【意見を表示したものの全文】
独立行政法人福祉医療機構の労災年金担保貸付勘定における政府出資金の規模について
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
独立行政法人福祉医療機構(以下「機構」という。)は、平成16年4月、労働福祉事業団の解散に伴い、独立行政法人労働者健康安全機構法(平成14年法律第171号)に基づき同事業団が行っていた労災年金担保貸付事業(以下「労災貸付事業」という。)に係る権利及び義務を承継している。そして、機構が上記の権利及び義務を承継したときは、機構が承継する資産の価額から負債の金額を差し引いた額は政府から機構に対し出資されたもの(以下「政府出資金」という。)とすることとなっており、機構における労災貸付事業に係る政府出資金の額は、29年度末現在、43億9764万余円となっている。
機構は、独立行政法人福祉医療機構法(平成14年法律第166号。以下「機構法」という。)に基づき、政府出資金を原資として労災貸付事業を行っており、労災年金担保貸付勘定を設けて経理している。
機構法等によれば、労災貸付事業は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に基づく年金たる給付の受給権者(以下「労災年金受給者」という。)に対し、その受給権を担保として小口の資金の貸付けを行うものとされている。そして、貸付金の使途は、生活必需物品の購入、住宅改修等、債務等の一括整理等に必要な資金とされ、また、貸付金の償還期間は、4年以内とされている。
独立行政法人通則法(平成11年法律第103号。以下「通則法」という。)第8条第3項の規定によれば、独立行政法人は、業務の見直し、社会経済情勢の変化その他の事由により、その保有する重要な財産であって主務省令で定めるものが将来にわたり業務を確実に実施する上で必要がなくなったと認められる場合には、通則法第46条の2の規定により、当該財産(以下「不要財産」という。)を処分しなければならないこととされている。そして、同条第1項の規定に基づき、独立行政法人は、不要財産であって、政府からの出資又は支出に係るものについては、遅滞なく、主務大臣の認可を受けて、これを国庫に納付することとなっている。
「独立行政法人の事務・事業の見直しの基本方針」(平成22年12月閣議決定。以下「基本方針」という。)によれば、独立行政法人の資産・運営については、国の資産を有効かつ効率的に活用する観点から、独立行政法人の利益剰余金や保有する施設等について、そもそも当該独立行政法人が保有する必要性があるか、必要な場合でも最小限のものとなっているかについて厳しく検証し、不要と認められるものについては速やかに国庫納付を行うこととされている。なお、基本方針で個別に措置を講ずべきとされたもの以外のものについても、各独立行政法人は、貸付資産等も含めた幅広い資産を対象に、自主的な見直しを不断に行うこととされている。
そして、基本方針において、機構の労災貸付事業及び年金担保貸付事業については、事業を廃止することとし、十分な代替措置の検討を早急に進め、具体的な工程表を22年度中に作成するとともに、現行制度における貸付限度の引下げ等による事業規模の縮減方針を年内に取りまとめることとされた。また、労災年金担保貸付勘定等に係る政府出資金等については、業務廃止後、不要資産として国庫納付することとされている。
上記の基本方針を受けて、厚生労働省は、23年3月に工程表として「年金担保貸付制度の廃止に向けた今後の対応方針」(以下「対応方針」という。)を策定し、この対応方針に基づいて、25年3月に、年金担保貸付事業廃止計画(以下「廃止計画」という。)を策定し、年金担保貸付事業の円滑な廃止に向けて、事業規模縮小等の措置を段階的に進め、これらの措置の進捗状況も踏まえ、28年度に具体的な廃止時期を判断することとし、労災貸付事業についても同様の考え方で対応を行うこととしていた。そして、機構は、廃止計画等に基づき、26年12月に、貸付限度額を250万円から200万円へ引き下げるとともに、貸付けに当たっては、不要な借入れを防止するなどのために、利用者に貸付金の使途及び必要額を確認できる資料の提示を求めることなどとした。
