国土交通省、都道府県及び市区町村は、水防法(昭和24年法律第193号)等の規定に基づき、洪水により国民経済上重大な又は相当な損害を生ずるおそれがあるものとして指定した河川等が、想定最大規模降雨により氾濫するなどした場合に、浸水が想定される区域(以下「洪水浸水想定区域」という。)等を指定し、公表するとともに、国土交通省及び都道府県は、それらを関係市区町村に通知するなどしなければならないこととなっている。そして、この通知等を受けた市区町村は、住民等の円滑かつ迅速な避難の確保等を図るために、洪水、内水、高潮及び津波の各ハザードマップ(以下、これらを合わせて「水害ハザードマップ」という。)の作成、住民への周知等のための印刷及び配布に係る事業(以下「ハザードマップ作成等事業」という。)を実施しており、国土交通省は、ハザードマップ作成等事業を実施している市区町村に対して防災・安全交付金等を交付している。
国土交通省、都道府県及び市区町村は、平成27年の水防法の改正により、洪水浸水想定区域の指定の前提となる降雨が、従来の計画規模の降雨から想定最大規模降雨に変更されるなどしたことから、新たに洪水浸水想定区域等を指定することとなった。このため、市区町村において、新たな洪水浸水想定区域等に基づいて洪水ハザードマップ等を作成する必要が生じたことなどを踏まえ、国土交通省は、28年4月に従来四つに分かれていた各ハザードマップの作成の手引を統合するとともに、早期の立退き避難が必要な区域(以下「早期立退避難区域」という。)を設定することなどを新たに示した「水害ハザードマップ作成の手引き」(以下「手引」という。)を作成し、都道府県を通じて市区町村に通知し、市区町村は手引に基づき水害ハザードマップを作成している。
手引によれば、水害ハザードマップは、地図面と情報・学習編で構成し作成するものとされている。そして、地図面については、洪水、内水、高潮及び津波ごとの地図、又はこれらを重ね合わせた地図として作成し、災害時に速やかに避難判断ができるようにしておく必要があるとされている。また、情報・学習編については、災害発生前に住民等が避難について検討できるよう、地域における水害特性や避難情報の解説等を掲載する必要があるとされている。
市区町村は、表のとおり、水防法等において、避難路その他の避難経路に関する事項、避難施設その他の避難場所(以下「避難場所等」という。)及び地下街、要配慮者利用施設等に係る情報を、また、手引において、これらの情報に加えて、土砂災害警戒区域や早期立退避難区域に係る情報を地図面又は情報・学習編に記載する必要があるとされている。
表 水防法等又は手引において記載する必要があるとされている項目等
記載項目 | 記載する情報 | 記載が必要な水害ハザードマップの種類 | 記載箇所 |
---|---|---|---|
①避難路その他の避難経路に関する事項 注(1) |
・住民等が避難場所等へ避難する際の危険箇所や注意を要する場所(水没するおそれのあるアンダーパス(注(2))や過去の降雨で冠水した道路等) |
洪水、内水、高潮、津波 | 地図面 |
・避難方向等 |
津波 | 地図面 | |
②土砂災害警戒区域 |
・土砂災害警戒区域
・土砂災害特別警戒区域 等
|
洪水、内水、高潮、津波 | 地図面又は情報・学習編 |
③早期立退避難区域 |
・家屋倒壊等氾濫想定区域(家屋の倒壊や流出をもたらすような氾濫流や河岸浸食の発生が想定される区域)や浸水深が深い区域等の中から早期立退避難区域として設定した区域 |
洪水、内水、高潮 | 地図面 |
④避難場所等 注(1) |
・水害時に使用する避難場所等
・浸水想定区域内の避難場所等の利用条件
|
洪水、内水、高潮、津波 | 地図面又は情報・学習編 |
⑤地下街、要配慮者利用施設等 注(1) |
・地下街の名称及び所在地
・要配慮者利用施設の名称及び所在地 等
|
洪水、内水、高潮 | 地図面又は情報・学習編 |
手引によれば、表の各記載項目で記載する情報の内容は以下のとおりとされていて、水害時に人命・身体に直接影響を及ぼす可能性がある重要な情報となっている。
① 避難路その他の避難経路に関する事項
