会計名及び科目 | 労働保険特別会計(労災勘定) | (項)保険給付費 (項)労働福祉事業費 |
(款)雑収入 | (項)雑収入 |
部局等の名称 | 労働省 |
費用徴収制度の根拠 | 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号) |
費用徴収制度の内容 | 故意又は重大な過失により保険の加入手続をとっていなかった事業主から保険給付に要した費用の全部又は一部を徴収する制度 |
事故発生後に労働者災害補償保険の加入手続をとった事業主 | 昭和63年度 | 1,088事業主 |
平成元年度 | 1,065事業主 |
このうち費用徴収が行われた事業主 | 昭和63年度 | 4事業主 |
平成元年度 | 5事業主 | |
上記に係る保険給付及び特別支給金の額の合計 | 昭和63年度 | 35億4970万余円 |
平成元年度 | 31億3618万余円 | |
計 | 66億8589万余円 |
費用徴収が行われた事業主に係る費用徴収額 | 昭和63年度 | 77万余円 |
平成元年度 | 63万余円 | |
計 | 141万余円 |
<検査の結果> |
労働省では、労働者災害補償保険について労災事故が発生してはじめて加入手続がとられる事態の防止を図るとともに、事業主間の負担の公平を確保するなどのために、故意又は重大な過失により加入手続をとっていなかった事業主から保険給付に要した費用の全部又は一部を徴収することとする費用徴収制度を設けている。 本院において、24都道府県労働基準局における費用徴収制度の実施状況を検査したところ、保険給付の請求を受けた労働基準監督署から都道府県労働基準局に対し費用徴収の決定に必要な所定の通知が行われていなかったり、故意又は重大な過失の判断に当たり、加入勧奨の有無だけを検討するにとどまっていたりなどしていた。 このような状況の下で、労災事故発生後に加入手続をとった事業主は、昭和63年度1,088事業主、平成元年度1,065事業主(これに係る保険給付等の合計額は66億8589万余円)に上っており、制度発足前よりむしろ増加の傾向にある。これらの事業主のうち費用徴収が行われたのは、9事業主に過ぎなかった。そして、費用徴収が行われなかった事業主の中には、加入勧奨を受けている事業主、複数の事業を経営していて他の事業については加入手続をとっている事業主など、労災保険制度を知っていながら加入手続をとっていなかったと推定されるものが206事業主(これに係る保険給付等の合計額は6億1557万余円)見受けられた。 このような事態が生じているのは、次の理由などによると認められた。 |
(ア)労働省において、制度の運用等の実態把握が十分でなく、都道府県労働基準局等に対する適切な指導、監督が行われていないこと |
(イ)労働省において、通達で、故意又は重大な過失の要件等を明確に示していなかったり、加入手続をとった日以後の給付額を費用徴収の対象としていなかったりしていること |
<改善の処置要求> |
労働省において、費用徴収制度の運用の実態等について速やかに調査、把握した上で、故意又は重大な過失の要件、費用徴収の範囲等について通達等の見直しを行うなどして、法の趣旨に沿って本制度を適切かつ効果的に実施する要があると認められた。 上記のように認められたので、会計検査院法第36条の規定により、平成3年11月12日に労働大臣に対して改善の処置を要求した。 |
(平成3年11月12日付け 労働大臣あて)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
1 制度の概要
貴省では、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)の規定に基づき、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)を運営している。労災保険は、工場、事務所、商店等に雇用される労働者の業務上の事由又は通勤による負傷、疾病等(以下「労災事故」という。)に対して、迅速かつ公正な保護をするため療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付等の保険の給付を行うほか、労働者又はその遺族の福祉の増進を図るため、保険給付に準ずるものとして特別支給金を付加して支給している。
この労災保険について保険関係成立届を提出するなどの加入手続をとっている事業場数は、平成元年度末で約234万2千事業場となっており、労災事故の発生の状況を労災保険の新規受給者数でみると、昭和63年度約83万2千人、平成元年度約81万8千人となっている。また、保険の給付額は、昭和63年度7333億7999万余円、平成元年度7413億7823万余円、特別支給金の支給額は、昭和63年度1280億9258万余円、平成元年度1285億2855万余円となっている。
