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  • 国会からの検査要請事項に関する報告(検査要請)|
  • 会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告書|
  • 平成10年9月

公的宿泊施設の運営に関する会計検査の結果について


(1)行政改革との関連

(公的宿泊施設と行政改革)

 公的宿泊施設は、各種の社会保険や簡易生命保険の被保険者等の福祉の増進、あるいは郵便貯金の普及等、それぞれの関係法令等に定められた政策目的を果たす施設として設置されたものであり、いずれも宿泊機能を備えている。
 これらの施設については、観光が一般国民の間で普及するようになった昭和30年代からの国内観光需要の増加や、民間の旅館・ホテルが現在に比べて格段に少なかった事情もあり(注9) 、その設置はおおむね肯定的にとらえられてきたといえる。
 これに対し、50年代後半に入ると、社会・経済情勢の変化の中で、いわゆる官業として行っている事業についても民間で可能なものは、極力民間に任せるべきとする考えが重要視されるようになってきたが、こうした中で、公的宿泊施設のあり方についても、民間の旅館・ホテルが充実されてきたこともあって、様々な議論がなされるに至った。
 政府においては、臨時行政調査会の最終答申(58年3月14日)を受けて、58〜59年にかけて、郵便貯金会館や、雇用促進事業団・簡易保険郵便年金福祉事業団(当時)・年金福祉事業団の設置する会館・宿泊施設等の新設は、原則として行わないことなどを数次にわたり閣議決定している(注10)
 これを受けて、各省庁等では、各閣議決定の対象施設については、閣議決定当時既に着工していたり、計画が進行中であったなどの理由により建設を続行した施設(表4-1 )を除き、各閣議決定以降新設は行っていないとしている(注11)
 なお、最近新設された郵便貯金総合保養施設(平成9年4月開業。ほかに11年度開業予定)及び勤労者リフレッシュセンター(10年3月開業)について、各施設を設置する郵政省及び雇用促進事業団では、施設の内容や性格から、上記の各閣議決定に反しているものではないとしている。

(注9)  昭和40年と平成8年を比べると、客室数で旅館は1.6倍、ホテルは23倍となっている(厚生省「衛生行政業務報告」より算出)
(注10)  58年5月24日閣議決定「臨時行政調査会の最終答申後における行政改革の具体化方策について」など
(注11)  ただし、老朽化した施設の建替えや改築のほか、一部の施設では、増築が行われている

 また、厚生省(社会保険庁)が設置する施設については、上記の各閣議決定の対象とはされていないが、行政管理庁(当時)の行政監察(昭和58年9月報告)において、保養所、会館の施設の新設を原則として行わないこととする必要があるとされたことから、厚生省では当時計画決定済のものを除いて、同報告以降施設の新設を行っていない。ただし、行政監察で報告された以外の施設種別、例えば健康増進機能を備えた厚生年金健康福祉センター等の施設については、その後も新設が行われてきた。
 厚生省(社会保険庁)は、厳しい財政状況が見込まれることを勘案し、現在、公的宿泊施設の設置・運営に係る関係予算の大幅な縮減、新規設置の抑制、既存施設の一層の運営の効率化等を進めている。

(表4-1)昭和58年度以降の閣議決定等対象施設の新設数
58年の閣議決定当時の状況 厚生省
(社会保険庁)
郵政省 雇用促進事業団 簡易保険福祉事業団 年金福祉事業団
着工済み 10 - 6 4 3
計画が進行中 - 2 3 8
(備考)1. 設置者提出資料により作成。
2. 厚生省の設置施設については、行政監察の報告対象施設。

(特殊法人の整理合理化)

 雇用促進事業団及び年金福祉事業団については、行政改革の一環としてその廃止方針が平成9年6月に閣議決定されているところであるが、各事業団廃止後におけるその設置する施設のあり方に係る検討状況についてみると、次のとおりである。

(1)雇用促進事業団の現行業務のうち職業能力開発関連業務等については、業務内容を精査した上、新たに設立する法人に移管する方針が決定されている。労働省は、11年の通常国会に法案を提出すべく検討中であり、現在運営している当該宿泊施設の今後の取扱いについても併せて検討しているところである。
 なお、検討に際しては、現に当該施設が継続的に運営されているため、地域の経済、雇用に対する影響などを考慮することとしている。

