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  • 平成25年度|
  • 第4章 国会及び内閣に対する報告並びに国会からの検査要請事項に関する報告等|
  • 第3節 特定検査対象に関する検査状況

第1 遺棄化学兵器処理事業の実施状況について


検査対象
内閣府本府(平成13年1月5日以前は総理府本府)
事業の概要
中華人民共和国において同国政府の協力の下で遺棄化学兵器の発掘・回収、廃棄処理等を行うもの
遺棄化学兵器処理事業に係る事業費
1408億円(平成11年度~25年度)

1 検査の背景

(1) 遺棄化学兵器処理事業の概要

内閣府(平成13年1月5日以前は総理府)は、「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」(我が国は7年9月に批准、9年4月に発効。以下「化学兵器禁止条約」という。)、「日本国政府及び中華人民共和国政府による中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」(両国政府が11年7月に署名)等に基づき、11年度以降、中華人民共和国(以下「中国」という。)において、中国政府の協力の下で、遺棄化学兵器処理事業を実施している。この事業は、旧日本軍が第二次世界大戦終了時までに中国に持ち込み、戦後も遺棄されたままとなっているびらん剤や嘔吐剤を含む砲弾等の化学兵器(以下「遺棄化学兵器」という。)の発掘・回収、廃棄処理等を行うものである。

化学兵器の廃棄処理については、化学兵器禁止条約に基づき、化学兵器禁止条約の効力が生じてから10年以内に完了することとなっており、廃棄期限の延期は化学兵器禁止条約が効力を生じてから最長15年後までとすることとなっている。遺棄化学兵器の廃棄期限については別途その適用を除外することができる規定があるものの、基本的には上記の廃棄期限を踏まえた対応がなされてきた。

そして、中国における遺棄化学兵器の廃棄処理が10年では完了しないことから、18年7月に、化学兵器禁止条約の実施に関する国際機関であって日中両国が加盟している化学兵器禁止機関(Organisation for the Prohibition of Chemical Weapons。以下「OPCW」という。)において、廃棄期限を当初の19年4月から24年4月に延期することが決定された。その後も、延期された廃棄期限までに完了させることが困難になったことから、24年2月に、OPCWにおいて、日中両国政府間で一致した遺棄化学兵器の廃棄計画に基づき廃棄処理を継続して、①24年4月29日時点で既にOPCWに申告されていた遺棄化学兵器については、ハルバ嶺(吉林省)に埋設され又は保管されているものを除き、できる限り28年中の廃棄完了の目標を達成することを目指して最善の努力を払うこと、②ハルバ嶺における遺棄化学兵器の廃棄については、発掘・回収及び廃棄の作業の開始後できる限り3年以内に廃棄計画を作成することとして、それまでの間は34年中の廃棄完了を目指して最善の努力を払うこと、③既に確認されて今後OPCWに申告される遺棄化学兵器及び今後確認され得る遺棄化学兵器の廃棄については、化学兵器禁止条約に従って、締約国の義務を誠実に履行することなどがそれぞれ決定された。

(2) 遺棄化学兵器処理事業等の実施方法

遺棄化学兵器の発見から処分までの流れは、次のようになっている。

  • ① 中国国内で遺棄化学兵器とみられる砲弾等が発見されると、中国政府が我が国の外務省に通報する。
  • ② 外務省が現地調査を行う。
  • ③ 現地調査の結果、遺棄化学兵器が確認された場合、内閣府に引き継がれ、内閣府が、砲弾等の発掘を行い、遺棄化学兵器を回収して、遺棄化学兵器以外の砲弾等を中国政府に引き渡す。
  • ④ 遺棄化学兵器を爆破や燃焼により処理する。
  • ⑤ 爆破や燃焼による処理によって生じた残さなどの廃棄物を無害化処理する。
  • ⑥ 無害化処理した後の残存物等を廃棄物処理業者へ引き渡すなどして処分する。

