生活保護制度は、日本国憲法第25条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的として、生活保護法(昭和25年法律第144号)により保護を行うものである。生活保護法において現に保護を受けている者を「被保護者」といい、また、現に保護を受けているといないとにかかわらず、保護を必要とする状態にある者を「要保護者」という。
保護は、生活に困窮する者が、その利用しうる資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助(以下「他法他施策」という。)は、すべてこの生活保護法による保護に優先して行われるものとされている。そのため、保護の実施に当たっては、各種の社会保障施策による支援、不動産等の資産、扶養義務者による扶養、稼働能力等の活用が前提となっている。なお、急迫の場合に必要な保護を行うことを妨げるものではない。
また、保護は、厚生労働大臣の定める「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号、以下「保護基準」という。)により測定した要保護者の需要を基として、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとされ、原則として世帯を単位として金銭給付又は現物給付を行うこととなっている。保護基準は、要保護者の年齢別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすために十分なものであって、かつ、これを超えないものでなければならないこととなっている。
保護費については、保護基準で測定される最低生活費と収入を比較し、収入が最低生活費に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた差額を支給することとなっている(図4—1参照) 。
収入は、就労による収入、年金等社会保障の給付、扶養義務者(親、子供など)による援助、交通事故の補償等について、社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。全国で1,225箇所(16年度))が認定した額とし、このほか預貯金、保険の払戻し金、不動産等の資産も考慮して保護を適用することとなっている。
保護は、その内容によって、〔1〕生活扶助、〔2〕教育扶助、〔3〕住宅扶助、〔4〕医療扶助、〔5〕介護扶助、〔6〕出産扶助、〔7〕生業扶助及び〔8〕葬祭扶助の8種類に分けられる。そして、保護費は、生活様式、物価の違いなど生活水準の差に対応して全国の市町村を6区分して定められており、大都市及びその周辺市町は1級地—1又は1級地—2、県庁所在地等の中都市は2級地—1又は2級地—2、その他の市町村は3級地—1又は3級地—2となっている。
保護の種類ごとの内容は、次のとおりとなっている。
(ア) 生活扶助
生活扶助は、衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なものなどについて行われるものであり、図4—2のとおり、年齢別の第1類費と世帯人員別の第2類費とがあり、特別の需要のある者に対してはさらに各種の加算が合算される。
図4—2 生活扶助基準の構成
注(1)
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第1類費とは、飲食物や被服費などの個人単位に消費する生活費である。
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注(2)
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第2類費とは、光熱水費や家具什器など世帯単位で支出される経費で、冬季加算は全国を6地域に区分した単価が設定されている。
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注(3)
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各種加算とは、特別の需要のある者だけが必要とする経費で、障害者加算など9種類の加算がある。
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(イ)教育扶助
教育扶助は、教科書、学用品、学校給食その他義務教育に伴って必要なものについて行われるものであり、所定の基準額以内の額となっている。
(ウ)住宅扶助
住宅扶助は、住居及び補修その他住宅の維持のために必要なものについて行われるものであり、所定の基準額以内の額となっている。そのうち家賃、間代等の基準額(月額)は、1級地及び2級地で13,000円、3級地で8,000円と定められていて、当該費用がこれを超えるときは、都道府県、政令指定都市(以下「政令市」という。)及び中核市ごとに、厚生労働大臣が別に定める額(16年度の単身世帯で1・2級地の東京都53,700円〜3級地の富山県21,300円)となっている。
(エ)医療扶助
医療扶助は、診察、薬剤、手術及びその他の治療等並びに病院への入院など厚生労働大臣又は都道府県知事が指定する医療機関等において診療を受ける場合の費用等について行われるものであり、国民健康保険の例による診療方針及び診療報酬に基づきその者の必要最小限の額が対象となっている。ただし、他法他施策優先により、公費負担医療が適用される者や医療保険の被保険者等となっている者については、患者負担分が医療扶助の対象となる。なお、被保護者は国民健康保険の適用除外となっていることから、ほとんどの被保護者については、医療費の全額を医療扶助で負担している。
(オ)介護扶助
