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  • 意見を表示し又は処置を要求した事項

国営木曽岬干拓事業により造成された干拓地についてその有効利用を図るよう意見を表示したもの


国営木曽岬干拓事業により造成された干拓地についてその有効利用を図るよう意見を表示したもの

会計名及び科目 国営土地改良事業特別会計(昭和60年度以前は「特定土地改良工事特別会計」) (項)土地改良事業費
(項)土地改良事業工事諸費
部局等の名称 農林水産本省、東海農政局
事業名 国営木曽岬干拓事業
事業の概要 農業生産の基盤の整備及び開発を目的とし、海面を築堤によって締め切り、干拓して農地等を造成するなどの事業
上記に対する事業費の合計 152億6138万余円(昭和41〜平成元年度)
上記の事業により造成された干拓地の面積 370ha

<検査の結果>

 本事業により造成された干拓地370haは、昭和49年度に陸地化したが、愛知、三重両県にまたがっていて、県境についての両県の意見が一致しないため境界が確定されず、さら地のままとなっていて事業効果が発現しない事態が長年月にわたり継続していた。そこで、本院は昭和55年度決算検査報告に「特に掲記を要すると認めた事項」として掲記し、問題を提起して、事態の早期打開を促したところである。
 しかし、62年度に策定された現行の事業計画において事業完了年度としていた平成元年度が経過したことから、今回、本事業のその後の進捗状況について検査を行うとともに、本件干拓地における農業経営の可能性などについて検討したところ、次のような状況にあると認められた。

(1) 愛知、三重両県の境界問題についてみると、両県の間での実質的な交渉が行われないまま、約9年が経過し、この間農林水産省も有効な対策を講じておらず、いまだに境界が確定されていない。このため、本事業の完了ができず、干拓地は依然としてさら地のままとなっている。

(2) 本事業の事業費は着手時の5.8倍に増こうしており、これに伴う資金運用部からの借入金及びその利息も多額に上っている。その結果、地元負担金が年々増こうしており、仮に平成5年度に事業が完了したとして農業経営の可能性について検討・試算してみると、農業情勢の変化などにより、農業収支に欠損が生じたり、労働力が不足することになったりすることが見込まれ、農業の健全経営が困難であると予想される。

<改善の意見表示>

 本件干拓地に投じられた国費の効果発現を図る見地から、早急に県境を確定するよう関係機関に対し強く要請し、その解決を図る要がある。また、干拓地の利用について、周辺の農業事情を考慮して営農の可能性を十分検討するとともに、本件干拓地の立地条件や将来の農業情勢等を総合的に勘案して、多角的に検討する要があると認められた。

 上記のように認められたので、会計検査院法第36条の規定により、平成2年12月5日に農林水産大臣に対して改善の意見を表示した。

【改善の意見表示の全文】

国営木曽岬干拓事業により造成された干拓地について

(平成2年12月5日付け 農林水産大臣あて)

 標記の件について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の意見を表示する。

1 干拓地の概要

(国営木曽岬干拓事業)

 貴省では、土地改良法(昭和24年法律第195号)の規定に基づき、愛知県と三重県の県境部に位置する木曽川河口部付近で国営木曽岬干拓事業を実施している。この事業は、昭和41年度に着手したもので、49年度には延長6.1kmの堤防で締め切った長さ4km、幅1kmの区域を陸地化しており、この干陸した土地は約370ha(道路・水路等を除く)に上っている。
 本事業の計画では、施行箇所が都市近郊であるという立地条件上の利点を生かして、生鮮野菜供給基地として安定的な自立経営農家を育成するために、この干拓地を省力化、機械化の可能な農地として造成し、周辺農家に配分することになっている。

(事業の現状)

 本事業は、38年の三重県知事の申請に基づいて、貴省が事業実施に関する調査を実施し、着手したものであるが、その施行箇所が愛知、三重両県境にまたがることから、土地改良事業計画(以下「事業計画」という。)を両県知事との協議を経て策定している。

