東日本電信電話株式会社(以下「東会社」という。)、西日本電信電話株式会社(以下「西会社」という。)及びエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社(以下「コム社」という。以下、これらの会社を総称して「3会社」という。)は、電気通信事業法(昭和59年法律第86号。以下「事業法」という。)等に基づき、電気通信役務を提供するために、電気通信を行うための機械、器具等である電気通信設備を通信ビルに設置している。
災害対策基本法(昭和36年法律第223号。以下「基本法」という。)及び基本法に基づいて作成された防災基本計画(昭和38年6月中央防災会議策定)によれば、基本法に基づいて指定される指定公共機関は防災業務計画を作成することとされ、また、企業は災害時に果たす役割を十分に認識し、各企業において災害時に重要業務を継続するための事業継続計画(BCP)を策定するよう努めることとされている。
3会社は、指定公共機関として、その業務の公共性又は公益性に鑑み、それぞれの業務を通じて防災に寄与しなければならないこととされている。このことから、3会社は、基本法により防災業務計画を作成するとともに、これに基づいてそれぞれ災害等対策規程を定めており、これらによれば、災害発生時において電気通信サービスを確保し、又は被害を迅速に復旧するために、必要に応じて非常用電源装置を含めた災害対策用の機器、車両等を合理的に配置することとされている。
事業法に基づく事業用電気通信設備規則(昭和60年郵政省令第30号)によれば、事業用電気通信設備は、商用電源の供給が停止した場合においてその取り扱う通信が停止することのないよう発動発電機又は蓄電池の設置その他これに準ずる措置が講じられていなければならないことなどとされている。
また、電気通信事業者は、大規模な災害により電気通信役務の提供に支障が生ずることを防止するために、地方公共団体が公表する自然災害の想定に関する情報を考慮し、電気通信設備の設置場所を決定若しくは変更し、又は適切な防災措置を講ずるよう努めなければならないこととされている。
3会社は、災害等対策規程等に基づき、商用電源が途絶した場合に電気通信役務の提供が途絶することのないよう通信ビルに電気通信設備である発動発電機や蓄電池を設置している。また、発動発電機が故障した場合等に、一定の範囲に所在する通信ビルへ電源のバックアップ(以下「電源救済」という。)を行うために、発動発電機、送電に必要なケーブル等を搭載した車両である移動電源車を通信ビル等に配備しており、移動電源車についても、事業法上の電気通信設備に該当する。
3会社の移動電源車の配備基準によれば、移動電源車は災害や事故等の緊急時に備えて運用され、高圧の移動電源車は、通信ビルの発動発電機が故障するなどした場合に電気通信役務の中断がないように配備され、その稼働範囲は、蓄電池の保持時間等を考慮しておおむね半径75kmとされているが、広域災害により複数の通信ビルが被災するなどした場合には、より広域的に対応することとされている。そして、移動電源車を配備する通信ビル等の選定に当たっては、地理的条件、災害発生頻度等を考慮して効率的に運用ができるよう、東会社の事業部及び西会社の地域事業本部(以下、これらを合わせて「事業部等」という。)並びにコム社等で調整の上、選定することなどとされている。
水防法(昭和24年法律第193号)によれば、国土交通大臣、都道府県知事又は市町村長は、同法により指定した河川が氾濫した場合、排水施設等から雨水を排除できなくなった場合、又は高潮による氾濫が発生した場合に、浸水が想定される区域をそれぞれ指定することとされている。
また、津波防災地域づくりに関する法律(平成23年法律第123号)によれば、都道府県知事は、津波があった場合に想定される浸水の区域(以下、水防法に基づいて指定される区域と合わせて「浸水リスクがある区域」という。)を、設定及び公表することとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
近年我が国では、豪雨、津波等により大規模な被害をもたらす水害が頻発している。3会社は、基本法、災害等対策規程等により災害発生時等の体制を整備することとなっており、災害等対策規程によれば、災害発生時において電気通信サービスを確保し、又は被害を迅速に復旧するために、非常用電源装置等の機器、車両等を合理的に配置することとされている。そして、3会社が配備している移動電源車は、その機動性を生かすことにより、広域的な通信ビルの電源救済に重要な役割を果たすことになるが、配備している場所が洪水等により浸水した場合には、その機能が損なわれたり、電源救済を行うための移動が不可能となったりして、通信ビルの電源救済を行うことができなくなる。
