株式会社商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)は、株式会社商工組合中央金庫法(平成19年法律第74号)に基づき、中小企業等協同組合その他主として中小規模の事業者を構成員とする団体及びその構成員に対する金融の円滑化を図るために必要な業務を行っている。
そして、商工中金は、株式会社日本政策金融公庫法(平成19年法律第57号。以下「日本公庫法」という。)附則第45条の規定により、危機対応円滑化業務並びに当該業務に係る財務及び会計に関する事項の主務大臣である財務大臣、農林水産大臣及び経済産業大臣(以下、これらを合わせて「危機対応円滑化業務の主務大臣」という。)が指定する金融機関として指定を受けたもの(以下「指定金融機関」という。)とみなすこととされ、危機対応業務に係る貸付け(以下「危機対応貸付け」という。)を行っている。
危機対応円滑化業務は、日本公庫法に基づき、危機対応円滑化業務の主務大臣が、内外の金融秩序の混乱又は大規模な災害等の危機事象によって、一般の金融機関が通常の条件では事業者が受けた被害に対処するために必要な資金の貸付け等を行うことが困難であり、かつ、指定金融機関が危機対応業務を行うことが必要であると認定する場合に、株式会社日本政策金融公庫(以下「日本公庫」という。)が、指定金融機関に対して信用供与や利子補給金の支給を行うなどするものである。また、危機対応業務は、指定金融機関が、日本公庫から上記の信用供与等を受けて、危機事象で受けた被害によって業況や資金繰りが悪化している事業者に対して、必要な資金の貸付けや利子補給を行うなどするものである。
危機対応貸付けの要件は、危機事象の影響を受けて、一時的に売上げの減少その他の業況の悪化を来している事業者を対象とすることなどとなっている。このため、商工中金は、事業者において、危機事象の影響を受けて売上げの減少その他の業況の悪化を来していることを確認するために、事業者から売上高等が記載されている試算表等の提出を受けて、その内容を確認するなどしている。
また、日本公庫は、一定の要件を満たした事業者に対する危機対応貸付けを行った指定金融機関に対して利子補給金の支給を行うことができることとなっており、指定金融機関である商工中金は事業者に対して危機対応貸付けに係る利子補給金の支給又は貸付金利の引下げを行っている。そして、危機対応円滑化業務の主務大臣は、平成23年5月から、認定した特定の危機事象に係る危機対応貸付けにおいて、従業員の雇用の維持又は拡大に取り組む事業者に対して、商工中金から利子補給が行われるようにしている(以下、この利子補給のことを「雇用維持利子補給」という。)。ただし、商工中金は、危機対応貸付けの貸付日からおおむね6か月の間に常時使用する従業員数が減少した場合、利子補給を取り消して、貸付けの当初に遡って当該取消分の支払請求を行うこととなっている。このため、商工中金は、雇用維持利子補給を行った事業者に対して、貸付日からおおむね6か月後に常時使用する従業員数の確認(以下「6か月後確認」という。)を行っている。
商工中金は、鹿児島支店が行った危機対応貸付けにおいて、事業者が危機事象の影響を受けていることを確認する際に、一部の職員が事業者から受領した試算表等を自ら書き換えて対応した事態が判明したことや、これらの貸付けについて危機対応業務の要件に該当しない可能性があることなどを28年11月に公表した。そして、商工中金は、同支店における不正の規模が大きいことが明らかになったため、これらの事態を調査する「危機対応業務にかかる第三者委員会」(以下「第三者委員会」という。)を設置し、第三者委員会は、調査の対象として抽出した27,934件の危機対応貸付けのうち760件で不正が行われていたことなどを記載した調査報告書を29年4月に取りまとめた。
そして、商工中金は、第三者委員会の調査分を含め、28年11月末日までに行った全219,923件の危機対応貸付けのうち4,609件で不正が行われていたと判定したことなどを記載した調査報告書を29年10月に公表した。
本院は、合規性等の観点から、危機対応貸付けは真正な根拠資料に基づいて適正に行われているかなどに着眼して、鹿児島支店での事案の公表後から29年10月までの間に会計実地検査を行った。
検査に当たっては、商工中金本店及び14支店(注)において、第三者委員会により不正が行われていたと判定されたもの及び不正の疑義が払拭できなかったとされたものや、会計実地検査と並行して行われていた商工中金の調査により抽出時点で不正の疑義があるとされていたものを除外した上で、計1,017件(貸付金額計79,308,440,000円、利子補給見込総額計1,023,331,385円)の危機対応貸付けを抽出して、りん議書、商工中金が事業者から受領したとしている根拠資料等を確認するなどして検査した。そして、事業者から受領したとしている根拠資料に疑義があるなどの場合は、商工中金を通じて事業者から根拠資料の再提出を求めてその内容を確認するなどの方法により検査した。
検査したところ、次のとおり適正とは認められない事態が見受けられた。
3支店 3件(貸付金額計165,000,000円、支給済利子補給金額計1,619,931円)
新宿、池袋、高松各支店において、事業者から受領した試算表等を商工中金の職員が改ざんして、業況の悪化等の危機対応貸付けの要件を満たしていない事業者に対して貸付け及び利子補給金の支給を行っていた事態が表1のとおり3支店において貸付金額計165,000,000円及び支給済利子補給金額計1,619,931円見受けられた。
表1 試算表等に係る不正が見受けられたもの
支店 | 年度 | 件数 | 貸付金額 | 左に係る 支給済利子補給金額 |