内閣府は、遺棄化学兵器処理事業の実施に当たり、30万発から40万発と推定される大量の遺棄化学兵器が埋設されているハルバ嶺において、現地に廃棄処理施設を建設して、回収した遺棄化学兵器の廃棄処理を行うこととし、これ以外の地区において、中国の北部と南部それぞれに、設置場所を移動させることができる設備を整備して廃棄処理を行うこと(以下、この廃棄処理の方式を「移動式廃棄処理」といい、その設備を「移動式廃棄処理設備」という。)とした。

遺棄化学兵器処理事業は、内閣府が遺棄化学兵器の発掘・回収、廃棄処理等を日本国内の企業等に委託するなどして行う事業(以下「直轄事業」という。)と、内閣府において実施することが困難であったり非効率であったりなどするため、中国国内の施設の建設工事等を中国政府に委託して行う事業(以下「対中要請事業」という。)とがある。そして、遺棄化学兵器処理事業には、表1のとおり、11年度から25年度までの間に、計1408億余円の国費が投入されている。

表1 遺棄化学兵器処理事業に対する国の支出額

(単位:億円)
年度 平成11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
直轄事業 0 20 38 62 46 45 39 40 38 18 26 52 76 101 87 697
対中要請事業 7 13 15 31 32 35 41 29 100 39 83 104 101 74 710
0 28 52 78 77 77 74 81 68 119 66 135 181 203 162 1408
注(1)
遺棄化学兵器処理事業以外に、外務省が、平成21年度から25年度までの間に、現地調査のため計30億余円を支出している。
注(2)
平成11年度は(目)遺棄化学兵器廃棄処理業務庁費のみの実績額であり、本格的な事業実施は12年度からとなっている。

2 検査の観点、着眼点、対象及び方法

遺棄化学兵器処理事業は、半世紀以上も前に中国で遺棄されて、長期間埋設されたままとなっているなどの大量の化学兵器の発掘・回収、廃棄処理等を行うという前例のない事業であり、これまでに多額の国費が投入されてきているが、現時点で事業完了の見通しは立っていない。

そこで、本院は、経済性、効率性、有効性等の観点から、遺棄化学兵器処理事業について、①これまでの経緯及び事業の進捗状況はどのようになっているか、②事業が想定どおりに進捗していないことなどにより事業費が増加していないか、③事業が効率的に実施されているかなどに着眼して、内閣府本府、外務本省、直轄事業の委託先である一般社団法人シーソック(24年度までは株式会社シーソックが受託。以下「シーソック」という。)、株式会社神戸製鋼所(以下「神戸製鋼」という。)及び川崎重工業株式会社(以下「川崎重工」という。)において、11年度以降の事業実施状況等について、契約書、仕様書等により会計実地検査を行った。

3 検査の状況

(1) 遺棄化学兵器処理事業の実施体制の変遷

内閣府は、遺棄化学兵器処理事業を次のような体制で実施してきている。

ア 12年度から15年度までの実施体制

内閣府は、株式会社パシフィックコンサルタンツインターナショナル(以下「PCI」という。)と日揮株式会社で構成される遺棄化学兵器処理事業総合コンサルティング共同企業体(以下「共同企業体」という。)と総合コンサルティング業務に関する委託契約を締結して、遺棄化学兵器処理事業の基本計画の立案、中国の各地区の発掘・回収の基本設計並びに詳細計画の立案及び調査検討業務を行わせるなどしていた。

イ 16年度から19年度までの実施体制

16年度から、ハルバ嶺における遺棄化学兵器処理事業の本格化が見込まれたことから、事業を効率的に実施するために、従来の総合コンサルティング業務に加えて、中国国内における施設の建設や各種設備の製造に係る調達、現地での設備運転管理、中国への送金等に関する業務を一括して処理する管理会社が必要になった。このため、内閣府はPCIの関連企業の出資会社である株式会社遺棄化学兵器処理機構(以下「機構」という。)と上記の業務を一括して総合管理業務として随意契約により委託契約を締結した。そして、機構が技術的に実施できない業務等については、機構からPCI等の他の企業等に随意契約により再委託が行われた。