(2)年金福祉事業団については、11年に行われる年金の財政再計算に合わせ、年金資金の運用の新たなあり方につき結論を得て、廃止することとされ、大規模年金保養基地業務からは撤退する方針が決定されている。
 事業団では、閣議決定を受けて、施設の運営を委託している9県及び(財)年金保養協会に運営を委託している4基地の所在する4道県に対し、施設の利用方策及び基地資産の取得について検討を依頼している。
 これについては、関係者間でいまだ合意が形成されていないが、13道県の意向は、次のようなものとなっている。
〔1〕 厳しい財政状況から基地資産の取得や運営を行うことは困難である。
〔2〕 提示された価格(注12) での基地資産の取得は、現時点では難しい状況である。
〔3〕 現時点において具体的利用方策はないが、新たな活用方策について、考慮していきたい。
〔4〕 国の責任において運営することを要望。

 年金福祉事業団では、地元道県への基地譲渡について、検討価格として、簿価の1/2を提示している。

(2)収支の状況

 公的宿泊施設の運営における損益(収支)は、基本的には運営受託者にとっての損益(収支)であり、運営上の損失が国の特別会計や各事業団の負担に直ちに結びつく仕組みとはなっていない(直営方式の簡易保険福祉事業団の施設及び雇用促進事業団の全国勤労青少年会館等10施設を除く)。
しかし、運営における損失の程度が著しく大きく、かつその状態が複数年度にわたり継続している施設については、中長期的に施設運営の健全性が確保できず、今後運営受託者の財政面の制約から運営の継続に支障を来し、ひいては事業の目的を達成できなくなるおそれもある。また、簡易保険福祉事業団及び雇用促進事業団の一部の設置施設については、個々の施設の運営の損益が事業団に帰属していて、事業団全体の損益に反映するため損失は重要な指標である。
このため、収支が著しく悪い施設については、例えば施設の老朽化の程度、立地の影響など収益に及ぼす要因と、人件費などの固定費用の比率といった費用に及ぼす要因を十分把握するとともに、仮に国の特別会計の負担において建替え、改築あるいは大規模な修繕を行った場合これに見合う収支の改善が見込めるか、また、運営の合理化、民間委託の推進等経営努力によって事態は改善するかなどを適切に予測することが重要である。

(3)利用状況と利用料金

(施設の稼働率と被保険者等の利用割合)

 公的宿泊施設の土地・建物は、いずれも国有財産であるか、国の出資法人である各事業団の財産であることから、設置目的に沿って効果的に利用されることが望ましい。
稼働率は、施設が如何に効果的に使用されているかを示す指標の一つである。また、利用者全体に占める被保険者等の割合は、被保険者等の福祉の増進といった事業目的の達成度を表す指標の一つでもある。公的宿泊施設の稼働率は、全般的に見れば平均的な民間の旅館の水準を上回っているが、一部において稼働率の低い施設も見受けられる。
また、船員保険保養所等においては、被保険者等の利用割合の著しく低い施設が多い。

(一般利用者の位置付け)

 郵便貯金会館等を除く公的宿泊施設においては、関係法令等に定められた事業の目的を踏まえて、被保険者等の特定の者を施設本来の利用者と位置付けているが、その多くは被保険者等とそれ以外の一般利用者との取扱いを区別しており、特に利用料金の面では、一般利用者には被保険者等より高い料金を適用している。
一般利用者については、その料金収入が収益源となっていて、施設の安定的な運営に寄与している側面はあるものの、基本的には施設の本来的な利用者ではなく、被保険者等の利用に支障を来さない限度で、いわば付随的に利用を認められている者と位置付けられている。
したがって、一般利用者は事業によって(換言すれば、国の特別会計の負担によって)もたらされた、通常より廉価な料金やより良いサービスを受けるべき対象ではないと考えられるので、利用に当たっては適切な自己負担を求めることが必要とする考え方が有り得る。
こうした考え方に立つとすれば、一般利用者の利用料金の設定に当たり、運営収支への影響、周辺類似施設の料金の考慮と並んで、事業のコスト、具体的には国の特別会計の負担状況を考慮することが必要と考えられる。

(利用者の確認)

 各施設の現場における被保険者等と一般利用者との区別状況について、本院が調査したところ、必ずしもその確認体制が十分ではなく、本来は被保険者等の料金を適用されるべきでない者に対しても、被保険者等の料金を適用するおそれのある施設が見受けられた。

(4)事業の評価システム

(最終負担者の意見の反映)