 この事業計画の策定時に、本事業により造成される干拓地について、両県の境界が確定されていなかったことから、44年12月に貴省東海農政局長立会いのもとに両県知事の間で、すみやかに両者間及び地元関係町村長との間で協議する旨の覚書が取り交わされている。しかし、その後も両県の意見が一致せず、県の境界が確定されないまま推移したため、49年度に干陸を了した時点でその後の土地利用等を具体化する干陸計画を定めることができない状況となった。このため、干拓地を農地として配分することができず、370haの広大な干拓地がさら地のままとなっている。

(投下された事業費)

 本事業は、当初、49年度までに農地の配分を完了することとして総事業費27億7500万円で事業に着手したところであるが、上記の経緯から、2度の事業計画変更を行っており、事業完了予定年度は平成元年度になっている。
 この間、事業費は、事業の長期化等に伴い増大し、平成元年度末の支出済事業費の総額は152億6138万余円となっている。このうち、国費で負担した分は110億7959万余円であり、残りの41億8179万余円は資金運用部からの借入金で賄われている。この借入金の償還については、その支払利息も含め、地元県及び土地取得者が負担することとなっているが、この金利は平成元年度末の累計額で41億0342万余円の多額に上っている。

2 本院の検査結果

 (検査の視点)

 本院は、本事業について、昭和55年度決算検査報告で特に掲記を要すると認め、他の事業とともに、「国営干拓事業の実施について」として検査報告に掲記して問題を提起している。この検査報告において、本院は、「同地区は愛知、三重両県の県境に位置しているが、県の境界について両県の意見が一致せず、いまだその線引きが確定していない。 このため、49年度に干陸となっているのに地区内整備工事を進めるために必要な干陸計画が策定できない状況である。」として事業の早期完了と事業効果の発現を促しているところである。

 しかし、掲記後約9年が経過し、その間、農業を取り巻く客観情勢は、農産物価格の内外格差の拡大、農業後継者の他産業への流出等従来にも増して厳しいものとなってきている。そこで、貴省が2回目の変更を行った62年度の事業計画において事業完了予定年度としていた平成元年度が経過したことから、本事業のその後の進捗状況について検査を行うとともに、本件干拓地における農業経営の可能性などについて検討を加えることとした。

(検査の結果)

 検査の結果、本事業により造成した370haの広大な土地は、愛知、三重両県の県境がいまだに確定されないため、干拓地の土地利用計画が定められないまま、さら地で放置され、依然として遊休していた。

 さらに、事業の長期化等に伴い事業費や借入金の金利が増こうしているため、地元負担金が高額なものとなり、干拓地での農業経営が困難な状況となってきていることが判明した。
 これを詳述すると、次のとおりである。

(1) 愛知、三重両県の境界問題について

 昭和55年度決算検査報告に掲記した56年度以降の経過をみると、愛知、三重両県の事務担当者間での話合いが十数回持たれているが、実質的な交渉が行われないまま、約9年が経過し、いまだに境界が確定されていない状況であった。この間、貴省としては、愛知、三重両県知事に対し、速やかに境界を決定するよう強く要請する必要があったにもかかわらず、有効な対策を講じていない状況であった。

 このような状況下で、本事業は、41年に着手して以来通算24年を経過し、事業完了予定年度である平成元年度に至っても、地区内整備等の工事を残していて、いまだに完了していない。

(2) 干拓地における農業経営の可能性について

 本事業の施行箇所は名古屋市に10kmと近接し、背後に中京経済圏を控えている。このため、事業計画では、造成された干拓地に都市近郊農業としての特性を生かした生鮮そ菜類(人参、大根等)を作付けして、農家の経営規模の拡大、所得の向上、自立経営農家の育成を図ることを目的としている。

 しかし、本件事業は、上記のとおり、事業が著しく遅延したため、その間の物価上昇等もあって、総事業費見込額は163億5000万円と当初予定していた総事業費27億7500万円に比べて5.8倍に増こうしている。また、事業費の増こうに伴って資金運用部からの借入金も41億8179万余円となっており、これに対する利息は累計41億0342万余円にも上っている。したがって、地元負担金は年々増こうする計算となり、元年度の試算では、地区内整備等に必要な工期を見込んで仮に5年度に事業が完了したとしても、地元負担金は10a当たり約294万円となる見込みである。そして、仮に地元負担金に対する県等の助成が他の干拓地と同様に4割程度あるとしても、農家への配分見込価格は、畑地としては相当割高な10a当たり約176万円となる。

