農林水産省は、家畜伝染病予防法(昭和26年法律第166号。以下「家伝法」という。)に基づき、「高病原性鳥インフルエンザ及び低病原性鳥インフルエンザに関する特定家畜伝染病防疫指針」(農林水産大臣公表。以下「防疫指針」という。)を策定し、高病原性鳥インフルエンザ又は低病原性鳥インフルエンザ(以下、これらを合わせて「鳥インフルエンザ」という。)の発生予防、発生した場合の迅速かつ的確なまん延防止対策等の対応策等について定めている。
家伝法によれば、鳥インフルエンザ等の家畜の伝染性疾病にかかっている家畜(以下「患畜」という。)、患畜である疑いがある家畜等(以下「疑似患畜」という。)の所有者は、家畜防疫員(注1)の指示に従って、直ちに当該家畜を殺さなければならないとされており、防疫指針では、患畜又は疑似患畜と判定された後、原則として24時間以内にと殺を完了するとしている。また、家伝法において、都道府県知事は、必要があるときは、家畜等について、当該都道府県の区域内での移動等を禁止等することができることとなっており、防疫指針では、都道府県知事は、所定の範囲の区域について、移動制限区域等を設定することとしている。このように、我が国における鳥インフルエンザが発生した場合の防疫措置は、患畜又は疑似患畜の迅速なと殺を完了すること及び移動制限区域等を設定することを原則としている。
一方、家伝法において、都道府県知事は、家畜の伝染性疾病のまん延を防止するために、家畜防疫員に家畜の検査、注射等を行わせることができることとなっている。これを受けて、防疫指針では、鳥インフルエンザの発生農場におけると殺及び周辺農場の移動制限のみによっては、感染拡大の防止が困難と考えられる場合、農林水産省は、防疫措置の進捗状況、感染の広がりなどを考慮して、まん延防止のための緊急ワクチン(以下「ワクチン」という。)の接種を実施することを決定することとしている。そして、同省がワクチン接種の実施時期、実施地域等を定めた緊急防疫指針を策定し、都道府県は、これに基づき速やかにワクチンを接種することとしており、同省は、必要十分なワクチン及び注射関連資材を当該都道府県に譲渡するなどすることとしている。
農林水産省は、ワクチンの接種が必要となった場合に備えて、平成16年度からワクチンの備蓄を行っており、鳥インフルエンザが発生した場合、国内で最も被害が大きいと想定される半径10km圏内での飼養羽数が最も多い地域(以下「飼養密集地域」という。)を選定し、飼養密集地域内の肉用鶏、採卵鶏等の計590万羽についてと殺又はワクチンを接種することを想定している。そして、当時のワクチンの効果等を踏まえて、ワクチン接種の準備、接種及びその効果が発現するまでの期間(以下「効果発現までの期間」という。)を30日間、1日当たりのと殺可能な羽数を6万羽として30日間でと殺可能な羽数を計180万羽と設定し、これを590万羽から除いた410万羽をワクチンの接種対象として備蓄量を算定している。
そして、防疫指針により備蓄場所とされている動物検疫所は、毎年度、必要な備蓄量の410万ドーズ(注2)が保たれるようにワクチンを購入しており、28年度に205万ドーズ(購入金額3608万余円)、29年度に205万ドーズ(同3597万余円)を購入し、410万ドーズのワクチンを動物検疫所本所(横浜市所在)と同検疫所の神戸、門司両支所に分散して備蓄している。
我が国では、16年以降、各地で鳥インフルエンザが発生しているものの、全てと殺により対応してきており、ワクチンの接種が必要となる事態には至っていないことから、ワクチンの使用実績はなく、2年間の使用期限が過ぎたワクチンについては、毎年度、焼却処分している。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、経済性等の観点から、ワクチンの備蓄量の算定が適切に行われているかなどに着眼して、動物検疫所が28、29両年度に購入して備蓄している410万ドーズのワクチン(購入金額計7206万余円)を対象として、農林水産本省及び動物検疫所本所において、備蓄量の算定の根拠等についての説明を聴取するとともに、購入契約書等の関係書類を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
農林水産省は、16年の防疫指針では移動制限区域内の生きた鶏の移動は認めておらず、鶏の出荷ができないことから、飼養密集地域内の全ての鶏についてと殺又はワクチンの接種の必要があるとしてワクチンの備蓄量を410万ドーズと算定していた。
しかし、同省が21年度以降購入しているワクチンは、4週齢未満のひな鶏(以下「ひな鶏」という。)について、有効性等が評価されていないことなどから、ワクチンの使用説明書等において接種の対象としていなかった。また、23年10月に防疫指針を変更して、鶏が鳥インフルエンザにかかっていないことなどの一定の要件を満たす場合、移動制限区域内の鶏を同区域内の食鳥処理場に出荷できることとしたことにより、同区域内の鶏であっても、食鳥処理場での処理の後、食肉として出荷できることとなり、効果発現までの期間に出荷が見込まれる鶏については、ワクチンの備蓄量の算定の対象とする必要がなくなった。
さらに、農林水産省が飼養密集地域の飼養羽数等について調査したところ、29年7月末現在、飼養密集地域での飼養羽数は約611万羽、効果発現までの期間は24日間、1日当たりのと殺可能な羽数は7万羽となっており、24日間で計168万羽をと殺できることなどとなっていた。
そこで、被害が想定される鶏種ごとの飼養羽数、ひな鶏や出荷される鶏の平均的な割合等の農林水産省が設定した前提条件で、上記の約611万羽を基に、と殺可能な鶏168万羽、算定の対象とする必要がないひな鶏約139万羽、出荷が見込まれる鶏約69万羽を除外してワクチンの必要数量を試算すると、約234万ドーズとなる。そして、前記の28、29両年度に購入したワクチンの購入金額である7206万余円を基にして、現在の備蓄量である410万ドーズに対する割合で案分することにより上記の234万ドーズの購入金額相当額を試算すると4113万余円となり、現在の備蓄量410万ドーズとの差である176万ドーズの購入金額相当額は、3093万余円となる。
このように、ワクチンの備蓄量の算定に当たり、接種の対象となっていないひな鶏や出荷が見込まれることから接種の対象とする必要がない肉用鶏等の鶏を除外していなかったり、最新の飼養状況等に基づく備蓄量の検討及び見直しを行うこととしていなかったりしていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、農林水産省において、ひな鶏はワクチン接種の対象となっていないこと及び一定の条件を満たせば移動制限区域内の鶏を出荷できるとしたことを考慮して備蓄量を算定する必要性や、最新の飼養状況等により備蓄量を検討する必要性についての認識が欠けていたことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、翌年度に備蓄するワクチンの量等を毎年度適切に決定するために、30年4月にウイルス学の専門家等で構成される「鳥インフルエンザワクチン備蓄検討会」を設置し、同検討会の検討結果を踏まえて、30年5月時点の飼養状況やと殺可能数等に基づき、ひな鶏等のワクチン接種の対象となっていない鶏を備蓄量の算定の対象から除外するなどして、前記の試算と同様の方法により31年度に必要とする備蓄量を170万ドーズと決定し、購入担当部局である動物検疫所に対して30年8月に通知する処置を講じた。