても、厚生労働省で取得できた限られた既存の資料を工夫して行われているものの、特例適用者以外の医業等事業所得者も含めて計算された平均実際経費率を使っていることなどの課題が見受けられた。
(イ)要望の措置の適正性
要望の措置の適正性については、要望の措置が他の手段に比し有効である理由、税制の基本理念の例外措置として値するものである理由、長期にわたる措置については長期間制度を存置する理由を記載することになっているが、目的のために特例は欠かすことはできないという旨の記載しかなかった。
(ウ)これまでの政策効果
これまでの政策効果については、当該措置のこれまでの適用実績及び前回要望時における政策の達成目標の実現状況等、その効果を具体的に記載することになっているが、「一定の効果を上げている」「昨年度減税額(推定)約26,000百万円」という記載しかなかった。そして、この記載の根拠についてみると「昨年度減税額(推定)約26,000百万円」については、前記訂正前の減税見込額274億0700万円と同様の算定方法であり、「一定の効果を上げている」については、減税額及び関係団体による適用率等の調査以外の具体的な資料はなかった。
(エ)政策の達成目標
政策の達成目標については、内容の性格上困難と認められるものなどを除き計数的な指標をもって具体的に示すことになっているが、「小規模医療機関の経営の安定化を図り、地域医療に専念できるようにすること」というように政策目的とほとんど同じ記載内容となっていた。
財務省では、厚生労働省から提出を受けたこの要望書等に基づいて検証を行っていた。
イ 政策評価による検証の状況
厚生労働省では、政策評価法に基づき、政策評価に関する基本計画(計画期間14年度から18年度までの5年間)及び事後評価の実施に関する計画(毎年度)を定め、事前評価及び事後評価を行なっている。
事前評価については、基本計画においては、「予算要求又は財政投融資資金要求を伴う新たな政策であって、重点的な施策とするもの又は10億円以上の費用を要することが見込まれるもの」、「政策評価法第9条の規定による個々の研究開発や公共事業等を実施することを目的とする政策」などを対象とすることとなっており、特別措置については原則として対象とはなっていない。
15年度に実施した事前評価についてみると、予算要求等を伴う新たな政策の評価30件、個々の公共事業等の評価49件となっており、特例をはじめ特別措置については対象となっていなかった。
事後評価については、基本計画等においては、「政策体系に基づき対象とする政策(注7)
」、「個々の公共事業で別途要領で定めるところにより対象とすることとしたもの」、「終期を設定して実施した政策のうち、終期が到来したものであって、検証のため評価の必要なもの」、「その他その政策が国民生活又は社会経済に相当程度の影響を及ぼすと認められるもの」などを対象とすることとなっており、特別措置についても対象となり得る。
15年度に実施した事後評価についてみると、政策体系に基づき対象とする政策(施策目標)の評価113件、個々の公共事業の評価47件、終期を設定して実施した政策の評価5件となっており、特別措置については、政策体系に基づき対象とする政策の評価のうち2件において、目標を達成するための手段として、特例以外の特別措置が評価の対象となっていたが、特例は対象となっていなかった。
5 本院の所見
特別措置は、特定の政策目的を実現するための特別な手段であり、公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外として設けられているものであり、また、厳しい財政状況の下で減収をもたらすものである。このような特別措置の性格にかんがみ、本院で特例について、その適用状況、検証状況及び課税の執行状況を検査したところである。
特例の適用状況については、社会保険診療報酬が5000万円以下の医業等事業所得者における適用率は38.6%であり、特例適用者の平均所得金額(特例適用前)は特例非適用者の平均所得金額を大きく上回っていた。そして、特例適用者の平均概算経費率と平均実際経費率との差は18.3%、平均軽減税額は139万余円であるが、各特例適用者の軽減税額には大きな開差が認められた。
特例の検証状況については、税制改正の要望の際の検証では、厚生労働省は、同省で取得できた限られた既存の資料に基づいて政策効果等の検証を行って、特例存続の要望書を提出していたが、この検証には、減税見込額の算定などに課題等が見受けられた。そして、財務省は提出を受けたこの要望書等に基づいて検証を行っていた。また、政策評価による検証では、厚生労働省は特例を評価の対象とはしていなかった。
厚生労働省においては、特例の適用状況に関するデータの収集には難しい面があるなどするが、特例の検証について、より一層内容を充実することにより、政策の実効性を高めていくとともに国民に対する説明責任を果たしていくことが望まれる。財務省においては、厚生労働省をはじめ関係省庁に対して要望書における検証等について指導するなどとともに、特例をはじめ特別措置について今後とも十分に検証していくことが望まれる。
特例に係る課税の執行状況については、特例を適用した場合の青色申告特別控除額計算の誤りなどが多く見受けられた。
国税庁においては、特例をはじめ特別措置に係る課税の執行について、より適正に行うことが望まれる。
このような状況を踏まえて、本院としては、今後とも特別措置の実施状況について、その推移を引き続き注視していくこととする。