ウ 20年度以降の実施体制

遺棄化学兵器処理事業に関し、20年5月に、機構及び再委託先であるPCIの幹部が、遺棄化学兵器処理事業に係る業務委託費を水増しして請求したことにより、不正な利益を得たとして詐欺容疑で逮捕された(以下、この事件を「詐欺事件」という。)。内閣府は、遺棄化学兵器処理事業で水増し請求が行われたことなどを踏まえて、機構に一括して管理業務を委託していた体制を見直して、プロジェクトの推進、調達業務及び中国への送金業務を内閣府自ら実施するとともに、業務委託に当たっては、原則として一般競争入札を実施することとした。

(2) 遺棄化学兵器処理事業の実施状況

遺棄化学兵器処理事業は、事業開始以降、中国の各地区で実施されてきている。

図 本文に記載のある遺棄化学兵器処理事業の実施場所

本文に記載のある遺棄化学兵器処理事業の実施場所

ア 発掘・回収の実績

内閣府は、遺棄化学兵器の発掘・回収を、12年9月に北安(黒竜江省)で開始してから、中国の各地区で実施してきており、25年度末までに回収された遺棄化学兵器は40,235発となっている。このほか、外務省が3年6月から現地調査を実施してきており、この際に回収された遺棄化学兵器を含めると、25年度末までに回収された遺棄化学兵器は約5万発となっている。

このうち、ハルバ嶺において、内閣府は、24年11月に本格的な発掘・回収を開始して、25年11月末までに105発(試掘及び外務省が行った現地調査で回収された遺棄化学兵器700発を除く。)を回収している。しかし、遺棄化学兵器以外に大型の通常爆弾が多数発見され、中国政府において当該通常爆弾の撤去及び処理方法について検討することになったため、遺棄化学兵器の発掘・回収は25年11月から中断している。26年度は、本格的な廃棄処理に先行して行う試験廃棄処理の開始に向けた準備作業が優先されたため、26年9月末現在ハルバ嶺における発掘・回収は再開されていない。

また、中国の各地区の発掘・回収には、現場条件等により様々な検討が必要となる。例えば、佳木斯(チャムス)(黒竜江省)においては、外務省が18年6月の河川での現地調査で遺棄化学兵器を確認したことから、内閣府は調査を実施して当該河川の最大水深約8mの川底に、幅400m、長さ1,200mにわたって金属反応を確認した。そして、その回収のための検討及び調査を実施してきているが、26年9月末現在回収を実施していない。

なお、旧日本軍が中国に持ち込んだ化学兵器の全体量、具体的な場所及びそこに遺棄された数量については、断片的な資料しか存在しておらず、中国国内に埋設等されている遺棄化学兵器を把握することは困難な状況になっている。

イ 廃棄処理の実績

(ア) 南部における移動式廃棄処理

内閣府は、南部における移動式廃棄処理を22年10月に南京(江蘇省)で開始して、25年8月までに35,681発の爆破処理及びこれに係る廃棄物の無害化処理を完了させている。その後、移動式廃棄処理設備を南京から武漢(湖北省)へ輸送し据付工事を完了しており、26年9月末現在、武漢において管理棟工事等を実施している。

武漢での廃棄処理が完了した後は、移動式廃棄処理設備を広州(広東省)へ輸送して廃棄処理を行う計画となっているが、広州の移動式廃棄処理設備の設置場所については、日中間で協議中のため、26年9月末現在決定していない。

(イ) 北部における移動式廃棄処理

内閣府は、北部における移動式廃棄処理を24年12月に石家荘(河北省)で開始して、25年7月までに石家荘の保管庫に保管していた1,383発の爆破処理を終了させている。26年度には、石家荘の周辺地区の保管庫に保管していた322発を石家荘に輸送して爆破処理し、その後、移動式廃棄処理設備をハルビン(黒竜江省)へ移動させる予定であったが、新たに天津市で遺棄化学兵器が発掘・回収され、太原(山西省)においても発掘・回収を行う予定となったことから、27年度以降も引き続き石家荘で爆破処理を実施する予定にしている。

