【意見を表示したものの全文】
もうかる漁業創設支援事業の実施について
(平成26年10月30日付け 水産庁長官宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
貴庁は、水産資源の減少、燃油や漁業用生産資材等の価格高騰といった厳しい経営環境の下で、漁業者の減少や漁船の老朽化が進行している状況を受けて、水産業の体質強化を図るために、収益性を重視した操業体制等への転換の推進を総合的に行うことにより、効率的に漁業の構造転換を促進して、より厳しい経営環境の下でも操業を継続できる経営体の効率的かつ効果的な育成を図ることなどを目的として、もうかる漁業創設支援事業を実施している。
本件事業は、省エネ型漁船の導入等を実施して新しい操業体制等による収益性の向上を実証し、その結果の普及や啓発を図るなどして新しい操業体制等への転換を促進するもので、収益性向上に向けた実証を行う水産業協同組合等に対して本件事業を実施するのに必要な経費を助成するものである。
そして、貴庁は、平成19、20両年度に社団法人大日本水産会(25年4月1日以降は一般社団法人大日本水産会。以下「水産会」という。)に対して漁船漁業構造改革総合対策事業費補助金を計59億9763万余円交付し、水産会は、同補助金により基金を造成して、実施期間が25年度までとする本件事業を実施していた。また、貴庁は、21年度及び23年度から25年度までの間に、特定非営利活動法人水産業・漁村活性化推進機構(以下「機構」という。)に対して水産業体質強化総合対策事業費補助金を計502億4560万余円交付し、機構は、同補助金により基金を造成して、実施期間が31年度までとする本件事業を実施している(以下、機構と水産会とを合わせて「機構等」という。)。
本件事業の実施に当たり、水産業協同組合等は地域の漁業者等で構成される地域プロジェクト協議会を設置し、地域プロジェクト協議会は、収益性の向上に向けた取組内容等が記載された改革計画を作成し、機構等が設置した漁業に関する有識者等で構成される漁業改革推進集中プロジェクト中央協議会(以下「中央協議会」という。)に提出することとなっている。そして、中央協議会は、その収益性が確保されると認められるときはこれを認定する(以下、認定された改革計画を「認定改革計画」という。)こととなっており、認定改革計画には、本件事業の効果の検証が可能となるように、〔1〕 漁獲から出荷までに至る改革の取組内容、〔2〕 取組により見込まれる効果と現状とを比較した金額(以下「効果額」という。)等、〔3〕 収益性改善等の目標とする償却前利益(漁船等の減価償却費計上前の利益)、〔4〕 現船の後継として将来新たに建造する漁船(以下「新船建造」という。)の見通しなどを記載することとなっている。
もうかる漁業創設支援事業実施要領(平成21年20水管第2906号水産庁長官通知。以下「要領」という。)によれば、1事業期間は原則1年とされている。また、事業期間が終了しても継続して本件事業を実施することができるが、本件事業を開始した日から終了するまでの期間(以下「事業実施期間」という。)は原則3年を超えることはできないこととなっている。
そして、要領等に基づき、本件事業は、次のような手順で実施される。
〔1〕 地域プロジェクト協議会が選定した水産業協同組合等(以下「事業実施者」という。)は、認定改革計画に基づき、新しい操業体制等による漁獲や水揚げなどを行い、漁獲物等を販売する。また、機構等は、事業実施者に対して本件事業を実施するのに要する燃油費等の経費について助成金を交付して、事業実施者は漁獲物等の販売代金を助成金の返還に充てる。
〔2〕 事業実施者は、原則1年の事業期間が終了するごとに本件事業の実施結果等を記載した実施状況報告書等を機構等を経由して貴庁長官に提出する。機構等は、実施状況報告書等を審査して、適切と認められたときは助成金の額を確定する(以下、確定された助成金の額を「助成金確定額」という。)。そして、事業実施者は、販売代金の総額が助成金確定額を下回った場合はその差額に一定の率を乗ずるなどして算出された額と販売代金の総額との合計額を機構等に返還し、販売代金の総額が助成金確定額を上回った場合は助成金確定額と同額を返還する。機構等は、返還された助成金を基金の原資に繰り入れる。
〔3〕 事業実施者は、事業実施期間が終了した際は実証の結果をとりまとめて、機構等を経由して貴庁長官に報告するとともに、他の漁業者等に対してその普及や啓発を図る。また、機構等は、本件事業により得られた成果等について、インターネットなどを用いて広く普及や啓発に努める。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、本件事業について、認定改革計画に基づいて実施されているか、認定改革計画に基づく新しい操業体制等により収益性の向上が図られているかなどに着眼して、25年度末現在で事業実施期間が終了している38件、助成金確定額計637億7827万余円を対象に、貴庁、機構等、28水産業協同組合等において、実施状況報告書により認定改革計画に基づく取組の実施状況や操業体制等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
38件の本件事業に係る認定改革計画には、漁船の小型化により燃油使用量等を削減するなどの経費削減の取組や新たに活魚出荷を実施するなどの収入増加の取組等が記載されており、1件当たりの取組数が平均11程度となっているなど多様な取組が計画されている。
これらの取組の実施状況についてみたところ、上記38件のうち、20件(助成金確定額計324億7918万余円)において、計画した取組の一部を事業実施者が事業実施期間中に一度も実施していなかった(表参照)。
しかし、本件事業の目的は、認定改革計画に基づく取組により新しい操業体制等の収益性を実証して、その取組の結果を他の漁業者等に普及させることを期待するものであることから、認定改革計画に基づく取組の一部が事業実施期間中に一度も実施されていない事態は本件事業の効果が十分に発現しているとは認められない。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
