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  • 昭和61年度|
  • 第2章 所管別又は団体別の検査結果|
  • 第1節 所管別の検査結果|
  • 第5 厚生省|
  • 意見を表示し又は処置を要求した事項

生活保護の実施において被保護世帯に対する扶養義務者の扶養の履行を確保するよう改善の処置を要求したもの


(1) 生活保護の実施において被保護世帯に対する扶養義務者の扶養の履行を確保するよう改善の処置を要求したもの

会計名及び科目  一般会計 (組織)厚生本省 (項)生活保護費
部局等の名称  厚生本省、北海道ほか21都府県
補助の根拠  生活保護法(昭和25年法律第144号)
事業主体  市87、特別区2、計89事業主体
補助事業  生活保護事業
事業内容  都道府県、市等が生活困窮者の最低限度の生活を保障するとともにその自立を図る事業
事業費  461,894,743千円(昭和61年度)
上記に対する国庫補助金交付額の合計  323,326,320千円(昭和61年度)

 上記の生活保護事業において、扶養義務者の世帯に相当額の所得があって被保護世帯に仕送りなどの援助が期待されたり、扶養義務者が被保護者を扶養しているとして税法上の扶養控除を受けているなど扶養義務を履行すべき個別の事由があったりしているのに、これら扶養義務者に対する扶養の要請が十分でなく、扶養の履行が全く又は十分になされていないなどの事態が、今回検査を実施した22都道府県の被保護世帯1,828世帯に対する扶養義務者1,983人のうち836世帯に対する856人について見受けられた。

 このような事態を生じているのは、事業実施のために定められた厚生省の通知において、扶養能力の調査等についての具体的な取扱要領が定められていないこと、保護を実施する福祉事務所において、扶養義務者に対する扶養の要請に関し適切な処置が執られていないことなどによると認められる。

 したがって、厚生省において、扶養能力を調査する体制の整備、扶養能力の調査に関する指導の徹底、費用徴収権を発動できる体制の整備などを行い、もって生活保護事業の実施の適正を期する要がある。

 上記に関し、昭和62年12月1日に厚生大臣に対して改善の処置を要求したが、その全文は以下のとおりである。

生活保護世帯に対する扶養義務の履行の確保について

 貴省では、生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)の規定に基づき、都道府県又は市町村が生活に困窮している者に対して、その最低限度の生活の保障及び自立の助長を図ることを目的として生活扶助、医療扶助等に係る生活保護費を支弁した場合、要した費用の一部を負担しており、その国庫補助金額は、59年度1兆1856億余円、60年度1兆0856億余円、61年度1兆0694億余円と毎年多額に上っている。

 この生活保護は、日本国憲法第25条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮する国民に対してその困窮の程度に応じ必要な保護を行うものであるが、法第4条第1項の規定により「生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用すること」を要件として行われるもので、また、同条第2項の規定により「民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われる」ものとされている。そして、その扶養の履行の確保を図るため、保護費を支弁した都道府県又は市町村は、法第77条の規定により、扶養義務者からその扶養義務の範囲内において、その費用の全部又は一部を徴収できることになっており、扶養義務者の負担すべき額について協議が調わないときは、家庭裁判所の決定により、これを解決することになっている。

 この扶養義務の取扱いは、貴省社会局長通知(昭和38年社発第246号。以下「通知」という。)に定められており、これによると、保護の申請があったときは、要保護者よりの申告等により、夫婦、直系血族及び兄弟姉妹(以下「絶対的扶養義務者」という。)並びにその他の3親等以内の者のうち、過去に当該要保護者又はその世帯に属する者から扶養を受けるなど特別の事情があり、かつ、扶養能力があると推測される者などを把握し、その者の世帯構成、職業、収入、課税所得等について実地に調査し、又は、その者に照会することとし、回答がないときは、その者の居住地を所管する保護の実施機関に調査の依頼を行うか、その居住地の市町村長に照会することになっており、保護開始後もこれらの調査等は年1回程度は行うことになっている。

 そして、扶養の程度の標準は、夫婦又は義務教育終了前の子に対する親の関係にある扶養義務者については、その者の最低生活費を超過する部分、その他の者については社会通念上それらの者にふさわしいと認められる程度の生活を損なわない限度を超える部分とすることとなっている。
 しかして、本年、北海道ほか21都府県(注1) において、被保護者の2親等以内の直系血族であって保護の実施機関の管内に居住しており、所得税が現に課税されている者など扶養が期待される扶養義務者がいる被保護世帯1,828世帯に対する扶養の履行状況を調査したところ、当該扶養義務者1,983人のうち、61年度中に実際に扶養を行っていた者は341人で17.2%にすぎず、また、1,153人は、扶養を要請されたことが全くない状況で、次のような事態が見受けられた。

