労働者災害補償保険は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)等に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病等に対して療養の給付等の保険給付を行うほか、社会復帰促進等事業を行うものである。
療養の給付は、保険給付の一環として、負傷又は発病した労働者(以下「傷病労働者」という。)の請求により、都道府県労働局長の指定する医療機関(以下「指定医療機関」という。)又は労災病院等において、診察、処置、手術等(以下「診療」という。)を行うものである。そして、診療を行ったこれらの指定医療機関又は労災病院等は、都道府県労働局(以下「労働局」という。)に対して診療に要した費用を請求することとなっており、労働局で請求の内容を審査した上で支払額を決定することとなっている。
ただし、療養の給付をすることが困難な場合のほか、療養の給付を受けないことについて傷病労働者に相当の理由がある場合には、療養の給付に代えて療養の費用を支給することができることとなっている。この場合、診療等を受けた傷病労働者は、労働基準監督署(以下「監督署」という。)に対して療養に要した費用を請求することとなっており、監督署で医師、柔道整復師等が証明するなどした請求の内容を審査した上で支払額を決定することとなっている。
そして、厚生労働本省において、これらの診療に要した費用及び療養に要した費用(以下、これらを合わせて「労災診療費」という。)を支払うこととなっている。
労災診療費は、「労災診療費算定基準について」(昭和51年基発第72号。以下「算定基準」という。)等に基づき算定することとなっている。算定基準によれば、労災診療費は、①健康保険法(大正11年法律第70号)等に基づく保険診療に要する費用の額の算定に用いる「診療報酬の算定方法」(平成20年厚生労働省告示第59号)の別表第一医科診療報酬点数表(以下「健保点数表」という。)等により算定した診療報酬点数に12円(法人税等が非課税となっている公立病院等については11円50銭)を乗じて算定すること、②初診料、入院基本料、手術料等の特定の診療項目については、健保点数表の所定点数とは異なる点数、金額、算定項目等を別に定めて、これにより算定することとされている。
本院は、合規性等の観点から、各労働局及び管内の監督署の審査に係る労災診療費の支払が算定基準等に基づき適正になされているかなどに着眼して、全国47労働局のうち13労働局(注1)及び11労働局(注2)管内の52監督署において会計実地検査を行い、診療費請求内訳書等の書類により検査した。そして、適正でないと思われる事態があった場合には、更に当該労働局に調査及び報告を求めて、その報告内容を確認するなどの方法により検査した。
検査の結果、令和2、3両年度における4労働局及び2労働局管内の3監督署の審査に係る労災診療費の診療項目のうち、37指定医療機関等が行った診療等に係る手術料、初診料等計5,554,074円が過大に支払われていて、不当と認められる。
上記について、その主な事態を示すと次のとおりである。
健保点数表等によれば、手術料のうち、難治性骨折超音波治療法料については、四肢(手足を含む。)の遷延治癒骨折や偽関節であって、観血的手術、骨折非観血的整復術、骨折経皮的鋼線刺入固定術又は超音波骨折治療法等他の療法を行っても治癒しない難治性骨折に対して行った場合に限り算定することとされている。そして、当該治療を開始してから6か月間又は骨癒合するまでの間、原則として連日、継続して実施する場合に、一連のものとして1回のみ所定点数を算定することとされている。
そして、同治療法料の算定に際しては、当該治療の実施予定期間及び頻度について患者に対して指導した上で、当該指導が適切に行われていることを確認するために、当該指導内容を診療報酬明細書(労災診療費の請求にあっては診療費請求内訳書)の摘要欄に記載することとされている。
しかし、4労働局管内の21指定医療機関等は、当該治療の実施予定期間及び頻度についての患者に対する指導内容を診療費請求内訳書の摘要欄に記載することなく同治療法料を算定するなどしていた。このため、手術料が、26件で計4,144,114円過大に支払われていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
A病院は、傷病労働者Bの右膝蓋骨開放骨折に係る手術料の算定に当たり、骨折部に対して難治性骨折超音波治療法を行ったとして、難治性骨折超音波治療法料に係る健保点数表の点数12,500点に11円50銭を乗じて143,750円と算定していた。しかし、A病院は、同治療法料の算定に際し、当該治療の実施予定期間及び頻度についての傷病労働者Bに対する指導内容を診療費請求内訳書の摘要欄に記載していなかった。
したがって、上記の難治性骨折超音波治療法料は算定することができず、このため手術料が143,750円過大に支払われていた。
算定基準等によれば、初診料のうち、救急医療管理加算(入院)については、初診時に救急医療を行った場合に算定できることとされている。ただし、健保点数表における急性期治療を経過するなどした患者が入院した際に算定する地域包括ケア病棟入院料等の特定入院料とは重複して算定できないこととされている。
しかし、2労働局管内の10指定医療機関等は、一般病棟での急性期治療を経過して地域包括ケア病棟に転棟した患者等の入院について、転棟後、地域包括ケア病棟入院料等の特定入院料を算定しているにもかかわらず、重複して救急医療管理加算(入院)を算定するなどしていた。このため、初診料が、17件で計547,700円過大に支払われていた。
このような事態が生じていたのは、37指定医療機関等が労災診療費を誤って算定して請求するなどしていたのに、4労働局及び2労働局管内の3監督署において、これに対する審査が十分でないまま支払額を決定していたことなどによると認められる。
前記の過大に支払われていた労災診療費の額を労働局ごとに示すと、次のとおりである。
労働局名
|
指定医療機関等数
|
過大支払件数
|
過大支払額
|
---|---|---|---|
件 | 千円 | ||
北海道
|
8 | 11 | 1,253 |
群馬
|
7 (1) |
16 (3) |
1,076 (275) |
千葉
|
6 (2) |
8 (4) |
856 (200) |
東京
|
16 |
24 |
2,367 |
計
|
37 (3) |
59 (7) |
5,554 (476) |