労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)の規定に基づき、労働者の業務上の事由又は通勤による負傷、疾病等に対して療養の給付等の保険給付等を行うものである。
このうち、保険給付が、事業主が故意又は重大な過失により労災保険に係る保険関係の成立に係る届出を行っていない期間中に生じた事故や、事業主が故意又は重大な過失により生じさせた業務災害の原因である事故等について行われた場合には、労災保険法の規定により、都道府県労働局(以下「労働局」という。)はその保険給付に要した費用に相当する金額の全部又は一部を同事業主から徴収すること(以下「費用徴収」という。)ができることとなっている。
費用徴収は、「未手続事業主に対する費用徴収制度の運用の見直しについて」(平成17年基発第0922001号厚生労働省労働基準局長通達。以下「通達」という。)等に基づき、次のとおり行うこととなっている(図参照)。
図 費用徴収の手続(概要)
ア 労働基準監督署長は、事業主が保険関係が成立した日から1年を経過してもなお労災保険に係る保険関係に係る成立の届出を行っていない期間中に発生したものであるなど、通達等で定めた費用徴収の適用の範囲に含まれる事故(以下「費用徴収対象事案」という。)について保険給付を行った場合、療養を開始した日(即死の場合は事故発生の日)の翌日から起算して3年以内の期間において、支給事由の生じた当該事故に係る休業補償給付、障害補償給付等の保険給付が行われる都度、都道府県労働局長に対してその旨の保険給付通知書(以下「通知書」という。)を送付する。
イ 都道府県労働局長は、通知書の送付を受けた後、その内容等を踏まえて速やかに費用徴収の必要性の有無の判断を行い、費用徴収を行うべきと判断した事案については通知書の送付を受ける都度、費用徴収の決定(以下「徴収決定」という。)を行い、事業主に対して保険給付の額に厚生労働省で定めた割合を乗じて得た額(以下「徴収金」という。)を徴収する旨を通知するとともに、納入告知書を送付する。
そして、労災保険法において準用する「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」(昭和44年法律第84号)の規定により、徴収金を徴収する権利は保険給付から2年を経過したときは、時効によって消滅することとなっている。
本院は、合規性等の観点から、労災保険法等に基づき費用徴収が適正に行われているかなどに着眼して、平成30年度から令和3年度までの間に発生した業務上の事由等による事故について行った保険給付を対象として、全国47労働局のうち14労働局及び14労働局管内の63労働基準監督署(以下、労働基準監督署を「監督署」という。)において会計実地検査を行い、通知書等の関係書類を確認するなどの方法により検査した。
検査の結果、千葉、香川両労働局において平成30年度から令和4年度までの間に支給された費用徴収を行うべき事案28件の保険給付計98,224,149円に係る徴収金計34,177,989円のうち、元年度から4年度に係る計26,169,428円については、徴収されておらず、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、上記の2労働局及び千葉労働局管内の2監督署(注1)において、費用徴収を行うことの必要性についての認識が欠けていたことなどによると認められる。
前記の事態を態様別に示すと、次のとおりである。
ア 労働局において、監督署から通知書が送付されていたのに、費用徴収の必要性の有無の判断を行っていなかったなどのため、本来費用徴収を行うべきであった事案について、徴収金の徴収決定等を行っておらず、これを徴収していなかったもの
25件 計22,599,306円(うち時効が成立したもの 13件(注2) 計4,720,599円)
イ 監督署において、労働局へ通知書を送付すべき費用徴収対象事案であったのに、これを送付していなかったため、本来費用徴収を行うべきであった事案について、労働局が徴収金の徴収決定等を行っておらず、これを徴収していなかったもの
4件(注3) 計 3,570,122円(うち時効が成立したもの 1件 484,356円)
上記アの事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
千葉労働局管内の千葉監督署は、令和元年11月に業務上の事由による事故により負傷した労働者Aから請求のあった休業補償給付計5,339,345円について、2年12月から4年9月までの間に給付を行っていた。そして、同監督署は、上記業務災害の原因となった事故について、事業主が保険関係が成立した日から1年を経過してもなお労災保険に係る保険関係に係る成立の届出を行っていない期間中に生じた事故であったことから、休業補償給付を行った後、3年6月から5年1月までの間に、同労働局へ通知書を送付していた。
しかし、同労働局は、同監督署から通知書が送付されているのに、費用徴収の必要性の有無の判断を行っていなかった。その結果、本来費用徴収を行うべきであったと認められた上記の休業補償給付5,339,345円に係る徴収金計2,135,734円について、徴収決定等を行っておらず、徴収していなかった。そして、このうち801,178円については、既に時効が成立しているため、徴収することができない状況となっていた。
なお、時効が成立しているものを除いた徴収金については、本院の指摘により全て徴収決定の処置が執られた。
以上を労働局ごとに示すと次のとおりである。
(注) | ||||
労働局名
|
費用徴収を行っていなかった件数
|
左の額
|
摘要
|
|
---|---|---|---|---|
千円 | ||||
(200) |
千葉
|
24 | 21,597 | ア、イ |
(201) |
香川
|
4 | 4,571 | ア |
(200)(201)の計 | 28 | 26,169 |