文化財保護法(昭和25年法律第214号)によれば、重要文化財の所有者又は管理団体(以下「所有者等」という。)は、文化庁長官の指示等に従い、重要文化財を管理しなければならないこととされている。そして、文化庁は、人的安全性の確保及び文化財的価値の保存を目的として、地震時における文化財建造物(重要文化財のうち木造建築物をいう。以下同じ。)の安全性の確保に関する対策を、「文化財建造物等の地震時における安全性の確保について」(平成8年庁保建第41号)、「重要文化財(建造物)耐震診断指針」(平成11年文化庁文化財保護部長裁定)等において定めて、都道府県を通じるなどして、次のとおり、所有者等に対して示している。
① 文化財建造物の構造診断は、耐震予備診断(以下「予備診断」という。)及び耐震診断から成る。このうち予備診断は、耐震診断を実施する緊急性を判定する簡易な診断をいい、予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された場合、所有者等は当該文化財建造物について速やかに耐震診断を実施する。また、耐震診断は、耐震性能を定量的に評価する専門的な診断をいい、耐震診断の結果、耐震性能が不足していると判定された場合、所有者等は当該文化財建造物について耐震補強を検討して実施等する。
② 所有者等は、予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された場合、又は耐震診断の結果、耐震性能が不足していると判定された場合、当該文化財建造物に関して、維持管理方法の改善や使用方法の見直しなどを内容とする対処方針を作成して実施する(以下、予備診断の判定結果に基づき作成して実施する対処方針と耐震診断を合わせて「耐震診断等」といい、耐震診断の判定結果に基づき作成して実施する対処方針と耐震補強を合わせて「耐震補強等」という。)。
③ 所有者等は、文化財建造物の修理を行う場合、当該文化財建造物への影響や費用を少しでも軽減するために、基本的に修理と併せて耐震診断を実施し、耐震性能が不足しているときには耐震補強等を講ずる。
そして、不特定多数の人が出入りする文化財建造物の所有者等は、安全性確保の観点から、修理のタイミングにかかわらず、特に早急に耐震診断及び耐震補強等を実施することとなっている。
また、都道府県は、文化財建造物の耐震対策に関して、所有者等に対して適切な指導助言を行うこととなっている。
文化庁は、平成20年度から26年度までの間に、重要文化財(建造物)耐震予備診断支援事業(以下「支援事業」という。)により、全国の文化財建造物について、予備診断を建築士等の調査員に請け負わせて実施している。
また、文化庁は、文化財保護法の規定に基づき、重要文化財の管理又は修理につき多額の経費を要し、所有者等がその負担に堪えないなどの場合において、その経費の一部に充てさせるために、国宝重要文化財等保存整備費補助金(以下「補助金」という。)を所有者等に対して交付している。補助の対象となる事業は、文化財建造物の修理を実施する修理事業、文化財建造物の耐震診断を実施する耐震診断事業、文化財建造物の耐震補強を実施する耐震補強事業等となっていて、修理事業を行う場合には、併せて耐震診断事業や耐震補強事業を実施することができることとなっている。そして、補助金の額は、原則として補助対象経費の50%となっている。
図 文化財建造物における耐震対策及び修理並びにこれらに係る補助金等の概念図
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
近年、文化庁は、文化財を観光振興に欠かせない観光資源として開花させるべく、文化財の活用促進を図る施策を実施している。
そこで、本院は、合規性、経済性、有効性等の観点から、建造物内部を公開するなどして不特定の人が出入りする文化財建造物(以下「公開建造物」という。)の耐震対策は適切に実施されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、①20年度から26年度にかけて文化庁が支援事業を実施するために締結した請負契約(335所有者等が管理する公開建造物630棟に係る支払額計842万余円)、②17年度から28年度にかけて53所有者等が実施した公開建造物82棟に係る耐震診断事業(補助対象経費計84億0940万余円、補助金交付額計51億5241万円)及び③24年度から28年度までの間に98所有者等が実施した公開建造物178棟に係る修理事業(補助対象経費計281億2931万余円、補助金交付額計175億5744万余円。このうち53棟に係る補助対象経費計81億2691万余円、補助金交付額計49億9887万余円が②と重複している。)を対象として、文化庁及び20府県(注)において、支援事業等の関係書類及び20府県から徴した公開建造物の耐震対策の実施状況等に関する調書並びに現地の状況を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、28年度末現在において次のような事態が見受けられた((1)と(3)の事態には、所有者等数及び棟数が重複しているものがある。)。
