全国健康保険協会(以下「協会」という。)は、健康保険法(大正11年法律第70号。以下「法」という。)に基づく保険給付の一環として、療養のため労務に服することができず、事業主から報酬の全部又は一部を受けることができない被保険者(以下「対象者」という。)に対して傷病手当金を支給している。傷病手当金の支給期間は、対象者が労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日、すなわち4日目を初日として、それ以降労務に服することができなかった期間(以下「休業日数」という。)とすることとなっているが、同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病の場合は、その支給を始めた日から起算して1年6か月を超えない期間とすることとなっている。また、傷病手当金の支給額は、対象者の標準報酬日額(注1)の3分の2に相当する額(以下「傷病手当金の支給日額」という。)に休業日数を乗じて算出することとなっている。
対象者は、傷病手当金の支給を受けようとするときは、健康保険法施行規則(大正15年内務省令第36号。以下「規則」という。)に基づき、傷病名及びその原因並びに発病又は負傷の年月日、休業日数等を記載した「健康保険傷病手当金支給申請書」(以下「申請書」という。)等を協会に提出しなければならないこととなっている。
傷病手当金の支給に係る申請書等の受付及び内容の審査、確認、支給決定等の事務は、協会の各支部が行っており、各支部による支給決定に基づき、協会本部は、対象者に傷病手当金を支給することとなっている。
厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)の被保険者は、疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病につき初めて医師等の診療を受けた日(以下「初診日」という。)から起算して1年6か月を経過した日(それ以前に症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日があるときはその日)において障害厚生年金の受給権が発生し、その障害の程度に応じて支給を受けることができることとなっている。そして、障害厚生年金は、その裁定(注2)により受給権が発生した日の翌月分から支給されることとなっている。
法及び規則によれば、対象者が同一の疾病等により障害厚生年金等の支給を受けることができるときは、傷病手当金を支給しないか、又は支給額を減額することとされている(以下、この取扱いを「併給調整」という。)。すなわち、対象者に支給される障害厚生年金等の額(当該障害厚生年金と同一支給事由の障害基礎年金の支給を受けることができるときはその合算額)を360で除して得た額が傷病手当金の支給日額よりも多い場合は、傷病手当金を支給せず、また、少ない場合は、その差額を傷病手当金の支給額とすることとされている。
前記のとおり、傷病手当金は療養のため労務に服することができないなどの要件を満たした日から支給されるのに対して、障害厚生年金は初診日から1年6か月後等において受給権が発生する。このため、協会は、傷病手当金の支給時点において、対象者が障害厚生年金を受給しているかどうかを確認することができない場合がある。
一方で、協会は、法に基づき、傷病手当金の支給を行うにつき必要があると認めるときは、年金給付の支払をする者に対し、障害厚生年金等の支給状況につき、必要な資料の提供を求めることができることとなっている。そこで、協会本部は、日本年金機構(以下「機構」という。)に対し、平成27年6月以前は毎年9月に、また、同年7月以降は毎月、前月までの過去1年間に傷病手当金の支給決定を行った対象者及び支給決定の適否について審査中の対象者の年金受給等に関する情報(以下「年金情報」という。)を照会(注3)してその提供を受けており、各支部においても年金情報に基づき併給調整の要否を確認することができるようにしている。
本院は、合規性等の観点から、傷病手当金の併給調整が適正に行われているかなどに着眼して、協会本部及び13支部において、支給決定を行った対象者のうち2,600人を選定し、申請書等の書類を確認するなどして会計実地検査を行った。
検査の結果、5支部において次のとおり適正とは認められない事態が見受けられた。
5支部は、管内の事業所に勤務していた対象者計26人から申請書の提出を受け、傷病手当金計147,982,514円の支給決定を行っており、協会本部は、これに基づき同額の傷病手当金を支給していた。
しかし、上記の26人は、同一の疾病等により傷病手当金と障害厚生年金等を同じ期間を対象として受けており、併給調整を行う必要があると認められた。
そこで、前記支給額のうち、同一の疾病等により障害厚生年金等の支給を受けている期間に支給された傷病手当金計48,221,990円について適正な支給額を算出すると計31,462,190円となり、その差額16,759,800円の併給調整が適正でなく、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、5支部において、協会が機構から年金情報の提供を受けているのに、併給調整の要否についての確認が十分でなかったことなどによると認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
東京支部は、管内の事業所に勤務していた対象者Aから計12回の申請書の提出を受け、平成25年4月19日から26年10月18日までの間の休業日数計548日分に係る傷病手当金計12,542,076円の支給決定を行い、協会本部は、これに基づきAに対して同額の傷病手当金を支給していた。なお、26年11月の傷病手当金の支給決定の際に、Aは障害厚生年金の支給を受けていなかった。
一方、27年1月15日にAに対して障害厚生年金の裁定が行われ、26年8月分から支給されることとなった。
しかし、協会本部は、27年7月に、機構に対し、過去1年間に傷病手当金の支給決定を行った対象者等に係る年金情報を照会してその提供を受け、各支部においてもこれを確認することができるようになっており、その中には上記裁定に係る情報も提供されていたのに、東京支部は、併給調整の要否について確認していなかった。このため、障害厚生年金の支給を受けている期間に支給された傷病手当金計1,808,073円について適正な傷病手当金の額を算出すると計1,138,232円となり、その差額669,841円の併給調整が適正でなかったと認められる。
なお、本院の指摘により、前記の適正でなかった支給額計16,759,800円は、全て返還の処置が執られた。
これらの適正でなかった支給額を支部ごとに示すと次のとおりである。
支部名 | 併給調整を行う必要があった対象者数 | 左の対象者に支給した傷病手当金の額 | 左のうち併給調整を行う必要がある期間に支給した傷病手当金の額 | 左のうち不当と認める傷病手当金の額 |
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人 | 千円 | 千円 | 千円 | |
埼 玉 | 2 | 8,686 | 3,536 | 2,233 |
千 葉 | 3 | 12,610 | 4,238 | 1,362 |
東 京 | 17 | 113,750 | 35,947 | 10,468 |
神奈川 | 3 | 8,885 | 2,813 | 1,741 |
愛 知 | 1 | 4,048 | 1,685 | 954 |
計 | 26 | 147,982 | 48,221 | 16,759 |