会計名及び科目 | 一般会計 | (組織)農林水産本省 | (項)農業者年金等実施費 |
部局等の名称 | 農林水産省 | ||
補助の根拠 | 農業者年金基金法(昭和45年法律第78号) | ||
事業主体 | 農業者年金基金 | ||
事業の内容 | 自己名義の農地等につき後継者又は第三者に所有権又は使用収益権を移転又は設定して経営移譲をした者に対して経営移譲年金を支給する事業 | ||
事業費 | 2690億5865万余円(昭和58、59両年度の経営移譲年金支給額) | ||
上記に対する国庫補助金交付額の合計 | 1009億9915万余円(昭和58、59両年度) |
上記の経営移譲年金は、農業者の経営移譲を促進することにより農業経営主の若返り、農業経営規模の拡大を図ることを目的としているものであるが、その支給において、次のとおり制度の主旨からみて適切とは認められない事態が見受けられた。
(1) 経営移譲年金の裁定時又はその後における調査確認が十分でなかったため、経営移譲の意義が損なわれていると認められるもの
(2) 経営移譲年金裁定時の調査確認が十分でなかったため、年金支給額が過大となっていたり、受給資格のない者に年金を支給したりしているもの
このような事態を生じているのは、年金受給権の裁定時又は裁定後に行う調査確認の具体的な手続等が定められていなかったこと、被保険者に制度の主旨を周知徹底していなかったことなどにもよるが、農林水産省における指導、監督が十分でなかったことなどによると認められる。
したがって、年金の裁定等に関する事務を的確に履行することができるよう関係要領等の体系的整備を図るとともに、指導、監督を強化するなどの処置を講じ、もって農業者年金事業の実施の適正を期する要があると認められる。
上記に関し、昭和60年12月9日に農林水産大臣に対して改善の処置を要求したが、その全文は以下のとおりである。
貴省では、農業者年金基金法(昭和45年法律第78号。以下「法」という。)の規定に基づき、農業者の老後の生活の安定及び福祉の向上に資するとともに農業経営の近代化及び農地保有の合理化に寄与することを目的として、国民年金の被保険者である農業者に経営移譲年金や農業者老齢年金等の給付を行う農業者年金事業を農業者年金基金(以下「基金」という。)に実施させている。
この事業の年金のうち経営移譲年金は、貴省が推進している農業構造改善政策の一環として農業者の経営移譲を促進することにより、農業経営主の若返りと経営技術能力の向上を図るとともに、相続による農地の細分化を防止し、また、後継者がいない老齢農業者については、その農地を地域の中核的農家などに利用させることができる仕組みを作ることによって農業経営規模の拡大を図ることを目的として、経営を移譲した農業者に対し厚生年金並みの所得保障をしようとするものである。
そして、経営移譲年金の被保険者資格要件、支給要件等についてみると、被保険者資格要件は、国民年金の被保険者で、自己名義の所有権又は使用収益権に基づいて耕作等を行っている農地及び採草放牧地(以下「農地等」という。)の面積が50a以上ある農業経営主であること等となっており、支給要件は、被保険者が20年(昭和46年1月の制度発足時に36歳を超え55歳を超えない者は5年から19年)以上保険料を納付し、65歳に達する日前(通常は経営移譲年金の支給が開始される60歳前後の場合が多い。)に自己名義の農地等について、直系卑属で引き続き3年以上の農業従事経験を有する1人の者(以下「後継者」という。)又は農業者年金の被保険者若しくは農業生産法人等(以下「第三者」という。)に所有権又は使用収益権を移転又は設定して、耕作等を廃止又は縮小(以下「経営移譲」という。)することとなっている。また、経営移譲年金の支給手続は、経営移譲年金の給付を受けようとする被保険者が、農地等の所有権移転等に関する契約書等を添付した裁定請求書を基金の業務受託者である農業協同組合に提出し、提出を受けた農業協同組合では、その者の保険料の納付状況などを確認したぅえでこれを同じく基金の業務受託者である農業委員会に送付し、送付を受けた農業委員会では、経営移譲の対象となる農地等の面積などを確認して確認書を作成し、裁定請求書に添付して基金に送付し、送付を受けた基金では、これらの書類に基づいて経営移譲年金の受給権の裁定を行って支給することとなっている。
さらに、基金では、毎年1回受給者から提出させる受給権者現況届によって受給者が農業経営を再開していないかどうか確認し、再開している場合は経営移譲年金の支給を停止することとなっている。