検査の対象とした前記①の請負契約に係る335所有者等が管理する公開建造物630棟のうち、支援事業により実施された予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された423棟について、耐震診断等の実施状況をみたところ、216所有者等が管理する373棟(支払額計432万余円)については、所有者等において、耐震診断の実施時期は未定であるとしていたり、具体的にどのような対処方針を作成すればよいか分からないとしていたりなどしていて、耐震診断が実施されておらず、また、対処方針の作成も行われていない状況となっていて、予備診断の判定結果が有効に活用されていなかった(表1参照)。なお、上記373棟の中には、予備診断の実施後、最長で8年間、耐震診断等が実施されていないものも見受けられた。
表1 支援事業により実施された予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された公開建造物の耐震診断等の実施の状況
区分 | 予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された公開建造物 | |||
---|---|---|---|---|
(A)+(B) | 耐震診断が実施されていなかったもの | |||
耐震診断が実施済みのもの | うち対処方針の作成も行われていなかったもの | |||
(A) | (B) | |||
所有者等数 | 248 | 28 | 225 | 216 |
棟数 | 423 | 35 | 388 | 373 |
支払額計 | 5,180 | 556 | 4,624 | 4,324 |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
新潟県新発田市は、新発田市内に所在する国所有の公開建造物「新発田城旧二の丸隅櫓」の管理団体に指定されている。同櫓については、平成22年度に支援事業により実施された予備診断の結果、屋根構造に係る事項の耐震性に疑義があると判定されていたのに、新発田市は、速やかに耐震診断を実施する必要があることなど予備診断の判定結果の重要性についての理解が十分でなかったため、耐震診断を実施しておらず、また、具体的にどのような対処方針を作成すればよいか分からなかったため、対処方針も作成していなかった。そして、この状況が予備診断の実施から6年以上継続していた。
検査の対象とした前記②の53所有者等が実施した耐震診断事業に係る公開建造物82棟のうち、耐震診断の結果、耐震性能が不足していると判定された60棟について、耐震補強等の実施状況をみたところ、4所有者等が管理する5棟(耐震診断に係る補助対象経費計3203万余円、耐震診断に係る補助金交付額計1721万余円)については、所有者等において、耐震補強の実施時期は未定であるとしていたり、具体的にどのような対処方針を作成すればよいか分からないとしていたりなどしていて、耐震補強が実施されておらず、また、対処方針の作成も行われていないまま、耐震診断の実施から1年以上経過している状況となっていて、耐震診断の判定結果が有効に活用されていなかった(表2参照)。なお、上記5棟の中には、耐震診断の実施後、最長で11年間、耐震補強等が実施されていないものも見受けられた。
表2 耐震診断事業により実施された耐震診断の結果、耐震性能が不足していると判定された公開建造物の耐震補強等の実施の状況
区分 | 耐震診断の結果、耐震性能が不足していると判定された公開建造物 | |||
---|---|---|---|---|
(A)+(B) | 耐震診断が実施されていなかったもの | |||
耐震診断が実施済みのもの | うち対処方針の作成も行われていなかったもの | |||
(A) | (B) | |||
所有者等数 | 42 | 28 | 14 | 4 |
棟数 | 60 | 39 | 21 | 5 |
補助対象経費計 | 4,398,754 | 3,629,108 | 769,645 | 161,549 注(2) (32,032) |
補助金交付額計 | 2,749,605 | 2,250,134 | 499,471 | 88,788 注(3) (17,211) |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
長野県北佐久郡軽井沢町は、軽井沢町内に所在する公開建造物「旧三笠ホテル」を所有し、これを管理している。軽井沢町は、平成26、27両年度に、同ホテルの耐震診断事業を実施して、補助金計748万余円(補助対象経費計1497万余円)の交付を受けていた。
しかし、同ホテルについては、上記の耐震診断事業により実施された耐震診断の結果、耐震性能が不足していると判定されていたのに、同町は、耐震補強と併せて修理を検討する必要が生じたことによる事業計画の見直しを行うため、耐震補強を実施しておらず、また、対処方針の作成は不要であると判断していたため、対処方針も作成していなかった。そして、この状況が耐震診断の実施から1年以上継続していた。