労災保険については、昭和50年以降、原則として労働者を一人でも使用する事業は、事業を開始した日から適用の対象となることになったところである。しかし、事業開始と同時に特段の手続を待つことなく保険関係が成立することから、事業主が加入手続をとらず保険料を納付していない間に発生した労災事故についても、保険の給付及び特別支給金の支給が行われることになっている。このため、近年、一部の事業主の間に、労災保険については労災事故が発生したあとに加入手続をとれば足りるとする風潮を生んでおり、不慮の事故に備えるという保険制度本来の趣旨から離れるとともに、事業を開始したときから加入手続をとって保険料を納付している事業主との間の負担の公平を欠くことになってきた。そして、さらには、加入手続をとっていない事業主に対し加入促進活動を行う際の障害となってきた。
このような事情の下で、貴省では、国会の議決及びこれに基づく労働者災害補償保険審議会の建議等を踏まえて、労災保険法の改正(昭和61年法律第59号)を行い、62年4月から、故意又は重大な過失により労災事故発生前に加入手続をとっていなかった事業主については、保険給付に要する費用の全部又は一部を徴収することとする費用徴収制度を設けた。そして、労災事故が発生してはじめて加入手続がとられる事態の防止を図るとともに、事業主間の負担の公平を確保し、ひいては未手続事業主の加入促進にも資することとした。
この費用徴収制度の実施については、官房長・労働基準局長名による通達(昭和62年労働省発労徴第23号・基発第174号)等を発し、次のように行うこととしている。
ア 都道府県労働基準局(以下「労働基準局」という。)、労働基準監督署(以下「監督署」という。)、都道府県、公共職業安定所又は労働保険事務組合から加入勧奨を受けたにもかかわらず事業主が加入手続をとっていない場合は、労災保険法に定める故意又は重大な過失に該当するものとして取り扱うこと
イ 加入手続をとっていなかった事業の労災事故について労働者等から保険給付の請求があった場合、当該請求を受理した監督署が労働基準局に対し関係書類を添えて通知し、これを受けた労働基準局が、上記の関係各機関の加入勧奨の実施状況を確認し、これを踏まえたうえで故意又は重大な過失の認定を行うこと
ウ 費用徴収の範囲としては、労災事故発生から加入手続をとるまでの間の保険給付(療養補償給付を除く。)の額に100分の40を乗じた額とすることとし、加入手続をとった日以後の保険の給付額を費用徴収の対象から除外すること
2 本院の検査結果
本院は、63、平成元両年度の費用徴収の実績が全国計で10件程度しかないことから、北海道労働基準局ほか23労働基準局(注1) において、費用徴収制度の運用の実態及び両年度に保険給付を行った労災事故のうち事故発生後に加入手続がとられたものの状況を検査した。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
ア 北海道労働基準局ほか11労働基準局(注2) では、加入手続をとっていなかった事業の労災事故に係る保険給付の請求があった場合に、請求を受理した監督署から労働基準局に対し所定の通知が全く行われていなかったり、一部しか行われていなかったりしていて、費用徴収制度がほとんど運用されていない状況となっていた。
宮城労働基準局ほか4労働基準局(注3) では、保険給付の請求を受理した監督署から労働基準局に対し所定の通知は行われているものの、労働基準局において関係各機関の加入勧奨の実施状況の確認が全く行われていなかったり、一部しか行われていなかったりしていて、費用徴収制度がほとんど運用されていない状況となっていた。
また、残りの7労働基準局を含む19労働基準局(注4) では、故意又は重大な過失の判断に当たり、加入勧奨の有無だけを検討するに留まり、当初加入手続をとっていながら途中で手続を取消したなどの実質的な要素を十分考慮に入れないなど、費用徴収制度が適切に運用されていないと認められた。
イ このような費用徴収制度の運用状況の下で、労災事故発生後に加入手続をとった事業主は、24労働基準局において、昭和63年度で1,088事業主、平成元年度で1,065事業主に上っており、費用徴収制度発足前と比べて、その事業主数はむしろ増加の傾向にあると認められた。
