厚生労働省は、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)及び雇用保険(以下、両保険を合わせて「労働保険」という。)を管掌しており、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号。以下「徴収法」という。)等の規定に基づき、労働保険事務組合制度を設けている。労働保険事務組合(以下「事務組合」という。)は、既存の事業主の団体等がその構成員等である中小事業主から委託を受けて、労働保険に係る事務(以下「労働保険事務」という。)を処理するものである。
そして、厚生労働省は、「失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(昭和44年法律第85号)の規定に基づき、事務組合に対して、労働保険料に係る報奨金(以下「報奨金」という。)を交付している。労働保険事務組合報奨金交付要領(令和2年基発0706第3号。以下「交付要領」という。)によれば、報奨金の交付目的は、事務組合の労働保険事務の適正な遂行の労に報い、もって労働保険料の収納率を高く維持することとされている。
「労働保険事務組合に対する報奨金に関する政令」(昭和48年政令第195号)、交付要領等によれば、報奨金の交付要件は、事務組合に労働保険事務を委託した事業主のうち常時15人以下の労働者を使用する事業主(以下「対象事業主」という。)が納付すべき前年度の確定保険料(注1)等の合計額のうち100分の95以上の額が納付されていることなどとされている(以下、前年度の確定保険料等の合計額と納付された額との比率を「収納率」という。)。
そして、報奨金の交付額は、①対象事業主の確定保険料のうち実際に納付された額の合計額に100分の2.0を乗じて得た額(定率分)と、②対象事業主の区分に応じて定められた単価(以下「定額分単価」という。)にそれぞれ該当する対象事業主数を乗じて得た額(定額分)との合計額(ただし、1000万円を上限とする。)とされている(次式参照)。
上記②のうち定額分単価については、表のとおり、前年度の対象事業主が常時使用する労働者数(以下「常時使用労働者数」という。)及び労働保険の保険関係の成立状況に応じて3,100円から12,400円までと定められている。
表 対象事業主の区分と定額分単価
常時使用労働者数 | 労働保険の保険関係の成立状況 | |
---|---|---|
両保険加入 注(1) | 片保険加入 注(2) | |
5人未満 | 12,400 | 6,200 |
5人以上15人以下 | 6,200 | 3,100 |
また、建設の事業等については、労災保険と雇用保険との間で適用される労働者の範囲が異なるため、徴収法等における特例的な取扱いとして、一つの事業主であっても労災保険と雇用保険の保険関係ごとに別個の事業主とみなして取り扱うこととなっている。そして、この場合、定額分の算定に当たっては、労災保険と雇用保険の保険関係ごとに片保険加入の単価を乗ずることとなっている。
報奨金の交付を受けようとする事務組合は、所定の期日までに労働保険事務組合報奨金交付申請書(以下「交付申請書」という。)等を都道府県労働局(以下「労働局」という。)に提出することとなっている。そして、交付申請書等の提出を受けた労働局は、交付申請書等の内容の審査を行い、その結果に基づき報奨金の交付額を決定して、事務組合に対して当該交付額を交付することとなっている。
報奨金の交付額の算定の基礎となる確定保険料は、徴収法等に基づき、事業主において前年度に労働者に実際に支払うなどした賃金総額に所定の保険料率を乗じて算定することとなっている。したがって、前年度に使用する労働者の全てが休職するなどして、事業主において賃金の支払が生じず確定保険料が生じないことがある。
また、徴収法等によれば、労災保険の保険関係について、建設の事業が数次の請負によって行われる場合には、その事業を一つの事業とみなして、元請負人のみを当該事業の事業主とすることとされている。このため、保険料の算定対象期間に下請負のみを実施して、労災保険分の保険料を納付する事業主とならず労災保険分の確定保険料が生じないことがある。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、経済性等の観点から、報奨金の交付額が事務組合における労働保険料の収納率を高く維持するという報奨金の交付目的に照らして適切に算定されているかなどに着眼して、令和2、3両年度に47労働局が計9,090事務組合(両年度の純計。以下、事務組合数の両年度計について同じ。)に対して交付した報奨金の交付額計193億8286万余円を対象として検査した。
検査に当たっては、厚生労働本省及び15労働局(注2)において会計実地検査を実施するとともに、これらの会計実地検査を実施した15労働局を含む47労働局から、交付申請書等の関係書類の提出を受けるなどして、その内容を確認するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、計26労働局(注3)(2年度26労働局、3年度22労働局。合計は純計)において、労災保険と雇用保険の保険関係ごとに別個の事業とみなして取り扱う建設の事業を営む対象事業主等のうち、労災保険分の保険料の算定対象期間中に実施した建設の事業の全てが下請負であるなどしていたため確定保険料が生じていない2年度計5,562対象事業主及び3年度計5,574対象事業主を、定額分の算定対象に含めて報奨金の交付額を算定していた事務組合が計1,499事務組合(2年度1,200事務組合、3年度1,224事務組合)見受けられた。
これに対して、厚生労働本省は、上記のように確定保険料が生じていない対象事業主を定額分の算定対象に含めるかどうかについて、労働局に統一的に示していなかった。
しかし、上記の対象事業主については、納付すべき確定保険料がないことから、事務組合における労働保険料の収納率の維持に影響を及ぼすことはない。
したがって、事務組合における労働保険料の収納率を高く維持することとする報奨金の交付目的に照らすと、前記の確定保険料が生じていない対象事業主(これに係る報奨金の交付額2年度3260万余円、3年度3266万余円、計6527万余円)を、報奨金の交付額の算定の対象に含めていたことは適切ではないと認められた。
このように、報奨金の交付目的が労働保険料の収納率を高く維持することとなっているのに、収納率に影響のない確定保険料が生じていない対象事業主を定額分の算定対象に含めて報奨金を算定して交付していた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、厚生労働本省において、報奨金の交付目的に照らして、適切な交付額の算定方法を定めることの必要性についての理解が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、厚生労働本省において、報奨金が交付目的に照らして適切に交付されるよう、5年7月に交付要領の改正を行い、報奨金の交付額の算定に当たっては、確定保険料が生じていない対象事業主を定額分の算定対象に含めずに算定することを定めて労働局に周知するとともに、同年10月までに、これに基づき算定することについて労働局を通じて事務組合に対して周知する処置を講じた。