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  • 昭和59年度|
  • 第2章 所管別又は団体別の検査結果|
  • 第1節 所管別の検査結果|
  • 第3 厚生省|
  • 意見を表示し又は処置を要求した事項

原生年金保険及び船員保険の老齢年金等の支給が適正でなかったもの


(1) 生活保護の実施において不動産の保有状況等を的確に把握するよう改善の処置を要求したもの

会計名及び科目 一般会計(組織)厚生本省(項)生活保護費
部局等の名称 東京都、北海道、京都、大阪両府、宮城、福島、埼玉、神奈川、新潟、愛知、兵庫、和歌山、広島、香川、福岡、熊本各県
補助の根拠 生活保護法(昭和25年法律第144号)
事業主体 県2、市26、特別区23、計51事業主体
補助事業 生活保護事業
事業内容 都道府県、市等が行う生活保護に要する費用の一部を負担することにより、生活困窮者の最低限度の生活を保障するとともにその自立を図る事業
事業費 1,358,418,548千円(昭和58、59両年度)
上記に対する国庫補助金交付額の合計 1,086,734,837千円(昭和58、59両年度)

 上記の生活保護事業において、被保護者が保有する遊休不動産を活用していなかったり、保護受給中に新たに土地家屋等を所得していたり、住宅購入の際に負担した債務を長期にわたり支払っていたりしている不適切な事態が、今回検査を実施した16都道府県の11,339世帯のうちの176世帯について見受けられた。
 このような事態を生じているのは、事業を実施する各福祉事務所において、資産保有者に対する保護の実施に関し適切な対応がなされなかったことにもよるが、その背景として、事業実施のために定められた厚生省の通達において、被保護者の資産の活用に関する規定が明確でないことなど制度面に問題点があると認められる。
 したがって、厚生省において、遊休不動産の活用、新たに不動産を所得した場合の取扱い、住宅ローンに対する処理等についての基準を明確にするとともに、その周知徹底を図り、もって生活保護事業の実施の適正を期する要がある
 上記に関し、昭和60年12月3日に厚生大臣に対して改善の処置を要求したが、その前文は以下のとおりである。

 資産保有者に対する生活保護について

 貴省では、生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)の規定に基づき、都道府県、市等が、生活に困窮しているものに対して、その最低限度の生活の保障及び自立の助長を図ることを目的として生活扶助費、医療扶助費等の保護費を支弁した場合、これに要する費用の一部を負担しており、その金額は次のように毎年多額に上がっている。

年度 保護費 国庫補助金
55年度 1兆1710億円 9231億円
56年度 1兆2531億円 9862億円
57年度 1兆3545億円 1兆0676億円
58年度 1兆4194億円 1兆1166億円
59年度 1兆4817億円 1兆1688億円

 生活保護は、日本国憲法の理念に基づき、国が、生活に困窮するすべての国民に対してその困窮の程度に応じ必要な保護を行うものであるが、保護を受ける側においても、法第4条第1項の規定により「利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用すること」が要件とされている。この利用し得る資産のうち、土地、家屋等の不動産についての具体的な取扱いについては、厚生事務次官通達(昭和36年厚生省発社第123号)により、別に定める場合を除いて、資産は原則として処分のうえ最低限度の生活の維持のために活用させることとし、その活用方法としては、当該資産の売却を原則とするが、これにより難しいときは貸与によって収益をあげる等の方法を考慮することと定められており、別に定める場合とは、その資産が現実に最低限度の生活の維持のために活用されており、かつ、処分するよりも保有している方が、生活維持及び自立助長に実効があがっていると認められる場合や、処分することができないか又は著しく困難な場合等となっている。また、資産の保有限度については、厚生省社会局長通達(昭和38年社発第246号)によって定められており、これによると、土地のうち宅地については当該世帯の居住の用に供される家屋に付属した土地で一定の範囲のもの、及び家屋については当該世帯の居住の用に供されるものは保有を認めるが、いずれも処分価値が利用価値に比べて著しく大きいと認められるものは保有を認めないなどとされている。