以上の年金業務の実施に関し、貴省では、毎年多額の経営移譲年金給付費補助金を基金に交付しており、その額は、昭和58年度で年金支給額1268億1431万余円(受給者326,619人)に対し479億6751万円、59年度で年金支給額1422億4434万余円(受給者373,812人)に対し530億3164万余円となっており、そして貴省では、基金を包括的に指導、監督するとともに、自ら又は都道府県知事に委託して業務受託者に対し監査、指導を行っている。
しかして、60年中に北海道ほか9県(注) において、経営移譲年金の支給状況について検査したところ、これら10道県において、本院が調査した経営移譲年金受給者38,453人のうち865人について、制度の主旨からみて適切とは認められない事態が見受けられた。
これを態様別に示すと次のとおりである。
1 経営移譲年金の裁定時又はその後における調査確認が十分でなかったため、経営移譲の意義が損なわれていると認められるもの
(1) 農作物共済加入者等の名義からみて経営移譲が実体を伴っていないと認められるもの
基金では、後継者に使用収益権を設定して行う経営移譲について外形上その実体が把握しにくいことから、経営移譲に当たっては、農業共済組合等の組合員名義、生産物の販売及び農業用資材の購入名義、農業所得の申告名義を後継者名義に変更させることとしている。
しかし、51年度から58年度までの間に経営移譲した北海道ほか8県の受給者672人(58、59両年度の年金支給額計505,301,226円)は、経営していた農地等について後継者又は第三者に経営移譲したとしているものの、その後も依然として自己名義で、農業災害補償法(昭和22年法律第185号)に基づく農作物共済に加入していたり、転作等を実施して水田利用再編奨励補助金(以下「奨励補助金」という。)の交付を受けていたり、農業所得があったとして地方税申告書を提出していたりしていて、経営移譲が実体を伴わない形式的なものであると判断せざるを得ない事態となっていると認められた。
<事例1>
静岡県居住のAは、昭和46年1月に農業者年金に加入し、53年6月に自己の所 有する農地139.2aのすべてについて、建設会社に勤務している後継者(長男)に使用収益権を設定して経営移譲したとして年金の裁定を受け、同年7月から60年3月までの間に1,847,431円を受給している。
しかし、Aは、59年度においても上記の農地のうち20.0aの水田について農作物(水稲)共済に加入し、また、12.2aの水田について転作を実施して奨励補助金の交付を受け、農業所得の申告をしており、依然として農業経営を継続していると認められた。
(2) 経営移譲したとしているものの、これが配偶者間で行われた状態のままとなっていて、経営移譲の意義が損なわれているもの
46年の制度発足当時、既に55歳を超えていたり、被用者年金加入者であったりなどして農業者年金の被保険者となれなかった夫に代って、妻が、夫名義の農地等に使用収益権を設定して被保険者となり、60歳に達した後に当該使用収益権を消滅させて農地等を夫に返還したとしても、経営移譲の目的である農業経営主の若返り等が実現されず、このままでは本年金制度の意義が著しく損なわれることとなるので、農地等の返還を受ける者は農業委員会の指導、あっせんにより制度の目的に沿って後継者又は第三者に経営移譲を行うこととされている。
しかし、北海道ほか6県の受給者48人(58、59両年度の年金支給額計39,910,061円)は、それぞれ60歳に達したとき農地等を夫に返還して経営移譲したとしているが、返還後1年以上経過しているのに、夫はこれを後継者又は第三者に移譲しておらず、依然として受給者及びその夫が農業経営を継続していて、経営移譲の意義が損なわれた事態となっていると認められた。
<事例2>
熊本県居住のB(大正12年2月生)は、夫(大正4年10月生)の所有する農地 50.5aに使用収益権を設定して昭和49年11月に農業者年金に加入している。そして、満60歳に達した58年2月に使用収益権を消滅させてその農地を夫に返還し、年金の裁定を受けて同年3月から60年3月までの間に1,140,916円を受給している。
しかし、農業後継者がいないB及びその夫は、その農地について第三者に経営移譲することなく引き続き農業経営を行っていると認められた。
(3) 農地等の大部分につきあらかじめ配偶者に使用収益権を設定するなどして、第三者には残余について経営移譲していて、経営移譲の意義が損なわれているもの
経営移譲に当たっては、これが実質的な農業経営主の若返りや規模拡大に寄与することを担保するため、後継者に移譲する場合は農地等のすべてを、また、第三者に移譲する場合は日常生活に必要な最小限度の面積として保有を認められている農地等(法施行令で北海道は20a、それ以外は10aと定められている。以下「自留地」という。)を除いたすべてを移譲することとされている。
