25年報告における検査の結果の概要は、次のとおりである。
国による東京電力に係る原子力損害の賠償に関する様々な支援等は、一般会計、エネルギー対策特別会計及び東日本大震災復興特別会計の負担により実施されており、23、24両年度(一部は25年9月末まで)に国が負担等をした額は、計3兆3044億余円となっている。
国は、機構に対して交付国債5兆円を交付しており、機構の請求に応じて交付国債の償還を行うことにより財政上の負担をする一方で、機構の損益計算の結果生じた利益が国庫に納付されるという仕組みで、償還された資金が各原子力事業者が機構に納付する負担金により実質的に回収されることになっている。
このほか、審査会が文部科学省に設置され、審査会に設置されたADRセンターが、原子力損害の賠償に関する紛争について、和解の仲介の手続を行っているが、25年6月末現在で、2,643件が未処理となっている。
機構は、東京電力から資金援助の申込みを受け、東京電力と共同して、緊急特別事業計画や総特を作成して、主務大臣の認定を受けている。
資金援助業務の実施状況についてみると、機構は、東京電力に対する資金援助の一環として、24年7月に、東京電力の発行する株式を1兆円で引き受けている。また、機構は国から交付国債の償還を受けて、東京電力が原子力損害の賠償に充てるための資金を交付しており、25年9月末までの交付額は計3兆0483億円となっている。
機構への負担金の納付状況についてみると、原子力事業者11社は、23年度の一般負担金については計815億円を機構に納付しており、24年度の一般負担金については、25年6月28日までに計504億余円を機構に納付し、同年12月末までに計504億余円を機構に納付することとなっている。東京電力は、特別負担金を納付すべき原子力事業者に該当するが、機構は、23、24両年度については特別負担金を加算しないこととし、主務大臣もこれを承認している。
機構は、国から交付国債の償還を受けて東京電力に対して資金交付を行っているため、損益計算上の残余の額を国庫に納付しなければならない。機構は、23年度の当期純利益と同額の799億余円及び24年度の当期純利益の2分の1相当の486億余円、計1286億余円を25年7月末までに国庫に納付している。24年度分の残りの486億余円については、26年1月末までに国庫に納付する予定となっている。
会計検査院において、国が機構を通じて東京電力に交付した資金が、今後、どのように実質的に国に回収されるかなどについて試算した結果、資金交付額を3兆7893億余円(25年6月に変更認定された第3次総特における見込額)とした場合、特別負担金の納付の有無によって、回収が終わるまでの期間は11年から23年となった。この場合、回収を終えるまでに国が支払うこととなる支払利息は約235億円から約474億円となり、追加の財政負担が必要となる試算結果となった。
原子力損害の賠償の状況についてみると、東京電力は、賠償を迅速かつ適切に進めるために大量一括処理を要する賠償対応業務を外部に委託している。当該業務を実施するに当たっては、仕様等を適時適切に見直すことなどにより、価格の競争性を求める余地のある契約にするなどしてその費用を低減させる必要がある。
賠償金の支払等の状況についてみると、23年4月から25年3月までの支払額は2兆0427億余円となっており、23、24両年度を通じた本賠償金の1件当たりの平均支払額は、「個人」179万余円、「個人(自主的避難)」27万余円、「法人等」488万余円、「団体」3億4169万余円となっている。「個人」及び「法人等」に係る賠償金については、受付から支払までに1年以上の長期間を要した支払が見受けられたほか、「個人」に係る賠償金については、重複した支払が9件、計533万余円見受けられた。
総特に基づく東京電力の事業運営の状況についてみると、経営の合理化のための諸方策の実施状況は、24年度のコスト削減目標額3518億円に対して、東京電力が算定して公表している実績額は4969億円となっている。しかし、この中には、東京電力の努力による削減額として算定することについて、今後留意する必要のある事態が見受けられた。また、24年度の設備投資の削減目標額821億円に対して、実績額は1870億円としているが、目標を超える削減額は、設備投資の後年度への繰延べなどの更なる計画の見直しによるものである。そして、不動産については、25年3月末までの売却額は2136億円(進捗率86%)となっているが、総特で売却の対象としていない不動産の中に変電所と一体不可分とはいえないことから今後の売却可能性を検討する必要がある不動産が見受けられた。さらに、子会社・関連会社については、25年3月末までの売却額は1225億円(同94%)となっているが、存続・合理化とされた会社のうち新興国において発電事業を行う事業会社への出資を行っている子会社においては、内部留保を有効に活用する必要がある事例が見受けられた。
財務基盤の強化についてみると、東京電力の借入金残高に占める金融機関からの資金調達の割合は、23年原発事故以降5割以上となっている。当該調達に際して東京電力等の経営成績、財務状態等に関して付された財務制限条項に抵触して資金調達が困難になった場合には、一般負担金や特別負担金の納付に影響を及ぼす事態も考えられる。また、機構は、24年7月31日に議決権付種類株式16億株を3200億円で、転換権付無議決権種類株式3億4000万株を6800億円でそれぞれ引き受けている。これにより、東京電力の自己資本比率は、3.5%(24年3月末)から8.1%(同年9月末)に改善したが、25年3月末は5.7%となっている。
