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(6)第三者行為災害において取得した求償権について、通達を改正するなどして、会計法令に基づき、納入の告知、履行延期の特約等の手続を適切に行うよう改善の処置を要求したもの


会計名及び科目
労働保険特別会計(労災勘定) (款)雑収入 (項)雑収入
部局等
厚生労働本省、12労働局
第三者行為災害において国が取得する損害賠償請求権の概要
保険給付の原因である事故が第三者の行為等によって生じた場合において、国が保険給付をしたときに、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得するもの
債権管理事務が適切に行われていなかった件数及び債権額
177件 1億1561万円(平成23年度~27年度)

【改善の処置を要求したものの全文】

第三者行為災害において取得した求償権の債権管理等について

(平成28年10月18日付け 厚生労働大臣宛て)

標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。

1 第三者行為災害において取得した求償権の債権管理等の概要

(1) 第三者行為災害において国が取得する損害賠償請求権の概要

貴省は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に関して、被災労働者又はその遺族(以下「被災労働者等」という。)に対して療養補償給付、休業補償給付、休業給付、傷病補償年金、傷病年金、障害補償年金、障害年金等の保険給付(以下「保険給付」という。)を行っている。

労災保険法によれば、政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為等によって生じた場合(以下「第三者行為災害」という。)において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権(以下「求償権」という。)を取得するとされている。

そして、貴省本省が昭和49年11月に定めた「第三者行為災害事務取扱手引」(最終改訂平成27年4月。以下「手引」という。)によれば、労災保険法に基づく求償権の取得は、同時に債権の発生となるとされており、その債権額(以下「求償債権額」という。)については、原則として、被災労働者等に生じた総損害額に第三者の過失割合を乗ずるなどした額と、保険給付額とを比較していずれか低い額とするとされている。

また、求償権は被災労働者等が第三者に対して有する民事上の損害賠償請求権を国が代位取得するものであるから、損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、民法(明治29年法律第89号)第724条の規定により時効によって消滅する。このため、求償権の管理に当たっては、国の債権の管理等に関する法律(昭和31年法律第114号。以下「債権管理法」という。)、会計法(昭和22年法律第35号)等(以下、これらを合わせて「会計法令」という。)に基づき、時効中断の効力を有する納入の告知を行うなどの適切な債権管理を行う必要がある。

(2) 会計法令に基づく求償権の債権管理

会計法令によれば、債権の管理に関する事務は、法令の定めるところに従い、債権の発生原因及び内容に応じて、財政上もっとも国の利益に適合するように処理しなければならないとされている。そして、歳入徴収官は、その所掌に属すべき債権が発生し、又は国に帰属したときは、遅滞なく、債務者の住所、氏名、債権金額、履行期限等を債権管理簿に記載し、その履行を請求するために、政令で定めるものを除き、債務者に対して納入の告知をしなければならないなどとされている。また、歳入徴収官が債権の履行期限を延長する特約又は処分(以下「履行延期の特約等」という。)をすることができるのは、債務者が無資力又はこれに近い状態(以下「無資力等の状態」という。)にあるときなどの場合に限られ、履行延期の特約等をする場合には、確実な担保が付されている場合等を除き、当該債権について債務名義を取得するため必要な措置を執らなければならないなどとされている。さらに、歳入徴収官が当該債権並びにこれに係る延滞金及び利息を免除することができるのは、債務者が無資力等の状態にあるため履行延期の特約等をした債権について、当初の履行期限から10年を経過した後において、なお債務者が無資力等の状態にあり、かつ、弁済することができることとなる見込みがないと認められる場合に限られるとされている。

そして、各省各庁の長は、当該各省各庁の所掌事務に係る債権の毎年度末における現在額について報告書(以下「債権現在額報告書」という。)を作成し、翌年度の7月31日までに財務大臣に送付しなければならないとされており、この債権の現在額については、歳入歳出決算とともに国会に報告されることとなっている。