なお、ハルビンの後に廃棄処理を行う地区は、日中間で協議中のため、26年9月末現在決定していない。

(ウ) ハルバ嶺における廃棄処理

内閣府は、ハルバ嶺において、14年に実施した調査により、埋設された遺棄化学兵器は30万発から40万発であると推定したことから、21年4月の日中首脳会談において試験廃棄処理を実施することを中国政府との間で確認した。これを受けて、内閣府は、22年8月に、神戸製鋼と制御爆破方式(注1)による廃棄処理に関する委託契約を、また、川崎重工と加熱爆破方式(注2)による廃棄処理に関する委託契約をそれぞれ締結した。そして、これらの契約に基づき、24年4月から現地で両方式の試験廃棄処理を開始する予定にしていた。

しかし、上記の試験廃棄処理に使用する設備(以下「試験廃棄処理設備」という。)を収容するための収納庫の建設工事が着工するまでに想定外の日数を要したことなどにより、試験廃棄処理の開始は26年12月頃になる見込みとなっている。

また、ハルバ嶺において、現在3,150kVAの電力供給を受けているが、発掘・回収と同時に、整備中の試験廃棄処理設備2基を稼働させるには、9,450kVAの電力供給が受けられるようにする必要があるため、近隣の変電所に専用の変圧器を設置して、専用の配電線を変電所からハルバ嶺まで敷設しなければならない。

しかし、中国政府との事前協議に時間を要したことなどから、電力供給設備の増設工事が完了するのは27年12月になる見込みで、当該設備の完成後も、電力会社による各種の確認検査を受ける必要があるため、発掘・回収と試験廃棄処理設備2基による試験廃棄処理を同時に実施できるようになるのは、28年度中になる見込みとなっている。

なお、試験廃棄処理の開始に向けた整備を進めている段階にあるが、埋設数量の不確定要素等を勘案し、本格的な廃棄処理設備による廃棄処理を開始するまでには、試験廃棄処理による実績を蓄積して、本格的な廃棄処理設備の処理方式、規模、台数等を検討した上で、廃棄処理設備を整備する必要がある。

(注1)
制御爆破方式  砲弾等の処理対象物を補助爆薬とともにあらかじめ爆破炉にセットして、雷管を爆破して破壊すると同時に、内部の化学剤を分解処理する方式で、爆薬量の多い大型の砲弾等の爆破処理に優れているとされている。
(注2)
加熱爆破方式  砲弾等の処理対象物を自動運転により、加熱した爆破炉に投入して、加熱し爆破、燃焼することで内部の化学剤を分解処理する方式で、砲弾等の爆破処理速度に優れているとされている。

ウ 回収、廃棄処理及び保管の状況

遺棄化学兵器処理事業による各年度の遺棄化学兵器の回収及び廃棄処理の実績は、表2のとおりとなっており、12年度に内閣府と外務省が共同で17,612発を回収したことなどにより、同年度の実績は18,509発と多くなっている。そして、前記のとおり、25年度末までに40,235発を回収している。また、南部における移動式廃棄処理を22年度に南京で、北部における移動式廃棄処理を24年度に石家荘でそれぞれ開始して、25年度末までに計37,064発を廃棄処理している。

表2 遺棄化学兵器処理事業による回収及び廃棄処理の実績

(単位:発)
年度 平成12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
回収数 18,509 9,419 377 47 698 668 4,360 782 1,455 828 463 492 1,227 910 40,235
廃棄処理数 南京 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 15,678 19,958 45 0 35,681
石家荘 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 250 1,133 1,383
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 15,678 19,958 295 1,133 37,064

そして、25年度末現在、外務省が行った現地調査の際に回収した遺棄化学兵器を含めて、同年度末までに回収した約5万発から、上記の廃棄処理した37,064発を差し引いた約1万3000発を保管している。遺棄化学兵器の保管には、保管庫の建設費、土地借料、警備費等の経費を要することから、その数が増加すると保管費用も増加することになる。

エ 施設整備の状況

内閣府は、ハルバ嶺の現地やハルバ嶺が所在する敦化市の市街地等に、発掘・回収棟や要員宿泊施設等の施設を対中要請事業により建設しており、主な施設の概要は、表3のとおりとなっている。

