国土交通省は、道路法(昭和27年法律第180号)等に基づき、道路整備事業等として国が行う直轄事業又は地方公共団体が行う国庫補助事業等において、橋りょうの新設工事及び補修工事を多数実施している。
国土交通省の国道事務所等、都道府県及び市区町村(以下、これらを「事業主体」という。)は、橋りょうの新設工事及び補修工事の設計に当たっては、「道路橋示方書・同解説」(社団法人日本道路協会編)に基づき行っている。これによれば、橋りょうの鉄筋コンクリートの床版(以下「床版」という。)について、アスファルト舗装とする場合は床版防水層等を設けなければならないこととされている。そして、事業主体は、床版防水層を設置する床版防水工の設計を、「道路橋床版防水便覧」(社団法人日本道路協会編。以下「便覧」という。)や便覧に基づくなどして作成された基準に基づいて行うこととしている。
床版防水層は、床版の防水を目的として、床版と舗装の間に設けられるものである。便覧によれば、床版防水層には、防水性、接着性、耐熱性等の性能が要求されている(以下、これらの性能を「要求性能」という。)。床版防水工の設計に当たっては、図のとおり、床版の条件、施工条件、経済性等の設計条件を整理して、設計条件に応じた要求性能を満たしたものの中から最適な床版防水層を選定することが重要であるとされている。そして、床版防水層の候補が複数ある場合は、優先すべき要求性能に優れた最適な床版防水層を選定することなどとされている。床版防水層の選定に当たっては、床版防水層が要求性能を保持していることを確認するとされていて、基本照査試験(注1)において便覧に示されている規格値等を満たすことなどが最低限必要であるとされている(以下、基本照査試験等において求められる所要の性能を「基本性能」という。)。また、必要に応じて、追加照査試験(注2)を実施した上で、床版防水層を選定してもよいとされている。
なお、便覧には、床版防水層の選定に当たり、整理すべき設計条件の一つとされている経済性をどのように考慮するかについては記載されていない。
便覧によれば、床版防水層は、防水シートを床版に接着するシート系床版防水層と防水材を現場で溶解等させて床版に塗膜を形成する塗膜系床版防水層の二つに大別されており、基本性能を満たす床版防水層は、シート系床版防水層及び塗膜系床版防水層のいずれにも存在している。
図 床版防水層の選定フロー
そして、国土交通省は、床版防水層の選定に当たっては、便覧に定められている要求性能を満たすことを前提として、設計条件等により特定の床版防水層を使用しなければならない特段の理由がある場合を除き、床版防水層の候補が複数ある場合は、最も経済的な床版防水層を選定する必要があるとしている。
事業主体は、床版防水工の積算に当たっては、市場単価を用いるなどしており、令和3年度末時点における塗膜系床版防水層の市場単価は、シート系床版防水層の市場単価に比べて1㎡当たり350円から460円安価なものとなっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、経済性等の観点から、床版防水工の設計に当たり、床版防水層が適切に選定されているかなどに着眼して、国土交通本省、10地方整備局等(注3)管内の18国道事務所等(注4)及び20道府県(注5)において、18国道事務所等、20道府県及び322市町村の計360事業主体が、2、3両年度に実施した床版防水工を含む橋りょう工事計1,445件(直轄事業146件(契約金額350億0603万余円、床版防水工に係る積算額4億9559万余円)、国庫補助事業等1,299件(契約金額794億3950万余円、床版防水工に係る積算額15億8875万余円(国庫補助金等相当額9億0996万余円)))を対象として、設計図書等の書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、上記の360事業主体から床版防水層の要求性能等に関する調書の提出を受けてその内容を確認するなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、前記の360事業主体は、床版防水工の設計に当たり、設計条件を整理し、便覧に定められている要求性能を満たすことを前提として、床版防水層を選定していた。そして、床版防水層の選定方法についてみると、上記のうち185事業主体の576橋においては、経済性を比較検討して最も経済的な床版防水層を選定していたもの、又は関係機関との調整等の設計条件等により特定の床版防水層を使用しなければならない特段の理由があったものとなっていた。一方、255事業主体(直轄事業9事業主体、補助事業246事業主体)の1,098橋においては、便覧にシート系床版防水層の方が防水性等の性能が優れていると記載されていることなどから、防水性等の性能といった経済性以外の理由により複数の床版防水層の候補の中から選定していたもの、又は特段の理由がないにもかかわらず特定の床版防水層を使用することとしていたものとなっていた。
しかし、上記の255事業主体がそれぞれの橋りょうの床版防水工において床版防水層に求めていた要求性能は、基本性能を満たせば良いものとなっており、これを満たす床版防水層は、シート系床版防水層及び塗膜系床版防水層のいずれにも存在していた。このことから、1,098橋の床版防水工については要求性能を満たす床版防水層の候補が複数あることになるため、いずれも経済性を比較検討して最も経済的な床版防水層を選定する必要があったと認められた。
このように、床版防水工の設計に当たり、設計条件等により特定の床版防水層を使用しなければならない特段の理由がなく要求性能を満たす床版防水層の候補が複数あるにもかかわらず、経済性を比較検討して最も経済的なものを選定していなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(低減できた床版防水工に係る積算額)
前記255事業主体の1,098橋の床版防水工に係る積算額直轄事業1億5494万余円、国庫補助事業等10億9361万余円(国庫補助金等相当額6億2184万余円)について、経済性を比較検討して最も経済的な床版防水層を選定したとして改めて試算すると、直轄事業1億3320万余円、国庫補助事業等10億0291万余円(国庫補助金等相当額5億6597万余円)となり、直轄事業2173万余円、国庫補助事業等9069万余円(国庫補助金等相当額5586万余円)それぞれ低減できたと認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、橋りょう工事の床版防水工の設計に当たり、事業主体において、経済性を比較検討して最も経済的なものを選定する必要性についての理解が十分でなかったことなどにもよるが、国土交通本省において、便覧に定められている要求性能を満たすことを前提として、設計条件等により特定の床版防水層を使用しなければならない特段の理由がなく床版防水層の候補が複数ある場合は、経済性を比較検討して最も経済的な床版防水層を選定する必要があることを明確化しておらず、事業主体に対する周知等が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、国土交通本省は、橋りょう工事の床版防水工の設計に当たっては、便覧に定められている要求性能を満たすことを前提として、設計条件等により特定の床版防水層を使用しなければならない特段の理由がなく床版防水層の候補が複数ある場合は、経済性を比較検討して最も経済的なものを選定する必要があることなどを明確化した上で、5年8月に、事務連絡を発出し事業主体に対してその内容を周知するなどして経済的な設計となるよう処置を講じた。