厚生労働省は、廃止計画において28年度に労災貸付事業等の具体的な廃止時期を判断するとしていたが、29年度の社会保障審議会において、労災貸付事業等の主たる代替措置とされる生活福祉資金貸付制度(注)等について議論されることとなったことから、その議論を踏まえて廃止時期を判断することにした。
そして、上記の議論において、代替措置の今後の方向性が示されたことから、30年2月、厚生労働大臣が機構に指示した第4期中期目標(30年4月から35年3月まで)において、労災貸付事業等は、基本方針及び廃止計画に基づいて、33年度末を目途に新規貸付けを終了することとし、今後の事業の実施に当たっては、円滑に事業を終了する観点から、新規貸付終了時期及び利用可能な他制度等に関する周知を図るなどの点に留意することとされた。また、第4期中期目標において、不要財産については速やかに国庫納付することが指示された。
そして、機構は、第4期中期目標を達成するために、第4期中期計画を策定し、労災貸付事業等については、上記の第4期中期目標と同様の内容とし、また、労災年金担保貸付勘定等に係る政府出資金等について、業務廃止後、金銭納付により国庫納付するとして、30年3月に、厚生労働大臣の認可を受けている。
本院は、機構の労災年金担保貸付勘定における政府出資金について、貸付事業の実績及び今後の事業規模を考慮するなどして真に必要となる政府出資金の額を検討し、必要額を超えて保有されていると認められる政府出資金については、不要財産として速やかに国庫に納付することにより、政府出資金が適切な規模のものとなるよう、26年10月に、厚生労働大臣及び独立行政法人福祉医療機構理事長に対して、会計検査院法第36条の規定により意見を表示した。そして、厚生労働省及び機構は、本院指摘の趣旨に沿い、27年3月に、政府出資金14億3359万余円を国庫に納付する処置を講じた。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院が厚生労働大臣等に対して26年10月に意見を表示した後、前記のとおり、機構は、労災貸付事業等の円滑な廃止に向けて、廃止計画等に基づき、26年12月に、労災貸付事業等の貸付限度額の引下げ等の措置を講じ、事業規模の縮減等を図っている。一方、厚生労働省は、30年2月の第4期中期目標において新規貸付終了時期について33年度末を目途としている。そして、業務が廃止されるのは、新規貸付けが終了して、更に既往の貸付金の回収業務等が完了した後となる。
そこで、本院は、経済性、有効性等の観点から、厚生労働省及び機構の上記の対応状況を踏まえ、労災年金担保貸付勘定に係る政府出資金の規模は、事業実績に即して適時適切に見直されているかなどに着眼して、厚生労働本省及び機構本部において、貸付実績の推移等について財務諸表等の関係書類を精査したり、政府出資金の国庫納付に関する方針等を聴取したりするなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
労災年金担保貸付勘定に係る政府出資金について、機構は、27年2月に不要財産の国庫納付に係る厚生労働大臣の認可を受けて同年3月に国庫に納付した後、国庫納付を行っていない。一方、機構は、労災貸付事業の規模の縮小を図るために、前記のとおり26年12月に、貸付限度額を引き下げるとともに、利用者に貸付金の使途及び必要額を確認できる資料の提示を求めることなどの措置を講じている。
そこで、国庫納付の前後における労災貸付事業の実績を比較すると、表のとおり、貸付件数については26年度は2,175件であったものが29年度には1,148件(26年度比47.2%減)に、また、貸付金額については26年度は23億1169万円であったものが29年度には9億2217万円(同60.1%減)と、いずれも3年間で大幅に減少している。一方、回収額(元本に係る分)についてみると、26年度以降、毎年度貸付額を上回る貸付金の回収がされてきている。そして、これらの貸付件数及び貸付金額の減少等に伴い、貸付残高も、26年度末には30億2458万余円であったものが29年度末には13億5164万余円と大幅に減少してきており(同55.3%減)、政府出資金43億9764万余円から貸付残高を差し引いた貸付けに使用されていない政府出資金の額は26年度末13億7305万余円から29年度末30億4599万余円へと大幅に増加している(同121.8%増)。
