【改善の処置を要求したものの全文】
非常用発電設備が設置された農業水利施設の浸水対策等について
(令和5年10月25日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、土地改良法(昭和24年法律第195号)等に基づき、農業生産基盤の整備及び開発を図る土地改良事業の一環として、安定的な用水供給機能及び排水条件の確保により農業生産性の向上等を図ることを目的として、ダム、頭首工、ポンプ場等の農業水利施設の整備を自ら事業主体となって実施するほか、都道府県、市町村等が事業主体となって実施する場合に事業の実施に要する経費の一部を補助している。そして、各事業主体は、これらの農業水利施設のうち、商用電源が停電した場合でも機能を維持する必要がある施設には、非常用発電設備を設置している。
貴省は、平成30年5月に「土地改良事業計画設計基準及び運用・解説 設計「ポンプ場」」(農林水産省農村振興局編。以下「ポンプ場設計基準」という。)を改定している。そして、改定内容の一つとして、東日本大震災において津波によりポンプ設備が浸水し、復旧に時間を要する事態が発生した経験を踏まえて、ポンプ場の建屋における浸水対策を追加している。
ポンプ場設計基準によれば、建屋の設計に当たっては、地方公共団体が公表しているハザードマップ等(注1)を基に、想定し得る最大レベルの洪水、高潮、津波等により発生する浸水位について検討を行い、当該浸水位に応じてポンプ設備の早期の機能回復及び浸水被害の軽減を可能とする浸水対策を講ずる必要があるとされている。そして、浸水対策の選定に当たっては、想定される浸水の高さ(以下「想定浸水深」という。)、浸水の要因、ポンプ場の重要度等に応じて、経済性、維持管理の容易性、操作性等を考慮して、建屋の止水化・耐水化と機器等の高所化・耐水化を適切に組み合わせることとされている。
また、貴省は、令和元年9月に「電気設備計画設計技術指針(高低圧編)」(農林水産省農村振興局整備部編。以下「電気設備指針」という。)を改定し、農業水利施設に設置する電気設備が浸水することが想定される場合の浸水対策について追加している。この浸水対策は、ポンプ場設計基準を参考にしているため、講ずるべき浸水対策の内容等はポンプ場設計基準と同様のものとなっている。そして、非常用発電設備及び非常用発電設備に接続する負荷機器(以下「非常用発電設備等」という。)は、ポンプ場設計基準及び電気設備指針のいずれにおいても、浸水対策の対象となっている。
そして、貴省は、ポンプ場設計基準及び電気設備指針のそれぞれの改定後に行う農業水利施設の新設又は更新に係る設計については、浸水対策を反映させることにしている。しかし、これらの改定前に新設又は更新に係る設計を行っている農業水利施設(以下「旧基準施設」という。)について、更新等を行うまでの間の浸水対策は明確になっていない。
「土地改良施設管理基準―ダム編―」(平成16年3月農林水産省農村振興局整備部水利整備課監修)によれば、農業用のダムは、農業用水を確保し安定的に供給することを目的として築造される重要な施設であるとされている。そして、その管理に当たっては、その重要性から、高い安全性と施設機能の信頼度を保ち、災害の防止を図りつつ河川管理上の安全性も確保する必要があるとされている。
電気設備指針によれば、ダムに設置する非常用発電設備の燃料タンク容量については、停電時等に操作員がダムに到着するのに要する時間、燃料の輸送経路等を考慮して決定する必要があるが、一般に72時間以上運転可能な燃料タンク容量を採用している場合が多いとされている。そして、貴省は、給油取扱所からの燃料の供給を前提とした所要の運転可能時間を確保する燃料タンク容量とする必要があるとしており、具体的には、停電時等に操作員がダムに到着するのに要する時間、燃料の供給元である給油取扱所からダムまでの燃料の輸送時間、当該給油取扱所の休業時間等の合計時間に非常用発電設備の1時間当たりの燃料消費量を乗じた量になるとしている。
