【改善の処置を要求したものの全文】
多重無線回線の機能維持に必要な通信鉄塔及び局舎の耐震性等の確保について
(令和5年9月22日付け 国土交通大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、地震、水位、雨量、道路情報等の防災情報や音声及び映像による被災情報を伝送することで、災害発生時における迅速な被災情報の把握及び的確な災害対応を実現することを目的として、光ファイバ通信回線と多重無線回線とを組み合わせた統合通信網を全国的に構築している。
このうち光ファイバ通信回線は、伝送能力が高く、高速・大容量の通信が可能であるが、有線であるため、地震等の災害発生時に光ファイバケーブルが断線するリスクがある。一方、多重無線回線は、伝送能力が低いものの、断線のリスクがなく災害に強いという特徴がある。
貴省本省、地方整備局等及び河川国道事務所等(以下、これらのうち地方整備局等及び河川国道事務所等を合わせて「事務所等」という。)は、多重無線回線のネットワークを構築するために、建物の屋上や地上に鉄塔を設置し、当該鉄塔等に、電波を送受するための空中線(以下「アンテナ」という。)、一つの伝送路で複数の情報を送るための多重無線装置等の通信設備を設置している(以下、これらの鉄塔を「通信鉄塔」といい、通信鉄塔が屋上に設置されている建物を「局舎」という。また、通信鉄塔や局舎が設置されている箇所を「拠点」という。)。
多重無線回線は、遠方の拠点同士が、他の拠点を中継地点としてデータの送受信を行うことができるものとなっており、電気通信施設設計要領(平成29年3月国土交通省大臣官房技術調査課電気通信室制定)等によれば、多重無線回線のネットワークを構築するに当たっては、複数の事務所等にまたがる広域災害も考慮して、通信網として十分な信頼性を確保し、災害時にも対応可能なネットワークとすることとされている。
貴省は、国土交通省防災業務計画(平成14年5月作成)において、災害が発生した際に、被害情報を迅速かつ広域的に収集して連絡することとしており、多くの情報を効果的な通信手段を用いて伝達することにより、被害規模の早期把握を行うこととしている。
上記の計画によれば、事務所等は、関係機関等と協力して、災害発生後、施設被害等の情報を迅速に収集し、相互に連絡するとともに、ライフライン被害の範囲に関する情報等の緊急に必要な情報は、直ちに貴省本省に連絡することとされている。そして、貴省本省は、事務所等から所管事務に係る被害状況、応急対策の活動状況、一般被害の状況等の情報を収集することとされており、貴省は、必要に応じて被害情報等を関係省庁等に連絡することとしている。
また、貴省は、上記のような情報の収集及び連絡に統合通信網等を用いることにしている。
貴省は、平成7年に兵庫県南部地震が発生した際、一部の通信鉄塔及び局舎で大きな被害が生じて、通信上の機能不全が生じたことを勘案して、既存の通信鉄塔及び局舎の地震時における機能維持を含めた耐震性の見直しをするための診断手法を開発し、8年8月に「通信鉄塔・局舎耐震診断基準(案)」(建設省建設経済局調査情報課電気通信室制定)等(以下「診断基準」という。)を制定するなどして、既存の通信鉄塔及び局舎の耐震診断を行うこととしている。
診断基準によれば、通信鉄塔の耐震診断については、地震時又は暴風時に生ずる各部材及び各部接合部の応力度と許容応力度とを比較するなどして、健全性が確保されているか判断することとされている。
また、診断基準によれば、局舎の耐震診断については、原則として「官庁施設の総合耐震診断・改修基準」(平成8年建設省営計発第101号官庁営繕部長決定)に基づいて行うこととされている。そして、地震動に対して官庁施設が持つべき耐震安全性の目標については、表1のとおり、Ⅰ類、Ⅱ類及びⅢ類の三つに分類されて定められており、局舎の耐震診断については、通信鉄塔が地震時に機能を維持できる耐震性を有するよう、当該目標をⅠ類として、必要な耐震性が確保されているか確認することとされている。
表1 耐震安全性の目標
分類 | 耐震安全性の目標 |
---|---|
Ⅰ類 | 大地震動後、構造体の補修をすることなく建築物を使用できることを目標とし、人命の安全確保に加えて十分な機能確保が図られている。 |
Ⅱ類 | 大地震動後、構造体の大きな補修をすることなく建築物を使用できることを目標とし、人命の安全確保に加えて機能確保が図られている。 |
Ⅲ類 | 大地震動により構造体の部分的な損傷は生じるが、建築物全体の耐力の低下は著しくないことを目標とし、人命の安全確保が図られている。 |
