平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により引き起こされた津波により、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉各県の太平洋沿岸においては、水田等の農地に海水が浸入して塩分が残留するなどの塩害が発生して、多くの農地において営農ができない状況となった。そこで、国は早期に営農を再開できるようにするために、「東日本大震災に対処するための土地改良法の特例に関する法律」(平成23年法律第43号)を制定し、農林水産省は「東日本大震災に対処するための農用地の除塩に係る特定災害復旧事業実施要綱」(平成23年23農振第372号農林水産事務次官依命通知。以下「実施要綱」という。)等に基づき、23年度以降、今回の津波により農地が受けた塩害を除去する事業(以下、塩害を除去するための作業を「除塩作業」、この事業を「除塩事業」という。)を実施している。
実施要綱等によれば、除塩事業は、塩害を受けた農地の塩分(塩素)濃度(以下「塩分濃度」という。)が基準値(水田の場合は0.1%、畑作地の場合は0.05%)以上となっている場合に実施することとされており、国が事業主体となる直轄事業又は国庫補助金の交付を受けて県、市町村等が事業主体となる補助事業により実施している。
農林水産省は、23年6月に、除塩作業等についての基本的な考え方を取りまとめた「農地の除塩マニュアル」(平成23年6月農林水産省農村振興局制定。以下「除塩マニュアル」という。)を策定している。除塩マニュアルにおいては、除塩作業は土壌中に残留する過剰な塩分を真水で流し出すことを基本としていることから、事業主体があらかじめ土壌の塩分濃度等の調査を行って除塩対象区域を選定した農地において、除塩に必要な用水及び排水系統の確保や湛水、排水等の作業後に塩分濃度の測定を行い塩分濃度が基準値未満になったことを確認することなどの一連の除塩作業等が示されている。
また、農地の塩分濃度は降雨等の影響により基準値未満に低下する場合があり、東北農政局が23年9月に公表した報告書においても、降雨等による除塩の効果は、ほ場条件等によりばらつきが生じているものの、降雨等の影響により塩分濃度が基準値未満になった例が報告されている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
除塩作業については、前記のとおり、用水及び排水系統の確保が必要となることから、津波による被害が大きかった地域においては、用排水路等の復旧が完了するまで作業を実施できなかったことなどのため、27年度以降も除塩事業を実施する予定となっている。
そこで、本院は、経済性等の観点から、除塩作業の必要性の検討は適切に行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、23年度から26年度までの間に、東北農政局仙台東土地改良建設事業所が直轄事業として除塩作業を実施した契約17件(除塩作業面積計611ha、事業費計1億6322万余円)、5県(注)及び管内の14市町が補助事業として除塩作業を実施した契約204件(除塩作業面積計7,582ha、事業費計24億5100万余円、国庫補助金計22億0462万余円)を対象として、除塩事業実施計画書等の関係書類、現地の状況等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
前記のとおり、農地の塩分濃度は降雨等の影響により基準値未満に低下する場合があり、その例は東北農政局が23年9月に公表した報告書においても報告されている。
そして、宮城県以外の各事業主体においては、同年3月から12月までの間に除塩事業の対象区域を選定するための塩分濃度を測定した後、22、23両年度に速やかに除塩作業を開始するか、24年度以降に除塩作業を開始する場合は塩分濃度を再測定するなどしていた。また、塩分濃度の再測定を実施していた東北農政局仙台東土地改良建設事業所、青森、岩手両県及び福島県管内の3市町は、再測定の結果塩分濃度が基準値を下回っていたり、農家が降雨等の影響により塩分濃度が基準値未満になったと判断して営農を再開したりするなどしていたため、当初除塩作業を計画していた農地から27年度以降に実施する予定の農地を除いた計2,345haのうち、計954haについて除塩作業を実施していなかった。
しかし、宮城県が23年5月から12月までの間に除塩事業の対象区域を選定するための塩分濃度を測定して、その後除塩作業を実施した計117件の契約のうち、23年度中に除塩作業を開始した契約を除く83件(除塩作業面積計2,500ha、事業費計10億4585万余円、国庫補助金計9億4127万余円)については、除塩作業の実施前に塩分濃度を再測定して除塩作業の必要性を検討することなく、塩分濃度を測定した日から相当の期間が経過した24年4月から26年6月までの間に除塩作業を開始していた。
上記について事例を示すと、次のとおりである。
<事例>
宮城県は、亘理郡山元町内の一部の地区において、除塩作業(実施面積18.03ha)を事業費672万余円(国庫補助金605万余円)で実施している。この除塩作業の対象区域については、平成23年6月に測定した農地の塩分濃度が基準値(0.1%又は0.05%)を上回る0.3%から0.35%までとなっていた区域を選定して、これに基づき東北農政局に申請していた。
しかし、同県は、除塩作業の開始が塩分濃度の測定から2年6か月以上経過した26年1月となっていたにもかかわらず、除塩作業の実施前に塩分濃度を再測定して除塩作業の必要性を検討していなかった。
このように、農地の塩分濃度は、除塩事業の対象区域を選定するための塩分濃度を測定した時点から相当の期間が経過するなどして、降雨等の影響により低下する可能性があるにもかかわらず、除塩作業の実施前に塩分濃度を再測定して除塩作業の必要性を検討していなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、除塩事業の対象区域を選定するための塩分濃度を測定した時点から相当の期間が経過するなどして、降雨等の影響により塩分濃度が低下する可能性があるのに、事業主体において除塩作業の実施前に塩分濃度を再測定して除塩作業の必要性を検討することについての理解が十分でなかったことにもよるが、農林水産省において除塩作業の実施前に塩分濃度を再測定して除塩作業の必要性を検討することを除塩マニュアルに明記していなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、27年9月に、除塩事業の対象区域を選定するための塩分濃度を測定した時点から相当の期間が経過するなどして降雨等の影響により塩分濃度の低下が見込まれる場合には、事業主体において、除塩作業の実施前に塩分濃度を再測定して除塩作業の必要性を検討することを除塩マニュアルに明記するとともに、地方農政局等に対して通知を発して除塩マニュアルの内容を周知徹底する処置を講じた。