【適宜の処置を要求し及び是正改善の処置を求めたものの全文】
旧農業者年金事業における経営移譲年金の支給について
(平成27年10月22日付け独立行政法人農業者年金基金理事長宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正の処置を要求し及び是正改善の処置を求める。
記
貴基金(平成15年9月30日以前は農業者年金基金)は、独立行政法人農業者年金基金法(平成14年法律第127号。以下「基金法」という。)附則第6条第1項第1号等の規定に基づいて、農業者年金基金法の一部を改正する法律(平成13年法律第39号。以下「改正法」という。)が施行される以前に被保険者であった農業者に対して経営移譲年金、農業者老齢年金等を国の負担により給付する事業(以下「旧農業者年金事業」という。)を実施している。
旧農業者年金事業における給付のうち経営移譲年金の給付を受ける権利を有する者(以下「受給権者」という。)は26年3月時点で35万余人であり、このうち実際に支給を受けている者は30万余人、25年度の支給総額は605億余円となっている。
基金法附則第6条第1項第1号等において旧農業者年金事業の実施に当たってはなお効力を有することとされている農業者年金基金法(昭和45年法律第78号。平成15年廃止。以下「旧基金法」という。)によれば旧農業者年金事業における給付のうち、経営移譲年金は、保険料納付済期間等が原則として20年以上あり、かつ、65歳に達する前に後継者又は第三者(以下「後継者等」という。)に経営移譲を行った農業者に対して、原則として、経営移譲を行った時から支給することとされている。
この経営移譲とは、経営移譲を行う者が経営移譲の終了日の1年前の日において有している農地又は採草放牧地(以下「農地等」という。)について、後継者等に対して、耕作目的で所有権を移転し又は使用収益権を設定するなどの処分を行い、農業経営を廃止又は縮小することである。そして、後継者等に経営移譲を行う場合は、単に農地等の権利名義を変えるだけでなく、実体を伴った経営移譲が行われていることを確保するために、農業共済の加入名義、米の生産調整に係る助成金の申請名義、農業所得に係る納税申告の名義等(以下、これらを合わせて「諸名義」という。)を経営移譲を行う者から後継者等に変更することとなっている。
旧基金法等において、貴基金は、受給権者の請求に基づいて、当該受給権者に係る経営移譲年金の給付を受ける権利について裁定することとなっており、受給権者は、当該請求を行うに際して、貴基金に対して農業経営の廃止又は縮小が終了した日等を記載した経営移譲年金裁定請求書(以下「裁定請求書」という。)を提出することとなっている。
また、裁定後においても、受給権者は、農業経営を再開していないなどの場合に、毎年6月に農業者年金受給権者現況届(以下「現況届」という。)を貴基金に提出することとなっており、貴基金は、現況届によって受給権者における年金受給資格の有無等について確認することとなっている。
そして、貴基金は、①裁定請求書の記載内容の事実の確認、②受給権者の支給要件に関する審査に必要な資料の整備及び③受給権者から提出された現況届の点検の各業務を市町村の農業委員会に委託して実施している。
旧基金法等において、受給権者は、支給開始後に農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当した場合、遅滞なく、その事由等を記載した届出(以下「支給停止事由該当届」という。)を農業委員会等を通じて貴基金に提出することとなっている。また、農業委員会は、旧農業者年金事業市町村事務取扱要領(昭和46年農業者年金基金制定)において、受給権者から提出された現況届の点検に当たり、受給権者が支給停止事由に該当していないことなどを確認し、その確認をした現況届(以下「確認済現況届」という。)を貴基金に提出することとなっている。そして、貴基金は、農業委員会から受給権者に係る支給停止事由該当届が提出されたり、確認済現況届が提出されなかったりした場合は、受給権者が支給停止事由に該当しているかを確認し、該当していると認められた場合には、支給停止事由に該当した日が属する月の翌月から支給停止事由が消滅した日が属する月までの間(以下「支給停止事由該当期間」という。)、経営移譲年金の支給を停止することとなっている。
貴基金は、「実体を伴った経営移譲及び経営継承を確保するための指導等について」(昭和61年61農年1第84号農業者年金基金理事長通知。以下「指導通知」という。)を農業委員会等に通知して、受給権者から受給権の裁定後第1回目に提出された現況届の点検に当たって、受給権者が諸名義を変更するなどして、実体を伴った経営移譲を行っているかについて確認することとし、これを行っていないと認められる場合には、受給権裁定の取消しを行うなどとしている。
本院は、10年3月に、旧農業者年金事業の実施に当たり、経営移譲年金の給付の適正化を図るために、諸名義の変更を確実に行うことなどについて、経営移譲者に対する周知徹底及び農業委員会における事実確認の徹底を図るよう農業委員会を指導するなどするよう、会計検査院法第36条の規定により、貴基金理事長に対して改善の処置を要求するとともに、これを平成9年度決算検査報告に掲記した。
貴基金は、本院の指摘の趣旨に沿い、指導通知を改正して、経営移譲年金を支給する際の確認に当たって、諸名義の変更を確実に行うことなどについての経営移譲者への周知及びその事実確認を徹底するよう農業委員会を指導したり、その事務処理が的確に推進されるよう、諸名義の変更状況等を記録するための経営移譲管理カード等を作成して整備したりしている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性等の観点から、経営移譲年金の支給が適正に行われているかなどに着眼して、30都道府県(注1)の185市町村の区域内に住所を有する26年3月時点の受給権者69,116人のデータと米の生産調整に係る助成金の制度加入者等の情報とを照合することにより、農業経営を再開するなどしている可能性があると認められる者567人を抽出し、それらの者が農業経営を再開していて支給停止事由に該当しているかなどについて、実態の調査及びその報告を貴基金に対して求めるとともに、貴基金において裁定請求書、現況届等の関係書類を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記の567人に関し、貴基金が調査した結果について、本院が確認したところ、19道県(注2)の36市町の区域内に住所を有する55人については、表のとおり、一度は実体を伴った経営移譲を行って経営移譲年金の支給を受けていたものの、経営移譲を行った後継者等の離農、死亡等により、農地等の返還を受けて農業経営を再開するなどしていて支給停止事由に該当していた。しかし、貴基金は、当該受給権者から農業委員会等を通じて支給停止事由該当届の提出を受けていなかったり、農業委員会から確認済現況届の提出を受けていたりしたことから、当該受給権者に対して、支給停止の処分を行っておらず、支給停止事由該当期間中に、経営移譲年金計5872万余円を支給していた。
