我が国の農業、林業又は漁業(以下、これらを合わせて「農林漁業」という。)の就業者数は長期的に減少傾向にあり、とりわけ農業及び漁業においては就業者の高齢化が進んでおり、今後も持続可能な農林漁業を実現するためには将来を担う人材の育成及び確保が急務となっている。
このような状況の中で、国は、食料・農業・農村基本法(平成11年法律第106号)、森林・林業基本法(昭和39年法律第161号)、水産基本法(平成13年法律第89号)等に基づき、農林漁業において効率的かつ安定的な経営を担う人材の育成及び確保を図るために、必要な施策を講ずることとしている。また、政府は、平成25年5月に農林水産業・地域の活力創造本部を設置して、同年12月に農林水産業・地域の活力創造プラン(以下「創造プラン」という。)を策定して、農林漁業の政策に係る目標や展開する施策を定め、強い農林水産業を創り上げることなどに取り組む方針を示している。そして、農林水産省(農林水産本省、林野庁又は水産庁。以下同じ。)は、食料・農業・農村基本法等に基づく施策又は創造プランで定めた施策の一環として、農業において新規就業し定着する農業者を倍増して10年後の35年に40代以下の就業者数を40万人に拡大すること、林業において5万人の就業者数を維持すること、漁業において毎年2千人の新たな就業者を確保することをそれぞれ目標に定めて、農林漁業に新たに就業する者(以下「新規就業者」という。)を育成し確保するために次の各種の事業を実施している。
農林水産省は、新規就業者を雇用する農林漁業を営む法人又は個人(以下「経営体」という。)が生産活動の現場等において実際の業務を通じた新規就業者の教育(以下「研修」という。)を行うなどの場合に、研修の実施に要する経費の一部を補助するために、全国農業会議所、全国森林組合連合会、一般社団法人全国漁業就業者確保育成センター等(以下、これらを合わせて「事業主体」という。)を経由して、経営体に助成金を交付する事業を実施している(以下、この事業を「新規就業者雇用事業」といい、この事業により研修を受ける者を「研修就業者」という。)(表1参照)。
表1 農林漁業の新規就業者雇用事業の主な制度内容
分野 | 事業名 | 事業開始年度 | 事業主体 | 1人当たり助成金額 (上限月額) |
助成期間 (上限期間) |
国庫補助金額 (平成20年度~25年度) |
---|---|---|---|---|---|---|
農業 | 農の雇用事業 | 20年度 | 全国農業会議所 | 97,000円 | 2年間 | 134億6388万余円 |
林業 | 緑の雇用事業 | 15年度 | 全国森林組合連合会 | 90,000円 | 3年間 | 387億0043万余円 |
漁業 | 漁業就業者研修事業 | 13年度 | 一般社団法人全国漁業就業者確保育成センター | 独立型 282,000円 雇用型 141,000円 |
独立型 3年間 雇用型 1年間 |
54億5007万余円 |
農林水産省は、24年度以降、経営の不安定な就業初期段階の農業の新規就業者を対象に市町村が給付する給付金(以下「青年就農給付金(経営開始型)」という。)に対して全国農業会議所等を経由して補助金(24、25両年度の国庫補助金計154億4725万円)を交付している(以下、青年就農給付金(経営開始型)を給付する事業を「青年就農給付金事業」といい、新規就業者雇用事業と合わせて「新規就業者支援事業」という。)。
青年就農給付金事業は、原則45歳未満で農業経営者となることに強い意欲を有している農業の新規就業者(以下「新規自営就農者」という。)に対して、市町村が年額150万円を最大5年間給付する事業である。給付を受けようとする者は農業経営の開始から5年後における収穫高や売上等の農業経営に関する目標を記載した経営開始計画を作成して市町村に提出し、市町村は、同計画の内容が農業経営の開始から5年後までに農業で生計が成り立つ内容となっているかなどを確認することとなっている。また、青年就農給付金(経営開始型)の受給者は、就農後においても、給付期間内及び給付期間終了後3年間、就農状況に関する報告(以下「就農状況報告」という。)を半年ごとに市町村に提出することとなっている。そして、市町村は、生産性や品質の向上のための技術支援、効率的で安定的な農業経営のための支援等の業務を担っている都道府県の普及指導センター(以下「指導センター」という。)等の関係機関と協力して、受給者が経営開始計画に則して計画的な就農ができているかどうか現地に赴くなどして確認するとともに、必要な場合は、関係機関と連携して受給者に対して適切な指導を行うこととなっている。