表3 主な施設の概要

(平成26年3月末時点)
施設名 構造 建築面積
(m2
延べ床面積
(m2
取得年月日 取得価格
(千円)
事業完了後の予定
発掘・回収棟 鉄筋コンクリート造
平屋建/2階建
5,770 6,750 平成25年4月10日 3,835,878 解体
要員宿泊施設 鉄筋コンクリート造
5階建/2階建
15,190 45,940 22年12月6日 3,733,746
管理棟 鉄筋コンクリート造
4階建/地下1階
1,360 6,610 23年11月17日 762,606
第1汚染物保管庫 鉄筋コンクリート造平屋建 1,910 1,910 24年6月25日 161,481
第4臨時保管庫 鉄筋コンクリート造平屋建 1,900 1,900 24年6月25日 160,635
第5臨時保管庫 鉄筋コンクリート造平屋建 1,900 1,900 24年6月25日 160,635
警備棟 鉄筋コンクリート造4階建 680 2,330 23年11月17日 151,156
第2臨時保管庫 鉄筋コンクリート造平屋建 1,300 1,300 20年12月15日 120,770
第3臨時保管庫 鉄筋コンクリート造平屋建 1,300 1,300 20年12月15日 120,770
第1臨時保管庫 鉄筋コンクリート造平屋建 380 380 16年11月30日 88,274
(注)
要員宿泊施設は敦化市の市街地に、それ以外の施設はハルバ嶺の現地に所在している。

(3) 想定していなかった事態の発生に伴う追加的な経費等

遺棄化学兵器処理事業の実施に当たり、当初想定していなかった事態の発生に伴って、次のとおり、当初見込んでいなかった経費を要したり、調査研究等に多額の経費を費やした発掘のための機械装置(以下「発掘装置」という。)の開発が中断したままとなっていたりしていた。

ア 設備等の保管費用の発生

内閣府は、神戸製鋼から、国内で製造させた移動式廃棄処理設備を、北部において23年度から26年度まで、南部において22年度から26年度まで、それぞれ借り受けている。また、神戸製鋼及び川崎重工にそれぞれ日本国内で製造させたハルバ嶺の試験廃棄処理設備を、神戸製鋼から、23年度から26年度まで、川崎重工から、24年度から26年度まで、それぞれ借り受けている。そして、内閣府は、賃借料として、神戸製鋼及び川崎重工が設備の製造に要した経費を当初契約の契約期間の終了までに支払い、その後は点検整備等に要した経費のみを支払うこととなっている。

しかし、北部の移動式廃棄処理設備の石家荘の処理場の造成工事の開始が、重機等を工事現場へ輸送するためのアクセス道路の建設に想定外の日数を要して遅れたこと、南部の移動式廃棄処理設備の中国への輸出に当たり、中国での荷受人の選定が難航したこと、ハルバ嶺の試験廃棄処理設備の現地の収納庫の建設工事が着工までに想定外の日数を要したことなどのため、それぞれ完成した設備等を設置場所へ輸送できず、日本国内及び中国国内の倉庫に一時的に保管することになった。このため、当初想定していなかった保管費用が、21年12月から26年3月までの間に計2億5225万余円発生した。そして、ハルバ嶺の試験廃棄処理設備は、26年度においても現地への輸送が完了するまでの間の保管費用が発生している。

イ 残存物保管のための土地借料等の発生

内閣府は、神戸製鋼に製造させて借り受けた廃棄物の無害化処理設備により、南京において、25年8月までに廃棄物の無害化処理を行った。

しかし、この無害化処理後の残存物等約200トンの中に分解処理できない砒(ひ)素が高濃度で含まれていて、現地にこれを引き取ることができる廃棄物処理業者がいないことなどから、砒素が含まれる無害化処理後の残存物等の最終処分方法について、日中間で合意に至っていない。このため、残存物等をドラム缶に入れるなどして現地の倉庫に保管しており、日中間で残存物等の最終処分方法について合意に至り処分されるまでの間は、保管費用として、土地借料、光熱水費、維持管理費及び警備費が年間2700万円程度発生する見込みとなっている。

