会計検査院は、令和5年6月12日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月13日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその検査の結果を報告することを決定した。
一、会計検査及びその結果の報告を求める事項
(一) 検査の対象
国土交通省
(二) 検査の内容
新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けた旅行需要等の喚起を図るために実施された振興策に関する次の各事項
① 地域観光事業支援における需要創出支援(県民割支援)の予算の執行状況、実施状況等
② 全国を対象とした観光需要喚起策(全国旅行支援)の予算の執行状況、実施状況等
新型コロナウイルス感染症は、令和元年12月以降、その感染が世界中に広がり、我が国においても2年1月に感染者が確認され、その後、全国的に感染が拡大した。
これを受けて、政府は、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言(以下「緊急事態宣言」という。)を発出したほか、緊急事態宣言の解除後に感染の再拡大を防止する必要性が高い区域等を対象として新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置(以下「まん延防止等重点措置」という。)を実施するなど感染拡大を防止するため、国民に移動を伴う行動の自粛を始めとする感染防止策を呼びかけた。
なお、同年4月から5月にかけては、全都道府県を対象として緊急事態宣言が発出されたが、その後は緊急事態宣言の発出又はまん延防止等重点措置の実施がなかった県がある一方、3年1月以降、実施と終了が繰り返されて長期に及んだ都道府県があるなどしていた(各都道府県における緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置の期間等の状況については別図表1参照)。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い旅行需要が落ち込んでいた中で、2年3月に旅行業に係る各団体から観光庁等に対して、旅行需要の消失を取り返すための旅行振興策に関する要望書が提出された。そして、同年4月に「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」が閣議決定された。これを受けて、同年7月22日から、観光庁の直轄事業の旅行振興策としてGo To トラベル事業が開始された。しかし、新型コロナウイルス感染症の感染状況等から、観光庁は、地域によってGo To トラベル事業の一時停止措置を講じ、同年12月28日以降は一時停止措置の対象地域を全国に拡大した。
Go To トラベル事業の停止期間中、各都道府県は、独自に旅行商品代金の割引等の旅行振興策を講じていた。そのため、多くの都道府県知事から観光庁に対して、国からの強力な財政支援の要請があった。そして、3年3月26日の国土交通大臣記者会見において、全国規模での移動を前提としたGo To トラベル事業の再開は当面難しいとした上で、Go To トラベル事業を再開するまでの間、各都道府県の感染状況を踏まえて、同一都道府県内の旅行への割引支援を国の補助事業として実施することが発表された。
観光庁は、補助事業を実施するに当たり、同月31日に訪日外国人旅行者周遊促進事業費補助金交付要綱(平成30年観観振第26号。以下「要綱」という。)を改正して、補助対象事業の一つとして新たに地域観光事業支援を規定した。これにより、同年4月1日から地域観光事業支援として開始された旅行振興策が県民割支援である。そして、同年5月14日に要綱が改正され、地域観光事業支援が需要創出支援と感染防止対策等への支援に細分化されたことに伴い、県民割支援は、需要創出支援に位置付けられ、4年10月11日からは、需要創出支援として、県民割支援に引き続き全国旅行支援が開始された。
これら旅行振興策の概要及びその主な実施状況は、それぞれ図表0-1及び図表0-2のとおりとなっており、Go To トラベル事業においては、観光庁がツーリズム産業共同提案体(注1)と委託契約を締結して事業を実施したのに対して、需要創出支援においては、各都道府県が観光庁から訪日外国人旅行者周遊促進事業費補助金(需要創出支援に係る分。以下「補助金」という。)の交付を受けて、都道府県ごとに事業を統括的に運営する組織(以下「事務局」という。)を設置するなどして実施している。
図表0-1 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う旅行振興策の概要
事業名 | Go To トラベル事業 | 需要創出支援 | |
---|---|---|---|
県民割支援 | 全国旅行支援 | ||
注(1) | 注(2) | 注(2) | |
実施期間 | 令和2年7月22日~12月27日 | 3年 4月 1日 ~4年10月10日 |