(3) 求償権の行使の差し控え

手引によれば、一定の合理的な理由があって明確な基準に沿って処理が行われる限り、歳入徴収官の裁量によって求償権の行使を差し控えることも可能であるとされており、第三者が無資力の場合等において、求償権の行使を差し控えることとされている。

そして、貴省本省が37年2月に発した「法第20条第1項の規定により政府が取得した求償権の行使について」(昭和37年基発第144号。平成8年3月以降は「第三者行為災害における支給調整事務の一部改正について」(平成8年基発第99号))によれば、求償に応ずる資力のない者に対する求償には実益がなく、むしろ事案の解決をいたずらに遅延させ、事務処理上支障を来たすおそれがあるなどとして、歳入徴収官である都道府県労働局長(以下「労働局長」という。)は、保険給付の原因である事故が無資力又はこれに近い者(以下「無資力者等」という。)の行為によって生じた場合であって、求償権を行使したとしても、結果的に債権管理法に定める徴収停止、免除等の措置に移行することが見込まれる事案については、求償権の行使を差し控えることとされている(以下、無資力者等に対して求償権の行使を差し控える事案を「差し控え事案」という。)。そして、貴省本省が昭和49年4月に発した「第三者行為災害に係る損害賠償金債権のうち、債務者が「無資力又はこれに近い者」である場合の取扱基準について」(昭和49年基発第181号。以下「取扱基準」という。)によれば、無資力者等の認定については、次の3要件(以下「3要件」という。)を全て具備する場合とされている。

  • ① 処分可能な不動産、動産がないこと
  • ② 債務者が現に生活保護法(昭和25年法律第144号)第12条から第18条までに規定する扶助を受けている場合又は債務者及びこれと生計を一にする家族の年間総収入の合計額を12で除した額(以下「世帯収入の月割額」という。)が、生活保護法に定める生活扶助基準により計算した金額の2.0倍相当額等を12で除した額(以下「生活扶助基準に基づく月割額」という。)に満たないこと
  • ③ 債務者の年齢等から判断して、将来において応償能力を獲得することが困難であると見込まれること

このうち上記③の要件については、債務者の年齢が40歳以上の中高年齢者であることなどとされている。

また、手引によれば、労働局長は、求償権の行使を差し控えることとしたときは、納入の告知は行わず、手引に定める簡易な債権管理簿等の様式によりその債権管理を行うこととされている。

2 本院の検査結果

(検査の観点、着眼点、対象及び方法)

前記のとおり、貴省本省は、第三者が無資力者等である場合には、求償権の行使を差し控えることとしている。そこで、本院は、合規性等の観点から、求償権に係る債権管理は会計法令に照らし適切に行われているかなどに着眼して、13都道府県労働局(注1)(以下、都道府県労働局を「労働局」という。)において、債権管理簿等の関係書類により会計実地検査を行った。

(注1)
13都道府県労働局  北海道、岩手、宮城、東京、神奈川、新潟、富山、岐阜、愛知、京都、大阪、島根、福岡各労働局

(検査の結果)

検査したところ、次のような事態が見受けられた。

(1) 差し控え事案における求償権の債権管理の状況

13労働局における無資力者等に対する求償権の行使の状況についてみたところ、のとおり、平成23年度から27年度までの間における差し控え事案は、12労働局において、計177件、28年3月末現在までの保険給付額計1億4565万余円となっていた。