また、南京以外の地区での廃棄処理で生ずる廃棄物の処分方法についても日中間で合意に至っていないため、合意までに時間を要することになれば、廃棄物の増加に伴い保管費用も増加することになる。

ウ 発掘装置の開発の中断

内閣府は、ハルバ嶺における発掘を安全かつ効率的に実施するために、発掘装置の調査研究、設計等の開発を、12年度から19年度までの間に、①内閣府が企業等と直接契約を締結して実施させる方法と、②内閣府が共同企業体や機構と締結した総合コンサルティング業務等に係る契約に含めることにより、共同企業体や機構が企業等に再委託して実施させる方法により行った。

そして、内閣府は、20年度に、発掘装置の詳細仕様を決定するために、ハルバ嶺に埋設されている遺棄化学兵器の試掘調査を実施した。その結果、発掘現場の内部において、砲弾が乱雑に重なり合っていたり、多くの砲弾が腐食して固着していたり、丸太や金属ワイヤー等の障害物が埋設されていたりなどしていることが判明したため、その内部の状況がいまだ完全に明らかとなっていない段階で発掘装置による発掘の検討を継続することは困難と判断して開発を中断しており、手掘りによる発掘を開始している。

なお、発掘装置の開発費用についてみると、①の方法は3件、計4億0624万余円であったが、②の方法は、内閣府が共同企業体や機構と締結していた総合コンサルティング業務等に係る契約(8件、計332億1459万余円)において、業務別の費用の内訳を記載した書類を保存していないため、発掘装置の開発費用を特定できなかった。

(4) 委託契約の実施

ア 発掘・回収等に係る委託契約の直接人件費

内閣府は、詐欺事件の発覚により遺棄化学兵器処理事業の実施体制を見直した20年度から、遺棄化学兵器の発掘・回収等をシーソックに委託して実施しており、20年度から25年度までの間の支払額は計110億3758万余円となっている。この支払額は、直接人件費や外注費等の直接経費、一般管理費の間接費及び消費税で構成されている。

上記支払額のうち、直接人件費は、中国における発掘・回収等の実施や国内における実施計画の作成等の業務を行う特殊専門家、全事業の管理、調整等の業務を行う後方支援要員等のシーソックの職員の人件費で42億8870万余円を占めている。また、直接人件費について、24年度までは、内閣府が当初契約で予定した業務の実施に必要な人員数を算定して、業務委託仕様書によりシーソックに指示していたが、25年度以降は、シーソックが業務の実施に必要な人員数を算定して、内閣府が承認している。

直接人件費の算定について確認したところ、内閣府は、予定していた中国での発掘・回収等の業務が減少するなどした場合に、外注費を見直すなどして契約変更を行っていたが、業務を実施する人員数については見直しを行っていなかった。

これは、単年度ごとの事業実施数の増減に応じて直接人件費を算定して契約変更を行うことにすると、前記の特殊専門家等をシーソックが安定的に確保することが困難になり、緊急的に実施する事業を迅速かつ柔軟に実施できなくなるおそれがあったためとしている。なお、内閣府は、特殊専門家等について、中国における発掘・回収等の業務を減少させて、国内における懸案事項の検討業務等を増加させたとのシーソックの実績報告を認めて、委託金額の支払を行っている。

イ 発掘・回収等に係る委託契約の一般管理費率

内閣府は、シーソックが遺棄化学兵器処理事業の支援を目的として設立された唯一の企業であるため、遺棄化学兵器処理事業に係る委託契約による収入以外に収入がないことから、委託業務の円滑な遂行に必要な運転資金の蓄積を目的として一般管理費率を算定することとして、本件委託契約の一般管理費率を20年度90%、21、22両年度50%、23、24両年度40%といずれも高率に設定していた。

シーソックは、遺棄化学兵器処理事業だけを行っている企業で、組織を解散する際に株主出資分を除く残余財産を国に寄附することにしていた。そして、経営幹部が交替する際には株式は後任の経営幹部に引き継がれていくべきところ、事業の進捗に伴い、シーソックの株式の評価額が上昇したことにより、株式の承継が困難になるなどしたため、シーソックは、株式会社の形態を維持していくことが難しくなり、24年12月に一般社団法人を設立してこれに移行したとしている。

