会計検査院は、特別措置が「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられていることなどを踏まえて、給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除制度について、有効性等の観点から、教育訓練費に係る上乗せ税額控除等の適用状況はどのようになっているか、教育訓練費に係る上乗せ税額控除の適用要件等は適切なものとなっているか、経済産業省等及び財務省における教育訓練費に係る上乗せ税額控除の検証等は効果的に行われているかなどに着眼して検査した。
検査の状況の主な内容は次のとおりである。
平成30事業年度から令和3事業年度までに電子申告を行った法人について給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除制度の適用状況をみたところ、給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除制度を適用していた法人の数は、大企業向けの措置が延べ21,377法人、中小企業者等向けの措置が延べ313,339法人、計延べ334,716法人、その税額控除額はそれぞれ2947億7361万余円、3263億7133万余円、計6211億4495万余円となっていた。このうち、教育訓練費に係る上乗せ税額控除適用法人の数は、大企業向けの措置が延べ2,180法人、中小企業者等向けの措置が延べ10,681法人、計延べ12,861法人、その税額控除額はそれぞれ148億3106万余円、165億0774万余円、計313億3881万余円となっていた(リンク参照)。
教育訓練費に係る上乗せ税額控除は、教育訓練により生産性を向上させ、給与等を増加させることを政策目的としており、その仕組みは、教育訓練費増加割合が一定割合以上であることなどを適用要件として、給与等支給増加額の一定割合の税額控除ができるものとなっている。すなわち、税額控除額の計算基礎は政策目的に直接関連した支出額である給与等支給増加額となっているのに対して、適用要件は政策目的に波及効果があるとされる支出額である教育訓練費増加割合を満たす教育訓練費増加額となっており、適用要件となっている事項と税額控除額の計算基礎となっている事項が異なっている。一方、一般的な法人税関係の特別措置における税額控除の仕組みをみると、適用要件となっている事項と税額控除額の計算基礎となっている事項は同一になっている。
そして、教育訓練費に係る上乗せ税額控除では、給与等支給増加額を計算基礎として税額控除額を算出するため、教育訓練費増加額が少額であっても適用要件を満たす場合等には税額控除額が教育訓練費に係る上乗せ税額控除適用法人が負担した教育訓練費増加額を上回る状況が生ずることも想定される(リンク参照)。
教育訓練費増加額と教育訓練費に係る上乗せ税額控除の額の関係をみたところ、平成30事業年度から令和3事業年度までにおける大企業の教育訓練費に係る上乗せ税額控除適用法人延べ2,180法人のうち延べ1,456法人(66.7%)、中小企業者等の教育訓練費に係る上乗せ税額控除適用法人延べ10,681法人のうち延べ8,356法人(78.2%)、計延べ12,861法人のうち延べ9,812法人(76.2%)は、教育訓練費増加額を上回る税額控除を受けており、そのうち、多数の教育訓練費に係る上乗せ税額控除適用法人において、教育訓練費増加額を大きく上回る税額控除を受けている状況となっていた。
また、教育訓練費増加額を上回る税額控除を受けていた大企業延べ1,456法人及び中小企業者等延べ8,356法人について、教育訓練費支出額と教育訓練費に係る上乗せ税額控除の額の関係をみたところ、大企業で延べ967法人(66.4%)、中小企業者等で延べ7,163法人(85.7%)、計延べ8,130法人(82.8%)が、当該法人における教育訓練費支出額自体を上回る税額控除を受けていた(リンク参照)。
教育訓練費増加額を上回る税額控除を受けていた大企業延べ1,456法人及び中小企業者等延べ8,356法人について、教育訓練費増加額の合計額に対する教育訓練費に係る上乗せ税額控除の合計額の超過額をみたところ、大企業で90億2125万余円、中小企業者等で123億9128万余円、計214億1254万余円となっていた。
また、教育訓練費支出額を上回る税額控除を受けていた大企業延べ967法人及び中小企業者等延べ7,163法人について、教育訓練費支出額の合計額に対する教育訓練費に係る上乗せ税額控除の合計額の超過額をみたところ、大企業で50億1906万余円、中小企業者等で94億7085万余円、計144億8992万余円となっていた(リンク参照)。
教育訓練費と給与等の関係について、経済産業省等が令和3年度税制改正において教育訓練費に係る上乗せ税額控除の延長の必要性の検討に当たり参考にした3年度参考研究における分析方法及び使用データを参考にして分析した。その結果、教育訓練ストックが1%変化した場合に給与等支給額がどの程度変化するかを表す弾性値である教育訓練ストックの回帰係数は、大企業については0.0251、中小企業者等については0.0422となり、いずれも正の関係がみられた(リンク参照)。
上記aのとおり、教育訓練ストックの回帰係数が得られたことから、教育訓練費が増加した場合の給与等支給増加額を当該教育訓練ストックの回帰係数等を用いて機械的に算出した上で、上乗せ税額控除の試算額を試算して実際の上乗せ税額控除の額と比較した。
教育訓練費が増加した場合の給与等支給増加額について計延べ9,970法人を対象にして計算したところ、大企業で計1017億1547万余円、中小企業者等で計966億5935万余円となった。一方、実際の給与等支給増加額の合計額は、大企業計3838億7218万余円、中小企業者等計1825億3228万余円となっており、3年度参考研究における分析方法及び使用データを参考にして各法人の申告書等に基づき算出した大企業及び中小企業者等の給与等支給増加額の合計額は、いずれもこれに比べて小さくなっていた。