そして、機構の労災年金担保貸付勘定における貸付けに使用されていない資産については、現金及び預金として保有されている。
表 労災貸付事業の事業実績等
区分 | 平成26年度 | 27年度 | 28年度 | 29年度 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
事業実績 | 貸付額 | 件数 | 2,175 | 1,555 | 1,395 | 1,148 | |
対26年度比 | 100.0 | 71.4 | 64.1 | 52.7 | |||
金額 | 2,311,690 | 1,314,170 | 1,144,420 | 922,170 | |||
対26年度比 | 100.0 | 56.8 | 49.5 | 39.8 | |||
回収額 (元本) |
件数 | 2,510 | 2,287 | 2,207 | 1,542 | ||
対26年度比 | 100.0 | 91.1 | 87.9 | 61.4 | |||
金額 | 2,731,110 | 2,265,626 | 1,598,858 | 1,189,214 | |||
対26年度比 | 100.0 | 82.9 | 58.5 | 43.5 | |||
年度末 貸付残高 |
件数 | 4,988 | 4,256 | 3,444 | 3,050 | ||
対26年度比 | 100.0 | 85.3 | 69.0 | 61.1 | |||
金額(A) | 3,024,586 | 2,073,129 | 1,618,691 | 1,351,646 | |||
対26年度比 | 100.0 | 68.5 | 53.5 | 44.6 | |||
政府出資金の額(B) | 4,397,641 | 4,397,641 | 4,397,641 | 4,397,641 | |||
うち貸付けに使用されていない額 ((B)-(A)) |
1,373,055 | 2,324,511 | 2,778,950 | 3,045,995 |
厚生労働省は、政府出資金の規模について通則法の趣旨も踏まえ適正か否かの検討を行うに当たり、労災貸付事業の政府出資金については、基本方針で示された業務廃止後に不要資産を国庫納付することを基本に対応していた。そして、厚生労働省は、第4期中期目標において、新規貸付終了時期を指示するとともに、円滑な事業終了の観点から労災年金受給者に対して、新規貸付終了時期等について周知を図ることなどを求めており、今後、機構が周知等を行っていく中で一時的な貸付需要の増加等が見込まれることから、政府出資金について22年12月の基本方針に沿った方針に変更はないとしている。
そして、機構も、基本方針において、労災年金担保貸付勘定等に係る政府出資金等について、労災貸付事業等の業務廃止後に不要資産として国庫納付することとされていることや、上記の厚生労働省の第4期中期目標策定時における政府出資金の国庫納付に関する方針を踏まえると、業務の廃止前に国庫納付することはできないとしている。
しかし、前記のとおり、貸付けに使用されていない政府出資金の額は、26年度末以降大幅に増加して29年度末現在で30億4599万余円となっている。そして、新規貸付けを終了する33年度末以降、貸付金の回収により、業務が廃止されるまで毎年度貸付けに使用されない政府出資金が増加することになる。一方、厚生労働省及び機構は、基本方針に沿って、政府出資金等を業務廃止後に国庫納付するとしているが、新規貸付けの終了時期について33年度末を目途としている。このため、既往の貸付金の回収業務等が完了して業務が廃止されるのは更にその後となり、その間、貸付けに使用される見込みがない政府出資金が機構において保有されたままになる。したがって、厚生労働省及び機構は、労災年金担保貸付勘定に係る政府出資金の額が適切な規模となっているかについて、厚生労働省が見込んでいる一時的な貸付需要の増加等も考慮しつつ、通則法及び基本方針の趣旨を踏まえて適時に検討する必要があると認められる。
29年度末における労災貸付事業の実施に必要な政府出資金の額を試算したところ、これまでの労災貸付事業における貸付残高が年々減少していることを踏まえると、新規貸付終了時期等について周知を図ることによる一時的な貸付需要の増加等の可能性を考慮したとしても、次のとおり、本件政府出資金のうち、将来も使用することが見込まれない額があると認められる。
