財務省は、農地改革で一畝(約1a)以上の農地を買収された農地被買収者や先の大戦により強制引揚げを余儀なくされた引揚者等に対して、金銭の支給に代えて、①農地被買収者等に対する給付金の支給に関する法律(昭和40年法律第121号。平成11年廃止)に基づき農地被買収者国庫債券、②引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律(昭和42年法律第114号)に基づき引揚者特別交付金国庫債券、③平和祈念事業特別基金等に関する法律(昭和63年法律第66号。平成18年廃止)に基づき慰労金国庫債券及び④原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号)に基づき特別葬祭給付金国庫債券(以下、これらの国庫債券を合わせて「4債券」という。)を交付している(表1参照)。
表1 4債券の概要
国庫債券の名称 | 根拠法 | 金銭の支給を受ける権利を有する者 | 左に対する償還金の支給時期 | 国庫債券の券面に附属する賦札数 |
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農地被買収者国庫債券 | 農地被買収者等に対する給付金の支給に関する法律 | 旧自作農創設特別措置法(昭和21年法律第43号)又は農地法施行法(昭和27年法律第230号)の規定により、農地を1畝以上買収された者等 | 毎年6月15日 (年1回払) |
10枚又は5枚 |
引揚者特別交付金国庫債券 | 引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律 | 引揚者、引揚者の遺族及び引揚前死亡者の遺族であって、昭和42年8月1日現在において日本国籍を有する者 | 毎年8月15日 (年1回払) |
10枚 |
慰労金国庫債券 | 平和祈念事業特別基金等に関する法律 | 戦後強制抑留者又は63年7月31日以前に死亡した戦後強制抑留者の遺族で、恩給、遺族年金等の給付金の受給権を有しない者 | 毎年3月15日 (年1回払) |
2枚 |
特別葬祭給付金国庫債券 | 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律 | 被爆者であって、44年3月31日以前に死亡した被爆者等の遺族である者 | 毎年1月31日 (年1回払) |
2枚 |
4債券には、金銭の支給を受ける権利を有する者(以下「受取人」という。)の姓名が記載されており、また、償還金額が記載されている複数の賦札が支給期日ごとに附属している。そして、受取人は、支給期日が到来した賦札を受取人があらかじめ指定した国債代理店等に提出することと引換えに、金銭の支給を受けることができるとされている。
昭和40年度から平成29年度までの4債券の発行累計件数は4,612,794件、発行累計額は3192億余円となっている。
4債券に係る受取人に対する金銭の支給に関する手続は、次のとおりとなっている。
① 日本銀行は、日本銀行国債事務取扱規程(大正11年大蔵省令第32号)に基づいて、4債券の賦札に記載された支給期日の到来前に、あらかじめ財務省に対して受取人に対する支給の財源となる償還用の資金の交付請求を行う。
② 財務省は、会計法(昭和22年法律第35号)に基づいて、国債整理基金特別会計から日本銀行に対して償還用の資金を交付する。
③ 日本銀行は、受け入れた償還用の資金を管理して、受取人の支給請求に応じて支給等を行う。
また、受取人に対する支給に係る消滅時効は、国債ニ関スル法律(明治39年法律第34号)に基づき、10年をもって完成するとされている。この点について、日本銀行は、受取人の支給請求に対して、国債代理店等が受取人から提出された賦札等を確認し、相続等に基づく記名変更の請求等による時効の中断がなく、消滅時効が完成していると判断した場合には、時効を援用して、支給を行っていない。
そして、時効を援用して支給を行わないとした分の償還用の資金については、日本銀行における管理は不要となる。そこで、日本銀行は、財務省が発出している「農地被買収者国庫債券の時効適用に伴う国債元利払資金の返納等について」(昭和51年蔵理第3401号)、「引揚者特別交付金国庫債券の時効適用に伴う国債元利払資金の返納等について」(昭和53年蔵理第3301号)、「慰労金国庫債券の時効適用に伴う国債元利払資金の返納等について」(平成11年蔵理第3249号の3)及び「特別葬祭給付金国庫債券の時効適用に伴う国債元利払資金の返納等について」(平成18年財理第3038号。以下、これらの通知を合わせて「特例返納通知」という。)に基づき、時効を援用して回収した4債券の賦札に係る償還用の資金を国に返納する事務手続を行っている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、日本銀行に対して交付した償還用の資金が、受取人に対して適切に支給されているかなどに着眼して、財務省が日本銀行に対して昭和41年度から平成29年度までに交付した4債券の償還用の資金のうち、日本銀行が29年度末現在で管理している15億9613万余円を対象として、財務本省及び日本銀行本店において、償還用の資金の管理状況、今後の支給の見込みなどについて説明を聴取するとともに、日本銀行で作成されている国債元利金未払高帳等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、上記償還用の資金15億9613万余円の大部分が、29年度末時点において、債券の券面に附属している各賦札のうち最終の支給期日の翌日を起算日として、起算日から時効の中断がないと仮定した場合に消滅時効が完成する日までの期間(以下「仮定時効期間」という。)を満了しており、さらに、仮定時効期間を満了してから既に10年以上経過している状況となっていた(表2参照)。
表2 償還用の資金に係る状況
国庫債券の名称 | 29年度末現在の償還用の資金の内訳 | |||||
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平成29年度末現在で日本銀行が管理している償還用の資金 | 仮定時効期間を満了していないもの | 仮定時効期間を満了しているもの | アに対するイの割合 | 仮定時効期間を満了してから10年以上経過している償還用の資金 | イに対するウの割合 | |
(ア) | (イ) | (イ)/(ア)×100 | (ウ) | (ウ)/(イ)×100 | ||
農地被買収者国庫債券 | 637,818 | ― | 637,818 | 100 | 637,818 | 100 |
引揚者特別交付金国庫債券 | 764,812 | 78 | 764,734 | 99.98 | 764,496 | 99.96 |
慰労金国庫債券 | 139,350 | ― | 139,350 | 100 | 139,350 | 100 |
特別葬祭給付金国庫債券 | 54,150 | ― | 54,150 | 100 | 54,150 | 100 |
計 | 1,596,130 | 78 | 1,596,052 | 99.99 | 1,595,814 | 99.98 |
また、25年度から29年度までの過去5年間における受取人の支給請求の実績についてみたところ、請求件数は11件、計11万余円にとどまっていた。そして、日本銀行は、この11件のいずれについても、消滅時効が完成していると判断して時効を援用して、当該受取人に支給を行っておらず、また、特例返納通知に基づき、これに係る償還用の資金を国に返納する事務手続を行っていた。
同様に、前記償還用の資金15億9613万余円のうち仮定時効期間を満了している15億9605万余円についても、受取人に支払われる可能性は低いと考えられ、現に、受取人に対する支給が行われることなく日本銀行において滞留している状況となっていた。
これについて財務省は、特例返納通知に基づく事務手続は、国庫債券の償還確実性を確保するために必要な手続として設けられたものであるとしているが、前記過去5年間の特例返納通知に基づく事務手続の実績を踏まえると、資金が今後も滞留する状況が継続すると見込まれた。
このように、多額の償還用の資金が受取人に対する支給が行われることなく日本銀行において滞留している事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、財務省において、特例返納通知に基づく事務手続について、4債券に係る受取人に対する支給実績や償還用の資金の国に対する返納実績を踏まえて、見直しを十分に行っていなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、財務省は、30年8月に、特例返納通知を廃止した上で、新たな通達を発出し、日本銀行に対して仮定時効期間を満了している償還用の資金15億9605万余円について国に返納するよう求めるなどの処置を講じ、同月に、日本銀行から同額の返納を受けた。