銚子市漁業協同組合は、認定改革計画に基づいて、平成20年6月から23年5月までの3年間に、漁船の小型化による経費削減や、ヤリイカの高鮮度出荷及びヒラメの活魚出荷といった高付加価値化による収入増加の取組を実施することとしていた。
しかし、同組合は、高付加価値化以外の取組については実施していたが、高付加価値化の取組のうち、ヒラメの活魚出荷の取組については実施していなかった。
本件事業は、前記のとおり、認定改革計画に基づく新しい操業体制等により収益性の向上が図られることが期待されている。そこで、実施状況報告書の償却前利益と認定改革計画で目標とした償却前利益とを比較したところ、38件の本件事業のうち、各事業期間の全てで償却前利益が認定改革計画の償却前利益を上回っていた本件事業は4件に過ぎず、22件(助成金確定額計373億6833万余円)については、各事業期間の全てで償却前利益が認定改革計画で目標とした償却前利益を下回っていた(表参照)。さらに、22件のうち13件(助成金確定額計288億4452万余円)については、各事業期間の全てで償却前利益が赤字となっていて、事業実施期間で一度も償却前利益が黒字になっていなかった(表参照)。
そして、上記の各事業期間の全てで償却前利益が赤字となっている理由について事業実施者に確認したところ、燃油価格の高騰が最も多く、次いで漁獲量の減少及び魚価の低迷となっていた。
しかし、本件事業は水産資源の減少や燃油等の価格高騰といった厳しい経営環境の下でも操業を継続できる経営体の効率的かつ効果的な育成を図るために実施していることから、上記の理由等により、償却前利益が各事業期間の全てで認定改革計画の目標を下回っていたり、赤字になっていたりしている本件事業が多数見受けられる事態は、新しい操業体制等による収益性の向上が十分に図られておらず、本件事業の効果が十分に発現しているとは認められない。
前記のとおり、認定改革計画には取組を実施した結果と効果額等とを比較して、取組を実施したことによる効果の検証が可能となるように各取組の効果額等が記載されている。
そこで、取組を実施したことによる効果の検証の実施状況をみたところ、38件の本件事業のうち14件(助成金確定額計190億9284万余円)において、事業実施者が、一部の取組について、認定改革計画の取組を実施したことによる効果を検証していなかった(表参照)。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
北部太平洋まき網漁業協同組合連合会は、認定改革計画に基づいて平成20年10月から23年9月までの3年間に、船団の隻数を4隻から3隻に縮小することによる経費削減の取組や魚価向上による収入増加の取組を実施するなどしており、乗組員を46名から5名削減して、人件費削減による効果額3000万円を見込んでいた。
しかし、取組の結果、削減後の乗組員数でも操業できることについては実証していたが、人件費の削減効果額については算出しておらず、取組を実施したことによる効果を十分に検証していなかった。
また、認定改革計画には、償却前利益、新船建造までの年数及び船価に基づいて、何年間で新船の船価を超える資金を確保できるのかなどが示されている。
38件の本件事業のうち、事業実施期間が終了し1年以上経過して検証が可能となっている21件の本件事業を対象として償却前利益の把握状況についてみたところ、事業実施者等は、実証事業の結果に基づいて検証するために事業実施期間が終了した後の改革5年目等における償却前利益を把握する必要があるのに、要領等では把握することとされておらず、17件(助成金確定額計355億6417万余円)の本件事業で事業実施期間が終了した後の償却前利益の状況が把握されていなかったため、実証事業に取り組んだ漁船等の新船建造の見通しなどについての検証が行われていなかった(表参照)。
検査の結果 | 事業の件数 | 助成金確定額 | |||
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(1) | 認定改革計画に基づく取組の一部を実施していない事態 | 20件 | 324億7918万余円 | ||
(2) | 償却前利益が認定改革計画の目標を下回っているなどの事態 | 各事業期間の全てで償却前利益が認定改革計画で目標とした償却前利益を下回っている事態 | 22件 | 373億6833万余円 | |
上記のうち各事業期間の全てで償却前利益が赤字となっている事態 | 13件 | 288億4452万余円 | |||
(3) | 実証事業の結果と認定改革計画の効果額とを比較して検証していないなどの事態 | 一部の取組について認定改革計画の取組を実施したことによる効果を検証していない事態 | 14件 | 190億9284万余円 | |
新船建造の見通しなどについての検証が行われていない事態 | 17件 | 355億6417万余円 |
(改善を必要とする事態)
事業実施者が認定改革計画に基づく取組の一部を実施していない事態、多数の本件事業において償却前利益が認定改革計画の目標を下回っていたり、赤字になっていたりしている事態及び実証事業としての取組の実施による効果の検証が十分でないなどの事態は、新しい操業体制等の収益性の向上を実証してその結果の普及や啓発を図り厳しい経営環境の下でも操業が継続できる経営体の効率的かつ効果的な育成を図るという本件事業の目的等からみて適切ではなく、改善の要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。
近年、漁業者の減少や漁船の老朽化が進行するなどしており、このままでは水産物の安定供給の確保に支障を来すおそれがある中で、貴庁は水産業の体質強化に努めているところである。
ついては、貴庁において、本件事業の実施に当たり、事業実施者が認定改革計画に基づく取組を実施するための方策を検討するなどして、効果的な事業の実施を図るよう、次のとおり意見を表示する。