事業名 | 国営羊角湾土地改良事業 |
事業の概要 | 干拓事業及び総合農地開発事業により、農地を造成するとともにこれらの造成農地等にかんがいを行うため、両事業の共同の負担で羊角湾の一部を締め切り淡水化して水源を確保する事業 |
平成5年度までの支出済額 | 109億0420万余円 |
上記の事業は、農業の生産性の向上、農産物の安定供給に資することなどを目的として、農林水産省が、昭和43年度から熊本県牛深市等において、干拓事業及び総合農地開発事業により、農地を造成するとともに、両事業に係るかんがい用の水源施設を整備するものである(これらに係る平成5年度末までの支出済事業費合計109億0420万余円)。
本院では、過去の決算検査報告に、干拓事業については、工事を長期にわたり休止している事態を、また、総合農地開発事業については、造成された農地の一部が耕作されず事業効果が発現していない事態を、それぞれ掲記したところである。
そして、これまでに決算検査報告に掲記した事態を踏まえ、本件事業の実施状況、事業効果の発現状況、今後の事業実施の可能性等について検査したところ、次のような状況となっていた。
(1) 干拓事業及び両事業に係る水源施設については、漁業補償問題が解決していないため、49年度に工事を休止し、再開の目途が立っておらず、事業の効果が長期にわたって発現していない。そして、事業の長期化等に伴う事業費の増大等により、干拓による造成農地の将来の取得者の負担金の増大が見込まれ、地元の農業情勢が著しく変化している状況の下で、今後工事を再開したとしても、事業計画どおりに干拓地での営農が行われることは相当困難な状況であると認められる。
(2) 総合農地開発事業については、48年度までに事業計画に定めた農地造成を完了している。しかし、事業の一部である水源施設に係る工事が上記のとおり休止しているため、事業完了ができないままとなっている。このため、事業完了後に償還することとなっている造成農地に係る受益者負担金が国庫に償還されていないなどの事態となっている。
本件事業について、農林水産省では、本院の昨年来の検査の結果も踏まえ、次のような方向で関係機関と協議を行っているところである。
(1) 干拓事業及び水源施設については、当分の間事業を休止させ、その間に事業の実施について多角的に検討を行う。また、事業完了を待たずに、県及び受益者の負担金相当額の償還を開始する。
(2) 総合農地開発事業については、事業計画の変更を行い、水源施設に係る工事を事業から除外して、事業を完了させ、造成農地に係る受益者負担金の償還を開始するなどの措置を執る。
ついては、国営土地改良事業の有効かつ適切な実施の観点から、本件国営羊角湾土地改良事業について、将来の農業情勢や地域の実情等を総合的に勘案し、農林水産省において関係機関等と協議するなどして、上記の対策が着実に実施されることなどにより、事態の改善が図られることが望まれる。
1 事業の概要
国営羊角湾土地改良事業は、土地改良法(昭和24年法律第195号)に基づき、農業の生産性の向上、農産物の安定供給に資することなどを目的として、農林水産省が昭和43年度から、熊本県牛深市並びに天草郡河浦町及び天草町において実施しているものである。
この事業は、干拓事業及び総合農地開発事業からなっている。このうち干拓事業は、羊角湾(以下「湾」という。)の、牛深市及び河浦町地先の干潟を干拓して農地を造成するとともに、この農地にかんがいを行うものである。また、総合農地開発事業(以下「農地開発事業」という。)は、湾に面する上記1市2町に所在する山林原野を開墾して農地を造成するとともに、周辺の既存の農地と併せてかんがいを行うものである。そして、これらの造成農地等へのかんがいについては、湾に締切堤防を築造して淡水湖とし、その水源を確保することとしている(以下、この淡水湖を「水源施設」という。)。この水源施設に係る事業費は、水利用割合に基づいて、両事業で負担することとしている。
本件事業のうち農地開発事業については、43年度に農地造成工事に着手し、48年度までに361haの造成を完了し、62年度までに造成地内の農道整備等を実施した。