福島第一原発に係る廃止措置の進捗状況についてみると、東京電力が24年度決算までに計上している廃止措置終了までの費用は9469億円となっている。このうち「燃料デブリ取出し費用等」2500億円は、昭和54年にアメリカ合衆国で発生したTMIの事故における費用実績に基づき算出したものとされているが、同事故と異なり、福島第一原発は原子炉容器の気密性が失われるなどしていることから、この金額は今後変動する可能性がある。また、国が予算措置を講じている廃止措置に関連する研究開発のうち、経済産業省及び独立行政法人原子力安全基盤機構(平成26年3月1日に解散し、その資産及び債務は国が承継している。)が同一の財団法人に別々に発注した研究開発業務において、業務の内容が同様で同種の作業が業務に含まれているのに両者が互いの研究について関知していない事態等が見受けられた。
総特の作成後の状況の変化等についてみると、同計画において25年4月以降順次稼働する予定としていた柏崎刈羽原子力発電所が稼働していないことから、会計検査院において、25、26両年度にコストがどの程度増加するかについて試算したところ、25年度は約2823億円から約4015億円、26年度は約4864億円から約6904億円コストがそれぞれ増加することになる結果となった。
電気事業会計等についてみると、廃止が決定した原子力発電施設に係る資産除去債務には、廃止措置の過程でその都度追加的に生じている廃棄物の解体に要する費用が個別には見積もられていないため、その合理的な見積方法等を更に検討する必要があると考えられる。また、電気料金における事業報酬の算定式に用いられるβ(市場全体の株式価格が1%上昇する場合における一般電気事業を営む会社の株式の平均上昇率(感応度))は、過去の電力会社の株価等のサンプルデータから算定されるものであるが、その具体的な採録の間隔及び採録期間の選択方法等までは示されていない。このため、東京電力による過去の事業報酬の算定について、採録の間隔を変えて算定したり、採録期間から福島第一原発の事故直後の株価が乱高下した期間を除外して算定したりなどすると、事業報酬が下がることになる事例が見受けられた。
23年度決算において、東京電力は、資金交付に係る資金援助の申込みを行った日に収益が実現したものとして、23年度中に援助の申込みを行った累計2兆4262億7100万円を特別利益に計上している。しかし、申込みを行った日に申込額をもって収益を認識し、計上を行うことは、機構法において、機構が資金援助の決定をしようとする場合には機構と原子力事業者が共同で特別事業計画を作成し、主務大臣の認定を受けなければならないなどの手続を定めている趣旨と整合しないと考えられる。
そして、25年報告における検査の結果に対する所見は、次のとおりである。
23年原発事故は、大規模かつ長期間にわたる未曽有の災害となり、事故の発生前に我が国有数の大規模な企業であった東京電力においても、被害を受けた者に対する賠償を単独で実施することは困難な状況となった。
東京電力に係る原子力損害の賠償に関する国の支援は、このような状況の中で、我が国の原子力損害賠償制度について基本的な事項を定めている原賠法の枠組みの下で、新たに機構法を制定し、国民負担の極小化を図ることを基本として、機構が東京電力に対して出資したり、原子力損害の賠償のための資金を交付したりなどすることにより、多額の財政資金を投じて実施されている。
この支援に当たり、政府は、東京電力が、迅速かつ適切な賠償を確実に実施すること、福島第一原発の状態の安定化に全力を尽くすこと、電力の安定供給、設備等の安全性を確保するために必要な経費を確保すること、最大限の経営合理化と経費削減を行うことなどを確認している。
会計検査院は、今回、内閣府、文部科学省、経済産業省及び機構による23年原発事故に係る原子力損害の賠償に関する支援並びに東京電力による特別事業計画の履行のうち、原則として24年度までに実施された支援等を対象に検査を実施した。
機構の出資により東京電力の財務体質は一定の改善が図られており、機構から東京電力に対しては、原子力損害の賠償に支障のないよう資金が交付されている。一方で、文部科学省に設置された審査会から既に指針等が提示されている項目であっても、東京電力において合理性をもって確実に見込まれる額の算定ができないなどとして賠償基準が定められておらず、賠償が進捗していない事態が見受けられたほか、損害の項目によっては、今後、審査会から新たな指針等が提示される可能性もあり、これを受けて賠償が行われることとなれば、機構の資金交付にも影響する。
東京電力に対する機構の出資は、東京電力が社債市場において自律的に資金調達を実施していると判断されるなどした後の早期に回収することを目指すとされている。また、国から機構を通じて東京電力に交付された資金は、東京電力を含む原子力事業者から機構に納付される一般負担金及び東京電力から機構に納付される特別負担金により、機構の損益計算の結果生じた利益が国庫に納付されるという仕組みで実質的に回収されることになっている。そして、機構法の本来の仕組み、すなわち、原子力事業者から納付される一般負担金により機構に積立てを行い、原子力事故が発生した後の資金援助の財源にするという仕組みは、国から交付された資金の回収が完了して初めて機能することになり、機構の出資や国から交付された資金の回収が長期に及んだ場合には、国の財政負担を含めた国民負担が増こうする。このため、これらの資金等の回収は、できる限り早期に、かつ、確実に実施されることが肝要である。
