(前掲223ページの「雇用保険の雇用調整助成金の支給が適正でなかったもの」参照)
【是正改善の処置を求めたものの全文】 雇用保険の雇用調整助成金に係る事業所訪問調査の実施について(平成25年10月31日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正改善の処置を求める。
記
貴省は、雇用保険法(昭和49年法律第116号。以下「法」という。)に基づく雇用安定事業の一環として、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により急激な事業活動の縮小を余儀なくされた場合等における失業の予防その他雇用の安定を図るため、その雇用する被保険者について休業若しくは教育訓練(以下「休業等」という。)又は出向により雇用調整を行った事業主に対して、休業手当等の一部を助成する雇用調整助成金の支給を行っている。
平成20年10月のリーマンショックを契機とした世界的な景気後退による雇用情勢の悪化に対応するため、貴省は同年12月に、雇用調整助成金の支給要件の緩和を行ったり、助成率の引上げなどを行って制度の拡充を図ったりするなどした結果、支給決定の状況は、20年度は4,000事業所、67億余円であったが、21年度は79万事業所、6534億余円と大幅に増加した。その後、22年度は75万事業所、3245億余円、23年度は51万事業所、2361億余円と減少して24年度は32万事業所、1134億余円となっている。
雇用調整助成金支給要領等によれば、雇用調整助成金の支給を受けようとする事業主は、休業等の実施前に、その実施期間ごとに実施計画届及び実施計画届の添付書類を都道府県労働局(以下「労働局」という。)に提出し、休業等の実施後に、支給申請書並びに出勤簿及び賃金台帳の写しなどの支給申請書の添付書類を労働局に提出することとなっており、労働局は、上記の実施計画届、支給申請書等に記載されている休業等の実施状況、休業手当等の支払状況等を審査した上で支給決定を行い、これに基づいて雇用調整助成金の支給を行うこととなっている。
そして、労働局は、事業主が故意に支給申請書に虚偽の記載を行うなどして本来受けることのできない雇用調整助成金を受け又は受けようとすること(以下「不正受給」という。)を発見した場合は、当該事業主に対して、不正受給に係る雇用調整助成金についての支給の取消し、返還の請求等を行うこととされ、また、労働局は、支給を取り消した日以降3年間は、当該事業主に対して雇用保険料を財源とする全ての助成金を支給しない措置を実施することとされている。
労働局又は労働局管内の公共職業安定所(以下、公共職業安定所を「安定所」といい、労働局と安定所を合わせて「労働局等」という。)は、従来、雇用調整助成金を支給した事業主に対して不正受給防止のため実地調査を実施しており、同助成金の支給申請や支給決定が急激に増加する中で、不正受給の増加も懸念されたことから、貴省本省は、21年7月、労働局に対して、対象及び基準を見直して実地調査を実施する旨の通知を発出している。
実地調査には、法第79条の規定に基づき労働局等の担当職員が実施する立入検査(以下「立入検査」という。)と、法に基づくものではないものの、より多くの事業所に実地調査を行うため、労働局の担当職員と労働局等の非常勤職員が行う実地調査(以下「事業所訪問調査」という。)がある(以下、担当職員と非常勤職員とを合わせて「担当職員等」という。)。このうち、立入検査は、休業等の実施計画日当日にその実施状況を確認するための事業所への訪問、出勤簿、賃金台帳等の書類確認及び事業主のほか従業員に対するヒアリングを行うこととなっている。一方、事業所訪問調査は、立入検査と同様の内容を行うことになっているが、前記のとおり、法に基づく調査ではないことから、出勤簿等の書類の確認の際に、書類の提出に応じるかどうかなどは、事業主の任意となっている。
貴省は、21年4月から22年1月までの間に52事業所において約1億9350万円の不正受給が発覚した状況を踏まえて、「雇用調整助成金に係る不正受給防止対策の強化について」(平成22年4月1日付け職開発0401第2号。以下「22年4月通知」という。)を労働局に発出し、22年4月以降、労働局等において事業所訪問調査の回数を増加させるよう通知した。
その後も、貴省は、数次にわたり労働局に対して通知を発出しており、これらの通知によると、事業所訪問調査を行った担当職員等は、その実施状況について速やかに書面で報告(以下「報告書」という。)を作成し、これを労働局等に提出することなどとなっている。
労働局等はこれらの通知を基に事業所訪問調査を行っているが、合理的な理由がなく事業所訪問調査を拒否されたり、休業等の実施状況が実施計画と異なっていたりなどして、休業等の実施に疑義があり、不正受給が疑われる内容の報告書について労働局等が改めて調査する必要があると判断した場合は、立入検査又は再度の事業所訪問調査(以下、これらを合わせて「再調査」という。)を行うことにしている。
本院は、平成21年度決算検査報告以降毎年度、「雇用保険の雇用調整助成金の支給が適正でなかったもの」として、その支給が適正でない事態(以下「不適正支給」という。)を不当事項として掲記している。
