外務省は、在外公館における会計機関について、在外公館会計規程(昭和48年外務省訓令第7号。以下「在外会計規程」という。)等に基づき、原則として、在外公館の長(以下「館長」という。)の代理となる者を資金前渡官吏及び収入官吏(以下「出納官吏」という。)に指定している。
そして、出納官吏は、在外公館において収納した領事手数料等の収入金や所在国において各種経費の支払を行うための前渡資金等の現金に係る出納保管をつかさどっており、在外会計規程に基づき、現金を確実な銀行口座に預金しなければならないこととなっている。ただし、常時小口の現金支払を必要とする場合においては、最小限度の手持現金を在外公館において保管すること(以下、在外公館において保管する現金を「手許保管現金」という。)ができることとなっている。
手許保管現金の帳簿及び残高は、外務省の内規に基づく、〔1〕出納官吏(出納官吏が不在の場合は出納官吏の代理官(以下「出納官吏代理」という。))による毎月1回の残高確認(以下「月次の確認」という。)及び〔2〕出納官吏代理を発令する際の出納官吏及び出納官吏代理の双方による確認(以下「代理発令時の確認」という。)並びに予算決算及び会計令(昭和22年勅令第165号)に基づく、〔3〕毎年3月31日の検査員による帳簿金庫の検査により確認されることとなっている。このうち、〔1〕については、出納官吏は、月次の確認の結果を館長に報告すること(以下、この報告を「確認結果報告」という。)となっている。
一方、館長は、外務省所管会計事務取扱規程(平成2年外務省訓令第4号)に基づき、在外公館において出納官吏から現金の亡失の報告を受けたとき又は出納官吏の保管に係る現金の亡失を発見したときは、遅滞なくその事実を調査し、その結果を外務大臣に報告しなければならないこと(以下、この報告を「現金亡失報告」という。)となっている。また、館長は、外務省設置法(平成11年法律第94号)等に基づき、在外公館の事務を統括するとともに、在外公館の職員の中から出納官吏等の事務の補助者(以下「会計担当者」という。)を定めている。
本院は、在コンゴ民主共和国日本国大使館における現金の領得及び同大使館においてこの不正行為を行った会計担当者の前任地である在バンクーバー日本国総領事館における現金の亡失について、会計検査院法第27条の規定に基づく外務大臣からの報告及び会計法(昭和22年法律第35号)第42条の規定に基づく同大臣からの通知を受けている。そこで、合規性等の観点から、現金が領得された事態及び現金が亡失した事態はどのような内容だったか、現金の出納保管に係る会計事務は会計法令等に基づき適正に行われていたかなどに着眼して、外務本省、同大使館及び同総領事館において、現金の出納保管に係る会計事務を対象として、手許保管現金の帳簿を確認したり、関係者から事情を聴取したりなどして、会計実地検査を行った。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
在コンゴ民主共和国日本国大使館(以下「大使館」という。)の会計担当者であった山田某(以下「元会計担当者」という。)は、大使館に着任した平成24年9月から25年6月までの間(以下「元会計担当者の在任期間」という。)に、現金の出納保管に係る会計事務に従事中、手許保管現金260,964米ドル(邦貨換算額21,399,048円)及び同1,068,100コンゴ・フラン(同96,129円)の計21,495,177円を領得していた。そして、元会計担当者は、25年6月に、大使館の建物に放火し、当該建物及び国の所有する物品に損害を与えていた。
なお、本件領得による損害額21,495,177円については、会計法第43条第1項の規定に基づく外務大臣の弁償命令等により、26年3月に全額が、元会計担当者の在任期間の出納官吏(以下「元出納官吏」という。)及び館長(以下「元大使」という。)から返納されている。
