東京電力株式会社(以下「会社」という。)は、原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)に基づき、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所の事故に関して責任を負う原子力事業者として、同事故に係る損害を賠償している。そして、国は、会社に対して、原子力損害賠償支援機構(26年8月18日以降は原子力損害賠償・廃炉等支援機構。以下「機構」という。)を通じて賠償資金の交付や株式の引受け等の多額の支援を実施している。
会社は、賠償資金の交付等の支援を受けるに当たり、機構と共同して、原子力損害賠償支援機構法(平成23年法律第94号。26年8月18日以降は原子力損害賠償・廃炉等支援機構法)に基づき、事業の運営等に関する計画(以下「特別事業計画」という。)を作成して、主務大臣である内閣総理大臣及び経済産業大臣の認定を受けている。特別事業計画には経営の合理化のための方策等を記載することとなっており、会社は、23年11月に認定を受けた特別事業計画以降、競争的発注方法の拡大を上記の方策の一つとして掲げている。
公正取引委員会は、会社が24年1月31日から25年3月12日までの間に発注した架空送電工事(注1)及び地中送電ケーブル工事(注2)の契約において、契約相手方である工事業者が「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(昭和22年法律第54号)第3条の規定に違反して談合を行っていたとして、25年12月20日に、談合を行った工事業者(談合を行った工事業者を合併して当該工事業者の権利及び義務を承継した法人1社を含み、また、会社のグループ会社である2社を含む。以下「本件違反事業者」という。)計42社のうち39社に対して排除措置命令を、36社に対して課徴金納付命令をそれぞれ行った。
また、公正取引委員会は、同日に、上記の談合事件(以下「本件談合事件」という。)において会社の一部の社員の行為が本件違反事業者の談合を誘発し助長していたなどとして、会社に対して、発注制度の競争性を改善してその効果を検証するとともに、同様の行為が再び行われることがないよう適切な措置を講ずることなどを申し入れた。
政府は、国等が行う公共工事の入札及び契約の適正化について、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律(平成12年法律第127号)に基づき、公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針(平成13年3月閣議決定)を定めた。その後、公共工事の入札に関する談合の再発防止を図る観点から、18年5月に同指針を改正して、談合があった場合における請負者の賠償金支払義務を請負契約締結時に併せて特約することなどにより、損害額の賠償の請求に努めることとした。
これを受けて、国等では、談合等が発生しその事実が確定するなどした場合に、発注者の請求に基づき、契約相手方があらかじめ約定した額を支払わなければならないとする契約条項(以下「違約金条項」という。)を契約書に定めることが一般的となっている。
違約金条項は、談合等を抑止する効果が期待できるものであるとともに、談合等が発生した場合には、発注者において損害の発生及び損害額について立証することなく違約金を契約相手方に請求して損害を早期かつ確実に回復することを可能とするものである。一方、違約金条項を定めていない場合、発注者は、談合等が行われたことによる損害額を算定して、必要に応じて訴訟を提起するなどして契約相手方に請求することになり、損害額の算定に一定の時間を要する上、訴訟が長期化したり、その結果次第では、算定した損害額の全額の回収ができなかったりするおそれがある。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
公正取引委員会は、22年1月に、会社が発注した契約において発生した別の談合事件に関して、本件違反事業者と一定の資本関係を有する電力用電線の製造業者3社に対して排除措置命令等を行っていた。そして、会社は、当該3社との間で排除措置命令等の公表から賠償金を回収するまでに1年半以上の長期間を要していた。
また、会社は、前記のとおり、福島第一原子力発電所の事故に係る損害を賠償する原子力事業者として国から賠償資金の交付等の支援を受けるに当たり、主務大臣の認定を受けた特別事業計画において、経営の合理化のために競争的発注方法の拡大を図るとしている。
このような経緯も踏まえて、本院は、本件談合事件を契機として、経済性、有効性等の観点から、会社における談合事件の再発防止及び談合等が発生した場合の損害回復のための対策が十分なものとなっているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、本件談合事件において公正取引委員会により談合が行われたと認定された期間に会社が本件違反事業者42社との間で締結した架空送電工事及び地中送電ケーブル工事に係る契約597件(契約金額計265億9109万余円)を対象として、本店等において、契約書等の関係書類や発注事務の実施状況、談合事件の再発防止等の対策の内容等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、上記597件の契約のうち、会社が競争の方法により発注を行っていた架空送電工事及び地中送電ケーブル工事に係る契約は計415件(契約金額計167億4509万余円)であり(表参照)、これらの契約に係る契約書には、違約金条項が定められていなかった。
区分 | 架空送電工事に係る契約 | 地中送電ケーブル工事に係る契約 | 計 | |
---|---|---|---|---|
本件違反事業者に対して発注を行っていた契約 | 448 | 149 | 597 | |
22,584,785 | 4,006,314 | 26,591,099 | ||
競争の方法により発注を行っていた契約 | 313 | 102 | 415 | |
13,886,928 | 2,858,164 | 16,745,092 |
そして、会社は、本件談合事件を受けて、競争に参加を予定している工事業者を一堂に集めた説明会の原則廃止、契約マニュアルの改定、社員に対する研修等の措置を談合事件の再発防止等の対策として実施していたが、違約金条項の導入については実施していなかった。
しかし、前記のとおり、過去に本件違反事業者と一定の資本関係を有する3社による談合事件が発生して損害の回復に長期間を要した経緯があったことに加えて、本件違反事業者は42社と多数に上っており、損害の回復に更に長期間を要するおそれがあることなどを考慮すると、会社において、違約金条項を導入することにより、談合事件の再発防止等の対策をより一層徹底することが必要であると認められた。
以上のように、特別事業計画において競争的発注方法の拡大を図るとしている中で、談合事件の再発防止等の対策として、談合等の抑止及び談合等が発生した場合の損害の早期かつ確実な回復を目的とする違約金条項の導入を実施していない事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、会社において、談合等の抑止を図るとともに、談合等が発生した場合に損害を早期かつ確実に回復できるようにするための対策として違約金条項の導入が有効であるという認識が欠けており、談合事件の再発防止等の対策についての検討が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、会社は、26年4月に、契約書に違約金条項を定めることとして関係部署に対して通知を発して、同月14日以降に競争の方法により発注手続を行う契約から適用することとする処置を講じた。