 公的宿泊施設の設置・運営に係る国の特別会計の負担は、最終的には社会保険等各制度の被保険者等や事業主の負担に帰着する。一方、これらの施設事業は、それぞれ法律に根拠を持って行われている事業であるが、保険給付等の制度本体から見れば付帯的業務であり、また、施設を利用しない者は利益を受けられないということからすれば、被保険者等やその他の負担者に対してあまねく利益をもたらすものでもないという性格を有している。このような施設事業に対して、保険給付等に充てることもできる貴重な財源を使用するのであるから、施設事業の運営、とりわけ国の特別会計の負担に関しては、最終負担者の十分な合意を得る仕組みが重要と思われる。
この点について、厚生省(社会保険庁)においては各社会保険制度ごとに、随時事業のあり方に関して労使の代表を含む会合を開くなどしている。そして、郵便貯金振興会には、預金者の会の代表者等で構成する評議員会が設置されており、重要事項を審議している。また、雇用促進事業団関係の施設の設置・運営等に関して、労働省では費用の最終負担者である事業主側代表との間で定期会合を持ち、その意見を業務に反映させているところであり、簡易保険福祉事業団についても、運営審議会を設置し、定期的に開催しており、運営に関して、簡易生命保険の被保険者等の代表から意見を徴している。さらに、年金福祉事業団においても、被保険者代表等による参与会を定期的に開催し運営に対する意見を聞いている。

(業績の評価)

 雇用促進事業団、簡易保険福祉事業団及び年金福祉事業団では、公的宿泊施設の設置・運営について毎年度、計画達成率(達成度)、稼働率(効率性)、収支率(健全性)等の指標を用いて業績評価を実施している。
公的宿泊施設の事業の評価に当たっては、事業全体の費用と便益を把握する見地から、被保険者等の福祉の増進など事業の本来的な目的の達成度の測定基準や、国の特別会計の負担状況等に関する評価指標についても開発を検討する意義が大きい。

(5)まとめ

 公的宿泊施設については、民間同種施設の充実などを背景として、昭和58年の臨時行政調査会の答申や閣議決定において新設の抑制方針が示され、以降の新設施設は、被保険者等のニーズの変化に対応するなどして従来の宿泊保養といった単機能型から、健康増進機能等を併せ備えた多機能型へと変化してきた。
また、最近の民間でできることは民間でという考え方を主要な理念とする行政改革の流れを受けて、今後の新設は全体としてはさらに抑制されるものと見込まれる。
一方、事業の財源である国の各特別会計の財政についてみると、現在、各種社会保険の給付と負担を巡っては、制度のあり方を含めて様々な議論がなされており、資金運用面においても、簡易生命保険を含めて、低金利や収益率の低迷など厳しい環境下にある。
このような状況の下で、被保険者等の支払保険料などの限られた財源を用いて、被保険者等の福祉の増進などの法令に定められた目的を、有効かつ効率的に達成するためには、今後の公的宿泊施設の設置・運営の課題として次のような事項が考えられる。

〔1〕 施設の稼働率や収支の状況は、それぞれの施設の設置・運営の有効性又は健全性を示す重要な指標であるので、設置者においてこれらを十分把握し、稼働率が著しく低かったり、収支が著しく悪い施設については、その原因を十分究明した上、今後の事態の改善や事業継続の可能性あるいは統廃合の要否等を検討する必要がある。

〔2〕 被保険者等は設置目的上施設の本来的な利用者であり、また、その多くは費用の最終的な負担者であることから、このことを十分念頭においた上で運営を行う必要がある。

〔3〕 事業運営に最終負担者の意見を反映させるためには、まず、現在の仕組みを積極的に活用することが重要である。

〔4〕 事業の評価を適切に行うためには、設置者において業績評価制度の確立や内容の充実が望まれる。その際、国の特別会計の負担状況と、事業の便益が誰にどれだけ及んでいるかなどについて把握する努力も必要である。

〔5〕 今後とも閣議決定等に沿った措置を採ることはもとより、閣議決定等の対象とされていない施設についても、民間同種施設の充実、利用者のニーズ等公的宿泊施設をとりまく状況や、国の特別会計の財政見通しなどを十分考慮した上で設置・運営する必要がある。

 なお、雇用促進事業団については、業務内容を精査後、職業能力開発業務等の新法人への移管に合わせて、設置施設の今後の取扱いについて速やかに処理方針が決定されることが望まれる。また、年金福祉事業団については、大規模年金保養基地業務から撤退方針が決定しているので、速やかに関係者と合意の上、設置施設について適切な処理がなされることが望まれる。

 いずれの公的宿泊施設においても、国、各事業団、運営受託者等の設置・運営に関わる者、被保険者等をはじめとする施設利用者、及び被保険者等や事業主等の財源の最終負担者だけでなく、地方公共団体、地域住民、さらには民間の同種事業者など多くの人々も様々な利害関係を持ち、相互に影響を及ぼしていること、また、公的宿泊施設の中には、宿泊機能のみならずその他の機能を併せ持つものが少なくないことから、公的宿泊施設のあり方について幅広く議論がなされることが肝要である。