前記のとおり、新規就業者支援事業は、農林漁業の就業者数が長期的に減少傾向にある状況の下、農林漁業において効率的かつ安定的な経営を担う人材の育成及び確保を図るために、多額の国費を投じて実施されている事業である。
そこで、本院は、効率性、有効性等の観点から、新規就業者雇用事業の研修就業者の定着状況はどのようになっているか、青年就農給付金(経営開始型)の受給者が安定的に経営を継続しているかなどに着眼して検査した。検査に当たっては、20年度から25年度までの間に25道県(注1)の1,840経営体(農業813、林業534、漁業493)に対して交付された新規就業者雇用事業の助成金計150億1587万余円(農業47億5596万余円、林業89億6082万余円、漁業12億9908万余円(国庫補助金それぞれ同額))及び24、25両年度に25道県内の5,031人に給付された青年就農給付金(経営開始型)計92億0456万余円(国庫補助金同額)を対象として、農林水産省、事業主体、25道県等において、交付申請書、実績報告書等により会計実地検査を行った。また、新規就業者雇用事業の助成金の交付を受けた1,395経営体(農業762、林業525、漁業108)に対して質問票を送付して雇用に関する意識調査を行い、その内容を分析するとともに、青年就農給付金(経営開始型)の給付が終了した受給者のいる318市町村における受給者の農業経営の状況等に関する関係書類を確認するなどの方法により検査した。
農業については、前記のとおり、40代以下の就業者を10年後の35年までに40万人に拡大することが目標とされている。また、農林水産省は、有効性等の視点から事業の点検等を行う毎年の行政事業レビューシートにおいて、農業の新規就業者支援事業等の成果目標として、45歳未満の新規就業者の増加を、農業の新規就業者支援事業の対象とならない者も含めて年間2万人としている。
林業については、農林水産省によれば、全体の就業者5万人の維持を目指すとしているが、林業の新規就業者雇用事業の対象とならない者も含めた単年度の新規就業者数の成果目標は特に定められていない。
漁業については、行政事業レビューシートにおいて、漁業の新規就業者雇用事業の対象とならない者も含めて、毎年度2千人の新規就業者数の成果目標が掲げられている。
一方、20年度から25年度までの新規就業者数の実績は、農林水産省の調査によれば、表2のとおり、25年度における新規就業者数の実績は、農業16,020人、林業2,827人、漁業1,790人となっており、農業及び漁業の実績はそれぞれの成果目標である2万人、2千人を下回っていて単年度の成果目標を達成していなかった。
表2 新規就業者数の推移
分野 | 実績 | 目標 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
平成20年度 | 21年度 | 22年度 | 23年度 | 24年度 | 25年度 | 25年度 | |
農業 | ― | ― | ― | ― | 17,260 | 16,020 | 20,000 |
林業 | 3,333 | 3,941 | 4,014 | 3,181 | 3,190 | 2,827 | ― |
漁業 | 1,784 | 2,002 | 1,867 | 1,776 | 1,920 | 1,790 | 2,000 |
新規就業者数については、景気動向により毎年変動することなどから、単年度の新規就業者数のみにより長期的な目標の達成状況を評価できないが、上記のとおり農業及び漁業において単年度の成果目標を達成していないことも踏まえて、農林水産省が長期的な目標の達成に向けて新規就業者支援事業を始めとする施策に着実に取り組み効果を発現させることが重要である。
ア 研修就業者の離職の状況と定着に向けた取組
(ア) 研修就業者の離職の状況
20年度から25年度までの間に新規就業者雇用事業の助成金の交付を受けている経営体における研修就業者8,619人のうち、27年3月末時点で経営体を離職してその後農林漁業に就業していない研修就業者(以下「農林漁業から離れた者」という。)は、表3のとおり、農業1,726人(研修就業者数全体に対する割合44.5%)、林業1,456人(同37.7%)、漁業381人(同42.5%)、計3,563人(同41.3%)となっていた(これらの者に係る助成金計48億9178万余円(国庫補助金同額))。このうち経営体からの離職が研修開始後3年未満の者は、表4のとおり、農業1,468人(同37.9%)、林業1,167人(同30.2%)、漁業348人(同38.8%)、計2,983人(同34.6%)となっており(これらの者に係る助成金計37億2634万余円(国庫補助金同額))、林業の割合が農業、漁業に比べてそれぞれ7.7ポイント、8.6ポイント低かった。
表3 在職者及び離職者の状況(平成27年3月末時点)
