東京地下鉄株式会社(以下「東京メトロ」という。)は、安全・安定輸送の確保及び向上や鉄道サービスの質的向上を図るために、建築工事及び土木工事を毎年度多数実施している。建築工事は、駅施設等の新設、保守等を行うものであり、土木工事は、土木構造物の大規模改良等の工事(以下「改良工事」という。)及び保守等の工事(以下「保守工事」という。)を行うものである。そして、東京メトロは、建築工事、改良工事及び保守工事のそれぞれの工事の種類ごとに積算基準等を定めており、工事の発注に当たっては、それぞれの積算基準等に基づき、直接工事費等から成る工事原価と一般管理費等を合計した工事価格を算定して、これに消費税相当額を加えた額を工事費としている。
東京メトロが制定した工事請負等契約事務規則(平成16年社達第119号)によれば、請負工事等の契約方式について、現在履行中の工事(以下「前工事」という。)等に関連する工事等を、現在の契約相手方に請け負わせることが他の者に請け負わせるより有利であると認められるときには、随意契約により関連する工事(以下、このように前工事の請負人と別途に随意契約を締結して実施する工事を「後工事」という。)等を発注することができることとされている。
建築工事及び土木工事における一般管理費等は、工事原価に一般管理費等率を乗じて算出することとなっているが、一般管理費等は施工現場の条件等にかかわらず発生する請負人の継続運営に必要な従業員に対する給料、諸手当、賞与等の本支社等の費用であり、一般には工事原価が増加するほどにはこれらの本支社等の費用は増加しないことなどから、一般管理費等率は工事原価が増加するに従って逓減するように定められている。
東京メトロは、積算基準等において後工事の一般管理費等の算定に関して次のように定めている。
建築工事については、前工事と後工事が共に建築工事の場合、両者が本来一体とすべき同一建築物又は同一敷地内の工事(以下、このような建築工事を「一体的な工事」という。)であれば、後工事の工事価格の算定に当たり、前工事と後工事を一括して発注したこととして全体としての一般管理費等を算定して、この額から前工事で計上した一般管理費等の額を控除する調整(以下、このような一般管理費等の調整方法を「合算調整」という。)を行うこととなっている。
また、土木工事については、前工事と後工事が共に改良工事といった同じ種類の土木工事の場合、後工事の工事価格の算定に当たり合算調整を行うこととなっている。
建築工事については、前工事の土木工事に引き続いて後工事として同一の請負人に発注する場合、後工事の工事価格の算定に当たり、合算調整を行うこととなっている。
東京メトロは、工事価格の算定の効率化等を目的として、工事ごとに工期や数量等を入力することにより、工事価格が自動計算により算定されるシステム(以下「積算システム」という。)を構築して運用している。そして、工事価格の算定に当たっては、保守工事の場合、一般管理費等を含めた諸経費に係る諸経費率は、入力した数量等に応じて積算システムにより自動計算される仕様となっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、経済性等の観点から、後工事の工事価格の算定が適切なものとなっているかなどに着眼して検査した。検査に当たっては、東京メトロが平成24年度から26年度までの間に契約し、26年度末までにしゅん工した後工事19件、契約額計34億7594万余円を対象として、東京メトロ本社において、契約書、設計書、積算書等の書類により会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
東京メトロは、前記の後工事19件のうち13件(契約額計22億3768万余円)については、積算基準等に特段明記していないことから、次のとおり合算調整を行うことなく工事価格を計22億8651万余円と算定していた(表参照)。
表 合算調整を行っていなかった後工事13件の態様別分類
前工事の種類 | 後工事の種類 | 件数 | 積算基準等における一般管理費等の合算調整に係る規定の有無 |
---|---|---|---|
建築工事 | 建築工事 | 4 | 無 (一体的な工事とならない場合) |
改良工事 | 保守工事 | 6 | 無 |
建築工事 | 改良工事 | 2 | 無 |
建築工事 | 保守工事 | 1 | 無 |
すなわち、上記13件のうち後工事が建築工事となっている4件については、前工事の建築工事に引き続いて実施していたが、前工事と一体的な工事ではないことから合算調整を行っていなかった。しかし、当該4件の後工事については、その施工現場が前工事と隣接した地下鉄駅構内等の狭あいな場所であり、前工事の請負人以外の業者が施工すると、工事の安全、円滑かつ適切な施工の確保に支障が生ずるなどといったことから、前工事の請負人と随意契約を締結して実施したものであった。このような後工事の場合の合算調整について積算基準等には明記されていないが、一般管理費等は施工現場の条件等にかかわらず発生する請負人の継続運営に必要な本支社等の費用であり、本件工事における施工現場の条件等を考慮すると、合算調整を行うべきであったと認められた。
また、13件のうち後工事が改良工事又は保守工事の土木工事となっている残りの9件については、表のとおり、いずれも前工事と後工事が異なる種類の工事となっていたことから合算調整を行っていなかった。しかし、当該9件の後工事についても前記と同様に、前工事の請負人と随意契約を締結して実施したもので、その施工現場の条件等を考慮すると、いずれの場合も合算調整を行うべきであったと認められた。
東京メトロは、(1)の後工事が保守工事である7件のうち5件(契約額計10億2418万余円)については、積算システムにより工事価格を計10億4068万余円と算定していた。そして、工事価格の算定に当たって、積算システムに当該5件に類似する工事に係る工事価格の積算データ(以下「既存積算データ」という。)が保存されていたことから、積算作業の省力化のために、既存積算データをコピーして、これに新たに発注する後工事の工期や数量等を上書きして入力するなどして諸経費を算定していた。
しかし、算定に用いた既存積算データの諸経費率は、発注条件が特殊な工事であったことから直接入力されており、その後、工期や数量等を上書きして入力しても諸経費率が自動計算されない状態となっていたが、積算システムではこの状態となっていることを容易に認識できる仕様とはなっていなかった。このため、既存積算データのコピーを用いて諸経費の算定を行った上記5件の後工事については、諸経費率が入力した工期や数量等に応じた適切なものとなっておらず、諸経費を過大に算定していた。
このように、東京メトロにおいて、後工事の工事価格の算定の際に合算調整を行っていなかったり、諸経費の算定を適切に行っていなかったりしていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(低減できた積算額)
前記13件のうち、諸経費を適切に算定していなかった5件の諸経費を適切に算定すると、工事価格計10億4068万余円は計9億9835万余円となり、また、改めて算定したこれら5件の工事価格を考慮した上で、13件について合算調整を行うと、工事価格は計21億8893万余円となり、東京メトロの工事価格の算定額計22億8651万余円との差額約9750万円が低減できたと認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、東京メトロにおいて、次のことによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、東京メトロは、次のような処置を講じた。
ア 27年8月及び12月に、後工事として前工事と一体的な工事とならない建築工事及び前工事と異なる種類となる土木工事を、前工事の請負人と随意契約を締結して実施する場合に合算調整を行うことを、積算基準等に明記するなどした。
イ 28年4月に、積算システムにおいて諸経費率が自動計算されない状態となっていることを容易に認識できるようにするための積算システムの改良に係る業務委託契約を締結した。