農林水産省は、食料・農業・農村基本法(平成11年法律第106号)に基づき新たに策定された食料・農業・農村基本計画(平成12年3月閣議決定)により、消費者・実需者ニーズを踏まえた国産農畜産物の安定的供給体制の構築を図るために、産地としての持続性を確保し、収益力を向上するための取組の推進、安全・安心で効率的な市場流通システムの確立等に取り組むこととしている。
そして、農林水産省は、上記の取組として、「強い農業づくり交付金実施要綱」(平成17年16生産第8260号農林水産事務次官依命通知。以下「要綱」という。)等に基づき、農畜産物の高品質・高付加価値化、低コスト化、食品流通の合理化等の対策等を実施する農業公社等の事業主体に補助金等を交付する都道府県に対して、農業・食品産業強化対策整備交付金等(以下、これらの交付金等により事業主体が実施する事業を「交付金等整備事業(注1)」という。)を交付している。
要綱等によれば、事業主体は、交付金等整備事業の実施に当たって事業実施計画を策定し、同計画において、当該交付金等整備事業に係る費用対効果分析等を行うこととされている。そして、事業主体は事業実施計画を都道府県等に提出することとされており、提出を受けた都道府県等は採択要件に適合していることなど、その内容について必要な審査、指導等を行うこととされている。
要綱等によれば、交付金等整備事業を実施する場合に、事業主体は、「強い農業づくり交付金及び農業・食品産業競争力強化支援事業等における費用対効果分析の実施について」(平成17年16生産第8452号農林水産省総合食料局長、生産局長、経営局長通知。以下「分析指針」という。)に基づき、費用対効果分析を行うこととなっている。そして、当該施設等の整備による全ての効用によって全ての費用を償うことが見込まれること、すなわち、分析指針に定められた次の算定式により算定した投資効率が1を上回っていることなどが事業の採択基準とされている。
投資効率={(年総効果額÷還元率(注2))-廃用損失額(注3)}÷総事業費
そして、上記の算定式のうち、総事業費については、費用対効果分析の対象事業のみにより効果の種類ごとの年効果額を合算した年総効果額が算出できる場合には、事業実施計画に示されている事業費を計上し、当該事業以外の事業、施設等の年効果額が含まれる場合には、当該事業実施計画の事業費に、他の事業、他の施設等に係る事業費を加えて、年効果額の発生に係る施設等の総事業費とすることとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
交付金等整備事業は毎年多数に上っており、今後も継続して実施されることが見込まれることから、予算の効果的な執行を図るために、交付金等整備事業の採択に当たり、費用対効果分析を適切に行うことが重要である。
そこで、本院は、有効性等の観点から、事業主体が行う費用対効果分析において、投資効率の算定が分析指針の趣旨に沿って適切に行われているかなどに着眼して、12道県(注4)管内の計57事業主体において、平成21年度から25年度までの間に費用対効果分析が行われた交付金等整備事業88事業(注5)(交付対象事業費計213億1466万余円、交付金等計91億0220万余円)を対象として、事業実施計画書、投資効率の算定に係る資料等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、検査の対象とした57事業主体の88事業のうち8道県(注6)管内の計19事業主体が実施した45事業(注7)(交付対象事業費相当額計154億6689万余円、交付金等相当額計65億2804万余円)において、次のような事態が見受けられた。
上記の19事業主体が実施した45事業の事業実施計画における年総効果額には、当該交付金等整備事業の実施による年効果額に加えて、自己資金等により導入した建物、建物附属設備、農業機械・器具等の年効果額も含まれていたにもかかわらず、19事業主体は、これらの事業費を総事業費に含めていなかった。
これらの自己資金等により導入した施設等に係る事業費について、事業実施計画の事業費に対する割合をみると、45事業のうち半数を超える32事業が10%を超えており、中には50%を超えるものも見受けられた。そして、45事業について、総事業費にこれらの施設等の事業費を含めるなどして投資効率を試算したところ、上記の32事業のうち22事業が1を下回る結果となった(注8)。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
兵庫県内のA事業主体は、Aが所在する地域における受益農家の子牛の生産性向上等を目的として、平成24年度に、家畜飼養管理施設(牛舎)3棟を農業・食品産業強化対策整備交付金事業により事業費8365万余円(交付金3560万余円)で整備するとともに、これとは別の家畜飼養管理施設2棟等を22年度から24年度にかけて自己資金等(9450万余円)により整備していた。そして、この事業に係る費用対効果分析において、年総効果額については当該補助事業及び自己資金等により整備した家畜飼養管理施設5棟で生産して育成した子牛の販売額等から生産・育成等に要する経費を差し引くなどした額とし、総事業費については当該補助事業で整備した3棟のみに係る経費等として、投資効率を1.84と算定していた。しかし、Aは、自己資金で整備した家畜飼養管理施設で生産して育成した子牛の販売額を年総効果額に含めていたのに、これに係る事業費を総事業費に含めていなかった。そこで、Aが算出した年総効果額と当該事業費を含めた総事業費とを用いて投資効率を試算すると、投資効率は0.61となる。
このように、多数の事業主体が、費用対効果分析における投資効率の算定において、年総効果額に当該交付金等整備事業以外の事業で整備した施設等の年効果額を含めていたのに、これらの事業費を総事業費に含めずに投資効率の算定が行われていて、農畜産物の高品質・高付加価値化等を推進するために重要となる交付金等整備事業の採択が適正に行われないおそれがある事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、事業主体において費用対効果分析の適切な実施に対する理解が十分でなかったこと、道県において分析指針の趣旨に対する理解が十分でなく、費用対効果分析の内容を十分に精査していなかったこと、農林水産省において総事業費の範囲や算出方法を具体的に明示していなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、26年10月に、都道府県に通知を発して、交付金等整備事業の費用対効果分析における総事業費の範囲等を明示するとともに、要綱等の内容について周知徹底を図る処置を講じた。