分野 | 研修就業者 | 在職者 | 経営体から離職した者 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
農林漁業から離れなかった者 | 農林漁業から離れた者 | |||||||||
人数(A) | 助成金額 | 人数 | 助成金額 | 人数(B) (研修就業者全体に対する割合 (B)/(A)) |
助成金額 | 人数(C) (研修就業者全体に対する割合 (C)/(A)) |
助成金額 | 人数(D) (研修就業者全体に対する割合 (D)/(A)) |
助成金額 | |
農業 | 3,870 | 4,642,062 | 1,543 | 2,219,945 | 2327 (60.1%) |
2,422,116 | 601 (15.5%) |
705,117 | 1726 (44.5%) |
1,716,999 |
林業 | 3,853 | 8,908,487 | 2,112 | 5,483,210 | 1741 (45.1%) |
3,425,277 | 285 (7.3%) |
692,538 | 1456 (37.7%) |
2,732,738 |
漁業 | 896 | 1,245,277 | 454 | 702,842 | 442 (49.3%) |
542,434 | 61 (6.8%) |
100,387 | 381 (42.5%) |
442,046 |
計 | 8,619 | 14,795,827 | 4,109 | 8,405,998 | 4510 (52.3%) |
6,389,828 | 947 (10.9%) |
1,498,044 | 3563 (41.3%) |
4,891,784 |
表4 農林漁業から離れた者の離職までの期間(平成27年3月末時点)
分野 | 研修就業者 | 農林漁業から離れた者 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
経営体からの離職が研修開始後3年以上の者 | 経営体からの離職が研修開始後3年未満の者 | |||||||||
1年以上3年未満の者 | 1年未満の者 | 計 | ||||||||
人数(A) | 助成金額 | 人数 | 助成金額 | 人数(B) | 助成金額 | 人数(C) | 助成金額 | 人数(D) (=(B)+(C)) (研修就業者全体に対する割合 (D)/(A)) |
助成金額 | |
農業 | 3,870 | 4,642,062 | 258 | 300,256 | 972 | 1,146,560 | 496 | 270,181 | 1468 (37.9%) |
1,416,742 |
林業 | 3,853 | 8,908,487 | 289 | 801,951 | 536 | 1,214,141 | 631 | 716,646 | 1167 (30.2%) |
1,930,787 |
漁業 | 896 | 1,245,277 | 33 | 63,232 | 98 | 151,905 | 250 | 226,908 | 348 (38.8%) |
378,814 |
計 | 8,619 | 14,795,827 | 580 | 1,165,439 | 1,606 | 2,512,607 | 1,377 | 1,213,736 | 2983 (34.6%) |
3,726,344 |
また、研修就業者を5人以上雇用した551経営体について、研修就業者の定着の状況及び農林漁業から離れた者の状況をみたところ、表5のとおり、雇用した全ての研修就業者が定着している経営体が19経営体(農業5、林業12、漁業2)ある一方で、全ての研修就業者が離職している経営体も21経営体(農業13、林業8)あるなど、経営体によって相当な差が見受けられた。
表5 農林漁業から離れた者の割合ごとの経営体数
割合
\
分野 |
全ての研修就業者が定着 | 0%超 20%未満 |
20%以上 40%未満 |
40%以上 60%未満 |
60%以上 80%未満 |
80%以上 100%未満 |
全ての研修就業者が離職 | 計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
農業 | 5 | 10 | 39 | 59 | 54 | 38 | 13 | 218 |
林業 | 12 | 40 | 92 | 110 | 36 | 19 | 8 | 317 |
漁業 | 2 | 1 | 1 | 4 | 3 | 5 | ― | 16 |
計 | 19 | 51 | 132 | 173 | 93 | 62 | 21 | 551 |
