日本年金機構(以下「機構」という。)は、日本年金機構法(平成19年法律第109号)等に基づき、国民年金保険料の滞納者に対して行う納付の勧奨(以下「納付督励」という。)等の業務を民間事業者に委託するなどして実施している。この納付督励等の委託は、透明かつ公正な競争の下で民間事業者の創意と工夫を適切に反映させることにより、公共サービスをより良質かつ低廉に行うことを目的とする「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」(平成18年法律第51号)に基づき実施されている。機構は、納付督励等を民間事業者に委託して実施するに当たり、全国の年金事務所を複数の契約地区に区分して、令和2年7月に、同年10月から5年4月までの間を事業対象期間とする請負契約(以下「令和2年契約」という。)17件を株式会社バックスグループ及びアイヴィジット・東洋紙業共同企業体との間で、5年1月に、同年5月から8年4月までの間を事業対象期間とする請負契約(以下「令和5年契約」という。)15件を株式会社バックスグループ及びアイヴィジット・NTT印刷共同企業体との間で、それぞれ締結している。
機構は、「国民年金保険料収納事業民間競争入札実施要項(令和5年5月開始事業)」(以下「実施要項」という。)等に基づき、総合評価落札方式による一般競争入札で令和2年契約及び令和5年契約の相手方となる民間事業者を選定している。機構は、実施要項等において、上記の事業対象期間を年度で3期に分割して、期ごとの納付率の目標、滞納者に対する最低限の督励実施頻度等を定めている。入札に参加する民間事業者は、機構から提供される納付督励等の過去の実績値等を参考に、定められた納付率の目標を達成できるよう、機構が求める最低限の督励実施頻度を上回る納付督励等の実施見込件数(以下「提案件数」という。)を期ごとに設定するなどして、これを記載した提案書を機構に提出している。そして、機構は、各提案書について、納付率の目標の達成が見込めるかなどの観点から評価を行い、この評価による得点と入札価格による得点の合計得点により落札者を決定している。
事業を受託した民間事業者(以下「受託事業者」という。)は、契約締結後、各期の開始前に、納付督励等を実際に行うための督励実施計画をそれぞれ作成し、機構の承認を得ている。受託事業者は、各期の督励実施計画において、提案件数と同様の手法により納付督励等の実施見込件数(以下「計画件数」という。)を設定し、計画件数に達するよう、各期の納付督励等を実施することとなっている。
実施要項等によれば、納付督励等の具体的な手段・手法の詳細は受託事業者の提案に委ねるものとするが、従来の納付督励等の実績を参考とし、適切かつ効果的に納付督励等を実施することとされている。そして、機構は、この点を考慮して、計画件数が提案件数とかい離していても、過去の実績を踏まえた合理的な内容であり、納付率の目標を達成し得ると判断した場合には、計画件数を含めて督励実施計画を承認するとしている。
機構は、令和5年契約の入札に際して、契約地区ごとに、電話による納付督励等(以下「電話督励」という。)に係る人件費等の必要な経費を、期ごとに積み上げて予定価格を積算している。このうち電話督励に係る人件費については、次のとおり算出している。
① 電話番号を把握している滞納者の人数に、実施要項に定めた最低限の督励実施頻度に基づく滞納者1人当たりの督励件数を乗じて、電話督励を最低限実施すべき件数(以下「最低実施件数」という。)を算出する。
② 前回契約である令和2年契約の提案件数を同契約の最低実施件数で除することにより、最低実施件数に対して受託事業者が実際に納付督励等を行うと見込まれる件数が何倍になるかを示す倍率(以下「勧奨倍率」という。)を算出する。
③ ①により算出した令和5年契約における最低実施件数に、②により算出した勧奨倍率を乗じて、実施予定件数を算出する(次式参照)。
④ 実施予定件数を基にオペレーターの必要席数を算出し、これに人件費単価を乗ずるなどして電話督励に係る人件費を算出する。