そして、これらの労災事故発生後に加入手続がとられたものに係る保険の給付額は、昭和63年度発生分で29億2828万余円、平成元年度発生分で26億0917万余円に上っている。また、これに付加して支給された特別支給金の額は、昭和63年度発生分で6億2142万余円、平成元年度発生分で5億2701万余円に上っており、これと保険の給付額との合計額は昭和63、平成元両年度発生分で66億8589万余円となっていた。
ウ 上記イの昭和63年度及び平成元年度に労災事故発生後に加入手続がとられたもののうち実際に費用徴収が行われたのは、昭和63年度で4件、平成元年度で5件計9件に過ぎない。そして、これに係る保険の給付額は4657万余円、特別支給金の支給額は413万余円となっている。ただし、費用徴収の額は、加入手続をとった日以後の保険の給付額を費用徴収の対象から除外していることなどから141万余円となっている。
そこで、これら9件以外で記録が保存されているものについて、可能な範囲で労災事故発生時における状況を調査したところ、次のような事業主が見受けられた。
〔1〕 文書等により加入勧奨が行われているのに加入手続をとっていない事業主 | |
27件 |
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〔2〕 当初加入手続をとっていながら労働保険事務組合を変更することなどを理由にして手続を取消していた事業主 | |
12件 | |
〔3〕 複数の事業を経営する場合で一つの事業で労災保険の加入手続をとっていながら事故が発生した事業については加入手続をとっていなかったり、雇用保険の加入手続をとっていながら労災保険については加入手続をとっていなかったりなどしている事業主 | |
167件 | |
計206件 |
そして、これらの事業主は、労災保険制度を知っていながら、労災事故発生時まで加入手続をとっていなかったものと推定されるが、これらの事業主のもとで発生した労災事故に係る保険の給付額は4億8983万余円、特別支給金の支給額は1億2573万余円合計6億1557万余円となっていた。
上記のとおり、労災事故が発生してはじめて加入手続がとられる事態を防止し、事業を開始したときから加入手続をとって保険料を納付している事業主との間の負担の公平を確保すること等を目的として設けられた費用徴収制度は、労災保険法の趣旨に沿って適切に実施されていないため、所期の目的を達しておらず、改善を必要とすると認められる。
このような事態が生じているのは、次の理由などによると認められる。
ア 各労働基準局において、
(ア) 費用徴収制度の運用について管内の監督署に対し指導、監督が十分行われていないこと
(イ) 関係各機関の加入勧奨の実施状況を十分に調査、確認しないまま費用徴収の必要の有無を決定していること
イ 貴省において、
(ア) 労災事故発生後の保険加入の実態及びこれに係る費用徴収制度の運用の実態について把握が十分なされておらず、費用徴収制度の適切な実施を図るための指導、監督が行われていないこと
(イ) 前記通達で、故意又は重大な過失の要件等を明確に示していないこと
(ウ) 同通達で、費用徴収額の算定に当たり、労災保険への加入手続をとった日以後の保険の給付額について費用徴収の対象から除外しているため、労災事故発生後直ちに事業主が労災保険への加入手続をとれば費用徴収額が極めて少額となることから、費用徴収の効果が十分発現しないこと
3 本院が要求する改善の処置
近年、保険の給付額等が増加の状況にあることにかんがみ、貴省において、各労働基準局における労災事故発生後の保険加入の実態及び費用徴収制度の運用の実態について速やかに調査、把握する要があると認められる。そして、その結果に基づいて故意又は重大な過失の要件及び費用徴収の範囲等に検討を加えるなど通達等の見直しを行うとともに、労働基準局等に対する指導、監督の適正化を図り、もって本制度を労災保険法の趣旨に沿って適切かつ効果的に実施する要があると認められる。
(注1) 北海道労働基準局ほか23労働基準局 北海道、宮城、山形、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、山梨、長野、愛知、三重、大阪、兵庫、和歌山、広島、山口、高知、福岡、大分、宮崎、鹿児島各労働基準局
(注2) 北海道労働基準局ほか11労働基準局 北海道、栃木、埼玉、新潟、愛知、大阪、和歌山、広島、高知、大分、宮崎、鹿児島各労働基準局
(注3) 宮城労働基準局ほか4労働基準局 宮城、山形、神奈川、山梨、福岡各労働基準局
(注4) 19労働基準局 (注1)の24労働基準局のうち、監督署から労働基準局に対し所定の通知が全く行われていない5労働基準局を除いた労働基準局