本院は、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、①新型コロナウイルス感染症に係るワクチン(以下「ワクチン」という。)接種を実施するに当たって、国、都道府県及び市町村(特別区、一部事務組合及び広域連合を含む。以下同じ。)が実施する事業(以下「ワクチン接種事業」という。)に係る予算及び決算の状況はどのようになっているか、②ワクチン接種の実施状況はどのようになっているか、③ワクチンの確保、管理、配布等の状況はどのようになっているか、④ワクチン接種で使用する物品の調達、配布等の状況はどのようになっているか、⑤補助金等の交付を受けて都道府県及び市町村が実施するワクチン接種事業(以下「補助事業」という。)の実施状況はどのようになっているか、⑥自衛隊によるワクチン接種(以下、令和3年5月24日から運営を開始した大規模接種のための会場を「自衛隊大規模接種センター」といい、4年1月31日及び2月7日から運営を開始した大規模接種のための会場を「自衛隊大規模接種会場」という。)の実施状況等はどのようになっているか、⑦ワクチン接種事業に係る国の情報システムの開発等の状況はどのようになっているかなどに着眼して検査した。
検査の状況の主な内容は次のとおりである。
2、3両年度における国の予算額(予備費の使用決定により配賦された予算額(以下「予備費使用額」という。)を含む。)は、計5兆2149億余円(2年度1兆3360億余円、3年度3兆8788億余円)となっていた。このうち予備費使用額は、2年度計7490億余円(予算額全体に占める予備費使用額の割合56.0%)、3年度計2兆0353億余円(同52.4%)となっていた。
2、3両年度における国の決算の状況について、支出済額は、計4兆2026億余円(歳出予算現額(歳出予算額に、前年度繰越額、予備費使用額及び流用等増減額を加減したもの。)に対する割合68.4%。2年度7728億余円(同49.0%)、3年度3兆4298億余円(同75.1%))となっていた。
4年3月末現在のワクチンの接種実績をみると、全人口の約8割が1回目及び2回目の接種を完了しており、全人口の約4割がワクチンの2回目接種完了からおおむね8か月以上経過した後に行う3回目の接種を完了している状況となっていた。
厚生労働省は、4年3月末までにワクチンの製造販売の承認を受けた業者(以下「ワクチン製造販売業者」という。)との間で締結した契約により、計8億8200万回分のワクチンの供給を受けることにしていた。
ワクチンの確保に係る費用の支払について、厚生労働省は、ワクチン製造販売業者との契約内容を踏まえて、同省とは別の基金管理団体に新型コロナウイルスワクチン等生産体制整備臨時特例交付金(以下「特例交付金」という。)を交付してワクチン生産体制等緊急整備基金(以下「団体基金」という。)に資金を積み立てた上で、基金管理団体がワクチン製造販売業者からの請求に基づき所要額を団体基金から取り崩した上で特例交付金に係る助成金(以下「助成金」という。)を交付する枠組みとしていた。
4年3月末までにワクチンの確保に係る費用として基金管理団体からワクチン製造販売業者に対して交付された助成金の額は、合計で1兆4578億1837万余円となっていた。
今後、緊急に物資の確保が必要となり、当該物資の確保に係る枠組みを立案する際は、上記の枠組み以外に方法がないのかなどについて十分に検討した上で意思決定を行うことが求められる。
厚生労働省は、計8億8200万回分のワクチンを確保することにしたことについて、ワクチン製造販売業者の我が国への供給可能数量を確認した上で、特定のワクチン製造販売業者がワクチンの開発に失敗することなどがあったとしても国民にワクチンを接種できるように、当該供給可能数量を基に将来にわたるワクチン接種回数等について種々シミュレーションを行って決定したとしているが、同省がワクチンの確保に当たり作成していた資料には、確保することにした数量に係る算定根拠が十分に記載されておらず、それ以上の説明は得られなかった。
厚生労働省におけるワクチンの在庫数量(注1)の把握状況についてみたところ、同省は、納入数量及び配布数量を必要の都度確認していたのみで、納入数量と配布数量との差引きにより在庫数量を算出するなどしたことを示す記録を作成していなかった。