4年10月11日 ~5年12月末 |
事業の実施主体 | 観光庁 | 都道府県 | |
実施体制等 | 観光庁がツーリズム産業共同提案体に委託する直轄事業として全国で実施 | 都道府県が補助事業として、事務局を設置するなどして実施 | |
目的 | 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により、全国の旅行業、宿泊業はもとより、貸切バス、ハイヤー・タクシーや飲食業、物品販売業など地域経済全体が深刻な状況に追い込まれていることから、給付金の給付により、感染拡大により失われた観光客の流れを地域に取り戻し、観光地全体の消費を促すことで、地域経済に波及効果をもたらすこと | 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により旅行需要が落ち込んでいる中、地域的な感染の拡大を抑制しつつ、都道府県において、感染症の影響に考慮した「新たな旅のスタイル」への対応や、地域の観光資源の魅力の再発見等、将来的な訪日外国人旅行者の誘致に寄与すること | |
注(3) | |||
割引の対象となる旅行の旅行者の居住地 | 日本国内 |
|
日本国内 |
対象経費 |
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図表0-2 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う旅行振興策の主な実施状況
このように、県民割支援、そしてこれに引き続き開始された全国旅行支援は、一時停止措置が講じられて再開が未定であったGo To トラベル事業に代わる旅行振興策として実施されている。
これらの旅行振興策のうちGo To トラベル事業については、2、3両年度で計2兆9658億0630万余円の予算額(予備費使用額を含む。)が計上されていた。このうち、2年度から4年度までに計8961億6239万余円がGo To トラベル事業において支出され、1兆2727億7864万余円は県民割支援、全国旅行支援等のための財源として(目)観光・運輸業消費喚起事業給付金及び(目)観光・運輸業消費喚起事業委託費からそれぞれ(目)訪日外国人旅行者周遊促進事業費補助金に流用され、残りの計7968億6526万余円は不用額となっていた(別図表2参照)。
また、Go To トラベル事業については、会計検査院は、これまでに多角的な観点から検査を実施してきた(検査報告に掲記したものについては別図表3参照)。
県民割支援及び全国旅行支援(以下、両者を合わせて「両旅行支援」という。)は、補助事業を実施する都道府県が、当該都道府県への旅行に係る旅行商品代金又は宿泊代金(以下「旅行商品代金等」という。)の割引及び地域限定クーポン券等(以下「クーポン」という。)の付与(以下、両者を合わせて「割引及び付与」という。)を行うものである。
そして、要綱によれば、都道府県の区域が新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態措置又はまん延防止等重点措置を実施すべき区域として公示されたなどの場合は、都道府県において事業を一時停止することなどとされている。
県民割支援は、当初、割引及び付与の対象となる旅行の旅行者である利用対象者について、補助事業を実施する都道府県内に居住する者であることを要件としていた。
その後、3年10月7日に、全国知事会から国土交通大臣に対して「ウィズコロナ・ポストコロナにおける観光・交通事業の復活及び災害に屈しない強靱(じん)な国土づくりに向けた緊急要望」として、「県境を越えない観光では需要に限界がある。地域観光事業支援については、感染状況に応じて近隣圏域を対象可能とするなど弾力的な運用を検討すること」などの要望が寄せられた。そして、「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」(令和3年11月19日閣議決定)において、「感染状況や地域の要望を踏まえ、地域観光事業支援の継続や隣県に支援対象の拡大を図るなど、切れ目のない支援を行う」ことが示された。これを受けて、観光庁は要綱を改正し、同年11月19日の宿泊分から、利用対象者の居住地に係る要件を、補助事業を実施する都道府県の隣接都道府県(注2)に居住する者に拡大している。
さらに、新型コロナウイルス感染症の感染状況や、4年3月16日の内閣総理大臣記者会見において、同月21日のまん延防止等重点措置の終了に伴い県民割支援について関係団体の合意を前提として同年4月1日からその支援対象を地域ブロック(全国を六つに区分したブロック)へ拡大することが発表されたことなどを受けて、観光庁は要綱を改正し、同日の宿泊分から、利用対象者を、補助事業を実施する都道府県の同一地域ブロック都道府県(図表0-3参照)に居住する者に拡大している。
図表0-3 地域ブロックの内訳
地域ブロック | 都道府県 |
---|---|