診断基準等によれば、耐震診断の結果、診断基準において定められている通信鉄塔の健全性又は局舎として必要な耐震性(以下、これらを合わせて「耐震性等」という。)が不足することが確認された通信鉄塔及び局舎については、耐震補強工事を実施したり、通信鉄塔に設置されている設備の荷重を軽減したりするなどの耐震性等を確保するための対策(以下「耐震対策」という。)を立案して、適切な措置を実施しなければならないこととされている。
なお、「通信鉄塔設計要領」(平成9年10月建設省建設経済局調査情報課電気通信室制定。以下「設計要領」という。)等に基づいて設計されて設置又は建築された通信鉄塔及び局舎は、設置又は建築時点において耐震性等が確保されていることとなる。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、通信鉄塔及び局舎について、耐震診断及び耐震対策が適切に実施され、通信鉄塔及び局舎の耐震性等が確保されているかなどに着眼して検査した。検査に当たっては、29事務所等(注1)管内の232拠点に設置されている通信鉄塔238基及び局舎132棟(令和3年度末現在における通信鉄塔及び局舎の国有財産台帳価格並びに通信鉄塔に設置されているアンテナ及びアンテナに接続されている多重無線装置の取得価格等(以下、これらを合わせて「通信鉄塔等の台帳価格」という。)計142億5963万余円)を対象として、29事務所等において、調書の提出を受けて、その内容を分析するとともに、耐震診断の結果報告書等の関係資料を確認するなどして会計実地検査を行った。また、貴省本省において、事務所等に対する指導等の状況を聴取するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
前記のとおり、多重無線回線のネットワークは、災害時にも対応可能なネットワークとすることとされていることなどから、多重無線回線には、大規模地震が発生した際等においても、貴省本省が遠方の拠点等との間でデータの送受信を行うことにより被害情報等を迅速かつ広域的に収集することなどができるよう、全国的なネットワークの機能を維持することが求められる。しかし、貴省本省においては、通信鉄塔及び局舎の耐震性等が確保されているかについて、事務所等から報告させて把握することとはしていなかった。
そこで、3年度末現在において、29事務所等管内の拠点に設置された通信鉄塔及び局舎の耐震性等が確保されているかについて確認したところ、次のような事態が見受けられた。
前記通信鉄塔238基及び局舎132棟のうち57基及び38棟については、設計要領等に基づいて設計されて設置又は建築されるなどしていて、耐震性等が確保されていた。他方、残りの181基及び94棟については、設計要領の制定以前に設計されて設置又は建築されていて、耐震診断を行う必要がある通信鉄塔及び局舎であった。そして、これらのうち161基及び81棟については、耐震診断が実施されていた。
しかし、16事務所等が管理する残りの20基及び13棟(通信鉄塔等の台帳価格計14億0582万余円)については、耐震診断が実施されていないなどしていて、耐震性等が確保されているか不明な状態のままとなっていた(後記の表2の(1)参照)。
そして、これらの耐震診断が実施されなかった経緯等については、診断基準が制定されて以降、約25年の間にどのような検討を実施したのかを確認できる資料が16事務所等において残っていないため、把握することができない状況となっていた。
前記の耐震診断が実施されていた通信鉄塔161基及び局舎81棟のうち、耐震診断の結果、耐震性等が確保されていると確認されたものは119基及び44棟、耐震性等が確保されていないと確認されたものは42基及び37棟となっていた。
そこで、上記の42基及び37棟について、耐震対策の実施状況を確認したところ、33基及び16棟は、耐震診断の結果に基づき耐震対策が実施されていたものの、15事務所等が管理する9基及び19棟(注2)(通信鉄塔等の台帳価格計12億0820万余円)は、耐震対策が実施されていなかった(後記の表2の(2)①参照)。
そして、これらの通信鉄塔及び局舎のうち、6基及び18棟については耐震診断の実施後10年以上、このうち4基及び9棟については20年以上が経過しているのに、耐震対策が実施されておらず、耐震性等が確保されていない状態のままとなっていた。また、上記9基及び19棟のうち9基及び15棟の耐震対策が実施されなかった経緯等については、13事務所等において、過去にどのような検討を実施したのかを確認できる資料が残っていないため、把握することができない状況となっていた。
このほか、1事務所等が管理する残りの2棟(通信鉄塔等の台帳価格計2495万余円)については、耐震補強工事が実施されているものの、関係資料が残っていないなどのため、当該工事が耐震安全性の目標をⅠ類として実施されたものであるか確認することができなかった(後記の表2の(2)②参照)。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