3年2月16日から4年3月31日までの間に厚生労働省が都道府県等に配布したワクチンの数量(接種可能回数換算)は、米国のファイザー社製のワクチン219,515,130回分、米国のモデルナ社製のワクチン78,988,650回分、英国のアストラゼネカ社製のワクチン(以下「アストラゼネカワクチン」という。)185,900回分、計298,689,680回分となっていた。
厚生労働省が4年2月にアストラゼネカ株式会社(英国のアストラゼネカ社の日本法人)と締結したアストラゼネカワクチンのキャンセルに係る契約の内容について確認したところ、同省が、上記の契約に定められている、同省に返金することとなっている金額の妥当性を確認していなかったことが判明した。
厚生労働省は、2、3両年度に、ワクチン接種で使用する物品である超低温(-75℃±15℃)の温度設定に対応した冷凍庫9,900台、低温(-20℃±5℃)の温度設定に対応した冷凍庫12,000台、保冷バッグ40,000個、注射針及びシリンジ(注射針単体3億5292万余本、シリンジ(注射筒)単体3億7230万余本及び注射針・シリンジ一体型2億2139万余本)の調達に係る契約を、いずれも随意契約により締結しており、これらに係る支払額は計392億8502万余円となっていた。
厚生労働省は、市町村が支弁するワクチン接種事業に要する費用として市町村に新型コロナウイルスワクチン接種対策費国庫負担金(以下「負担金」という。)を、ワクチン接種のために必要な体制を実際の接種より前に着実に整備することを目的として都道府県及び市町村に新型コロナウイルスワクチン接種体制確保事業費国庫補助金(以下「体制確保補助金」という。)を、新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(医療分)の交付の対象となる事業のうち時間外・休日のワクチン接種会場への医療従事者派遣事業及び新型コロナウイルスワクチン接種体制支援事業について都道府県に交付金(以下、これらの2事業について交付される分を「包括支援交付金」という。)を、それぞれ交付している。
検査の対象とした47都道府県及び305市区町村に対する2、3両年度の交付決定件数1,614件のうち、4年6月末現在で厚生労働省による額の確定が行われているのは、97件(全体の6.0%)にすぎない状況となっており、同省は順次、額の確定の作業を進めるとしている。
体制確保補助金に係る補助事業のうち、5都県及び65市区がワクチン接種に協力した接種実施医療機関(以下「接種機関」という。)等に支払っていたワクチン接種に係る協力金(以下「接種協力金」という。)について確認したところ、30市区(注2)は、接種協力金の支払要綱等を策定するに当たり、接種協力金の全部又は一部について、具体的な経費の積算を行うなどせずに、明確な根拠に基づくことなく支払内容や支払単価を設定していたり、支払対象経費が何であるかを具体的に定めていなかったりしていた。このため、接種協力金が、本来は負担金により支弁される接種機関がワクチン接種のために通常必要とする費用や、本来は包括支援交付金の交付対象である接種回数等に応じた上乗せ額を対象に支払われたものではないことを確認することができなかった。
陸上自衛隊中央会計隊(以下「中央会計隊」という。)等は、自衛隊大規模接種センター及び自衛隊大規模接種会場の運営に当たり、多数の委託契約等を締結しており、その主なものは、予約の受付、接種会場における案内、警備、清掃等の業務についての業務委託契約や、民間看護師の派遣を受けるための派遣契約等となっていた。これらのうち、上記の業務委託契約には利益制限付特約条項(注3)が付されており、中央会計隊が原価監査を実施して実績価格を決定することとなっていたが、5年2月の会計実地検査時点において原価監査は終わっておらず、実績価格はまだ決定していなかった。また、上記業務委託契約の主要部分について第三者に委託(以下「再委託」という。)が行われており、自衛隊大規模接種センターでは一部について、民間事業者が書面による申請を行っておらず、業務委託契約に基づく中央会計隊の承認(以下「再委託承認」という。)を得ていなかったものの、その後の自衛隊大規模接種会場では全てについて再委託承認を得ていた。
