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労働者災害補償保険の診療費の算定を適切に行うよう改善の処置を要求したもの


労働者災害補償保険の診療費の算定を適切に行うよう改善の処置を要求したもの

会計名及び科目 労働保険特別会計(労災勘定)(項)保険給付費
部局等の名称 労働本省(支出庁)
茨城労働基準局ほか17労働基準局(審査庁)
給付の根拠 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)
給付の内容 業務上の事由又は通勤により負傷し又は発病した労働者に対する診察、薬剤の支給等の療養の給付
過大支払額 3億5000万円(昭和63年10月支払分の診療費に係る推計額)
<検査の結果>

  労働者災害補償保険の診療費の算定について調査したところ、18労働基準局において、労働省が定めた算定の基準と異なる割高な料金(地域特掲料金)を設定して診療費を算定していた。これら18労働基準局の昭和63年10月支払分のレセプト(診療費の請求書の内訳書)の一部を抽出して算定の基準に基づいてその診療費を算定し直すと、6909万余円が過大に算定され支払われていると認められた。そして、各労働基準局ごとの過大支払額をそれぞれのレセプトの抽出率で除して63年10月分全体の過大支払額を推計すると、計約3億5000万円となる。
 このような事態が生じているのは、主として次のことによると認められた。

(ア) 労働省において、各労働基準局における診療費の算定の実態把握が十分でなく、指導・監督が適切に行われていなかったこと

(イ) 各労働基準局において、算定の基準の制定趣旨に対する認識が十分でなく、地域特掲料金を解消する方策が適切に執られていなかったこと

<改善の処置要求>

  労働省において、速やかに、各労働基準局における算定の実態を調査し、各労働基準局に対し具体的な方策を指示するなどして、地域特掲料金の解消を図る要があると認められた。
 上記のように認められたので、会計検査院法第36条の規定により平成2年10月5日に労働大臣に対して改善の処置を要求した。

【改善の処置要求の全文】

労働者災害補償保険の診療費の算定について

(平成2年10月5日付け 労働大臣あて)

 標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。

1 制度の概要

(労働者災害補償保険の診療費)

 貴省では、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)による保険給付として、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は発病した労働者に対して、診察、薬剤の支給等の療養の給付を、都道府県労働基準局長の指定する病院若しくは診療所又は同法の規定による労働福祉事業の一環として設置された病院(以下「労災指定病院等」という。)において行うこととしている。そして、療養の給付としての診療を行った労災指定病院等は、都道府県労働基準局に対して診療に要した費用(以下「労災診療費」という。)を請求することとなっており、都道府県労働基準局では請求の内容を審査し、その結果に基づき、労働本省において労災診療費を支払うこととなっている。この支払額は、昭和63年度において2464億3562万余円となっている。

(診療費の算定方法)

 労災診療費の算定方法については、各都道府県や各労災指定病院等によって区々とならないよう、貴省労働基準局長が「労災診療費算定基準について」(昭和51年基発第72号。以下「算定基準」という。)を定め、この算定基準に基づいて各都道府県労働基準局長が地元医師会等と協定を結ぶなどしている。算定基準によれば、労災診療費は、〔1〕 健康保険法(大正11年法律第70号)の規定に基づく診療報酬点数表の点数に12円(法人税等が非課税となっている公立病院等については11円50銭)を乗じて算定すること、ただし、〔2〕 初診料、再診料等特定の診療項目については、健康保険法の規定に基づく点数とは異なる点数又は金額(以下「労災特掲料金」という。)を別に定め、これにより算定することとしている。これらは、労働災害による負傷が一般に複雑で、負傷部位の汚染も広く、かつ、深いなどの特殊性と、労災診療費は社会保険診療報酬と異なり税制上の特例措置が適用されないなどの課税上の差異を考慮したものである。

(算定基準の制定の経緯)

 上記の労災診療費の算定基準の制定の経緯は次のとおりである。

(1) 昭和22年に労働者災害補償保険の制度が発足した当初においては、算定方法について具体的な基準が示されていなかったため、診療を行った労災指定病院等がそれぞれ独自の料金で請求し、それに基づき労災診療費が支払われていた。その結果、労災診療費が次第に高額となり、また、同一の診療に対する支払額の差が都道府県間で、あるいは労災指定病院等の間で顕著となってきた。一方、健康保険においては、診療報酬体系の整備・改善が図られ、全国一律の診療報酬点数及び単価による算定が行われるようになってきた。

(2) このような状況から、公正な基準に基づく労災診療費の支払を図るために、社団法人日本医師会との折衝が重ねられ、36年11月の同医師会との合意を経て、都道府県労働基準局に対し労災診療費の算定についての指針が示された。その内容は、原則として、点数は健康保険法の規定に基づく診療報酬点数表の点数を用いること、単価は労働災害の特殊性と課税上の差異を考慮して11円50銭(45年に12円に改定)とすることなどであった。