---|---|---|---|---|
新宿支店 | 平成24 25~28 |
1 | 100,000,000 | 1,089,839 |
池袋支店 | 24 25~28 |
1 | 50,000,000 | 530,092 |
高松支店 | 27 | 1 | 15,000,000 | ― |
計 | 24、27 25~28 |
3 | 165,000,000 | 1,619,931 |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
池袋支店は、平成25年3月、A社が、円高の影響を受けて前期比で売上総利益が減少していることを、A社から受領した24年1月及び25年1月の試算表(損益計算書)で確認したとして、A社に対して危機対応貸付け(貸付金額50,000,000円、支給済利子補給金額530,092円、貸付期間25年3月28日から30年2月28日まで)を行っていた。
しかし、A社から受領したとしている試算表等を確認したところ、売上総利益の増減に不自然な点が見受けられたことなどから、同支店を通じてA社に改めて24年1月及び25年1月の試算表(損益計算書)の提出を依頼してその内容を確認したところ、りん議決裁時に危機対応貸付けの要件を確認するためにA社から受領したとしていた試算表(損益計算書)は、同支店職員がA社の24年1月及び25年1月の試算表(損益計算書)の年度の数字を切り貼りして改ざんしていたものであり、実際にはA社の業況は悪化しておらず、危機対応貸付けの要件を満たしていなかった。
3支店 11件(支給済雇用維持利子補給金額計2,202,292円)
札幌、池袋、鹿児島各支店において、事業者から受領した根拠資料を商工中金の職員が改ざんするなどして、6か月後確認の時点で雇用が維持されておらず雇用維持利子補給の要件を満たしていない事業者に対して雇用維持利子補給を継続して行っていた事態が表2のとおり3支店において計2,202,292円見受けられた。
表2 雇用維持利子補給に係る不正が見受けられたもの
支店 | 年度 | 件数 | 支給済雇用維持利子補給金額 |
---|---|---|---|
札幌支店 | 平成 26~28 |
1 | 178,723 |
池袋支店 | 25~28 | 5 | 912,967 |
鹿児島支店 | 25~28 | 5 | 1,110,602 |
計 | 25~28 | 11 | 2,202,292 |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
鹿児島支店は、平成25年10月、B社に対して行った雇用維持利子補給(支給済雇用維持利子補給金額219,318円)の6か月後確認において、B社から受領した根拠資料には「人員」欄に「67」と記載されており(うち従業員数64名)、貸付時点における従業員数60名から増えていたことから雇用維持を確認したとしていた。
しかし、6か月後確認の約2か月後にB社の従業員数が大幅に減少しているなど従業員数の動きに不自然な点が見受けられたことから、同支店を通じてB社に改めて根拠資料の提出を依頼してその内容を確認したところ、「人員」欄には「57」と記載されており、6か月後確認に用いた根拠資料は、同支店職員が数字を切り貼りして「57」を「67」と改ざんしていたものであり、実際にはB社の従業員数は減少していて、雇用維持利子補給の要件を満たしていなかった。
このように、危機対応貸付けの要件を満たしていない事業者に対して貸付けを行うなどしていた事態は著しく適正を欠いており、アの3件に係る貸付金額計165,000,000円及び支給済利子補給金額計1,619,931円、イの11件に係る支給済雇用維持利子補給金額計2,202,292円、合計14件に係る168,822,223円が不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、商工中金の職員において根拠資料の改ざんなどを行ってはならないという認識や危機対応貸付けを適正に行うことの重要性についての認識が著しく欠けていたこと、商工中金において危機対応業務に係る統制が十分機能していなかったことなどによると認められる。
なお、商工中金は、本院の検査を契機として、29年10月の調査報告書の公表以降追加調査を実施しており、その結果、不正が行われていた件数が22件増加して4,631件となったことなどを30年3月に公表した。
ア及びイの事態を部局等別に示すと次のとおりである。
部局等 | 年度 | 不当と認める貸付金額 | 左に係る不当と認める支給済利子補給金額 | 不当と認める支給済雇用維持利子補給金額 | 計 | 摘要 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
千円 | 千円 | 千円 | 千円 | ||||
(288) | 札幌支店 | 26~28 | ― | ― | 178 | 178 | イ |
(289) | 新宿支店 | 24 25~28 |
100,000 | 1,089 | ― | 101,089 | ア |
(290) | 池袋支店 | 24 25~28 |
50,000 | 530 | 912 | 51,443 | ア、イ |
(291) | 高松支店 | 27 | 15,000 | ― | ― | 15,000 | ア |
(292) | 鹿児島支店 | 25~28 | ― | ― | 1,110 | 1,110 | イ |
(288)―(292)の計 | 165,000 | 1,619 | 2,202 | 168,822 |
(注) 2段書きとなっている年度欄の上段は貸付けを実行した年度、下段は日本公庫が商工中金に利子補給金を支給した年度である。