そこで、本院は、合規性、有効性等の観点から、事業所訪問調査及び再調査は適切に行われているか、また、これらの両調査により不正受給の防止の効果は上がっているかなどに着眼して、青森労働局等19労働局(注1)において、22年4月通知が発出された22年4月から25年1月までの間に労働局等が事業所訪問調査を行った258事業主(雇用調整助成金支給額28億6012万余円)を対象として、報告書等の関係書類を確認するなどして会計実地検査を行った。また、上記の19労働局から雇用調整助成金の支給に係る事業所訪問調査等の状況に関する調書の提出を受けて、その内容を分析するなどの方法により検査した。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
青森労働局等19労働局管内の162事業主(雇用調整助成金支給額15億4051万余円)に対する事業所訪問調査においては、休業等の実施日当日にその実施状況の確認や事業主等へのヒアリングは行われていたものの、支給申請書に記載された内容の確認に必要な出勤簿、賃金台帳等の確認が行われていなかったり、出勤簿、賃金台帳等の裏付けとなる書類の確認が十分に行われていなかったりしていた。
上記162事業主のうち、青森労働局等16労働局(注2)管内の36事業主の事業所については、本院の検査により、実際には休業等を実施していないなどしていて、当該36事業主に対する雇用調整助成金計2億1162万余円が支給の要件を満たしておらず、不適正支給となっている事態が見受けられた。
青森労働局等16労働局(注3)管内の66事業主(雇用調整助成金支給額10億3441万余円)に対する事業所訪問調査を実施した担当職員等は、休業等の実施状況の確認を拒まれるなどしてその実施状況について十分確認できなかったり、休業等の実施状況が実施計画と異なっていたりして不正受給が疑われる事態を把握していたのに、再調査が必要な旨を報告書に明確に記載していなかったため、労働局等は当該報告書の記載内容から再調査の必要はないと判断して、再調査を行っていなかった。
上記66事業主のうち、岩手労働局等11労働局(注4)管内の21事業主の事業所については、本院の検査により、実際には休業等を実施していないなどしていて当該21事業主に対する雇用調整助成金計1億8181万余円が支給の要件を満たしておらず、不適正支給となっている事態が見受けられた。
上記について、事例を示すと次のとおりである。
山形労働局は、事業所訪問調査を安定所に行わせており、安定所が事業所訪問調査を行った結果問題なしと判断した場合には、調査内容の報告は必要なしとしていた。
そして、同労働局管内の山形公共職業安定所は、平成22年4月に担当職員等が事業主Aに対して事業所訪問調査を行った。その報告書には、教育訓練等の実施状況の確認に当たり、合理的な理由もなくその状況の確認を拒まれた旨が記載されていたものの、再調査が必要なことが明確に記載されていなかったため、同安定所は再調査の必要はないと判断して再調査を行っておらず、また、前記のとおり、同労働局に対して報告していなかった。その後、24年4月に、担当職員等が行った事業主Aに対する事業所訪問調査後に作成した報告書にも、教育訓練等の実施日当日に実施されていた教育訓練等の現場確認を行ったことのみをもって問題なしと記載していた。
このため、事業主Aは、虚偽の内容で支給申請をして、雇用調整助成金計1億0917万余円を不正受給していたのに、同安定所はこれを把握できない状況となっていた。
東京労働局等10労働局(注5)管内の30事業主(雇用調整助成金支給額2億8518万余円)に対する事業所訪問調査を行った担当職員等から、当該事業所の休業等の実施状況に疑義が見受けられたとする内容の報告書が提出されていて、同報告書により、労働局等は、再調査が必要であると判断していたのに再調査を行っていなかったり、再調査を行ったものの、調査内容が前回の事業所訪問調査と同様のものとなっていたりなどしていた。
上記30事業主のうち、東京労働局等5労働局(注6)管内の8事業主の事業所については、本院の検査により、実際には休業等を実施していないなどしていて当該8事業主に対する雇用調整助成金計7341万余円が支給の要件を満たしておらず、不適正支給となっている事態が見受けられた。
以上のとおり、19労働局において258事業主(雇用調整助成金支給額計28億6012万余円)に対する事業所訪問調査及び再調査が適切に行われておらず、このため、19労働局が65事業主に対して支給した雇用調整助成金計4億6685万余円が不適正支給となっていたのに、これを把握できない状況となっていた。
上記のとおり、労働局等において、事業所訪問調査における関係書類の確認が十分でなかったり、再調査が必要であると判断していたのに再調査が行われていなかったりなどしていて、不正受給を把握することができない事態は適切とは認められず、是正改善を図る要があると認められる。
このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。
貴省は、従来、景気の後退による雇用情勢の悪化に対応するため、その時々で雇用調整助成金の支給要件の緩和等を行うなどにより、多額の雇用調整助成金を支給してきたところである。一方で、近年不正受給が増加しているため、その防止が大きな課題となっている。
このことから、労働局等において、事業所訪問調査における関係書類の確認を適切に行うなどの体制を整備し、そのノウハウを蓄積することは、現在、雇用調整助成金の支給申請が減少してきているものの、雇用安定事業に係る他の助成金の不正受給の防止対策にも資することになり、また、今後再び雇用調整助成金の需要が高まった際の備えになるものと思料される。
ついては、貴省において、事業所訪問調査を適切に実施し、その結果再調査が必要と判断された場合はこれを速やかに行うことにより、不正受給の防止の実効性の確保を図るよう次のとおり是正改善の処置を求める。