北海道、東北 | 北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島各県 |
関東 | 東京都、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、山梨各県 |
北陸信越、中部 | 新潟、富山、石川、長野、福井、岐阜、静岡、愛知、三重各県 |
近畿 | 京都、大阪両府、滋賀、兵庫、奈良、和歌山各県 |
中国、四国 | 鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知各県 |
九州、沖縄 | 福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄各県 |
そして、同年6月15日の内閣総理大臣記者会見において、新型コロナウイルス感染症の感染状況の改善が確認でき次第、同年7月前半から、地域観光をより一層強力に支援するために、全国を対象とした観光需要喚起策を実施することが発表された。これを受けるなどして、観光庁は要綱を改正し、同年10月11日の宿泊分から全国旅行支援を実施することとし、利用対象者を日本国内に居住する者に拡大している。
両旅行支援に係る利用対象者の居住地に係る要件の変遷を図表で示すと、図表0-4のとおりとなっている。
図表0-4 両旅行支援に係る利用対象者の居住地に係る要件の変遷
なお、要綱によれば、利用対象者が事業を利用するに当たり、3年11月25日以降は新型コロナウイルス感染症に係るワクチン(以下「ワクチン」という。)を接種済みであること又はPCR検査等の検査結果が陰性であることが条件とされていたが、5年5月8日に、新型コロナウイルス感染症の位置付けが「5類感染症」に移行したことに伴い、同日以降はこの条件は廃止されている。
要綱によれば、補助対象経費は、旅行の促進のための補助等(以下「直接経費」という。)及び事務経費とされている。
直接経費の補助対象経費、補助対象期間、補助率等は、図表0-5のとおりとなっている。
図表0-5 直接経費の補助対象経費、補助対象期間、補助率等
種別 | 補助対象経費 | 補助対象期間 | 補助率等 | ||
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宿泊旅行 | 日帰り旅行 | ||||
県民割支援 |
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令和3年4月1日から4年10月10日まで | 旅行商品代金等の50%以内で設定する割合で割り引いた額 (一人泊当たり5,000円を上限) |
日帰り旅行商品の代金の50%以内で設定する割合で割り引いた額 (一人当たり5,000円を上限) |
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③クーポンの付与額 注(1)注(2) |
一人泊当たり2,000円を上限として付与する額 | 一人当たり2,000円を上限として付与する額 | |||
全国旅行支援 |
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4年10月11日から12月27日まで | 旅行商品代金等の40%(一人泊当たり5,000円を上限とし、交通付旅行商品(注(4))の場合には、一人泊当たり8,000円を上限) | 日帰り旅行商品の代金の40% (一人当たり5,000円を上限) |
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5年1月10日以降 | 旅行商品代金等の20%(一人泊当たり3,000円を上限とし、交通付旅行商品(注(4))の場合には、一人泊当たり5,000円を上限) | 日帰り旅行商品の代金の20% (一人当たり3,000円を上限) |
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③クーポンの付与額 注(1)注(3) |
4年10月11日から12月27日まで | 平日の旅行 | 一人泊当たり3,000円 | 一人当たり3,000円 | |
休日の旅行 | 一人泊当たり1,000円 | 一人当たり1,000円 | |||
5年1月10日以降 | 平日の旅行 | 一人泊当たり2,000円 | 一人当たり2,000円 | ||
休日の旅行 | 一人泊当たり1,000円 | 一人当たり1,000円 |
事務経費の補助対象経費及び上限は図表0-6のとおりとなっている。
図表0-6 事務経費の補助対象経費及び上限
種別 | 補助対象経費 | 上限 |
---|---|---|
県民割支援 |
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補助金の交付決定額の6分の1 (消費税が発生する場合は、上限とは別に補助対象となる。) |
全国旅行支援 | 補助金の交付決定額の合計の5分の1 (消費税が発生する場合は、上限とは別に補助対象となる。) |