1 扶養義務者の世帯の所得が貴省の国民生活の実態に関する調査報告等に基づく世帯構造別にみた1世帯当たりの所得等からみて余裕があり、被保護世帯に仕送りなどの援助が期待されるのに、扶養の要請が十分に行われておらず、扶養を全くしていないものが、22都道府県において596人あった。

対象被保護世帯  580世帯
61年度保護費給付額  994,219千円

2 被保護者を扶養しているとして税法上の扶養控除を受けているなど扶養義務を履行すべき個別の事由のある扶養義務者に対して扶養の要請が十分でなく、扶養の履行が全く又は十分になされていないものが、次のとおりあった。

(1) 扶養義務者が被保護者を税法上の扶養控除の対象としていたり、勤務先から扶養手当を受けていたりしているのに、全く扶養していなかったり、扶養が十分でなかったりしたものが、22都道府県において273人あった。

対象被保護世帯  273世帯
61年度保護費給付額  314,506千円

(2)扶養義務者が生別母子世帯の義務教育終了前の子の父親など特別の関係にあったり、過去に被保護世帯から財産の贈与、相続、各種の便益を受けていたなど特別の事情があったりして、日常の生活において被保護世帯に対する援助が強く求められるのに、扶養していなかったものが、18都道府県(注2) において149人あった。

対象被保護世帯  149世帯
61年度保護費給付額  253,512千円

(3) 扶養義務者が被保護者を税法上の扶養控除等の対象としたり、被保護者に対して相当額の援助をしていたりしていて、被保護者を扶養義務者の加入している社会保険の被扶養者とすることによって保護費を低減させることができるのに、これが活用されていなかったものが、21都道府県(注3) において123人あった。

対象被保護世帯  123世帯
61年度保護費給付額  212,132千円

 上記の扶養義務が履行されていないなどの事態には、重複しているものがあり、この重複分を整理すると856人の扶養義務者が、扶養を全く又は十分に履行していないこととなり、その対象被保護世帯836世帯に給付した61年度の保護費総額は、1,294,655千円(国庫補助金相当額906,249千円)に上っている。

 このような事態を生じているのは、

(1) 貴省及び他省庁が、行政の基礎資料整備の一環として、国民生活の実態に関する調査を行っているのに、貴省においては、それらを扶養能力の判断の参考資料として十分に活用しておらず、通知において扶養義務者に求めるべき扶養の程度に関する標準が抽象的であって、具体的な取扱いが示されていないこと、

(2) 保護の実施機関において、扶養義務者の課税状況及び扶養手当の受給の調査を実施しているところが少なく、なかにはそれらの事実を発見しても扶養義務者への扶養の要請をほとんど行わないものもあるのに、これらの調査の実施とその結果に基づく扶養の要請に係る貴省の指導が十分でなかったこと、

(3) 絶対的扶養義務者で、特に強く扶養の要請を求めるべき特別の関係や事情がある場合の取扱いについて指導の徹底が図られておらず、なかでも特別の事情については、これを調査する具体的な指導要領が定められていないこと、

(4) 保護の実施機関において、被保護者を扶養義務者の加入している社会保険の被扶養者とするための要請が十分でなかったこと

などによるものと認められる。

 ついては、生活保護は、62年3月末現在、全国で732,120世帯1,319,310人に対して実施していて、保護費の支給総額は61年度1兆5277億余円と多額に上っており、また、貴省が60年7月に行った被保護者全国一斉調査の結果によっても扶養義務者からの援助を受けている被保護世帯は約13%にすぎない状況にかんがみ、貴省においては、

(1) 税法上の扶養控除及び扶養手当の受給の有無を扶養能力の調査項目に加えるとともに、抽象的な取扱いとなっている扶養の程度の標準や社会保険の活用等についての具体的な取扱要領を設けるなどして、扶養能力の調査が実効の上がるものとなるように体制を整備すること、

(2) 実施機関において、関係機関等との協調を図るなどして扶養能力の調査を徹底するよう指導すること、

(3) 十分な扶養能力があるにもかかわらず、正当な理由がなく扶養の履行をしていないものについては、法第77条の規定に基づく費用徴収権を発動できる体制を整備すること

などにより、法第4条に定める扶養義務の履行を確保し、適正な保護の実施に努める要があると認められる。

 よって、会計検査院法第36条の規定により、上記の処置を要求する。

(注1)  北海道ほか21都府県 北海道、東京都、京都、大阪両府、宮城、福島、埼玉、神奈川、新潟、富山、山梨、長野、静岡、愛知、三重、兵庫、広島、香川、愛媛、高知、福岡、熊本各県

(注2)  18都道府県 北海道、東京都、京都府、宮城、福島、埼玉、新潟、富山、山梨、長野、愛知、三重、広島、香川、愛媛、高知、福岡、熊本各県

(注3)  21都道府県 北海道、東京都、京都、大阪両府、宮城、福島、埼玉、神奈川、新潟、富山、山梨、長野、静岡、愛知、三重、広島、香川、愛媛、高知、福岡、熊本各県