介護扶助は、介護保険法に規定する要介護者及び要支援者に対する居宅介護、福祉用具、住宅改修、施設介護などについて行われるものであり、厚生労働大臣又は都道府県知事が指定する介護老人福祉施設等の介護機関の介護の方針及び介護の報酬に基づきその者の介護サービスに必要な最低限度の額(介護サービス費用の自己負担分である1割)となっている。なお、被保護者が40歳以上65歳未満の場合には、介護保険の第2号被保険者は医療保険加入者とされていることから、被保護者が健康保険等の医療保険の未加入者である場合には、介護サービス費の全額が介護扶助の対象となる。
(カ)出産扶助
出産扶助は、分娩の介助、分娩前後の処置などについて行われるものであり、所定の基準額以内となっている。
(キ)生業扶助
生業扶助は、生活維持を目的とした事業に必要な資金、器具、技能の修得(17年度から高等学校等の就学費を含む。)などについて行われるものであり、所定の基準額以内となっている。
(ク)葬祭扶助
葬祭扶助は、葬祭を行うのに必要な費用などについて行われるものであり、所定の基準額以内となっている。
16年度における最低生活費の具体的事例を示すと表4—1のとおりである。
表4—1 最低生活費の具体的事例(16年度)
(単位:円/月)
標準3人世帯
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|||||||
33歳男(傷病)、29歳女(就労)、4歳子
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|||||||
1級地-1
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1級地-2
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2級地-1
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2級地-2
|
3級地-1
|
3級地-2
|
||
世帯当たり最低生活費
|
180,170
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172,870
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165,560
|
158,270
|
145,990
|
138,690
|
|
生活扶助
第1類
第2類
|
162,170
106,890
55,280
|
154,870
102,080
52,790
|
147,560
97,260
50,300
|
140,270
92,450
47,820
|
132,990
87,660
45,330
|
125,690
82,850
42,840
|
|
児童養育費加算
|
5,000
|
5,000
|
5,000
|
5,000
|
5,000
|
5,000
|
|
住宅扶助
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13,000
|
13,000
|
13,000
|
13,000
|
8,000
|
8,000
|
老人2人世帯
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|||||||
68歳男、65歳女
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|||||||
1級地-1
|
1級地-2
|
2級地-1
|
2級地-2
|
3級地-1
|
3級地-2
|
||
世帯当たり最低生活費
|
134,940
|
129,460
|
123,960
|
118,480
|
107,990
|
102,500
|
|
生活扶助
第1類
第2類
|
121,940
72,200
49,740
|
116,460
68,960
47,500
|
110,960
65,700
45,260
|
105,480
62,460
43,020
|
99,990
59,200
40,790
|
94,500
55,960
38,540
|
|
住宅扶助
|
13,000
|
13,000
|
13,000
|
13,000
|
8,000
|
8,000
|
老人1人世帯
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|||||||
68歳
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|||||||
1級地—1
|
1級地—2
|
2級地—1
|
2級地—2
|
3級地—1
|
3級地—2
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||
世帯当たり最低生活費
|
93,820
|
90,190
|
86,540
|
82,910
|
74,260
|
70,640
|
|
生活扶助
第1類
第2類
|
80,820
36,100
44,720
|
77,190
34,480
42,710
|
73,540
32,850
40,690
|
69,910
31,230
38,680
|
66,260
29,600
36,660
|
62,640
27,980
34,660
|
|
住宅扶助
|
13,000
|
13,000
|
13,000
|
13,000
|
8,000
|
8,000
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注(1)
|
第2類には、冬季加算額を含む。
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注(2)
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就労収入のある場合には、収入に応じた額が勤労控除として控除されるため、現実に消費しうる水準としては、生活保護の基準額に控除額を加えた水準となる。