また、116人については、農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当しているかなどの確認が取れておらず、引き続き調査を行う必要がある状況となっている。
表 米の生産調整に係る助成金の制度加入者等の情報と照合した結果、受給資格の有無等の現況を確認する必要があると認められた受給権者(567人)に係る検査の結果
検査の結果 | 受給権者数 |
---|---|
一度は実体を伴った経営移譲を行っていたものの、その後、農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当していたにもかかわらず支給停止の処分を行っておらず、支給停止事由該当期間中に経営移譲年金を支給していたもの | 55 |
農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当しているかなどの確認が取れておらず、引き続き調査を行う必要があるもの | 116 |
平成25年度の米の生産調整に係る助成金の制度に加入していたが、26年3月までに経営移譲を行っていたため、経営移譲年金の支給期間中に支給停止事由に該当しているとは認められないものなど | 396 |
(1)の事態を踏まえて、受給権者が支給停止事由に該当した場合に、支給停止事由該当届を提出しなければならないことをどのように受給権者に対し周知しているかについて確認したところ、当該事項が現況届の様式に記載されておらず、周知が十分に行われていない状況となっていた。
したがって、支給停止事由に該当している受給権者を的確に把握するために、受給権者に対して、支給停止事由に該当した場合は遅滞なく支給停止事由該当届を提出するよう周知する必要があると認められる。
また、農業委員会において受給権者の諸名義の現況確認をどのように行っているかについて確認したところ、前記改正後の指導通知によれば、裁定後第1回目の現況届を点検する際に、経営移譲管理カードを活用して諸名義の変更状況等について市町村の農政担当部署等の関係機関(以下「関係機関」という。)に照会するなどして確認を取ることなどとされており、農業委員会は当該通知に従って諸名義の確認を行っていた。
しかし、第2回目以降の現況届を点検する際には、受給権者が支給停止事由に該当しているかについて確認するために、諸名義の保有状況について確認を行うこととなっていなかった。このため、農業委員会はこれらの確認を行っておらず、支給停止事由に該当しているか十分に把握できない状況となっていた。
また、第2回目以降の現況届の点検時にも、貴基金において受給権者のデータと農林水産省が保有する米の生産調整に係る助成金の制度加入者等の情報とを照合することにより農業経営を再開するなどしている可能性がある受給権者を抽出し、農業委員会において、抽出した受給権者の諸名義の保有状況について関係機関に照会することなどの方法によれば、農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当しているかの確認を効率的に行うことができる。
したがって、このような確認方法により支給停止事由に該当している受給権者を的確に把握する体制を整備する必要があると認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
新潟県長岡市に住所を有する受給権者Aは、平成21年1月に後継者に経営移譲を行ったとして、貴基金に対して経営移譲年金の給付を受ける権利についての裁定の請求を行い、貴基金はこれを裁定して、同年4月分からAに係る経営移譲年金の支給を開始した。その後、Aは後継者から農地等の返還を受け、25年3月に農業経営を再開して支給停止事由に該当することとなっており、同年6月には、自らの名義で米の生産調整に係る助成金の申請を行うなどしていた。
しかし、Aは支給停止事由に該当した期間中も農業委員会に現況届を提出し、農業委員会はAの諸名義の状況を関係機関に照会して確認することなく確認済現況届を貴基金に提出していた。また、Aは支給停止事由該当届を農業委員会を経由して貴基金に提出していなかった。そして、貴基金は27年1月分までAに係る経営移譲年金の支給を継続していた。
したがって、Aに支給された経営移譲年金のうち、支給停止事由に該当した翌月の25年4月分から27年1月分までの計1,027,400円の支給が適正でなかった。
(是正及び是正改善を必要とする事態)
受給権者に対して、支給停止事由に該当した場合は遅滞なく支給停止事由該当届を提出しなければならないことについての周知が十分に行われていなかったり、農業委員会において第2回目以降の現況届を点検する際に、諸名義の保有状況について関係機関に照会することなどの方法により確認を取っていなかったりしており、その結果、農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当している受給権者に対し、経営移譲年金が支給されていたり、受給権者が農業経営を再開するなどして支給停止事由に該当しているかの確認が取れていない状況となっていたりしている事態は適切ではなく、是正及び是正改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴基金において、支給停止事由に該当した場合には遅滞なく支給停止事由該当届を提出しなければならないことについて、受給権者に周知するための方策を十分に検討していないことや、第2回目以降の現況届を点検する際においても、受給権者の諸名義の保有状況について関係機関に照会することなどにより、支給停止事由に該当していないかについて確認する体制を整備していないことなどによると認められる。
貴基金は、後継者等への経営移譲を援助促進して農業経営の近代化と農地保有の合理化に寄与するために、改正法が施行される以前の農業者年金の被保険者であって、経営移譲を行った者に対して今後も経営移譲年金の給付を行うこととなっている。
ついては、貴基金において、経営移譲年金の支給が適正なものとなるよう、アのとおり是正の処置を要求し並びにイ及びウのとおり是正改善の処置を求める。