ダムによる洪水調節は、堤防の決壊リスクを低減させるとともに内水被害等を軽減させるものであり、有効な治水対策として位置付けられている。国は、緊急時において既存ダムを洪水調節に最大限活用できるよう、元年12月に「既存ダムの洪水調節機能の強化に向けた基本方針」を策定している。そして、同方針によれば、河川管理者は、水系ごとにダムの管理者等と洪水調節機能強化の基本方針、事前放流の実施方針等を内容とする治水協定を締結し(以下、治水協定が締結されているダムを「協定ダム」という。)、ダムの管理者と連携して水系ごとにダムの統一的な運用を図ることとされている。貴省所管のダムは、治水協定が締結されているものが4年度末時点で418施設となっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、非常用発電設備等が設置されている農業水利施設において浸水対策が適切に実施されているか、ダムにおいて非常用発電設備の燃料タンク容量は所要の運転可能時間が確保された適切なものとなっているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、4年度末において非常用発電設備が設置されている基幹的な農業水利施設計856施設(9農政局等(注2)管内の直轄事業で造成された施設(以下「直轄施設」という。)513施設(土地改良財産台帳価格計2兆3389億6471万余円)及び17道府県(注3)内の補助事業で造成された施設(以下「補助施設」という。)343施設(土地改良財産台帳価格等計3532億8864万余円、これに対する国庫補助金等相当額(注4)計1832億0480万余円))を対象として、貴省本省、9農政局等及び17道府県において、ハザードマップ、工事図面等の関係書類及び現地の状況を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、非常用発電設備等の設置状況等に関する調書の提出を受けて、その内容を分析するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記の856施設についてみたところ、これらは全て旧基準施設であり、このうち434施設は、ハザードマップ等において洪水等による浸水のおそれがあるとされている区域(以下「浸水想定区域」という。)に所在していて、かつ、非常用発電設備等が想定浸水深より低い位置に設置されていた。そして、当該434施設のうち53施設(直轄施設24施設及び補助施設29施設)については、施設の造成時又は造成後に浸水対策の検討が行われており、ハザードマップ等における想定浸水深に対応する浸水対策を実施することが困難な場合でも、これと比べて浸水深は浅いものの、より高い頻度で発生し得る洪水等に対応するために止水板を設置するなどの浸水対策が実施されていた。
一方、計381施設(9農政局等管内の直轄施設163施設(土地改良財産台帳価格計3110億3954万余円)及び14道府県内の補助施設218施設(土地改良財産台帳価格等計1763億3709万余円、これに対する国庫補助金等相当額計908億5938万余円))については、浸水想定区域に所在していて非常用発電設備等が想定浸水深より低い位置に設置されているのに、浸水対策が実施されていなかった。このため、当該381施設では、より高い頻度で発生し得る洪水等によっても、非常用発電設備等が浸水して損傷するおそれがある状況となっていた。
しかし、このような状況となっているのに、貴省は、旧基準施設について、更新時期を迎える施設から順次浸水対策を実施することにしているなどとしていて、前記のとおり、更新等を行うまでの間の浸水対策を明確にしていない。
したがって、貴省において、設備の早期の機能回復や浸水被害の軽減のために、事業主体が旧基準施設について更新等を行うまでの間の施設の重要度等に応じた浸水対策を実施するための方針を明確にする必要があると認められる。
前記のとおり、電気設備指針によれば、ダムに設置する非常用発電設備の燃料タンク容量については、一般に72時間以上運転可能なものを採用している場合が多いとされている。そこで、前記856施設のうちダム172施設(9農政局等管内の直轄施設147施設(うち協定ダム122施設)及び9県内の補助施設25施設(うち協定ダム19施設))に設置されている非常用発電設備の燃料タンク容量から算出した運転可能時間についてみたところ、計152施設(直轄施設129施設(うち協定ダム108施設)及び補助施設23施設(うち協定ダム17施設))において、72時間を下回っていた。
貴省は、前記のとおり、ダムに設置する非常用発電設備の燃料タンク容量について、給油取扱所からの燃料の供給を前提とした所要の運転可能時間を確保するものとする必要があるとしている。そこで、上記の152施設について、非常用発電設備を新設又は更新した際の燃料タンク容量に関する検討状況及びその後の検討状況をみたところ、144施設については、次のア及びイのとおり、燃料タンク容量が所要の運転可能時間を確保するものとなっているか不明となっていた。そして、当該144施設の中には、洪水調節機能の強化のために活用される協定ダム117施設が含まれていた。
ア 非常用発電設備の新設又は更新から長期間が経過しており、当時の検討に係る資料が保存されていないため、また、その後の検討も行われていないため、所要の運転可能時間が確保された燃料タンク容量となっているか不明なもの
