国は、津波、高潮、波浪その他海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護することなどにより、国土の保全に資することを目的として、海岸法(昭和31年法律第101号)等に基づき、堤防、護岸等の海水の侵入又は海水による侵食を防止するための施設(以下「海岸保全施設」という。)の新設、改良等の実施を推進している。
海岸法によれば、都道府県知事は、国又は地方公共団体が所有する公共の用に供されている海岸の土地等について、海岸保全施設の設置とその他管理を行う必要があると認めるときは、防護すべき海岸に係る一定の区域を海岸保全区域として指定することができるとされている。
また、海岸保全区域に関する事項については、海岸の存する地域及びその背後地の利用状況等に応じてそれぞれ主務大臣が定められており、土地改良法(昭和24年法律第195号)に基づく土地改良事業として管理している施設で海岸保全施設に該当するものの存する地域等に係る海岸保全区域(以下「農地海岸」という。)に関する事項については、農林水産大臣が主務大臣となっている。
海岸法等によれば、海岸保全区域の管理は、当該海岸保全区域の存する地域を統括する都道府県知事等(以下「海岸管理者」という。)が行うこととされており、海岸管理者は、海岸保全施設を良好な状態に保つように維持し、修繕し、もって海岸の防護に支障を及ぼさないように努めなければならないとされている。また、海岸管理者が海岸保全区域を管理するために要する費用は、当該海岸管理者の属する地方公共団体の負担とすることとされている。
そして、高潮対策、侵食対策等のために実施する海岸管理者が管理する海岸保全施設の新設又は改良に関する工事に要する費用については、予算の金額を超えない範囲内で、その費用の一部を国が負担することとされている。
農林水産省は、海岸法等に基づき、農山漁村地域整備交付金実施要綱(平成22年21農振第2453号)を策定して、海岸保全施設整備事業を農山漁村地域整備交付金(以下「交付金」という。)の交付対象事業とし、農山漁村地域整備交付金実施要領(平成22年21農振第2454号。以下「要領」という。)において、交付金の交付対象となる事業の実施要件等を定めている(以下、交付金により農地海岸において実施される海岸保全施設整備事業を「農地海岸事業」という。)。
そして、要領によれば、農地海岸事業の趣旨は、沿岸域の農地とそこで展開される農業生産活動を守り、食料の安定供給の確保と安全な農村地域の形成を図ることなどとされており、その実施要件として、農地海岸において実施するものであることのほか、実施する対策に応じて、海岸保全施設が津波、高潮、波浪等による浸水を防護する区域(以下「防護区域」という。)の面積が、海岸保全施設の延長1km当たり5ha以上であることなどが定められている。また、農地海岸事業は農地保全を目的として実施するものであるが、事業の実施時点で、防護区域内に農地が存在していることや、その農地において適切に農業生産活動が実施されていることを確認することとはされていない。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、農地海岸事業が事業の趣旨に沿って適切に実施されているかなどに着眼して、平成25年度から29年度までの間に、12道県(注1)が高潮対策、侵食対策、海岸堤防等老朽化対策等の農地海岸事業を実施した農地海岸318海岸(事業費計77億6285万余円、交付金交付額計38億4087万余円)を対象として、農林水産省及び上記の12道県において、事業計画書、海岸保全区域台帳、農地台帳等の関係書類、現地の状況を確認するとともに、農地海岸の防護区域内の農地の状況に関する調書の提出を受け、その内容を分析するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
318海岸のうち5県(注2)が農地海岸事業を実施した21海岸(事業費相当額計2億2364万余円、交付金相当額計1億2136万余円)については、29年度末現在、防護区域内に農地が存在していなかった。また、残りの297海岸のうち4県(注3)が農地海岸事業を実施した42海岸(事業費相当額計4555万余円、交付金相当額計2291万余円)については、29年度末現在、防護区域内の農地の全てが、耕作に供されておらず、耕作の放棄により荒廃し、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能となっている農地(以下「荒廃農地」という。)であり、荒廃農地の解消に係る具体的な対策(以下「荒廃農地対策」という。)も講じられていない状況であった。
上記の計63海岸については、昭和32年度から60年度までの間に農地海岸に指定されたものであり、指定された当時は農業生産活動が行われていたと考えられるものの、指定後長期間が経過し、その間の状況変化により、防護区域内の農地の状況が変化したものと考えられる。しかし、63海岸の海岸管理者である7県(注4)は、要領等において、事業の実施に当たって、防護区域内の農地の状況について確認することとされていないことなどから、63海岸の農地海岸事業の実施に当たってもこれを十分に確認していなかった。
このため、前記の63海岸において実施された農地海岸事業(事業費相当額計2億6919万余円、交付金相当額計1億4428万余円)については、農地保全に係る効果を発揮しておらず、沿岸域の農地とそこで展開される農業生産活動を守るなどする事業の趣旨に沿ったものとなっていなかった。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
三重県は、鳥羽市菅島地区において、農地海岸事業として、平成27年度から29年度までの間に、昭和34年度に農地海岸に指定された1海岸の侵食対策を目的として、護岸工事等5件(事業費1億9041万余円、交付金交付額1億0471万余円)を実施している。
しかし、平成29年3月の会計実地検査において、現地に赴くなどして防護区域内の農地の状況を確認したところ、防護区域は全て山林となっていて、農地は存在しておらず、農地海岸事業の趣旨に沿ったものとなっていなかった。
<事例2>
香川県は、農地海岸事業として、平成28、29両年度に、海岸堤防等老朽化対策を目的として、機能診断業務2件(事業費7540万余円、交付金交付額3770万円)を実施している。この事業は、同県内の農地海岸46海岸(農地海岸指定年度:昭和35年度~59年度)について、点検を実施して長寿命化計画を策定するものである。
しかし、平成30年3月の会計実地検査において、現地に赴くなどして当該46海岸の防護区域内の農地の状況を確認したところ、8海岸(事業費相当額計1247万余円、交付金相当額計623万余円)において防護区域内に農地が存在していなかったり、11海岸(事業費相当額計1093万余円、交付金相当額計546万余円)において防護区域内の農地の全てが荒廃農地対策が講じられていない荒廃農地となっていたりしていて、農地海岸事業の趣旨に沿ったものとなっていなかった。
このように、農地海岸事業において、防護区域内に農地が存在していなかったり、防護区域内の農地の全てが荒廃農地対策が講じられていない荒廃農地となっていたりしていて、沿岸域の農地とそこで展開される農業生産活動を守るなどする事業の趣旨に沿ったものとなっていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、次のことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、平成30年8月に地方農政局等及び海岸管理者に対して事務連絡を発出して、農地海岸事業が事業の趣旨に沿って適切に実施されるよう、次のような処置を講じた。
ア 農地海岸事業の実施に当たって、防護区域内の農地の状況を十分に確認するなどして農地の保全に係る効果が十分に発揮されるかについて検討することが重要であることや、防護区域内に農地が存在していなかったり、農地の全てが荒廃農地となっていたりする場合は交付金の交付対象とならないことなどを周知した。
イ 事業の実施に当たって海岸管理者が作成する事業計画書に、防護区域内の農地面積、荒廃農地面積等の農地の状況を記載させることとするなどして、防護区域内の農地の状況を確認できる仕組みを整備した。