一方、干拓事業及び両事業に係る水源施設については、44年度に、干拓堤防及び締切堤防の築造工事に着手したが、工事の実施に伴い海水汚濁が生じたとして、地元の漁業者から漁業補償に係る訴訟が提起されたことなどのため、締切堤防の排水樋門の建設などを施工した段階で49年度から工事を休止した。
本件事業は、当初、干拓事業及び農地開発事業の両事業とも49年度までに完了することとして、それぞれの事業計画を46年2月及び44年6月に確定し、総事業費を58億9700万円としていた。
その後、工事休止後の農業情勢の変化を踏まえ、平成元年2月に事業計画の変更を行い、事業完了年度を、干拓事業については6年度、農地開発事業については4年度とし、総事業費を153億6000万円としているところである。
これらの事業計画の内容の主なものは次のとおりである。
<干拓事業 > | (当初計画) |
(変更計画) |
工期 | 昭和44年度〜49年度 | 昭和44年度〜平成6年度 |
事業費 | 14億2700万円 | 82億5600万円 |
造成農地 | 142 ha | 140 ha |
配分予定農家戸数 | 142戸 | 101戸 |
<農地開発事業> | (当初計画) | (変更計画) |
工期 | 昭和43年度〜49年度 | 昭和43年度〜平成4年度 |
事業費 | 44億7000万円 | 71億0400万円 |
造成農地 | 977 ha | 361 ha |
事業計画の主な変更点は、次のとおりである。
(ア) 干拓事業においては、干拓地の配分予定農家戸数を142戸から101戸に減少させたこと
(イ) 農地開発事業においては、造成予定農地を977haから361ha(昭和48年度までの造成完了面積)に減少させたこと、及び、国営事業として実施することとしていたかんがい用の用水路の整備を、県営事業及び地元市町等の団体営事業で実施することとしたこと
これらの事業に係る5年度末までの支出済事業費は、干拓事業38億6134万余円、農地開発事業70億4285万余円、計109億0420万余円となっている。
国営土地改良事業に関する経理については、国営土地改良事業特別会計(以下「特別会計」という。)を設置し、一般会計と区分して行うこととなっている。この事業に要する費用は、国、都道府県及び受益農家等(以下「受益者」という。)がそれぞれ土地改良法施行令等に定められた割合に応じて負担することとなっており、このうち、国の負担分は、一般会計から特別会計への繰入金等をもって充てることとしている。
そして、特別会計では、本件事業の県及び受益者の負担分については、干拓事業においては、その両方を資金運用部からの借入金を財源とし、また、農地開発事業においては、県負担分については同部からの借入金、受益者負担分については上記の国負担分とは別の一般会計からの繰入金等をそれぞれ財源とすることとしている。
これらの県及び受益者の負担分の特別会計への償還に当たっては、県がその負担分及び受益者から徴収する受益者負担分を合わせて行うこととなっている。そして、これらの償還時期については、干拓事業においては、事業が完了し造成地の配分が行われ、所有権が受益者に移転した年度の翌年度から、また、農地開発事業においては、県負担分は、事業実施の都度その翌年度から、受益者負担分は、事業が完了した年度の翌年度から、それぞれ償還を開始することとなっている。
2 検査の結果
本院では、干拓事業については、工事を長期にわたり休止している事態(昭和51年度決算検査報告及び昭和55年度決算検査報告)を、また、農地開発事業については、造成された農地の一部が耕作されず事業効果が発現していない事態(昭和54年度決算検査報告及び昭和59年度決算検査報告)を、他の国営土地改良事業等と併せて、決算検査報告にそれぞれ掲記したところである。
その後、昭和62年に前記の地元漁業者との係争が解決し、63年8月、熊本県知事から工事再開の要請があったことから、農林水産省では、工事休止後の農業情勢の変化を踏まえ、前記のとおり、平成元年に両事業の事業計画を変更した。
そして、これらの変更後の事業計画で、両事業の完了予定年度が農地開発事業は4年度、干拓事業は6年度とされていることから、本院では、これまでに決算検査報告に掲記した事態及び上記の状況の変化を踏まえ、事業の実施状況、事業効果の発現状況、今後の事業実施の可能性等について、昨年から本年にかけて、総合的に検査を実施した。
