農林水産省は、生産コストの削減等を地域一体となって行う取組を実施する畜産農家等を支援する畜産・酪農収益力強化総合対策基金等事業(以下「畜産クラスター事業」という。)を実施するために、基金管理団体として公益社団法人中央畜産会(以下「中央畜産会」という。)を選定し、補助金を交付して、基金を造成させている。
畜産・酪農収益力強化総合対策基金等事業実施要領(平成28年27生畜第1621号農林水産省生産局長通知。以下「実施要領」という。)等によれば、畜産クラスター事業のうち機械導入事業は、生産コストの削減等に必要な機械装置を導入する畜産クラスター協議会(注1)(以下「協議会」という。)の構成員(以下「取組主体」という。)に対して、その導入に必要な費用の一部を上記の基金を取り崩して補助するものとされている。そして、中央畜産会等が事業実施主体(注2)となっている。
実施要領等によれば、事業実施主体から事業参加承認を得て取組主体が事業を実施する場合、次の手順により、当該取組主体が成果目標を設定し、協議会が目標達成状況の検証(以下「成果検証」という。)を行うこととされている。
① 取組主体は、「販売額の増加」、「生産コストの削減」、「農業所得又は営業利益の増加」(以下、これらを合わせて「3目標」という。)等から一つを成果目標として選択する。そして、成果目標に係る現状値として事業実施前年度等における販売額等の価格を把握して、目標年度である事業実施翌年度における成果目標に係る目標値を現状値から5%又は8%以上の増加等となるよう設定する。また、現状値の根拠資料を協議会に提出する。
② 取組主体は、事業実施年度の翌々年度に、実績値として事業実施翌年度における販売額等の価格を把握して、その根拠資料と共に協議会に提出する。
③ 協議会は、目標値と実績値を比較して成果検証を行った上で、事業実施年度の翌々年度に、事業成果報告書(以下「成果報告書」という。)を事業実施主体に提出する。また、協議会は、取組主体から提出を受けた現状値及び実績値の根拠資料を保存する。
④ 事業実施主体は、協議会から提出を受けた成果報告書の内容を確認する。
実施要領等によれば、3目標は本事業による効果のほか市場の需給等の外的要因の影響も受けることから、平成30年度以降に事業参加要望が行われて3目標のいずれかを成果目標として選択した事業について、協議会は、販売額等の実績値の価格を補正(以下「価格補正」という。)し、実質的な効果を検証する(市場の需給等の外的要因等による価格変動が生じない場合を除く。)こととされている。そして、価格補正の方法については、3目標ごとに定められており、例えば、成果目標が「販売額の増加」の場合には、現状値とした年度における全国の販売単価等を目標年度における全国の販売単価等で除した補正係数を実績値に乗ずることなどとされている。
実施要領によれば、事業実施主体は、農林水産省の指導の下で機械導入事業の円滑な推進を図ることとされている。また、取組主体は、協議会を通じた事業実施主体の指導の下で機械導入事業の円滑な推進を図ることになっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、協議会において成果検証が実施要領等に基づき適切に行われているか、中央畜産会において成果目標を達成していない取組主体を正確に把握するための体制が整備されているか、農林水産省において中央畜産会の状況が把握されて必要な指導が行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、46道府県の959協議会のうち20道府県(注3)の218協議会の2,187取組主体が30、令和元両年度に、3目標のいずれかを成果目標として選択して実施した3,819事業(補助対象事業費計165億3311万余円、国庫補助金相当額計82億9000万余円)を対象として、農林水産省において中央畜産会に対する指導の状況を確認するほか、77協議会において関係書類の保存状況を聴取するなどして会計実地検査を行うとともに、中央畜産会及び上記の77協議会を含めた218協議会から成果検証に関する資料の提出を受けて、その内容を分析するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
19道府県の156協議会の1,503取組主体が実施した2,628事業(補助対象事業費計116億2222万余円、国庫補助金相当額計58億2576万余円)において、次のア及びイのとおり、協議会が実施要領等に基づく成果検証を適切に行っていなかった事態が見受けられた。なお、ア及びイには、重複している事業がある。
19道府県の149協議会の1,418取組主体が実施した2,501事業(補助対象事業費計111億7661万余円、国庫補助金相当額計56億0296万余円)では、協議会が実績値の価格補正を行わず取組主体から提出された実績値をそのまま使用するなどしていて、適切な価格補正が行われないまま成果検証が行われていた。
15道府県の70協議会の619取組主体が実施した1,110事業(補助対象事業費計38億6247万余円、国庫補助金相当額計19億3296万余円)では、協議会が決算書等の根拠資料からの転記を誤るなどしたため、成果報告書に記載された現状値又は実績値と根拠資料により把握される当該取組主体の現状値又は実績値との間に差異がある状況で、成果検証が行われていた。
そこで、ア又はイの事態が生じていた事業について、本院において、各取組主体の決算書等により改めて成果検証の具体的な内容を確認し、実績値を修正するなどしたところ、17道府県の98協議会の584取組主体が実施した1,012事業(補助対象事業費計38億0172万余円、国庫補助金相当額計19億0173万余円)では、修正前後の実績値の開差が1割以上となっていた。また、10道県の48協議会の184取組主体が実施した329事業(補助対象事業費計12億3949万余円、国庫補助金相当額計6億2065万余円)では、成果目標を達成したとされていたが、実際には達成していなかった。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