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最低生活の水準は、一般国民の生活水準と均衡のとれた最低限度のものでなければならないとされている。そして、生活扶助基準の改定は、政府経済見通しにおける当該年度の民間最終消費支出の伸び率を基礎として、前年度までの一般国民の消費水準との調整を行い改定率を決定する水準均衡方式により行われている。
保護の実施機関である都道府県知事又は市町村長(特別区の長を含む。以下同じ。)は、福祉事務所に対して要保護者の保護の決定及び実施に関する事務を委任することができることとなっている。そして、福祉事務所には、同法に基づいて福祉事務所長のほか、査察指導員、現業員及び事務職員を置くこととなっている。
生活保護の業務は現業員が担当し、現業員は、市については被保護世帯80世帯について1人、町村については同65世帯について1人を標準として配置するよう同法に定められており、現在、全国で約1万2千人が従事している。この現業員は、社会福祉主事の資格(大学において厚生労働大臣が指定する社会福祉に関する専門科目を修めた者などに付与される。)を持つことが必要となっていて、個々の被保護世帯の相談に応じてケースワークを行う専門家であることからケースワーカーとも呼ばれている。また、査察指導員は、現業員の業務を掌握し、専門的に指導監督する専門職員とされている。
生活保護の実施体制は図4—3のとおりであり、生活保護法に規定する保護の決定、実施等に関する事務は、地方自治法(昭和22年法律第67号)の規定に基づく法定受託事務(注1)
として行われている。厚生労働省では、法令及び告示により定めるもののほか、都道府県等が当該法定受託事務を処理する基準として、「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和36年厚生省発社第123号厚生事務次官通知)等(以下「実施要領等」という。)を通知し、生活保護の実施に関して具体的な事務処理の基準を示している。また、同省又は都道府県は、市町村の法定受託事務の処理について、監査指導、技術的助言等を行うことができることとなっている。
図4—3 生活保護の実施体制
〔1〕 法定受託事務の委託、監査指導、技術的助言・勧告・是正の指示等
〔2〕 監査指導、技術的助言・勧告・是正の指示等
※ 福祉事務所を管理する町村長は市長と同一の扱いとなる。
保護受給に至る手続は図4—4のとおりであり、要保護者からの申請に基づき保護を開始する申請保護を原則としているが、要保護者が行き倒れ等の急迫の状況にあるときは福祉事務所が職権で必要な保護(以下「急迫保護」という。)を実施できることとなっている。
図4—4 保護受給に至る手続(申請保護の場合)
厚生労働省では、都道府県又は市町村(特別区を含む。以下「事業主体」という。)が被保護者に支弁した保護費の一部(元年度以降は4分の3)について、生活保護費負担金(以下「負担金」という。)を交付している。また、福祉事務所が行う収入、扶養等の各種調査、診療報酬明細書(以下「レセプト」という。)点検等、生活保護の適正化を図ることを目的とする事業の費用の全部又は一部について生活保護費補助金を、都道府県及び政令市が行う生活保護の監査指導に要する経費の全部又は一部について生活保護指導監査委託費をそれぞれ交付している。これら負担金等の12年度から16年度における交付額は表4—2のとおりであり、16年度の負担金等の総額は、12年度と比較して30.8%の大幅な増加となっている。
表4—2 12年度から16年度における国の負担額(決算額)
(単位:百万円、下段( )書きは構成比(%))
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12年度
(A)
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13年度
|
14年度
|
15年度
|
16年度
(B)
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(B−A)/A(%)
|
|
負担金等
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1,483,656
(100.0)
|
1,581,977
(100.0)
|
1,676,919
(100.0)
|
1,810,222
(100.0)
|
1,940,892
(100.0)
|
30.8
—
|
|
負担金
|
1,474,701
(99.3)
|
1,573,032
(99.4)
|
1,667,413
(99.4)
|
1,801,789
(99.5)
|
1,932,495
(99.5)
|
31.0
—
|
|
生活保護費補助金
|
6,526
(0.4)
|
6,541
(0.4)
|
7,171
(0.4)
|
6,166
(0.3)
|
6,164
(0.3)
|
△5.5
—
|
|
生活保護指導監査委託費
|
2,427
(0.1)
|
2,403
(0.1)
|
2,334
(0.1)
|
2,266
(0.1)
|
2,232
(0.1)
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△8.0
—
|
生活保護について、厚生労働省、北海道ほか46都府県及び生活保護に関する事務を行っている福祉事務所(1,225箇所)を対象として、有効性等の観点から、生活保護の現況はどのようになっているか、被保護者の数、保護の実施体制、実施状況等の地域格差はどのようになっているかに着眼して検査した。
検査に当たっては、厚生労働省等に対し統計資料等の提出を求めるとともに、17年11月から18年7月までの間に、厚生労働省及び北海道ほか26都府県について会計実地検査を実施し、提出を受けた生活保護に係る資料の内容及び生活保護の地域格差の現状について説明を受けるなどした。そして、在庁時においては、提出を受けた統計資料等及び実地検査で収集した資料について調査、分析を行った。
なお、本件についての上記会計実地検査に要した人日数は73.9人日である。