78施設(うち協定ダム63施設)
イ 非常用発電設備を新設又は更新した際の検討に係る資料は保存されているものの、燃料タンク容量の決定に当たって考慮する必要がある燃料の輸送経路等が考慮されておらず、所要の運転可能時間が確保された燃料タンク容量となっているか不明なもの
69施設(うち協定ダム57施設)
上記について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
中国四国農政局は、広島県世羅郡世羅町に所在する三川ダム(協定ダム。土地改良財産台帳価格6億9420万余円)において、平成17年度に非常用発電設備を更新しており、当該非常用発電設備の燃料タンク容量(190リットル)から算出した運転可能時間は5.2時間となっていた。そして、当該非常用発電設備を更新した際の燃料タンク容量に関する検討状況をみたところ、過去の停電の実績から、4時間以上の停電対策を実施すればほとんどの停電に対応することができ、それ以上停電が続く場合には給油取扱所から燃料の供給を受けることで対応可能と考えられるとしていた。しかし、燃料タンク容量の決定に当たって考慮する必要がある燃料の輸送経路等が考慮されておらず、現状の燃料タンク容量(運転可能時間5.2時間)が、停電の発生から燃料を補給するまでに必要な容量となっているか不明となっていた。
したがって、ア及びイの施設数のうち、複数の非常用発電設備が設置されていて、ア及びイのいずれにも該当する施設の重複を除いた純計144施設(うち協定ダム117施設。直轄施設121施設の土地改良財産台帳価格計1兆2790億8153万余円、補助施設23施設の土地改良財産台帳価格等計786億7652万余円、これに対する国庫補助金等相当額計402億4416万余円)について、貴省において、非常用発電設備の燃料タンク容量が所要の運転可能時間を確保するものとなっているか把握して燃料タンク容量の見直しなどを検討するよう、事業主体に対して指導等する必要があると認められる。
(改善を必要とする事態)
非常用発電設備等が想定浸水深より低い位置に設置されている農業水利施設において浸水対策が実施されていない事態及びダムにおいて非常用発電設備の燃料タンク容量が所要の運転可能時間を確保するものとなっているか明らかでない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、事業主体において、旧基準施設について浸水対策を実施することの重要性についての理解が十分でないこと、ダムに設置されている非常用発電設備の燃料タンク容量が所要の運転可能時間を確保するものとなっている必要があることについての理解が十分でないことなどにもよるが、貴省において、次のことなどによると認められる。
ア 旧基準施設について更新等を行うまでの間の施設の重要度等に応じた浸水対策に係る方針を明確にしていないこと
イ ダムに設置されている非常用発電設備の燃料タンク容量が所要の運転可能時間を確保するものとなっているか把握して対応を検討するよう事業主体に対して指導又は助言を行っていないこと
近年、豪雨による洪水等の災害が多発している。農業水利施設は、安定的な用水供給機能及び排水条件の確保により農業生産性の向上等を図るための重要な施設であるとともに、協定ダムは洪水調節機能を強化することにより堤防の決壊リスクの低減や内水被害等の軽減を図る役割も担っているなど、農地のほか宅地等を浸水被害から守るための役割も果たしており、災害時においても活用できるよう施設の機能を維持する必要がある。また、旧基準施設の更新等を行うまでの間の浸水対策については、全ての施設について短期間のうちに実施することは困難であり、限られた予算の範囲内で施設の重要度等に応じた効果的な浸水対策を実施する必要がある。
ついては、貴省において、洪水等が発生した場合に設備の早期の機能回復や浸水被害の軽減を行うことができるよう、また、商用電源が停電した場合でもダムの機能を維持できるよう、次のとおり改善の処置を要求する。
ア 事業主体が旧基準施設について更新等を行うまでの間の施設の重要度等に応じた浸水対策を実施するための方針を検討すること
イ ダムに設置されている非常用発電設備の燃料タンク容量について、現状において所要の運転可能時間を確保するものとなっているか把握した上で、所要の運転可能時間を確保するものとなっていない場合には、ダムの機能を維持することが可能となる燃料タンク容量に見直すなどするよう農政局等に対して指導するとともに、農政局等を通じるなどして都道府県等に対して助言を行うこと