構成比 | 3.4% | 9.2% | 23.9% | 31.3% | 16.8% | 11.2% | 3.8% | 100.0% |
(イ) 経営体の人材の育成及び確保の課題並びに研修就業者の定着に向けた取組
農林漁業を担う人材の育成及び確保を図るためには、新規就業者数の目標を達成するだけでなく、研修就業者の離職を可能な限り抑止して定着を図ることが重要となる。
前記の農林漁業から離れた者3,563人の離職の理由について、事業主体を通じて経営体に確認したところ(複数回答あり)、「仕事がきつい、体力的にきつい」が1,033人、「仕事がつまらない、なじめない」が621人、「職場の人間関係のトラブル」が500人となっており、職場に関する諸問題が見受けられた。また、意識調査を行った前記の1,395経営体に対して、経営上の課題のうち人材の育成及び確保の課題として認識している点について質問票で確認したところ(複数回答あり)、「従業員がすぐに辞める」が267経営体、「新規採用者を教育できる人材がいない」が190経営体となっており、就業者の定着や育成を課題としている経営体が見受けられた。
そこで、1,395経営体に対して、「安全管理の徹底」や「カウンセリング」等の就業者の定着のための取組を実施しているか、これらの取組に効果があると考えているかについて質問票で確認したところ、表6のとおり、「カウンセリング」以外の取組については半数以上の経営体が実施しており、各取組を実施している経営体の多くは、取組は就業者の定着に効果があると考えていた。一方で、いずれかの取組を実施していない経営体も見受けられたことから、その理由を確認したところ、「マニュアルのようなものがない」、「やり方がよくわからない」などの理由により、これらの取組には就業者の定着に効果があると考えているものの実施できないとしていた。
表6 就業者の定着のための取組の実施状況と効果の評価
就業者の定着のための取組 | 取組を実際に実施している経営体 (A) |
取組を実施していない経営体 (B) |
||||
---|---|---|---|---|---|---|
うち就業者の定着に効果があると考えている経営体 (a) |
左の割合 (a)/(A) |
うち就業者の定着に効果があると考えている経営体 (b) |
左の割合 (b)/(B) |
|||
外部研修、研究会に参加させる | 853 | 792 | 92.8% | 439 | 331 | 75.3% |
近い年代の者同士で働かせる | 849 | 676 | 79.6% | 440 | 247 | 56.1% |
安全管理の徹底 | 1,080 | 992 | 91.8% | 210 | 159 | 75.7% |
毎日の全体ミーティング | 911 | 841 | 92.3% | 388 | 303 | 78.0% |
職場の仲間でのイベント | 835 | 759 | 90.8% | 449 | 353 | 78.6% |
カウンセリング | 270 | 232 | 85.9% | 1,005 | 787 | 78.3% |
これらのことから、事業主体においては、定着に効果があるとしている取組の実施に経営体が努めるよう、事例を把握して収集し、これを経営体に対して紹介するなどして広く情報提供を行うことが重要である。
<参考事例1>
山口県でねぎなどの野菜を生産している有限会社Aは、研修就業者を8人雇い入れて、平成22年度から25年度までの間に、助成金計15,908,000円の交付を受けていた。8人のうち1人は研修終了後に離職してねぎ農家である実家の経営を継いでおり、残り7人は27年3月末現在で同会社に在職している。
同会社は、就業者を定着させるために毎日の全体ミーティングや職場の仲間でのイベントを行っているほか、就業意欲を高めるために、ある程度の経験を積んだ就業者に対してそれぞれが担当する野菜を決めて、各自に栽培計画の立案及び実行をさせるなどの取組を行っていた。
イ 事業主体による経営体に関する審査並びに指導及び助言について
(ア) 事業主体による経営体に関する審査
前記の1,840経営体から漁業のうち研修終了後に雇用関係が終了する前提で研修を実施した77経営体を除いた1,763経営体について、27年3月末において就業者を雇用して事業経営を継続しているかなどを確認したところ、売上不振や債務超過で倒産したり後継者がおらず廃業したりなどしていた経営体は、表7のとおり、51経営体(1,763経営体に対する割合2.8%)となっていた。そして、これらの経営体に雇用されていた研修就業者188人は農林漁業から離れていた(これらの者に係る助成金計2億2004万余円(国庫補助金同額))。
表7 倒産、廃業等により就業者を雇用していない経営体と雇用されていた研修就業者(平成27年3月末時点)