 そして、生活保護を実施する都道府県、市等の福祉事務所では、この法、次官通達及び局長通達に基づいて、生活保護申請者の保有する資産についてその保有の可否を判定し、保有が認められないと判定した場合は、保護を行わないこととなっているが、急迫した理由がある場合は例外的に保護を行うことができることとなっており、その場合被保護者は、当該保有資産を売却するなどして、その受けた保護費の範囲内において各福祉事務所の定める額を都道府県、市等に速やかに返還しなければならないこととされている。

 しかして、本年、主に都市部に居住する被保護者の資産の保有状況及びこれらの者に対する保護の実施状況に関して北海道ほか15都府県(注1) の11,339世帯について調査したところ、次のように適切でないと認められる事態が176世帯見受けられ、これらの世帯に支給した保護費の総額は801,224,869円(国庫補助金相当額640,979,885円)に上っていた。

(1) 遊休不動産を保有しているのに、これを活用することなく保護費の支給を受けていたもの

37世帯、支給保護費185,056,084円

<事例1>

 A福祉事務所で49年4月から保護を受けている世帯は、生活に利用し得る資産を有していないとしていたものであるが、実際は、近隣のB市内の2箇所に土地を計488m2 保有しており、しかも、これらの土地は団地内の更地等で立地条件もよく地価公示に基づく価格の4100万円と高額なものであった。
 しかし、福祉事務所はこの事実を把握していないまま保護を行っていた。

(支給済保護費27,044,988円)

<事例2>

 C福祉事務所で48年4月から保護を受けている世帯は、受給前からD市郊外に資産価値のある遊休の土地62,993m2 保有していて、59年5月には、この土地の一部を2780万円で売却していた。
 しかし、福祉事務所は、この土地には抵当権が設定されていると誤解し、資産価値がないと判断して保有を認めていて、この間に支給した保護費についても返還を求めていなかった。

(支給済保護費11,288,017円)

(2) 保護費の受給中に新たに土地家屋等の不動産を取得しその後も保護を受けていたもの

 11世帯、支給済保護費135,377,016円

<事例3>

 E福祉事務所で36年7月から保護を受けている世帯は、世帯主が保有していた田3100m2 を売却し、55年2月にはこの代金をもとに1400万円で新たに家屋(木造2階建て144m2 )を所得していた。
 しかし、福祉事務所は、54年10月にこのような処分について相談を受けていたにもかかわらず、これを認めて保護を続けていた。

(支給済保護費27,520,231円)

(3) 土地、家屋等の不動産を新たに取得し、このため手持ち金を費消し生活に困窮したとして保護を受けるに至ったもの

 11世帯、支給済保護費60,718,209円

<事例4>

 F福祉事務所で59年4月から保護を受けている世帯は、同年3月に当時の居住地を管轄するG福祉事務所に対して保護を申請した際、手持ち金の保有を理由に保護を受けられなかったが、その後マンションを購入し、3月末にその代金を支払ったことによって、手持ち金を費消したとして保護を受けるに至った。

(支給済保護費2,367,843円)

(4) 保護費の受給中に、住宅購入の際に負担した債務を長期にわたり支払って資産形成を行っているもの

 117世帯、支給済保護費420,073,560円

<事例5>

 H福祉事務所で59年6月から保護を受けている世帯は、57年3月に1600万円で家屋を新築し、建築費のうち800万円を銀行から借り入れて20年割賦により月額70,786円を返済していたが、福祉事務所では保護費の算出に当たり、この資産形成について全く考慮していなかった。なお、この世帯主の父は被保護者と同一の市内に居住していて同市内に約25億円(公示価格による評価)の不動産を保有しており、上記返済額に相当する額を負担していた。

(支給済保護費1,777,568円)

このような事態が乗じているのは、主として次のような事由によると認められる。

(1) 遊休不動産を保有しているケースについては、福祉事務所において遊休不動産の保有状況及び資産価値の変動等を把握する体制を執っていないところが多く、そのため遊休不動産の活用について適切な指導が行われていないこと、及び保有を認めた資産が売却された場合の保護費の返還についての取扱いを明確に指導していなかったこと