検査したところ、本件事業について、以下の事態が見受けられた。
(1) 干拓事業及び両事業に係る水源施設について
漁業補償については、昭和44年度以降、干拓堤防等の工事を休止している間も、逐次、漁業権を有する漁業協同組合等の関係者に対する補償を実施してきており、平成5年度末現在までに支払った補償額は総額13億7591万余円に上っている。しかし、前記の係争が解決した現在もなお、真珠養殖事業者との間の漁業補償問題が残っており、この交渉が難航しているなどの状況にある。
このため、干拓堤防等の工事を再開することができず、今後、工事を休止した状態がさらに長期化することが見込まれる。
干拓事業における5年度末までの支出済事業費は38億6134万余円となっている。また、県及び受益者が負担する額は、この支出済事業費のうちの10億6875万余円及びこれまでに発生した利息8億6648万余円、計19億3523万余円となっている。
干拓事業の事業費は、当初計画から約20年を経過し、その間の大幅な物価上昇等のため、元年2月の変更計画では82億5600万円と増大し、さらに、5年度末現在の予定総事業費は107億2000万円となっている。
そして、干拓事業完了後における受益者負担金を、この予定総事業費に基づき、また、5年度に工事を再開し、かつ、変更計画で見込んだ予定工期7年間で事業が完了するなどと仮定して試算すると、その総額は29億6245万余円(事業費に相当する額17億9250万余円、これに係る利息11億6995万余円)となる。これを、配分される農地10a当たりに換算すると211万余円となる。この10a当たりの負担金の額は、経営規模の拡大を目指す農家に農地をあっせんするための目安として、熊本県農業会議が設定した地元市町における生産条件等が優れている農地の価格(田で140万余円、畑で69万余円)と比較しても相当割高なものとなっている。また、1戸当たりの配分予定面積が1.4haであることを考慮すると、1戸当たりの受益者負担金は2958万余円となる。
ア 農家戸数等の動向
干拓事業の開始初期である昭和45年と20年経過した後の平成2年との間における、牛深市及び河浦町の農家戸数等の動向は下表のとおりとなっている。
年次等
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調査項目 |
昭和45年(A) | 平成2年(B) | 比率(B/A) | 左の率の県平均値 | |
農家戸数 | 3,855戸 | 1,987戸 | 51.5% | 65.0% | |
農業就業人口 | 6,252人 | 2,582人 | 41.2% | 53.8% | |
60歳未満の人口及び(比率) | 4,200人 (67.2%) |
1,178人 (45.6%) |
28.0% | 40.4% | |
60歳以上の人口及び(比率) | 2,052人 (32.8%) |
1,404人 (54.4%) |
68.4% | 99.0% | |
経営耕地総面積 | 2,388ha | 1,193ha | 50.0% | 79.0% | |
耕作放棄地 | 統計なし | 178ha | - | - |
(注) 5年毎に農林水産省の実施する農家一斉調査の結果である農業センサスによる。
すなわち、地元市町における農家戸数は、この20年間に半減し、これに伴い農業就業人口も減少するなかで、農業従事者の高齢化が進行している。また、農地の潰廃等により経営耕地総面積は2,388haから1,193haと半減し、しかも、耕作放棄地(過去1年間以上作物が栽培されておらず、再び耕作するはっきりした予定のない農地)は178haとなっている。
イ 営農に要する労働時間
変更計画上の営農計画に基づき農林水産省が試算したところ、配分予定農家は既に1戸当たり水田0.5ha、樹園地(みかん)0.3ha計0.8haを所有し、これらの営農に年間約860時間の労働時間を要するとしている。そして、事業完了後、干拓地の配分予定農地1.4haではメロンなどの施設野菜等を作付けすることとしており、合わせて2.2ha(当初の約2.7倍)の営農を行うためには、農地配分後の営農の主体となる施設野菜の栽培に多くの労働時間を要することから、1戸当たり年間約4,900時間から約5,800時間の労働時間が必要とされている。