また、上記において、算出した給与等支給増加額に対応する教育訓練費に係る上乗せ税額控除の額を試算したところ、大企業で計50億0134万余円、中小企業者等で計85億8993万余円となった。一方、実際の上乗せ税額控除の額の合計額は、大企業計146億8450万余円、中小企業者等計146億7549万余円であり、上乗せ税額控除の試算額の合計額に比べて大きく、大企業で計96億8316万余円、中小企業者等で計60億8555万余円、合計157億6871万余円の開差が生じていた(リンク参照)。
これらのことから、適用要件となっている事項と税額控除額の計算基礎となっている事項が異なる教育訓練費に係る上乗せ税額控除の仕組みは、政策目的である給与等の増加を促すために税負担の軽減を行う措置として、適切なものとなっていないおそれがあると認められた(リンク参照)。
教育訓練費に係る上乗せ税額控除の導入及び延長が決定された平成30年度、令和3年度、4年度及び6年度の税制改正要望に当たり、経済産業省等が作成した事前評価書を確認したところ、教育訓練費に係る上乗せ税額控除の効果がどの程度あるかについては評価していないため、直接的効果は把握されておらず、また、税収減を是認するような効果について適切に説明されているとは認められなかった(リンク参照)。
経済産業省等は、教育訓練費に係る上乗せ税額控除の導入及び延長が決定された平成30年度、令和3年度、4年度及び6年度の税制改正要望に当たり作成したいずれの税制改正要望書にも検証可能な数値目標及び要望措置の妥当性について記載していなかった。
また、上記のとおり、経済産業省等が作成した税制改正要望書等には検証可能な数値目標及び要望措置の妥当性の記載がなく、財務省は、これを基に教育訓練費に係る上乗せ税額控除の効果、要望措置の妥当性等の検証を行うことは困難である。このため、財務省は、これらの検証を行う際には、客観的なデータを可能な限り明らかにし、教育訓練費に係る上乗せ税額控除の導入及び延長の適否並びに具体的な内容についての検討に資するよう分析するとともに、その効果をできる限り定量的に把握するための検討を行う必要があった。
また、経済産業省等は、30年度参考研究を参考にして教育訓練費に係る上乗せ税額控除を要望した経緯があるが、3(2)ウ(ア)のとおり、30年度参考研究で使用された質問票に対する回答は、基幹統計のように継続的な調査結果があるものではなく、分析に使用する同様のデータの入手が困難であった。このため、30年度参考研究を参考にして教育訓練費と給与等支給額の関係を分析することは、教育訓練費に係る上乗せ税額控除を要望した経済産業省等においても、直ちにはできないものとなっていた。今後、経済産業省等において教育訓練費に係る上乗せ税額控除を見直す場合には、特別措置の効果を検証することができる分析等を基に要望することが適切である(リンク参照)。
経済産業省等は、衆議院財務金融委員会及び参議院財政金融委員会における決議等を受けた検証を行っていなかった。一方、財務省は、公的な統計の統計データを用いて試行的に分析を行うなどして特別措置の効果等に係る検証に取り組んでいたが、教育訓練費に係る上乗せ税額控除による給与等の増加の効果がどの程度あるかなどの検証は行っていなかった(リンク参照)。
教育訓練費に係る上乗せ税額控除について、効果の検証等を行っていなかったことの理由について、経済産業省等は、企業等における賃上げは、企業収益や雇用情勢等に影響を受けるものであり、教育訓練費の増加が給与等の増加に結びついたか否かを定量的に測ることは難しいためとしている。しかし、教育訓練費と給与等の関係に係る分析(3(2)ウ(ア)参照)は、経済産業省等が参考にした3年度参考研究における分析方法及び使用データを参考にして会計検査院において定量的な分析を行ったものである。
特別措置は、特定の企業等の税負担を軽減して特定の政策目的を実現するなどのための特別な政策手段であるとされ、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものであるため、特別措置を要望した経済産業省等において、教育訓練費に係る上乗せ税額控除の効果、要望措置の妥当性等についての定量的な分析手法の検討や分析に必要な客観的なデータの整備蓄積が望まれる。
その上で、経済産業省等及び財務省において、教育訓練費に係る上乗せ税額控除の効果及び要望措置の妥当性について、適切に検証することが求められる(リンク参照)。
給与等支給額を増加させるなどした場合にその増加額の一定割合の税額控除を可能とする制度は、令和6年度税制改正においても、税額控除割合が引き上げられるとともに教育訓練費に係る上乗せ税額控除の適用要件が緩和されるなどして適用期限が更に3年間延長され、構造的な賃上げを目的とした政策の一つとして定着化してきており、税額控除割合の引上げなどにより法人や国民の関心もより一層高まっている。
ついては、給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除制度における教育訓練費に係る上乗せ税額控除について、検査によって明らかになった状況を踏まえて、経済産業省等及び財務省において、次の点に留意して、その効果及び要望措置の妥当性を検証して、当該検証結果を基に経済産業省等において見直しを検討することが重要である。
会計検査院としては、今後とも給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除制度の適用状況、経済産業省等及び財務省による検証状況等について引き続き注視していくこととする。