住民等が避難する際に注意を要する場所として、避難行動をとる際に危険予知が困難で人命に関わるような被害が発生する可能性のあるアンダーパス、過去の降雨で冠水した道路(以下「冠水道路」という。)等の情報や、避難時間が十分に確保できない津波の襲来を考慮して、住民等の避難方向等の情報を記載する。
② 土砂災害警戒区域
洪水、内水、高潮及び津波と同時に発生する可能性が高い土砂災害の危険箇所である土砂災害警戒区域等の情報を地図面に記載する。ただし、地図面が煩雑にならないよう留意して、土砂災害警戒区域等の情報を情報・学習編に記載する方法もある。
③ 早期立退避難区域
水害時に垂直避難による屋内安全確保では命を守りきれない区域が存在する家屋倒壊等氾濫想定区域や浸水深が深い区域等(以下「家屋倒壊等氾濫想定区域等」という。)について、特に早期かつ確実に立退き避難をすることが必要であることから、市区町村は早期立退避難区域として適切に設定し、その情報を記載する。
④ 避難場所等
洪水浸水想定区域等内に避難場所等を設定せざるを得ないときは、「〇階以上が使用可能」等、洪水浸水想定区域等内の避難場所等の利用条件を記載する。
⑤ 地下街、要配慮者利用施設等
地下街、要配慮者利用施設等の施設の名称及び所在地を地図面に記載する。ただし、これらの施設が多数存在する場合には、情報・学習編や市区町村のホームページ等にこれらの施設の一覧表を掲載する方法もある。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、水害ハザードマップに水防法等又は手引において記載する必要があるとされているアンダーパス等の情報(以下「要記載情報」という。)が記載されることにより、水害時に人命・身体に直接影響を及ぼす可能性がある重要な情報が住民等に提供されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、国土交通省本省及び19都道府県(注1)の375市区町村において、平成28年度から令和4年度までの間に実施したハザードマップ作成等事業(事業費計34億2624万余円、交付金交付額計15億1359万余円)を対象として、水害ハザードマップの作成等の状況について特別調書等を徴するとともに、水害ハザードマップの記載内容を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
国等の道路管理者は、管理している道路において降雨等の際に冠水が想定されるアンダーパス、冠水道路等を把握し、公表している。そこで、これらの情報が地図面に記載されているか照合したところ、18都道府県の91市区町村は、地図面の視認性が確保されにくくなることなどを理由として812か所について記載していなかった。なお、記載されていなかったアンダーパス、冠水道路等812か所について、平成29年から令和5年7月まで住民等が通行できない浸水の発生があったか確認したところ、降雨等により120か所で浸水が発生していた。
これに対して、19都道府県の144市区町村は、地図面にアンダーパス、冠水道路等を記載しており、中には、視認性が確保されるよう水害ハザードマップを市町村全域ではなく地区ごとに作成するなどして地図面に記載する工夫をしている事例が見受けられた。
また、津波ハザードマップの地図面に住民等の避難方向等が記載されているか確認したところ、9道府県の34市町は、視認性が確保されにくくなることなどを理由として、住民等の避難方向等を記載していなかった。
土砂災害警戒区域等は、洪水、内水、高潮及び津波と同時に発生する可能性が高い土砂災害の危険箇所である。そこで、土砂災害ハザードマップ(注2)に記載されている土砂災害警戒区域等の情報が水害ハザードマップの地図面に記載されているか照合するとともに、土砂災害ハザードマップを別途参照する旨等の説明が情報・学習編に記載されているか確認したところ、18都道府県の52市区町は、別途土砂災害ハザードマップを作成していることなどを理由として、地図面に土砂災害警戒区域等の情報を記載しておらず、また、情報・学習編にも土砂災害ハザードマップを別途参照する旨等の説明を記載していなかった。なお、上記18都道府県の52市区町管内において、水害ハザードマップに記載されていなかった土砂災害警戒区域等における平成29年から令和5年6月までの土砂災害の発生状況を確認したところ、降雨等による土砂崩れなどが52件発生していた。