元会計担当者の在任期間における手許保管現金に係る会計事務についてみると、前渡資金の手許保管現金に係る帳簿によれば、1日当たりの各種経費の平均支払額は3,610米ドル(邦貨換算額293,163円)であるのに、1日の支払が終了した後の手許保管現金の平均残高は、107,973米ドル(邦貨換算額8,800,910円)と多額に上っており1日平均支払額の約30倍となっている状況であった。特に、25年6月の元会計担当者による放火前1か月間については、手許保管現金の残高が230,866米ドル(邦貨換算額18,931,088円)にまで増加していた。
元会計担当者の在任期間における手許保管現金に係る会計事務の確認等については、元出納官吏及び元出納官吏の代理官(以下「元出納官吏代理」という。)による月次の確認(24年11月以降)、代理発令時の確認及び確認結果報告が全く行われておらず、元大使は確認結果報告を元出納官吏又は元出納官吏代理に求めていないなど事務を統括するための的確な指揮監督を行っていなかった。また、検査員による25年3月31日の帳簿金庫の検査も行われていなかった。
在バンクーバー日本国総領事館(以下「総領事館」という。)において、〔1〕23年8月26日に収納した領事手数料1,392カナダ・ドル(邦貨換算額119,712円)が同年9月2日までの間に、また、〔2〕24年1月26日から同月31日までの間に収納した領事手数料3,369カナダ・ドル(邦貨換算額289,734円)が、同年2月上旬までの間に、それぞれ亡失していた。
しかし、館長は、上記2回(計4,761カナダ・ドル(邦貨換算額409,446円))の現金の亡失を把握していたのに、その事実を十分に調査することなく、〔1〕については23年9月2日に総領事館の職員1名が、また、〔2〕については24年2月27日に館長等の職員4名がそれぞれ全額を補填していた。そして、25年10月に外務本省が総領事館に対して実施した査察は、大使館で発生した前記現金の領得及び放火も踏まえて行われ、上記2回の現金の亡失が発覚するに至ったが、それまで外務本省に現金亡失報告は提出されていなかった。
総領事館においては(ア)の補填後も、24年5月16日から同年8月28日までの間に9回行った収入金の銀行口座への入金のうち4回について、収納した収入金の一部が、銀行口座に入金されておらず、収入金の受領額と銀行口座への入金額との開差額は計22,600カナダ・ドル(邦貨換算額1,853,200円)と、(ア)の亡失額の5倍弱に上っていた。
なお、この開差額は、その後に収納された収入金に現金が加算されて銀行口座に数回にわたって入金されたことから、24年8月までの間に解消されていたが、会計実地検査時点(26年7月)において、外務省は、この開差が生じていた事実を把握しておらず、上記収入金の一部が、なぜ入金されていなかったのか、開差額はどのように解消されていたのかなどの詳細は不明のままとなっている。
以上のとおり、大使館において、元会計担当者によって現金(邦貨換算額21,495,177円)が領得されていた事態は著しく適正を欠いており、これに至る手許保管現金に係る会計事務が在外会計規程等に基づいて行われていなかった事態及びその確認等が全く行われていなかった事態は適正を欠いていて、いずれも不当と認められる。また、総領事館において、現金(邦貨換算額409,446円)が亡失しており、これを含む収入金(邦貨換算額2,262,646円)に係る会計事務が適正を欠いていて不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、次のことなどによると認められる。
ア 大使館において、元会計担当者の会計機関の事務の補助者としての倫理観及び公の現金に関する会計法令の遵守に対する意識が著しく欠けていたことに加えて、手許保管現金に係る会計事務が適正に行われているかを確認することの重要性についての認識が欠けていたこと、また、元大使と元出納官吏等の間において的確な指揮命令の伝達が行われておらず、各会計機関等の間において内部牽制が十分に機能していなかったこと
イ 総領事館において、収入金に係る会計事務を適正に行うこと、外務本省へ現金亡失報告を行うことの認識が欠けていたこと
ウ 外務本省において、大使館及び総領事館に対する現金の出納保管に係る会計事務の適正な執行についての指導監督及び現金亡失報告の必要性についての周知徹底が十分でなかったこと