分野 | 検査対象とした経営体 | 左のうち倒産、廃業等により就業者を雇用していない経営体(割合) | 左の経営体に雇用されていた研修就業者(人) | 左の研修就業者に係る助成金額(国庫補助金同額)(千円) |
---|---|---|---|---|
農業 | 813 | 22(2.7%) | 117 | 113,905 |
林業 | 534 | 4(0.7%) | 29 | 52,333 |
漁業 | 416 | 25(6.0%) | 42 | 53,810 |
計 | 1,763 | 51(2.8%) | 188 | 220,048 |
このように、経営体が事業経営を継続できなければ、新規就業者雇用事業により研修就業者を確保してもその事業効果が十分に発現しないことから、事業主体においては、助成金を申請する経営体に対する経営状況の審査を適切に実施することが重要である。
そこで、事業主体における経営体に関する審査の状況についてみたところ、倒産、廃業等した経営体の割合が農業と漁業に比べて低かった林業については、財務状況や雇用管理の改善を行う計画を定めた林業経営体だけが本件事業の助成対象とされているほか、審査基準を設けて、経営体の過去3か年度の経常損益の額に基づき審査が行われていた。一方、農業及び漁業については、事業主体において、経営体の事業経営の継続可能性に関する財務状況その他の経営状況の審査を行うこととされていなかった。
これらのことから、新規就業者雇用事業を効率的に実施し、新規就業者が継続して農林漁業に就業できるようにするためには、農業及び漁業の事業主体においても、経営体の事業経営の継続可能性も考慮して事前審査を行うことが重要である。
<事例1>
和歌山県で漁業を営んでいた株式会社B(資本金2000万円)は、新規就業者を平成23、24両年度にそれぞれ1名ずつ雇い入れて、助成金計1,143,910円の交付を受けていた。同会社の経営状況についてみると、22、23、24各年3月期決算において経常損失を計上し、繰越損失もそれぞれ約4900万円、7200万円、8600万円と年々増加して、毎期、債務超過の状態になっていたが、事業主体は、審査に当たり、経営体に財務書類を提出させることになっていなかったことから、同会社の経営状況を把握していなかった。同会社は26年3月末に廃業した。
(イ) 経営体に対する定着を図るための指導及び助言
経営体ごとの研修就業者の離職の状況は、前記のとおり、雇用した全ての研修就業者が定着している経営体がある一方で、全ての研修就業者が離職した経営体もあるなど、経営体によって相当な差があることに鑑みると、事業主体においては、特に離職率の高い経営体に対して重点的に指導を行うことが重要である。
そこで、事業主体において経営体に対してどのような指導及び助言を行うことになっているかなどについてみたところ、林業については、事業主体が研修就業者の林業への定着について改善を要すると認めた場合に、経営体に改善措置の意見を通知して、経営体が改善の方針を事業主体に提出することなどになっている。一方、農業及び漁業については、林業のように離職率の高い経営体に改善措置の意見を通知したり改善の方針を提出させたりすることになっていなかった。
これらのことから、研修就業者の定着状況を向上させるために、農業及び漁業の事業主体においても、離職率の高い経営体に対する指導、助言等のフォローアップの強化を図ることなどが重要である。
ア 青年就農給付金(経営開始型)の受給者の経営状況
(ア) 受給者の離農の状況
24、25両年度に青年就農給付金(経営開始型)を受給した25道県の5,031人のうち、27年3月末までに農業経営を中止した者は54人(これらの者に係る給付金計9362万余円(国庫補助金同額))となっていた。54人のうち21人は、経営状況が厳しかったり資金不足のため設備投資を行うことができなかったりなどにより離農しており、新規自営就農者が抱えるこのような課題を解決して離農を抑止するためには、市町村において、指導センター等の関係機関と連携して早期に相談に応ずるなどして適切な対策を執ることが重要である。
(イ) 給付期間が終了した受給者の経営状況
農業経営基盤強化促進法(昭和55年法律第65号)によれば、市町村は、26年度以降、都道府県の定める農業経営基盤の強化の促進に関する基本方針に即して、農業経営基盤の強化の促進に関する基本的な構想を策定することができることとされている。そして、市町村はこの構想において新規自営就農者の所得目標を定めていて、前記318市町村の多くは所得目標を250万円程度に設定している。