機構は、最低実施件数に勧奨倍率を乗じた実施予定件数に基づいて電話督励に係る人件費を算出している理由について、納付率の目標の達成のためには、最低限の督励実施頻度以上に納付督励等を実施する必要があることから、受託事業者が実際に行うと見込まれる電話督励の件数を予定価格の積算に反映させるためであるとしている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、経済性等の観点から、国民年金保険料収納業務に係る請負契約の予定価格の積算が受託事業者が実施する納付督励等の実態を適切に反映したものとなっているかなどに着眼して、令和5年契約15件(契約金額計65億1949万余円、予定価格計75億2749万余円)を対象として、機構本部において、契約書、提案書、予定価格調書等の関係資料を確認するなどして会計実地検査を行った。また、株式会社バックスグループ及び株式会社アイヴィジットに赴いて、令和2年契約17件(契約金額計116億5921万余円)の納付督励等の実施状況等について確認した。
(検査の結果)
機構は、1(2)のとおり、令和5年契約の予定価格の積算に当たり、電話督励に係る人件費の算出に用いる勧奨倍率について、令和2年契約の最低実施件数に対する提案件数の倍率により算出している。また、機構は、計画件数が提案件数とかい離していても、過去の実績を踏まえた合理的な内容であり、納付率の目標を達成し得ると判断した場合には、計画件数を含む督励実施計画を承認するとしている。
そこで、令和2年契約について、提案件数と計画件数とを比較したところ、17件の第1期から第3期までの全ての期において両者は一致しておらず、各期の提案件数に対する計画件数の増減率は、最も増加したもので15.79%、最も減少したもので△55.85%となっていた。また、事業対象期間全体でみると、提案件数計84,398,224件に対して計画件数は計77,854,061件となっていて、上記の増減率は△7.75%となっていた。
提案件数と計画件数とがかい離している理由について、最もかい離が大きかった契約の受託事業者に確認したところ、提案件数は、契約開始前の実績値を基に3期分を一括して作成している一方、計画件数は、各期における直近の実績値を基に期ごとに作成しており、両者の作成時期が異なることにより、計画件数の方が用いる実績値の時点が新しくなるためであるとしている。また、機構の事業実施部署(以下「実施部署」という。)は、この点について、民間事業者の創意と工夫により、期を重ねるごとに効果的な納付督励等が実施できるようになれば、提案件数と計画件数との間にかい離が生ずることもあるなどとしている。そして、機構の予定価格積算部署(以下「積算部署」という。)は、勧奨倍率を用いて予定価格を積算している理由について、前記のとおり、受託事業者が実際に行うと見込まれる電話督励の件数を予定価格に反映させるためであるとしている。
しかし、積算部署は、実施部署から令和2年契約の計画件数に係る情報の共有がなされていなかったことから、1(2)のとおり、令和5年契約の予定価格の積算に当たり、受託事業者の創意と工夫が反映された直近の実績値を基に作成された令和2年契約の計画件数ではなく、それよりも古い実績値を基に作成された令和2年契約の提案件数に基づくなどして算出した勧奨倍率を用いて電話督励に係る人件費を算出していた。
したがって、業務の実態を予定価格の積算により適切に反映させるためには、予定価格の積算に用いる勧奨倍率は、前回契約の提案件数ではなく、直近の実績値を基に作成された前回契約の計画件数に基づくなどして算出する必要があると認められた。
このように、機構において、積算部署が実施部署との間で計画件数を共有しておらず、予定価格の積算が業務の実態をより適切に反映したものとなっていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(低減できた積算額)
以上のことを踏まえて、計画件数に基づくなどして勧奨倍率を算出して、令和5年契約の予定価格を修正計算すると、計72億1822万余円となり、前記の予定価格75億2749万余円を約3億0920万円低減できたと認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、機構の積算部署において、業務の実態を踏まえるなどして予定価格を算定することの重要性についての理解が十分でなかったこと、実施部署との間で業務の実施状況等に関する情報を共有することについて検討していなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、機構は、5年8月に、関係部署に対して通知を発出して、次回の契約から、積算部署と実施部署との間で前回契約の計画件数を共有し、積算部署において、前回契約の提案件数に代えて計画件数に基づくなどして算出した勧奨倍率を用いて予定価格を積算することにより、予定価格が業務の実態を反映して適切に算定されるよう処置を講じた。