観光庁は、4年3月25日付けで都道府県に対して発出した事務連絡において、新型コロナウイルス感染症の影響により貸切バスを利用した団体旅行の需要が大きく落ち込んでいる状況にあることから、県民割支援において、各都道府県が団体旅行の需要を喚起するための取組を行うよう通知している。
そして、同年6月21日及び9月28日付けの事務連絡によれば、全国旅行支援の実施に当たり、貸切バスを利用する団体旅行の費用(直接経費及び事務経費)に限って利用可能な予算の枠(以下「団体旅行枠」という。)を設定することとされている。
補助金の交付申請の手続等については、要綱によれば、両旅行支援共に、次のとおりとされている。
なお、都道府県は、事業の実施に当たり、不正を防止するための措置を講ずることとなっており、Bの需要創出支援実施計画には、その措置を記載することとなっている。
また、観光庁は、地域観光事業支援に係る事業として、両旅行支援の成果目標を定めるなどした行政事業レビューシート(注3)を作成して公表している。
要綱等によれば、両旅行支援の事業運営に当たっての制度設計は、都道府県において行うこととされている。
都道府県は、事務局に主に次の業務を委託するなどして、事業を実施している。
なお、クーポンについて、県民割支援においては、紙や電子といった媒体に係る制限等はなかったが、全国旅行支援を開始した後の4年10月27日及び12月1日に観光庁が都道府県に対して発出した事務連絡並びに同年12月13日付けで改正された要綱において、デジタル社会の推進に向けた政府全体の方針を踏まえて、5年1月以降は原則として電子クーポンを使用することが示されている。
また、このほかにも、両旅行支援の実施期間中には、事業実施期間の延長、団体旅行枠の設定等に係る要綱改正及び事務連絡の発出が度々行われている。
県民割支援の実施体制及び事業フローは道府県ごとに様々となっているが、道府県が事業の運営業務を事務局に委託する例を示すと、図表0-7のとおりとなっている。
図表0-7 県民割支援の実施体制及び事業フローの例
また、全国旅行支援の実施体制及び事業フローは都道府県ごとに様々となっているが、都道府県が事業の運営業務を事務局に委託する例を示すと、図表0-8のとおりとなっている。すなわち、全国旅行支援は県民割支援と異なり、旅行事業者の参画登録、旅行商品代金の割引の審査、旅行事業者への割引額の支払等に係る業務について、事務局が統一窓口共同運営体(以下「統一窓口」という。)に再委託するなどしている(奈良県を除く。)。
図表0-8 全国旅行支援の実施体制及び事業フローの例
全国旅行支援において、新たに、再委託等により統一窓口が審査等を実施することとなった経緯は次のとおりである。
観光庁は、3年11月19日付けで「今後の観光需要喚起策について」を公表し、県民割支援について、同日から利用対象者の範囲を同一都道府県内から隣接都道府県に拡大することとしたほか、年明け以降の適切なタイミングで同一地域ブロック都道府県に拡大し、その後、全国規模で観光需要喚起策を行うこととした。
観光庁は、この公表後、複数の都道府県から観光庁に対して、全国を対象とした旅行事業者の参画登録事務等の点で過大な負担が生ずることを懸念する意見が示されたとしている。これを受けて、同庁は、4年3月に、都道府県に対して、旅行事業者に係る一元的な組織スキーム等に関する照会を行った。
その後、観光庁は、Go To トラベル事業の給付金に係る執行管理等の業務委託先であるツーリズム産業共同提案体の構成企業に対して、上記の経緯を踏まえた一元的な組織の設置を打診した。打診を受けた構成企業間で協議した結果、4年7月に、複数の大手旅行事業者による共同運営体である統一窓口が設立された。
そして、統一窓口は、各都道府県の事務局に対して統一窓口の業務概要や業務スキームに係る説明会を実施するなどして、奈良県を除く46都道府県の事務局等と委託契約を締結して、全国旅行支援に参画した。
事務局等が統一窓口と締結した委託契約に係る契約書等によれば、統一窓口は、都道府県ごとに当該都道府県を目的地とした旅行商品を販売する旅行事業者の参画登録や、都道府県内の旅行事業者に割り振る販売可能枠の管理等を行うほか、各旅行事業者から提出された販売実績報告を基に旅行商品代金の割引の審査、旅行事業者への割引額の支払等に係る業務を行うこととされていた。
また、統一窓口における業務の実施体制は、図表0-9のとおりとなっていた。
図表0-9 統一窓口における業務の実施体制
会計検査院は、前記要請の新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けた旅行需要等の喚起を図るために実施された振興策に関する各事項について、両旅行支援が地域観光事業支援の需要創出支援に係る事業として連続して実施されたことなどから、両旅行支援をまとめた上で、予算の執行状況等と実施状況等とに区分して、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、次の点に着眼して検査した。