表 労働局別の求償権の行使差し控え件数及び保険給付額

(単位:件、千円)
労働局 平成23年度 24年度 25年度 26年度 27年度
件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額
北海道 3 173 7 10,740 6 251 10 1,449 6 679 32 13,294
岩手 1 868 1 178 4 138 6 1,184
宮城
東京 4 419 1 295 1 4 3 45 9 764
神奈川 7 1,043 4 2,237 2 271 1 216 2 70 16 3,839
新潟 3 200 3 200
富山 2 6,406 2 6,406
岐阜 1 91 1 91
愛知 8 4,805 7 615 4 3,344 2 750 1 20 22 9,536
京都 8 12,187 8 12,187
大阪 17 6,562 6 612 6 9,688 5 2,008 4 6,995 38 25,868
島根 1 47 1 4,254 1 8 3 4,310
福岡 4 532 11 7,406 9 17,196 6 41,349 7 1,486 37 67,972
44 13,629 38 22,823 29 37,158 35 62,400 31 9,644 177 145,656
注(1)
表中の金額は単位未満を切り捨てているため、合計額と一致しないものがある。
注(2)
各年度の件数は、労働局において、求償権の行使の差し控えの決定が行われた年度により区分している。
注(3)
宮城、岐阜両労働局は、安易に求償権の行使を差し控えることは適正を欠くなどとして、3要件の全てを満たしている場合であっても、原則として求償権を行使することとしている。

そして、上記の177件に係る求償権の債権管理の状況について確認したところ、労働局において、手引等に基づき求償権の行使が差し控えられたことにより、次のように、会計法令に定める債権管理事務が適切に行われていない事態が見受けられた。

ア 債権管理簿の作成及び債権現在額報告書

前記のとおり、歳入徴収官である労働局長は、求償権の行使を差し控えることとしたときは、手引に定める簡易な債権管理簿等の様式によりその債権管理を行うこととされている。そして、労働局長の所掌する債権については、原則として官庁会計システム(以下「ADAMS」という。)の端末を債権管理簿としている。

しかし、手引によれば、差し控え事案については、求償債権額をADAMSに登記することは不要とされていることから、貴省本省から財務省に送付される債権現在額報告書に記載されないままとなっていた。

また、手引に定める様式には、会計法令において記載することと定められている債権金額を記載する欄が設けられていないことなどから、前記177件のうち、2労働局(注2)の9件を除く168件については、被災労働者等の損害額等が把握されず、求償債権額が不明となっていた。

そこで、本院が更に調査したところ、これらの168件を含む前記177件の28年3月末現在の求償債権額は計1億1561万余円となっていた。

(注2)
2労働局  岐阜、京都両労働局

イ 納入の告知等

前記のとおり、求償権は国の管理する債権であることから、会計法令に基づき、原則として、その履行を請求するために債務者に対して納入の告知をしなければならないこととなっている。

しかし、12労働局は、手引等に基づき、前記の177件について納入の告知をしておらず、また、前記のとおり、求償権の行使を差し控えることとした後は、手引に定める簡易な債権管理簿等の様式によりその債権管理を行うこととされているが、手引には当該差し控え後の具体的な債権管理の手続等が何ら定められていないことなどから、いずれも、第三者に対して資力の状況、弁済の意思等について一切確認を行っていなかった。このため、177件のうち11労働局(注3)における計120件(求償債権額計9851万余円)については、28年3月末までに災害発生時から3年が経過し、求償権が時効によって消滅していた。

(注3)
11労働局  北海道、岩手、東京、神奈川、富山、岐阜、愛知、京都、大阪、島根、福岡各労働局

ウ 履行延期の特約等

前記のとおり、債権管理法によれば、国の債権については債務者が無資力等の状態にあっても直ちに免除されることはなく、履行延期の特約等をした上で、当初の履行期限から10年を経過した後において、なお債務者が無資力等の状態にあり、かつ、弁済することができることとなる見込みがないと認められる場合に限り、免除の措置を執ることができるなどとされている。また、履行延期の特約等をする場合には、確実な担保が付されている場合等を除き、当該債権について債務名義を取得するなどの債権の保全措置を講ずることとされている。

しかし、12労働局は、前記の177件について、求償権の行使を差し控えていたため、履行延期の特約等をしておらず、上記の保全措置も講じていなかった。

(2) 無資力者等に対する求償権の行使の差し控えの状況

前記の177件に係る第三者行為災害の発生事由についてみると、勤務中に第三者から暴力行為を受けたものが96件、通勤途上等の交通事故によるものが62件、その他の事故によるものが19件となっていた。