したがって、第三者に移譲するに当たってあらかじめ農地等の一部又は大部分について配偶者に使用収益権を設定するなどして残余の部分だけを第三者に移譲することは、本年金制度の目的に反するもので、基金ではこのような事態を防止するため57年12月に各業務受託者あてに通知を発し、58年1月以降に経営移譲をする者については、配偶者に使用収益権を設定するなどした農地等についても第三者に移譲するよう指導するなど、その再発防止を図っているところである。
しかし、58年1月前に経営移譲した北海道ほか5県の受給者65人(58、59両年度の年金支給額計62,205,031円)については、このような事態がそのまま放置されていて、経営移譲の意義が損なわれていると認められた。
<事例3>
岩手県居住のCは、昭和52年3月に自己の所有する農地234.5aのうち198.5aについて妻に使用収益権を設定しておき、翌53年5月、残余の35.9aのうち9.6aを自留地として保留し、26.3aを第三者に貸し付けることにより年金の裁定を受け、同年6月から60年3月までの間に2,407, 145円を受給している。
しかし、Cは、妻に使用収益権を設定した198.5aと自留地とした9.6aの計208. 1aの農地を使用して、引き続き農業経営を行っていると認められた。
2 経営移譲年金裁定時の調査確認が十分でなかったため、年金支給額が過大となっていたり、受給資格のない者に年金を支給したりしているもの
経営移譲年金の給付を受けるためには、農業者年金の被保険者であった期間が原則として20年以上であることが要件とされており、年金の支給額もその期間に応じて算定されるが、この場合、国民年金の被保険者でなかった期間については、農業者年金の被保険者期間に算入されないこととなっている。
しかし、北海道ほか6県の受給者80人については、被用者年金に加入していて国民年金の被保険者でなかった期間まで農業者年金の被保険者期間に含めていて、経営移譲年金を過大に受給している者が70人(年金過大支給額累計6,161,446円)、所定の被保険者期間を満たしておらず受給資格がないのに経営移譲年金を受給している者が10人(年金支給額累計17,242,898円)見受けられた。
<事例4>
大分県居住のDは、昭和46年1月に農業者年金に加入し、60歳に達する前月の53年2月まで86箇月間保険料を納付した後、54年10月に経営移譲して年金の裁定を受け、同年11月から60年3月までの間に1,705,856円を受給している。
しかし、Dは、47年4月から50年4月までの37箇月間被用者年金に加入していたので、同人の正しい被保険者期間は49箇月となり、法により必要とされている被保険者期間60箇月に満たない結果となっていて、同人が受給した年金1,705,856円は全額が不適正に支給されている。
このような事態を生じているのは、
(ア) 年金受給権の裁定時においては、経営移譲の実体が客観的な事実として捕捉しにくいことから、基金及び業務受託者は経営移譲後の農業経営の実情について調査確認を行うべきであるのに、そのための具体的な手続等が定められておらず、調査確認が十分行われていなかったこと、
(イ) 被保険者及び受給者に対して、経営移譲が制度の本旨を実現している必要があること、経営移譲が制度の本旨を実現していないと認められる場合には支給停止等の処分もあり得ることなどについて周知徹底させる必要があったのに、その措置が十分講じられていなかったこと、
(ウ) 被保険者期間の確認については、「農業者年金の被保険者資格の確認・管理について」(昭和54年基金理事長通知)により、基金から業務受託者に対し、市町村国民年金担当課の関係書類との照合事務を依頼しているが、業務受託者がこれを確実に実施していなかったこと、
(エ) 貴省の基金に対する指導、監督及び業務受託者に対する監査、指導が十分でなかったこと
などによると認められる。
ついては、農業者年金の被保険者は、59年度末現在で88万余人おり、今後も毎年多数の経営移譲が行われ、これに伴う多額の財政負担が引き続き見込まれる状況にあるのであるから、上記のような事態にかんがみ、農業者年金事業の実施に当たっては、基金及び業務受託者が、被保険者資格の確認や経営移譲年金の裁定等に関する事務を的確に履行することができるよう関係要領等を体系的に整備するとともに、経営移譲の実体を的確に把握することができるような事務処理上の方策を整備し、あわせて基金に対する指導、監督及び業務受託者に対する監査、指導を強化するなどの処置を講じ、もって農業者年金事業の実施の適正を期する要があると認められる。
よって、会計検査院法第36条の規定により、上記の処置を要求する。
(注) 北海道ほか9県 北海道、岩手、群馬、新潟、静岡、兵庫、山口、愛媛、熊本、大分 各県