JAひがし宗谷畜産クラスター猿払協議会の構成員である取組主体Aは、飼料作付地において適期収穫による良質な粗飼料生産を行うことなどにより1頭当たりの乳量の向上等を図ることを目的として、平成30年度に飼料刈取り用の機械装置4台の導入を同協議会に要望した。その際、Aは、成果目標として「販売額の増加」を選択し、現状値の111,910,000円にその5%に相当する5,596,000円を加えた117,506,000円を目標値として設定した。そして、令和元年度に機械装置4台を事業費計1995万円(国庫補助金相当額計997万余円)で導入した。
同協議会は、事業実施翌々年度である3年度に、事業実施翌年度である2年度の実績値を124,684,268円として、上記の現状値111,910,000円からの販売額の増加率を11.41%と算出し、成果目標を達成したとする成果報告書を中央畜産会に提出した。
しかし、実際には、Aの所得税青色申告決算書によると、事業実施前々年度である平成29年度の現状値は111,902,911円、目標年度である令和2年度の実績値は115,527,835円であり、上記の成果報告書に記載された現状値及び実績値はいずれも根拠資料により把握される販売額とは異なっていた。さらに、同協議会は、実績値の価格補正を行わず、Aから提出された実績値をそのまま使用していた。
そこで、本院において、平成29、令和2両年度の全国総合乳価により改めて補正係数を算出し、実績値を修正するなどしたところ、表のとおり、成果目標を達成していなかった。
表 事例に係る成果報告書の記載状況及び本院における修正結果
区分 | 販売額の現状値 | 販売額の実績値 | 価格補正後の 実績値 |
販売額の増加率 | 目標(5%) 達成状況 |
---|---|---|---|---|---|
成果報告書の記載 | 111,910,000円 | 124,684,268円 | 行わず | 11.41% | 〇 |
本院における修正 | 111,902,911円 | 115,527,835円 | 112,680,704円 | 0.69% | × |
協議会における根拠資料の保存状況を確認したところ、13道県の62協議会の413取組主体が実施した695事業(補助対象事業費計29億9926万余円、国庫補助金相当額計14億9980万余円)では、協議会が誤って現状値又は実績値の根拠資料を廃棄するなどしており、当該根拠資料が保存されていなかった。
このため、これらについては、現状値又は実績値としてどのような価格が根拠資料に記載されていたか確認できず、協議会が成果検証を適切に行ったのかを中央畜産会が確認できない状況となっていた。
(1)及び(2)の事態に関して、中央畜産会における、協議会から提出を受けた成果報告書の確認状況並びに成果検証を適切に行うようにするための協議会及び取組主体に対する指導状況についてみたところ、中央畜産会は、事業参加要望の処理等の業務に時間を要していたなどとして、十分な確認及び指導を実施していなかった。
また、中央畜産会による上記の確認及び指導について、農林水産省から中央畜産会に対して行われた指導の状況についてみたところ、農林水産省は、口頭による指導を行ったことにより、中央畜産会が協議会から提出を受けた成果報告書を適切に確認しているものと認識していたことから、既存の実施要領等で記載されている事項以外に、価格補正等の参考例の明示や根拠資料の保存状況を確認することについて、具体的な指導を行っていなかった。
このように、協議会が実施要領等に基づく成果検証を適切に行っていなかった事態、協議会が現状値又は実績値の根拠資料を保存しておらず、成果検証を適切に行ったのかを中央畜産会が確認できない状況となっていた事態、中央畜産会が成果報告書の確認を十分に行っておらず、農林水産省及び中央畜産会が成果検証を適切に行うようにするための指導を十分に行っていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、成果検証の実施に当たり、協議会及び取組主体において、実施要領等に基づく手順についての理解が十分でなかったこと、中央畜産会において、成果報告書の確認並びに協議会及び取組主体に対する指導が十分でなかったことにもよるが、農林水産省において、次のことなどによると認められた。
ア 中央畜産会に対して、成果検証の実施に当たり、実施要領等に基づき価格補正を行うこと、根拠資料の現状値及び実績値を基に行うこと並びに当該根拠資料を保存することについて、協議会及び取組主体にこれらを適切に行わせるよう十分に指導していなかったこと
イ 中央畜産会に対して、協議会から提出を受けた成果報告書について、価格補正等の実施状況や根拠資料の保存状況を具体的に確認するよう十分に指導していなかったこと
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、協議会及び取組主体において成果検証が適切に行われるようにするとともに、事業実施主体(中央畜産会及び一般社団法人北海道酪農畜産協会をいう。以下同じ。)において必要な確認及び指導が適切に行われるよう、令和5年7月に、事業実施主体に対して通知を発して、次のような処置を講じた。
ア 成果検証の実施に当たり、実施要領等に基づき価格補正を行うこと、根拠資料の現状値及び実績値を基に行うこと並びに当該根拠資料を保存することについて、協議会及び取組主体に対してこれらを適切に行わせるよう指導した。
これを受けて、事業実施主体は、同月に、協議会に対して、同内容を通知して、協議会から取組主体を指導させた。
イ 協議会から提出される成果報告書の内容について、価格補正等の実施状況や根拠資料の保存状況を具体的に確認する体制を整備するよう指導した。
これを受けて、事業実施主体は、成果報告書の提出前における内容の確認を徹底させるために、新たにチェックシートを作成した。そして、協議会に当該チェックシートを活用して確認させた上で成果報告書と併せて事業実施主体に提出させることとした。これにより、事業実施主体において協議会が行った価格補正等の実施状況等を具体的に確認できる体制を整備した。