しかし、株式会社から一般社団法人への基金拠出及び貸付けに対する債権放棄や寄附が一般社団法人の益金とみなされ法人税等の課税対象となったため、シーソックは26年5月に内部に留保していた3億9173万余円のうちの1億4289万余円(国税1億0394万余円、地方税3895万余円)を納税した。このような事情もあり、内閣府は、25、26両年度の契約においても、38%と高率な一般管理費率を適用した委託費をシーソックに支払っている。

4 本院の所見

遺棄化学兵器処理事業は、11年度から実施され、中国政府の協力の下で、厳しい現場条件等で実施されてきており、25年度までに1408億余円の国費が投入されてきている。そして、遺棄化学兵器処理事業の11年度から25年度までの実績は、遺棄化学兵器の回収が40,235発、廃棄処理が南部で35,681発、北部で1,383発、計37,064発となっている。

発掘・回収については、30万発から40万発と推定される大量の遺棄化学兵器が埋設されているハルバ嶺においては、24年度から開始されたばかりであり、さらに、25年11月に中断され、試験廃棄処理の開始に向けた準備作業を優先しているため、26年9月現在再開されていない。また、ハルバ嶺以外の地区においては、現場条件等により様々な検討が必要となる地区があるほか、今後も新たに遺棄化学兵器が発見される可能性もある。廃棄処理については、ハルバ嶺においては試験廃棄処理の開始に向けた整備を進めている段階にあり、本格的な廃棄処理設備による廃棄処理を開始するまでには、試験廃棄処理による実績を蓄積して、本格的な廃棄処理設備の処理方式、規模、台数等を検討した上で、廃棄処理設備を整備する必要がある。

我が国は、化学兵器禁止条約上、遺棄化学兵器の廃棄の義務を負っているが、上記のことなどから、現時点で、遺棄化学兵器処理事業の完了の見通しは立っておらず、今後も相当の期間を要して、多額の国費が投入されることが見込まれる。仮に、事業が長期化すれば、無害化処理後の残存物等の保管費用、設備等の老朽化等による更新費用等の増加に加えて、物価上昇等による費用の増加も懸念される。

したがって、内閣府においては、遺棄化学兵器処理事業の実施に当たり、事業の実施地区の周辺住民等の危険を早期に排除することや環境への配慮等を最優先としつつも、それに加えて経済的かつ効率的に事業を実施することにより、費用を抑えるとともに、可能な限り早期に完了させることができるようにするために、次の点に留意することが重要である。

ア 想定していなかった事態の発生に伴う追加的な経費等を要していることについては、予測できなかった事態が発生するなどやむを得ない面もあるが、追加的な経費等の支出を抑えることなどのために、中国政府と調整が必要な事項について、事業の実施に必要な手続等を事前に把握し早期に調整を開始するとともに、中国政府との間でより一層の緊密な連携を図り、可能な限り事業の実施に当たっての両国の合意形成までの期間の短縮に努めるなどすること。また、中国政府の協力を得て、遺棄化学兵器の埋設状況を試掘調査するなどして把握し、発掘装置等の実用化の実現性を検証した上でその開発に着手するか判断すること

イ 直轄事業の委託契約について、事業の実施状況に応じて必要人員数を見直したり、一般管理費率を低減したりすることを検討して、適正な実施に努めること

ウ 事業の実施地区の周辺住民等の安全が確保されている場所では、遺棄化学兵器の保管費用が増加しないよう可能な限り発掘・回収と廃棄処理の均衡を考慮して、経済的な実施に努めること。特に、ハルバ嶺における本格的な廃棄処理設備の処理方式、規模、台数等の決定については、現地の状況、実施体制、遺棄化学兵器の回収速度等を十分に考慮して適切に行うこと

本院としては、今後とも遺棄化学兵器処理事業の実施状況について、引き続き注視していくこととする。