したがって、変更計画で想定している営農を行うためには、年間労働時間は配分前に比べ約5.7倍から約6.7倍と大幅に増加することになる。
以上のように、干拓事業及び水源施設については、漁業補償問題が解決していないため、依然として工事再開の目途が立っておらず、多額の国費を投じた事業の効果が長期にわたって発現していない状況となっている。
また、事業の長期化等に伴う事業費の増大及び利息の累増により、造成農地を配分した場合の受益者負担金が増大してきている。そして、地元の農業情勢が著しく変化している状況下において、今後工事を再開したとしても、事業計画どおりに配分農家を確保し、営農を行うことは相当困難な状況であると認められる。
(2) 農地開発事業について
昭和48年度までに361haの農地造成は完了しているが、上記(1)のとおり、水源施設の工事が休止したままとなっているため、かんがい用水の整備が実施されていない。
しかし、造成農地については、作付けされていない農地が81ha見受けられるものの、それ以外の農地ではみかん等の作付けがされている。また、受益農家が自己資金などにより貯水槽等を設置して渓流から取水するなどして、病虫害の防除及びかんがい用水の手当てを行い、農地造成後約20年にわたって営農が継続されている。
農地開発事業における平成5年度末までの支出済事業費は、70億4285万余円(このうち、水源施設の建設に係る費用を除くと51億2603万余円)となっている。
農地開発事業の事業費は、変更計画で農地造成面積を大幅に減少させ、かんがい用の用水路の整備を県営事業及び地元市町等の団体営事業で実施することとしたにもかかわらず、当初計画から約20年を経過し、その間の大幅な物価上昇等のため、元年2月の変更計画では71億0400万円と増大している。さらに、5年度末現在の予定総事業費は79億4000万円(このうち、水源施設の建設に係る費用を除くと51億6000万円)となっている。
そして、この予定総事業費に基づく農地開発事業の受益者負担金の総額は、6年度中に農地開発事業から水源施設に係る工事を除外して事業を完了するなどと仮定して試算すると、3億2978万余円となる。
以上のように、農地開発事業については、農地の造成後20年以上の間、営農が継続されていて受益が発生している一方、水源施設に係る工事が休止中であり、事業を完了させることができないまま推移している。このため、県負担金は事業実施の都度その翌年度から償還を開始しているのに、事業完了後に償還することとなっている造成農地に係る受益者負担金はその償還が開始されていないなどの事態となっている。
3 本院の所見
本院は、これまで、多額の事業費を投下して実施される多数の国営土地改良事業について、事業の有効かつ適切な実施の観点から、継続して検査を実施してきている。その結果、前記のとおり、過去の決算検査報告において、数次にわたり、問題提起や改善の意見表示を行うなどして、事業の実施や運営について注意を喚起してきたところである。
そして、この間、農林水産省を始め関係機関等においては、各般の施策を講じるなどして、各々の事業の推進及び事態の改善を図る努力を続けてきている。
しかし、これまで記述してきたように、本件国営羊角湾土地改良事業については、工事が休止した事態が長期間継続しており、その間の農業情勢の変化等により、現行の事業計画どおりに事業を実施することは相当困難な状況となっている。
農林水産省では、本院の昨年来の検査の結果も踏まえ、本件事業について、次のような方向で関係機関と協議を行っているところである。
(1) 干拓事業及び水源施設については、当分の間事業を休止させ、その間に事業の実施について多角的に検討を行う。また、事業完了を待たずに、県及び受益者の負担金相当額の償還を開始する。
(2) 農地開発事業については、事業計画の変更を行い、水源施設に係る工事を事業から除外して、事業を完了させ、造成農地に係る受益者負担金の償還を開始するなどの措置を執る。
ついては、将来の農業情勢や地域の実情等を総合的に勘案し、農林水産省において関係機関等と協議するなどして、上記の対策が着実に実施されることなどにより、事態の改善が図られることが望まれる。