検査の対象とした前記③の98所有者等が実施した修理事業に係る公開建造物178棟のうち、予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された68棟について、修理事業の実施に当たり、修理と併せて耐震診断を実施することの検討状況をみたところ、23所有者等が管理する31棟(補助対象経費計24億9494万余円、補助金交付額計15億9750万余円)については、所有者等において、修理を優先していたり、日常管理において公開建造物の変状が見受けられないことから耐震診断を早急に実施する必要はないと判断していたりなどしていて、耐震性に疑義があると判定された箇所と修理事業において修理を行った箇所が同一であるなどしたにもかかわらず、修理と併せて耐震診断を実施することを十分に検討しないまま修理事業を実施していた(表3参照)。このため、今後、改めて耐震診断の判定結果を踏まえて耐震補強を実施する場合には、修理を行った箇所を再度解体するなどの手戻りが生ずることから、その費用は、今回実施した修理事業と併せて行う場合と比べて増大するおそれがあると認められた。
そして、これらの公開建造物については、文化庁においても、上記検討状況の審査及び確認が十分に行われていない状況となっていた。
表3 修理事業の実施に当たり、修理と併せて耐震診断を実施することの検討状況
区分 | 予備診断の結果、耐震性に疑義があると判定された公開建造物 | |||
---|---|---|---|---|
(A)+(B) | 修理と併せて耐震診断を実施していなかったもの | |||
修理と併せて耐震診断を実施していたもの | うち耐震性に疑義があると判定された箇所と修理事業において修理を行った箇所が同一であるなどしたにもかかわらず、修理と併せて耐震診断を実施することを十分に検討しないまま修理事業を実施していたもの | |||
(A) | (B) | |||
所有者等数 | 51 | 21 | 32 | 23 |
棟数 | 68 | 25 | 43 | 31 |
補助対象経費計 | 13,339,684 | 10,360,477 | 3,207,806 | 2,494,945 |
補助金交付額計 | 8,230,079 | 6,345,752 | 2,012,937 | 1,597,502 |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例3>
群馬県前橋市は、前橋市内に所在する公開建造物「阿久沢家住宅」を所有し、これを管理している。そして、前橋市は、平成27年度に、同住宅の茅葺(かやぶき)屋根の全面葺替等の修理を内容とする修理事業を実施して、補助金1073万余円(補助対象経費2147万余円)の交付を受けていた。
しかし、同住宅については、21年度に実施された予備診断の結果、屋根構造等に係る事項の耐震性に疑義があると判定されていたのに、同市は、予備診断の判定結果の重要性についての理解が十分でなかったため、上記の修理事業を実施するに当たって、文化庁に提出した修理事業実施の要望資料に、予備診断の判定結果を、本来、耐震性に疑義があると記載すべきところ、誤って、おおむね耐震性を確保していると記載し、耐震診断を早急に実施する必要はないと判断するなどしていて、上記の修理と併せて耐震診断を実施することを十分に検討しないまま修理事業を実施していた。その後、同市は、27年度に、対処方針を作成して、地震時の避難経路を確保するなどの使用方法の見直しを行っている。
このように、公開建造物について、支援事業により実施された予備診断の判定結果又は耐震診断事業により実施された耐震診断の判定結果が耐震対策に有効に活用されていなかった事態や、修理と併せて耐震診断を実施することを十分に検討しないまま修理事業を実施していて、修理と併せて耐震診断及び耐震補強を実施する場合と比べて費用が増大するおそれがある事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、文化庁において、次のことによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、文化庁は、公開建造物の耐震対策をより効果的に進めて、地震時における人的安全性の確保等が図られるよう、次のような処置を講じた。
ア 30年8月に都道府県を通じて所有者等に対して事務連絡を発するなどして、耐震診断及び耐震補強の実施や対処方針の作成等、計画的な耐震対策の促進の必要性や重要性について改めて周知するとともに、対処方針の作成指針を新たに策定して書式や具体例を示した。また、都道府県の担当者等を対象とした会議を開催して、その指導を行うこととした。
イ 修理事業の採択に当たり、所有者等において修理と併せて耐震診断を実施することの検討が十分に行われているかについての審査及び確認を適切に行うために、修理事業実施の要望資料に耐震予備診断書を添付させたり、修理と併せて耐震診断を実施しない場合には対処方針を添付させたりするなどの手続を整備した。