そして、これらについて、求償権の行使の差し控えを行うこととしていることが適切かについてみたところ、処分可能な不動産又は動産を所有している可能性があったのにその確認を行っていなかったり、第三者の収入の状況について十分な確認を行っていなかったり、第三者が弁済の意思を示していたりするなどしていて、必ずしも債権の回収が困難であったとは認められないのに無資力者等と認定し、求償権の行使が差し控えられていたものが見受けられた。

上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。

<事例1> 処分可能な不動産又は動産を所有している可能性があったのにその確認を行っていない事態

愛知労働局管内の事業場に勤務していた被災労働者Aは、平成22年8月に自動車通勤の途上で第三者Bが運転する自動車を追い越したところ、Bから暴行を受け、通勤災害と認定されたことから、108万余円の保険給付を受けていた。

同労働局は、①Bが賃貸住宅に居住していること、②Bの世帯収入の月割額17万余円が生活扶助基準に基づく月割額34万余円を下回っていること、③災害発生当時にBが41歳であることなどから、3要件を全て具備している事案であるとして、23年6月にBに対する求償権の行使を差し控えていた。

しかし、前記のとおり、Bは災害発生当時に自動車を運転していたことから、処分可能な動産である自動車を所有していた可能性があり、また、Bの源泉徴収票によれば、Bは生命保険に加入していて解約返戻金による債権回収の可能性があったのに、同労働局は、これらについて確認を行っていなかった。

<事例2> 第三者が弁済の意思を示している事態

福岡労働局管内の事業場に勤務していた被災労働者Cは、平成23年7月に、通勤途上で青信号の横断歩道上を歩行していたところ、第三者Dが運転する貨物自動車に衝突され、通勤災害と認定されたことから、786万余円の保険給付を受けていた。

同労働局は、第三者行為災害については、原則として全ての事案について3要件の確認を行うこととしていた。そして、同労働局は、Dが弁済の意思を示していたのに、①Dが固定資産課税台帳に記載されている土地及び家屋の所有者として登録されていないこと、②Dの世帯収入の月割額15万余円が生活扶助基準に基づく月割額26万余円を下回っていること、③災害発生当時にDが56歳であることなどから、3要件を全て具備している事案であるとして、25年7月にDに対する求償権の行使を差し控えていた。

しかし、上記のとおり、Dが弁済の意思を示していたことなどを踏まえると、必ずしも債権の回収が困難であったとは認められない。

(改善を必要とする事態)

労働局において、貴省本省が定めた取扱基準等の通達に基づき求償権の行使の差し控えが行われていて、会計法令に定める債権管理事務が適切に行われず求償権が時効によって消滅していたり、必ずしも債権の回収が困難であったとは認められないのに求償権の行使が差し控えられていたりするなどしている事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。

(発生原因)

このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。

  • ア 貴省本省において、取扱基準等の通達の発出等に当たり、会計法令に従って求償権の債権管理事務を適切に行う必要があることについての理解が十分でなく、労働局に対する差し控え事案についての指導が適切でないこと
  • イ 労働局において、会計法令に従って求償権の債権管理事務を適切に行う必要があることについての理解が十分でないこと

3 本院が要求する改善の処置

貴省においては、今後とも第三者行為災害によるものも含めて労災保険法に基づく保険給付等を適切に行う必要があることから、これに伴い、取得する求償権に係る債権管理に当たっては、会計法令に従って、損害賠償責任を負う第三者に対する求償を適切かつ迅速に行う必要がある。

ついては、貴省本省において、労働局における求償権に係る債権管理事務が適切に行われるよう、次のとおり改善の処置を要求する。

  • ア 通達を改正するなどして、無資力等の状態にある第三者に係る事案について、会計法令に基づき納入の告知、履行延期の特約等の手続を適切に行うこととすること
  • イ アに基づき、労働局が納入の告知、履行延期の特約等の手続を適切に行うよう周知徹底を図るとともに、前記177件のうち求償権が時効によって消滅していないものについては、改めて調査確認を行うとともに、個別の事情等も考慮した上で、速やかに納入の告知等を行うよう指示すること