国等が設定し公表している家屋倒壊等氾濫想定区域等について、市区町村が設定する早期立退避難区域の情報を地図面に記載しているか確認したところ、19都道府県の198市区町村は、家屋倒壊等氾濫想定区域等を早期立退避難区域として設定することで住民等に家屋倒壊等氾濫想定区域等以外は立退き避難が必要な区域ではないと思われてしまうおそれがあることなどを理由として、家屋倒壊等氾濫想定区域等を早期立退避難区域として設定していないなどしていて、早期立退避難区域の情報を記載していなかった。
これに対して、18都道府県の98市区町村は、家屋倒壊等氾濫想定区域等を早期立退避難区域として設定し、その情報を地図面に記載するとともに、早期立退避難区域以外の区域でも避難が必要であることを情報・学習編に記載するなどの工夫をしていた。
洪水浸水想定区域等内に所在する避難場所等の利用条件が地図面又は情報・学習編に記載されているか確認したところ、17都道府県の105市区町は、視認性が確保されにくくなることなどを理由として、地図面に避難場所等の利用条件を記載しておらず、情報・学習編にも利用条件については記載していなかった。
これに対して、17都道府県の159市区町村は、避難場所等の利用条件を地図面には記載していなかったが、情報・学習編に避難場所等の一覧表を記載するとともに利用条件を記載するなどの工夫をしていた。
市区町村が作成した地域防災計画に名称及び所在地が記載されている地下街、要配慮者利用施設等が地図面に記載されているか照合するとともに、これらの施設の一覧表が情報・学習編等に掲載されているかなどを確認したところ、19都道府県の189市区町村は、視認性が確保されにくくなることなどを理由として、地図面に地下街、要配慮者利用施設等の名称及び所在地を記載しておらず、また、情報・学習編等にもこれらの施設の一覧表を掲載していなかった。
このように、(1)から(5)までの事態のとおり、19都道府県の316市区町村が作成した水害ハザードマップ(重複分を除くと、ハザードマップ作成等事業費計27億6384万余円(交付金交付額計12億0509万余円))に、要記載情報が記載されておらず、水害時に人命・身体に直接影響を及ぼす可能性がある重要な情報が住民等に提供されていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、水害ハザードマップの作成に当たり、市区町村において、要記載情報を記載する必要性についての理解が十分でなかったことにもよるが、国土交通省において、次のことによると認められた。
ア 市区町村に対して、アンダーパス等の地図面に記載する必要があるとされている情報について、視認性を確保しつつ地図面に記載する方法及び地図面に記載することで視認性が確保されにくくなる場合において情報・学習編を有効に活用することなどにより記載する方法について周知していなかったこと
イ 市区町村に対して、水害ハザードマップに要記載情報が記載されているか網羅的に確認する方法について周知していなかったこと
上記についての本院の指摘に基づき、国土交通省は、5年9月に地方整備局等を通じて都道府県等に対して事務連絡を発して、水害ハザードマップを通じて水害時に人命・身体に直接影響を及ぼす可能性がある重要な情報が住民等に提供されるよう、次のような処置を講じた。
ア アンダーパス等の地図面に記載する必要があるとされている情報について、視認性を確保しつつ地図面に記載する方法及び地図面に記載することで視認性が確保されにくくなる場合において情報・学習編を有効に活用することなどにより記載する方法を示し、市区町村に対して、水害ハザードマップの作成時等に活用するよう周知した。
イ 水害ハザードマップに要記載情報が記載されているか網羅的に確認するためのチェックシートを作成し、市区町村に対して、アと同様に活用するよう周知した。