そこで、27年3月末までに給付期間が終了した受給者のうち、就農状況報告、決算書等の書類で経営状況が確認できた488人について、26年における農業所得(注2)の状況をみたところ、全体の77.0%に当たる376人は、多くの市町村が設定している所得目標である250万円に達していなかった。新規自営就農者の農業所得を向上させるためには、市町村や指導センター等の関係機関が各人の農業経営の状況に応じた指導を行って、栽培飼養管理技術の改善、品質の安定、生産性の向上及び経費の削減を図ることなどが必要となる。
これらのことから、厳しい経営状況が続いて資金不足に陥り新規自営就農者が今後も離農するおそれがあると考えられるため、市町村においては、就農状況報告や現地確認により、新規自営就農者の農業経営の状況について的確に把握するとともに、関係機関からの協力を得るなどして、新規自営就農者に対して適時適切にその状況に応じた指導、助言等を行うことが重要である。
<事例2>
静岡県C市においては、平成27年3月末までに青年就農給付金(経営開始型)の受給を終了している者は4人(各人の父母、祖父母は農家ではない。)となっており、うち3人は露地野菜を栽培し1人は畜産を営んでいる。26年における農業所得(受給している給付金を除く。)についてみると、それぞれ、162万円、△25万円、△27万円、△122万円となっており、赤字となっていた3人は給付金の受給開始以後も指導センター等の関係機関からの指導を受けていなかった。
イ 新規自営就農者への指導、助言等の体制
青年就農給付金(経営開始型)の受給者は、前記のとおり、最大5年間の給付期間内及び終了後3年間の最大計8年間において、半年ごとに就農状況報告を提出することなどとなっている。そして、青年就農給付金事業は24年度から開始されて、当分の間は毎年青年就農給付金(経営開始型)の受給を開始する者が追加されるため、常時管理していかなければならない新規自営就農者が累増して、市町村の負担はますます大きくなっていくことが見込まれる。
そこで、前記の318市町村における新規自営就農者に対する指導状況についてみたところ、新規自営就農者に対する支援業務を行う担当者が1人しかいない市町村が118市町村(318市町村に対する割合37.1%)となっていたり、職員として採用されている農業分野の技術者が1人もいない市町村が268市町村(同84.2%)となっていて、農業の専門知識及び技術が必ずしも十分でなかったりしている状況となっていた。そして、このような状況について市町村に見解を徴したところ、指導センター等の関係機関との連携強化を図りながら指導、助言等に当たる必要があるとしている市町村が306市町村(同96.2%)見受けられた。
これらのことから、市町村においては、指導センター等の関係機関との密接な連携を図って、新規自営就農者に対して重点的かつ効率的な指導、助言等を行うことが重要である。
<参考事例2>
宮崎県D市においては平成27年3月末までに青年就農給付金(経営開始型)の受給を終了している者は9人となっており、これらの者はビニールハウスでのきゅうりなどの野菜の栽培等を行っている。9人の26年の農産物の販売収入等の平均は約1066万円となっており、このうち5人は1000万円を超えていた。関係機関である指導センター及び農業協同組合は、これらの者に対して栽培管理技術、農業経営等の指導を行っていた。そして、新規自営就農者にとって必要となる農地やビニールハウスについても、D市及び農業協同組合がその確保に関して助言等を行い、D市と関係機関が連携を図り課題解決に当たっていた。
我が国の農林漁業の就業者の高齢化が今後更に進むことが予測されている中で、新規就業者数の目標を達成して、農林漁業において効率的かつ安定的な経営を担う人材を育成及び確保するためには、研修就業者の経営体内又は業界内への定着を図ること及び新規自営就農者が安定した経営を継続していくことが必要である。
ついては、農林水産省において、研修就業者を定着させ、また、新規自営就農者の安定した経営を継続させて、事業の効果の発現を図るよう、次の点に留意して、新規就業者支援事業を実施することが肝要である。
ア 新規就業者雇用事業について、事業主体が経営体に対して、新規就業者の定着に向けた取組の実施に努めるよう情報提供をしたり、農業及び漁業の経営体の事業経営の継続可能性も考慮して事前審査を行ったり、農業及び漁業の離職率の高い経営体に対する指導、助言等のフォローアップの強化を図ったりなどすること
イ 青年就農給付金事業について、市町村が新規自営就農者に対して、農業経営の状況を的確に把握して適時適切にその状況に応じた指導、助言等を行い、指導センター等の関係機関との密接な連携を図って重点的かつ効率的な指導、助言等を行うこと
本院としては、新規就業者支援事業の実施状況等について引き続き注視していくこととする。