すなわち、厚生労働省が28年度に労災貸付事業を利用している者を対象に実施した労災年金担保貸付に関する調査によれば、初めて貸付けを利用したとしている者は全体の11.4%であり、残りの88.6%の利用者は2回目以上であるとされており、ほとんどの利用者が繰り返し貸付けを受けている状況となっていた。
これを踏まえて、仮に、29年度末貸付残高13億5164万余円のうち上記の88.6%に相当する額が当該利用者に対する貸付けとして再び使用されるとし、また、貸付限度額200万円まで貸付けを行うこととすると、これに係る必要額は29億9389万余円となる。
さらに、過去に廃止された他の貸付事業において、廃止直前に貸付需要が増加した実績があることを踏まえて、仮に29年度貸付実績額9億2217万円のうち前記の11.4%に相当する額が初めて貸付けを利用する者に使用されたとした上で、貸付額の増加割合が上記の他の貸付事業における増加実績と同程度であるとすると、現在貸付けを利用していない者に係る貸付需要に対応するための必要額は30年度から新規貸付けが終了する33年度までの4年間において、6億7281万余円となる。これに上記の29億9389万余円を合わせると、必要な政府出資金の額は36億6671万余円と試算される。
したがって、29年度末の政府出資金43億9764万余円のうち、36億6671万余円を上回る7億3092万余円に係る資産については、将来も貸付金の原資に使用されることが見込まれないと認められる。
さらに、新規貸付けを終了する33年度末までの間については、一時的な貸付需要の増加等を含む今後の新規貸付額の実績を考慮すれば、必要となる政府出資金の額をより正確に算出することが可能となることから、今後も資産規模について事業規模に見合うものとなるよう適時適切に検証する必要があると認められる。また、新規貸付けが終了して新たな貸付需要がなくなる33年度末から業務廃止までの間については、貸付金の回収が行われていくのみとなることから、回収された額を段階的に国庫に納付することができることになると認められる。
(改善を必要とする事態)
通則法及び基本方針によれば、政府出資等に係る不要財産については、遅滞なく、国庫に納付することなどとされているのに、厚生労働省において、27年3月の国庫納付以降、通則法及び基本方針の趣旨にのっとって事業規模に見合った資産規模を適時に検証していないため、機構において、貸付金の原資として使用される見込みのない多額の政府出資金に係る資産を保有しており、今後も業務廃止まで保有し続けることになる事態は国の資産の有効活用の面から適切ではなく、改善の要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、機構において、基本方針で業務廃止後に労災年金担保貸付勘定に係る政府出資金を国庫に納付することとされているため、事業規模に見合った資産規模の見直しを行っていないことにもよるが、機構が労災貸付事業の規模の縮減等を図っていて、貸付残高が27年3月の国庫納付後においても引き続き減少しており、また、新規貸付けが終了して新たな貸付需要がなくなる33年度末から業務廃止までの間については、貸付金の回収が行われていくのみとなり、貸付金の原資として使用されない政府出資金が生ずることが見込まれるのに、厚生労働省において、通則法及び基本方針の趣旨にのっとって労災貸付事業の実績を考慮するなどして、事業規模に見合った資産規模の見直しを適時に行っていないことなどによると認められる。
労災貸付事業については、貸付残高は年々減少を続けており、貸付けに使用されていない政府出資金が増加してきている。そして、厚生労働省が第4期中期目標において新規貸付終了時期を判断したことから、業務を廃止することに伴う一時的な貸付需要の増加等の可能性を考慮する必要はあるが、今後33年度末に新規貸付けが終了して業務が廃止されるまでの間は貸付金の回収のみとなる。一方、33年度末を目途に新規貸付けが終了され、更にその後、既往の貸付金の回収業務等が完了して業務が廃止されるまでには、まだ相当の期間が見込まれる。
ついては、業務廃止より前に貸付金の原資として使用されない政府出資金が生ずることが見込まれることから、厚生労働省及び機構において、政府出資金を事業規模に見合った資産規模とするよう、次のとおり意見を表示する。