兵庫国道事務所管内の淡路無線中継所は、多重無線回線のうち、貴省本省と、中国地方整備局、四国地方整備局、九州地方整備局等とをつなぐ唯一の回線の中継地点となる拠点であり、局舎の屋上に通信鉄塔が設置されている(通信鉄塔等の台帳価格は計3658万余円)。
同無線中継所の局舎(昭和57年度に建築)については、平成17年度に実施した耐震診断の結果、耐震安全性の目標をⅠ類として建物の耐震性能を数値化した構造耐震指標が0.69となっていて、必要とされる値1.0を下回っており、診断基準において定められている局舎として必要な耐震性が確保されていないと確認された。
しかし、耐震診断の実施後、約16年にわたって耐震対策が実施されておらず、診断基準において定められている局舎として必要な耐震性が確保されていない状態のままとなっていた。
そして、当該局舎の耐震対策が実施されなかった経緯等については、同事務所において、過去にどのような検討を実施したのかを確認できる資料が残っていないため、把握することができない状況となっていた。
表2 (1)、(2)の各事態の事務所等名、通信鉄塔等の台帳価格等
検査の結果 |
事務所等数 |
事務所等名 | 通信鉄塔の基数 | 局舎の棟数 |
通信鉄塔等の台帳価格 |
||
---|---|---|---|---|---|---|---|
事態 | |||||||
(1) | 耐震性等が確保されているか不明な状態のままとなっていた事態 | 16 | 北海道開発局、青森、岩手、沼津、福井、姫路、山口、長崎各河川国道事務所、郡山、長野、岐阜、北勢各国道事務所、下館、渡良瀬川、出雲各河川事務所、多治見砂防国道事務所 | 20 | 13 | 14億0582万円 | |
(2) | ① | 耐震性等が確保されていないと確認されたのに耐震対策が実施されていなかった事態 | 15 | 金沢、沼津、福井、姫路、倉吉、山口、徳島、長崎各河川国道事務所、郡山、名古屋、兵庫、土佐各国道事務所、木曽川下流河川事務所、筑後川ダム統合管理事務所、小樽開発建設部 | 9 | 19 | 12億0820万円 |
② | 耐震補強工事が実施されているものの、当該工事が耐震安全性の目標をⅠ類として実施されたものであるか確認することができなかった事態 | 1 | 鬼怒川ダム統合管理事務所 | ― | 2 | 2495万円 | |
小計 | 16 | 9 | 21 | 12億3316万円 | |||
合計 | 26 | 29 | 34 | 26億3240万円 |
(改善を必要とする事態)
通信鉄塔及び局舎について、耐震診断が実施されていないなどしていて、耐震性等が確保されているか不明な状態のままとなっていたり、耐震診断の結果、耐震性等が確保されていないと確認されたのに耐震対策が実施されていなかったりなどしていて、大規模地震が発生した際等に多重無線回線の機能が維持できないおそれがある事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴省本省において、次のことなどによると認められる。
ア 事務所等に対して、通信鉄塔及び局舎に係る耐震診断及び耐震対策を実施することの重要性や、耐震診断及び耐震対策の実施状況等について関係資料を保存するなどして確認できるようにしておくことの重要性について周知が十分でないこと
イ 通信鉄塔及び局舎の耐震性等が確保されているかについて、事務所等から報告させて把握することとしていないこと
ウ 事務所等に対して、通信鉄塔及び局舎に係る耐震診断及び耐震対策の実施に向けた指導が十分でないこと
我が国においては、近年、地震等の大規模自然災害等が各地で頻発している。大規模地震が発生した際等には、電気通信事業者の通信回線が長時間使用できなくなり、加えて、統合通信網のうち光ファイバ通信回線の機能が光ファイバケーブルの断線により維持できなくなるおそれがあるため、迅速な被災情報の把握及び的確な災害対応を実現するには、多重無線回線の機能が維持されることが重要である。
ついては、貴省本省において、大規模地震が発生した際等に多重無線回線の全国的なネットワークの機能が維持されるよう、次のとおり改善の処置を要求する。
ア 事務所等に対して、通信鉄塔及び局舎に係る耐震診断及び耐震対策を実施することの重要性や、耐震診断及び耐震対策の実施状況等について関係資料を保存するなどして確認できるようにしておくことの重要性について周知すること
イ 通信鉄塔及び局舎の耐震性等が確保されているかについて、事務所等から定期的に報告させて把握すること
ウ 事務所等に対して、通信鉄塔及び局舎に係る耐震診断及び耐震対策を順次実施していくための実施方針を定めさせ、その内容及びイの内容を踏まえて、多重無線回線の全国的なネットワークの機能を維持する観点等から必要な指導を行うこと