(3) しかし、上記の指針は、具体的な算定方法を各都道府県労働基準局長の定めるところによることとするなど、労災診療費の算定方法の統一を図るための基準としては十分でなかったため、一部の診療項目において、都道府県間でなお労災診療費の算定方法に差異が見られた。また、日本医師会からはその後の経済情勢の変動等を理由に、労災診療費の改定について再三の要請があった。そこで、貴省では、労災診療費の見直しを再度行い、日本医師会との合意及び関係機関との調整を経て、51年に統一的な算定基準を定め、労災特掲料金を設定する一方、例外的取扱いを認めないこととして都道府県間で算定方法に差異がある事態の解消を図ることとした。

2 本院の検査結果

(調査の対象)

 本院は、平成元年1月から2年3月までの間に、北海道労働基準局ほか31労働基準局(注1) において、昭和63年度の労災診療費の算定について調査した。

(調査の結果)

 調査の結果、茨城労働基準局ほか17労働基準局(注2) において、算定基準のほかに、算定基準より割高な料金を地元医師会等と協定を結ぶなどして設定し(この設定された料金を労災特掲料金と区別して、以下「地域特掲料金」という。)、これにより労災診療費を算定し、支払っている事態が見受けられた。その態様は、

ア 算定基準で認められていない項目についても算定できることとしているもの、

イ 算定基準の所定の点数に一定の点数を加算することとしているもの、

ウ 公立病院等についても1点当たりの単価を12円で算定することとしているものなどである。

 この地域特掲料金について、東京労働基準局における例を挙げると、次のとおりである。

〔1〕  点滴監視料について、算定基準では算定することが認められていないのに、点滴1時間につき1,000円を算定することができる(ただし、1日につき12,000円を限度とする。)こととしている。

〔2〕  検査料について、算定基準では診療報酬点数表の検査料に掲げられたいずれの検査についても所定の点数に単価12円(又は11円50銭)を乗じて算定することとなっているのに、心電図、超音波等7種の検査に限り、単価を20円とすることができることとしている。

 これらの地域特掲料金の多くは、51年の算定基準の制定以前に設定されていたものであるが、神奈川労働基準局ほか8労働基準局(注3) では、算定基準の制定後に新たに地域特掲料金を設定したり、地域特掲料金の項目を追加したりしている。

(改善を必要とする事態)

 労災診療費の算定基準は、健康保険法の規定に基づく診療報酬点数表を基に、労働災害の特殊性などを十分考慮した上で、日本医師会との合意及び関係機関との調整を経て、51年に統一的な基準として制定されたものである。そして、それ以降も、日本医師会からの要望等を踏まえながら適宜改定されてきているもので、政府管掌保険である労働者災害補償保険の労災診療費の算定の基準として全国で統一的に適用される要があると認められる。
 したがって、前記18労働基準局において、労働者災害補償保険の運営に当たり、算定基準のほかに各労働基準局ごとに異なった地域特掲料金を設定し、これにより労災診療費を算定している事態は、算定基準の制定の経緯及び趣旨からみて適切ではなく、改善を必要とすると認められる。

(過大に支払われた金額)

 前記の地域特掲料金を設定している18労働基準局が63年10月に審査したレセプト(労災診療費の請求書の内訳書)の合計は160,219件に上っている。このうちから各労働基準局について2枚から9枚ごとに1枚を抽出(一部の労働基準局については全数)した43,737件(労災診療費32億7098万余円)を調査したところ、地域特掲料金により算定しているものが8,786件見受けられた。いま、これら8,786件のレセプトについて算定基準に基づき算定し直すと、労災診療費2億3902万余円は1億6992万余円となり、差引き6909万余円が過大に支払われていると認められる。
 いま、前記18労働基準局が63年10月に審査した全てのレセプト160,219件(労災診療費120億6687万余円)について、各労働基準局ごとに上記の過大支払額を上記の2分の1から9分の1までの抽出率で除すと、計約3億5000万円となる。

(発生原因)

 このような事態が生じているのは、労働者災害補償保険の運営には地元医師会等の協力が必要であり、これらに対する配慮があったことにもよるが、

(1) 貴省において、労災診療費が適正かつ公平に支払われることを期して統一的な算定基準を定めたものの、各労働基準局における労災診療費の算定の実態について把握が十分でなく、労災診療費の支払の適正化を図るための指導・監督が適切に行われていなかったこと、

(2) 各労働基準局において、算定基準制定の趣旨に対する認識が十分でなく、地域特掲料金を解消する方策が適切に執られていなかったことなどによると認められる。

3 本院が要求する改善の処置

 労働者災害補償保険の療養の給付は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷又は疾病に関する保険給付として今後も引き続き行われるものであり、その労災診療費も毎年多額に上ることが見込まれることから、貴省において、速やかに、各労働基準局における労災診療費の算定の実態について調査し、各労働基準局に対し具体的な方策を指示するなどして、地域特掲料金の解消を図る要があると認められる。

(注1)  北海道労働基準局ほか31労働基準局 北海道、宮城、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、富山、石川、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、和歌山、広島、山口、徳島、愛媛、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、沖縄各労働基準局

(注2)  茨城労働基準局ほか17労働基準局 茨城、埼玉、東京、神奈川、富山、静岡、愛知、三重、京都、大阪、兵庫、和歌山、広島、山口、高知、福岡、熊本、沖縄各労働基準局

(注3)  神奈川労働基準局ほか8労働基準局 神奈川、富山、愛知、大阪、兵庫、広島、山口、高知、福岡各労働基準局