厚生労働省は、ワクチン等の流通やワクチン接種の実務を支援するために、ワクチン接種円滑化システム(Va㏄ination System。以下「V―SYS」という。)の開発等を行い、3年1月18日から稼働させた。また、内閣官房は、被接種者ごとの接種記録を登録するワクチン接種記録システム(Va㏄ination Record System。以下「VRS」という。)を開発して、同年4月12日から稼働させた。
ワクチン接種に関する統計情報について、3年5月27日にVRSにおいて公表が開始された。一方、厚生労働省は、VRSが一部の機能に限定して稼働したり稼働が間に合わなかったりする場合を想定して、ワクチン接種事業を滞りなく進めるために、V―SYSにおいても、ワクチン接種に関する統計情報をインターネット上で国民に公表する機能を追加した。
今後、複数の省庁が関係するシステムの開発に当たっては、緊急的に開発が必要となる場合も含め、関係省庁間での調整や情報共有を十分に行うことが求められる。
また、VRSでは、接種機関等の担当者等が、内閣官房が別途調達したタブレット端末の貸与を受けて、接種券(注4)に印刷されたOCRライン(注5)をタブレット端末のカメラ等で読み取り、VRSに接種記録(注6)として登録することとなっている。検査の対象とした305市区町村のうち216市区町において、OCRラインを正しく認識しなかったことにより、ある被接種者の接種記録が、誤って別の者の接種記録としてVRSに登録されるなどしていた。上記216市区町のうち101市区町は、予診票の内容とVRSに登録された接種記録を、目視や読み合わせにより全件突合して確認を行った上で、誤った記録の修正を行っていた。また、別の51市区町は、パンチ入力等のタブレット端末以外の方法により別途作成した接種記録を、既にVRSに登録されていた接種記録に一括して上書きして修正を行っていた。上記51市区町のうち46市区は、パンチ入力の業務を体制確保補助金による補助事業により行っていた。
新型コロナウイルス感染症の感染が完全な終息には至っていない中、ワクチン接種事業を適切に実施し、新型コロナウイルス感染症のまん延の防止を図ることは引き続き課題となっている。
また、新型コロナウイルス感染症のみならず、今後、新たに大規模な感染症の流行が発生するなどした際に、ワクチン接種事業と同様の事業を実施する必要が生ずることも考えられる。
ついては、検査で明らかになった状況を踏まえて、引き続きワクチン接種事業を実施したり、今後同様の事業を実施したりする際に、デジタル庁及び厚生労働省は、次の点に留意する必要がある。
ア 厚生労働省は、今後、ワクチンと同様に確保する数量に不確定要素のある物資を緊急で確保する場合であっても、当該数量に係る算定根拠資料を作成して保存し、事後に当該数量の妥当性を客観的に検証することができるようにすること
イ 厚生労働省は、ワクチン等の管理を適切に行うために、基本的な情報となる在庫数量を適時適切に把握することができるよう、体制を整えること
ウ 厚生労働省は、引き続き、アストラゼネカ株式会社と4年2月に締結した契約に定められている、同省へ返金することとなっている金額の算定根拠資料を入手するなどして、返金することとなっている金額の妥当性について確認するよう努めること、また、今後、ワクチンの確保に係る費用の精算を行うための契約を締結するなどの場合は、精算額の算定根拠資料を入手するなどして、その妥当性を適切に確認すること
エ 厚生労働省は、都道府県及び市町村に対して、接種機関等に支払った接種協力金を体制確保補助金の補助対象経費とする場合は、接種協力金の支払要綱等の策定又は改定に当たり、明確な根拠に基づいて接種協力金の支払内容、支払単価等を決定するよう指導すること
オ デジタル庁及び厚生労働省は、今後、今般のワクチン接種事業により開発されたシステムのように、緊急的にシステムを導入する必要がある場合であっても、システムを利用する際に利用者に大きな負担が生じることのないよう、仕様等について適切に検討すること
本院としては、ワクチン接種事業の実施状況等について、引き続き注視していくこととする。