(2) 保護受給中に不動産を所得したケースについては、その取得財源を見ると被保護者が既に所有していた不動産を売却して資金をつくったものや、扶養義務者から援助を受けたものであるが、いずれの場合も売却代価又は援助金を収入として認定したうえで保護の要否を検討する要があり、特に、扶養義務者からの援助がある場合は法第4条第2項に「扶養義務者の扶養は、すべてこの法律による保護に優先する。」と規定されているのに、これらについて福祉事務所において適切な対応が執られていなかったこと

(3) 不動産を取得したことによって保護を受けるに至ったケースについては、当該世帯が新たな不動産を取得したことは、単に流動資産が固定資産に替っただけで、その世帯の基本的な経済事情は何ら変わっておらず、これを他の生活困窮者と同様に保護することは、法の趣旨からみて適切を欠くことであるのに、この取扱いが明確でなかったこと

(4) 保護受給中に住宅ローンを利用して資産の形成を行っているケースについては、生活保護が最低限度の生活を維持するために保護費を支給するものであるという趣旨からみて、原則として認められない事態であるのに、これについての明確な方針が示されていないため、ローンの支払いをすべて認めない扱いから全面的に認める扱いまで、その取扱いが福祉事務所によって区々になっていること

 なお、保有を認める土地の範囲について具体的な判断基準が示されていないが、東京都ほか22市(注2) における土地の保有世帯9,742世帯のうち2,400世帯においては、仮に地価公示法(昭和44年法律第49号)等に基づいて、算出(注3) すると1000万円以上となる土地を保有している(これらの者に支給した保護費(注4) 計9,811,402,991円。)。
 ついては、生活保護制度は、憲法に定める生存権を保障する具体的な制度として、793,281世帯、1,475,563人(60年3月末)を対象として全国的に行われているもので、保護費の支給額も59年度で1兆4800億余円と多額に上っており、近年、保護費、保護人員、保護世帯ともに増加傾向にあること、保護世帯のうち不動産を保有している世帯数も21.8%となっていること、特に都市部における不動産の価値が非常に高額になっていることなどの状況の下において、上記のような事態を放置することは社会的公平の観点から好ましくないので、

(1) 遊林不動産の保有状況、資産価値等について適切な把握を行い、指導の実効性を確保するとともに、保有を認めた資産が売却された場合の取扱いについては、保護費の返還を求めるなど適切な処置を執るよう周知徹底を図る、

(2) 保護受給中に不動産を取得するという事態に対しては、これを取得するに至った経緯等の調査を行い必要なものは収入として認定するなど適切な処置を執るよう周知徹底を図る、

(3) 不動産を取得したことによって保護を受けるに至った事態に対しては、保護の要否についての基準を明確にする、

(4) 保護受給中に住宅ローンを利用して資産形成している事態に対する取扱いを明確にする、

(5) 土地の保有を認める範囲については、一般の世帯との公平を欠かないよう、その限度を明確にする

 など適切な処置を執る要があると認められる。

 よって、会計検査院法第36条の規定により、上記の処置を要求する。

(注1)  北海道ほか15都府県 北海道、東京都、京都府、大阪府、宮城県、福島県、埼玉県、神奈川県、新潟県、愛知県、兵庫県、和歌山県、広島県、香川県、福岡県、熊本県

(注2)  東京都ほか22市 東京都、旭川市、札幌市、仙台市、福島市、郡山市、いわき市、大宮市、浦和市、横浜市、新潟市、名古屋市、京都市、大阪市、堺市、東大阪市、神戸市、和歌山市、広島、高松市、北九州市、福岡市、熊本市

(注3)  この価格は、地価公示法及び国土利用計画法(昭和49年法律第92号)に基づいて、国土庁及び都道府県が毎年定める標準地等の価格のうち近傍に標準地等があればその価格、なければ用途地域ごとにみた最低の価格である。

(注4)  保護費は医療扶助分を除く。