したがって、今後、文部科学省は次の(1)アの点に、経済産業省は次の(1)イの点にそれぞれ留意して原子力損害の賠償に関する支援等を実施し、機構は次の(2)の点に留意して資金援助業務等を実施し、また、東京電力は次の(3)の点に留意して原子力損害の賠償その他の特別事業計画を履行していく必要がある。
ア 文部科学省において、
(ア) 審査会が指針等を定めると賠償が一定程度進捗するという現状を踏まえて、東京電力が迅速かつ適切な賠償を実施するために、必要が生じた場合には審査会が早期に指針等を定めることができるよう体制の維持及び整備に努める。
(イ) 時効を中断するために和解の仲介の申立てが増加することも考えられることから、ADRセンターの体制整備に努める。
イ 経済産業省において、
(ア) 23年原発事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の対応等についての被害者の理解が更に深まるよう引き続き取り組む。また、東京電力が賠償基準を定める際には、迅速かつ適正な賠償が行われるよう必要な助言等を行う。
(イ) 一般負担金年度総額や東京電力の特別負担金額の認可に当たっては、国が機構を通じて交付した資金を確実に回収していくことが、機構法の本来の仕組みをできる限り早期に機能させることにつながるということにも十分に配慮する。
(ウ) 廃炉費用に係る電気事業会計制度について必要な検討を行うとともに、一般負担金等が電気料金の総原価に含まれることに鑑み、認可の対象とした電気料金について関係者の理解を得るよう努める。
(エ) 安全確保を前提として長期の実施が見込まれる福島第一原発の廃止措置に係る研究開発は、原子力事業者を規制する側と支援する側が緊張関係を保った上で、国の支援として効率的に実施する。
機構において、
ア 東京電力におけるコスト削減等の経営合理化や原子力損害の賠償の実施に関するモニタリングを引き続き的確に実施するなどして、東京電力による特別事業計画の確実な履行を支援する。
イ 一般負担金年度総額や東京電力の特別負担金額の検討に当たっては、国から交付された資金を確実に回収していくことが、機構法の本来の仕組みをできる限り早期に機能させることにつながるということにも十分に配慮する。
東京電力において、
ア 賠償金支払の一部において、賠償の受付から支払までの期間が最長で1年を超えている事例も見受けられるので、事務手続の改善等により迅速な賠償に努める。また、賠償金が同一の被害者に重複して支払われていた事態が見受けられたことなどに鑑み、同種事態の再発を防ぎ、適切な賠償の実施に努める。
イ 国から機構を通じて東京電力に交付した資金の一般負担金及び特別負担金による実質的な回収が長期化した場合、国の財政負担状態が長期化し、かつ、財政負担が増こうすることから、機構法の本来の仕組みをできる限り早期に機能させるためにも、早急に特別負担金の納付が可能となるよう財務状況の改善に努める。
ウ 総合特別事業計画の想定を超える費用の発生等により、東京電力の財務の健全性や経営状況に影響が生ずること、ひいては特別負担金の納付を遅延させる要因となることに鑑み、更なるコスト削減に努める。また、コスト削減の実績を算定し、公表するに当たっては、自らの努力によるものと外的要因によるものとを的確に区別し、利害関係者の理解が得られるよう努める。
エ 国民負担の極小化に向けて、総合特別事業計画で売却の対象とされていない不動産についても、保有の必要性を不断に見直し、売却を着実に進めるとともに、海外事業については、東京電力の置かれた状況に鑑み、子会社の内部留保の活用方法等についても十分に検討する。
オ 原子力損害賠償支援機構資金交付金について、資金交付に係る資金援助の申込みをもって収益を認識し、計上することとする会計方針が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、また、機構法が資金援助の申込みから決定までの手続を定めている趣旨とも整合するとしていることについて十分な説明を行う。
23年原発事故に係る原子力損害については、25年9月27日までに計2兆9100億余円の賠償金が被害者に支払われているものの、個々の事態に即して被害者との交渉を経て金額が確定するという賠償の性格上、賠償金の総額についての十分な見通しはいまだ得られておらず、また、除染に係る費用が本格的に賠償の対象として加わることになった場合には、賠償の規模は更に増大する。一方、原子力損害の賠償に関する国の支援は、今後とも継続することが見込まれ、機構を通じた資金交付の規模は更に増加することも予想される。このため、賠償の総額及び時期について確度の高い見通しをできるだけ早期に立てた上で、財政負担の規模と時期について的確な見通しを明らかにすることが、東京電力に対する国の支援について国民の理解を得る前提となる。そして、このような前提を整えることと併せて、23年原発事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の対応ばかりでなく、機構法の本来の仕組みについて関係者が十分な説明を行うことにより、東京電力に対する支援に係る国民負担について理解を得ていく必要がある。