 貴省では、上記の事情を考慮して、62年度に、営農計画の見直しを行っている。
 この見直し案においては、従前の人参、大根等を中心とした露地野菜型に促成トマト、夏メロン等を中心とした施設野菜型を加えた3つの営農形態(施設野菜型、施設野菜+露地野菜型、露地野菜型)を想定している。そして、愛知、三重両県が配分を予定している干拓地周辺の農家300戸に平均1.2haを配分することとして、この3つの営農形態に基づく農業収支を計算し、干拓地における営農が十分可能であるとしている。

 そこで、本院では、各営農形態毎の経営収支について、本事業が平成元年度に完了するとして試算した62年度の営農計画を、5年度に事業が完了するとして修正し、この干拓地370haにおける農業経営について検討を加えたところ、次のような状況となっている。

(ア) 干拓地の大半の配分を予定している露地野菜を生産する「露地野菜型」(1戸当たり1.5ha、対象農家180戸計270ha)についてみると、生産が安定する5年目以降においても、農業収入に対し、干拓地に係る年償還金を含めた支出額が超過することになり、農業収支は欠損が生じる。

(イ) 「施設野菜+露地野菜型」(1戸当たり1ha、対象農家60戸計60ha)についてみると、4年目以降は農業収入が支出を上回る。しかし、0.5haの作物をハウスで栽培することとして、年間投入労働時間を1戸当たり約8,400時間と見込んでいるが、実際に農家が投入できる労働時間は、農家労働力の低下を反映して、約7,200時間程度(63年農家経済調査報告による東海地方の2ha以上の規模の農家の平均)となっている。したがって、1,200時間程度の労働力が不足することになり、干拓地周辺の専業農家数が、元年の農林水産統計年報等によると年々減少傾向にあることを考慮すると、この不足労働力を確保することは困難な状況となっている。

(ウ) 1戸当たり0.5haの作物をハウスで栽培する「施設野菜型」(1戸当たり0.5ha、対象農家60戸計30ha)においても、農業収入は支出を上回ることになる。 しかし、この営農形態の場合でも、程度の差はあるものの労働力が不足することとなっており、この営農形態を干拓地で広範に経営することは、周辺地域の労働力事情からみて困難である。

 したがって、これらの営農形態をとるとしても、62年度に見直しを行った営農計画は、すでに本件干拓地周辺の農業事情とかけ離れたものとなっていると認められた。

(改善を必要とする事態)

 上記のように、本院が昭和55年度決算検査報告において問題を提起してから約9年が経過し、その間の農業情勢の変化などにより、この干拓地での農業経営は困難と予想される状況となっている。
 しかも、本件干拓地の配分見込価格は、農業経営が困難となるほどに上昇しているものの、名古屋市近郊(市中心部から30km)として市街地化が進行している周辺の地価に比べると、その価格はなお数分の1にとどまっている。したがって、このような地価の動向のもとで、本件干拓地を、現行の計画のとおり農地として配分することとすれば、資産形成を目的とした者が多数応募し、作付けを行わないまま農地を保有したり、作付けをしてもその後の育成管理を怠ったりするなどの事態が生じることも予想される。このような状況は、農業経営の規模拡大と自立経営農家の育成を目的として多額の国費を投下している本事業の趣旨に沿わない結果を招来することとなる。

 本件干拓地の周辺部では大規模な開発構想が示されており、この干拓地は、その立地、規模等からみて、有効利用を十分図ることができるものである。このことからも、県境問題のために本件土地がさら地のまま放置され、投じられた多額の国費がその効果を全く発現していない事態は改善を必要とすると認められる。

3 本院が表示する改善の意見

 本件干拓地はさら地のまま長期間が経過しており、その間の事業費の増こうにより、農業の健全経営が困難になりつつあると思料される。したがって、多額の国費を投じて造成された干拓地の有効利用を図る観点から、早急に県境を確定するよう関係機関に対し強く要請し、その解決を図る要がある。また、その後に策定される干陸計画において、周辺の農業事情を考慮して営農の可能性について十分検討するとともに、本件干拓地の立地条件や将来の農業情勢等を総合的に勘案することにより、干拓地の利用について多角的に検討する要がある。