そこで、本院は、合規性、有効性等の観点から、移動電源車が、大規模な洪水等が生じた場合でもその機能が発揮できるよう、その配備に当たり、公表されている浸水リスクがある区域を考慮して、洪水等による浸水が予見される場合に移動等の適切な対応が執られる体制が整備されているかなどに着眼して、東会社の6事業部(注1)における移動電源車計104台(固定資産取得価額計54億1773万余円(平成29年度末))、西会社の6地域事業本部(注2)における移動電源車計56台(固定資産取得価額及びリース料額計20億7252万余円(同))及びコム社における移動電源車計30台(固定資産取得価額及びリース料額計23億8656万余円(同))を対象として、東会社本社及び6事業部、西会社本社及び6地域事業本部並びにコム社本社において、固定資産台帳等の関係書類を確認したり、担当者から説明を聴取したり、移動電源車を配備している通信ビル等に赴いたり、公表されている浸水リスクがある区域を確認したりするなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
3会社が通信ビル等に配備している移動電源車の状況についてみたところ、東会社は計40台(固定資産取得価額計21億6907万余円)を、西会社は計20台(固定資産取得価額計8億6091万余円)を、コム社は計13台(固定資産取得価額及びリース料額計11億1605万余円)を浸水リスクがある区域に所在する通信ビル等に配備している状況となっていた。
この状況について事例を示すと、次のとおりである。
<事例>
東会社の神奈川事業部は、川崎市に所在する幸ビルに高圧の移動電源車2台(固定資産取得価額計1億1661万余円)を配備している。国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所が水防法第14条の規定に基づいて平成28年5月30日に告示した多摩川水系多摩川、浅川、大栗川洪水浸水想定図によれば、当該ビルは浸水リスクがある区域に所在していた。
そして、広域的な通信ビルの電源救済を目的とする移動電源車が、洪水等が発生した場合でもその機能を発揮できるようにするためには、洪水等による浸水が予見される場合に、その機能が損なわれたり、電源救済を行うための移動が不可能となったりしないよう移動電源車を適時適切に移動させることが必要となる。そこで、事業部等及びコム社において、洪水等による浸水が予見される場合の移動電源車に関する取扱いについてみたところ、具体的な取扱いを定めていなかった。また、事業部等及びコム社が、洪水等のおそれがある場合に、浸水リスクがある区域に所在する通信ビル等に配備している移動電源車を移動した実績はなかった。
このように、多数の移動電源車が洪水等による浸水リスクがある区域に所在する通信ビル等に配備されているのに、これらの移動電源車について、洪水等による浸水が予見される場合の移動に係る具体的な取扱いを定めていなかった事態は、広域的な通信ビルの電源救済を目的として配備された移動電源車が、大規模な洪水等が発生した場合に商用電源が途絶するなどした通信ビルの電源救済を効果的に行うことができなくなるおそれがあり、適切とは認められず、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、3会社において、洪水等による浸水が予見される場合における移動電源車の移動を円滑に行うための取扱いを定めることの必要性についての理解が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、3会社は30年8月に、それぞれ文書を発するなどして、次のような処置を講じた。
ア 浸水リスクがある区域に所在する通信ビル等に配備せざるを得ない移動電源車について、洪水等による浸水のおそれを予見するために収集すべき情報を明示したり、収集した情報に基づいて移動電源車の移動に向けて執るべき標準的な取扱いを定めたり、浸水のおそれが生じた場合において移動すべき緊急待避場所を定めたりなどして、浸水リスクに対応できる体制を整備した。なお、コム社は、これに加えて、浸水リスクがある区域に所在する通信ビルに配備している移動電源車のうち2台について、浸水リスクがある区域外に所在する通信ビルに配備することを決定した。
イ 移動電源車を配備している通信ビル等について、毎年、最新の浸水リスクがある区域の確認を継続的に行い、過去に検討した内容を踏まえて緊急待避場所等を継続的に見直す体制を整備した。