検査対象 | 西日本旅客鉄道株式会社 |
コンクリート構造物の概要 | 昭和42年から49年までの間に建設された山陽新幹線のトンネル、高架橋等 |
平成11年度末におけるコンクリート構造物の帳簿価額 | 1877億円 |
1 コンクリート剥落事故等の概要
山陽新幹線は、旧日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)により、昭和47年3月に新大阪から岡山までが、3年後の50年3月に岡山から博多までがそれぞれ開業された。
その後、62年4月の国鉄の分割民営化に伴い、西日本旅客鉄道株式会社(以下「JR西日本」という。)では、新幹線の資産を新幹線鉄道保有機構から借り受けて運営していたが、平成3年10月に同機構より約9741億円(支払いは60年の割賦)で取得し現在に至っている。
12年3月現在、山陽新幹線は、新大阪から博多までの554kmを2時間17分で結び、1日の列車運行本数は282本、年間の輸送人員は約5800万人となっており、近畿圏と北九州圏間における輸送人員の約58%を占めている。
そして、11年度のJR西日本の損益についてみると、営業収益約8851億円(このうち新幹線運輸収入分は約3130億円)、営業費約7860億円、営業利益約990億円(当期純利益約255億円)となっている。
山陽新幹線の土木構造物の内訳は、表1のとおり、ほとんどがトンネル、高架橋及び橋りょうのコンクリート構造物(11年度末の帳簿価額約1877億円。以下「構造物」という。)となっている。
これらのうち、新大阪から岡山までの区間158kmは、昭和42年3月から46年5月(4年3箇月)の間に、岡山から博多までの区間393kmは、45年3月から49年8月(4年6箇月)の間に建設された。
表1 山陽新幹線の土木構造物の内訳 | |||||||||||||||||||||||||
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(注) | 上段が延長(km)、下段が区間延長に対する割合(%) 上記の551kmは、東海旅客鉄道株式会社の管理する新大阪以西3km分を除いたものであり、また、JR西日本の営業線の管理延長としては、上記以外に車両基地までの軌道を利用した博多から博多南まで9kmがある。 |
(ア)トンネルについて
平成11年6月27日、小倉、博多間の博多寄りの福岡トンネルにおいて、覆工コンクリートのアーチ部の一部が剥落して、走行中の新幹線車両を破損させる事故が発生した。
このため、JR西日本では、事故後、11年6月から7月の間に山陽新幹線の全トンネル(142トンネル、総延長280km)において、剥落の要因となったコールドジョイント(注1)
の点検を実施して、2,049箇所のコールドジョイントを確認し、補修が必要と認められた301箇所について、鋼材による剥落防止工を施工した。
その後、福岡トンネルの事故から約3箇月を経て10月9日、小倉、博多間の小倉寄りの北九州トンネルにおいて覆工コンクリートの側壁部の打込み口(注2)
が剥落する事故が発生した。
このため、JR西日本では、再度、全トンネルを点検し、8トンネルについて37.3kmの打込み口を確認し、そのうち、剥落の可能性がある13.9kmは11年末までに8.2kmを撤去し、残りの5.7kmは12年度末までに計画的に撤去することとしている。
これらの剥落事故が相次いだため、JR西日本では11年10月から12月の間に、改めて山陽新幹線の全トンネルについて安全総点検(以下「総点検」という。)を実施した。総点検では、延べ約69,000人日をかけてトンネルの全覆工面を対象にハンマーによる打音検査等を実施し、剥落の可能性のあるジャンカ(注3)
1,164箇所及び浮き(注4)
10,205箇所を叩き落としている。
さらに、打音検査で濁音のした閉合クラック(注5)
等461箇所については、鋼材等による剥落防止工を施工している。
(注1) | コールドジョイント 一区画のコンクリートを複数回に分けて打設した際、新しいコンクリートを打設するまで長時間が経過して先のコンクリートが硬化してしまうことにより生じる継ぎ目 |
(注2) | 打込み口 トンネルの側壁を施工する際、コンクリートを注入するために作った突起状の注入口 |
(注3) | ジャンカ 型枠取外し後のコンクリートの表面に見られる粗骨材の凝集、空洞等の欠陥部分 |
(注4) | 浮き コンクリートが劣化し、ハンマー等で叩くと比較的容易にコンクリート片が剥落するような部分 |
(注5) | 閉合クラック コンクリートに生じた複数のクラックが一つの部分を囲んでいる状態になっているもの |
(イ)高架橋等について
高架橋及び橋りょう(以下「高架橋等」という。)におけるコンクリート片の剥落等が昭和60年頃から相次いだため、JR西日本では、原因の究明とその対策について検討を行い、剥落箇所の補修や劣化の予防工事を行ってきた。
しかし、その後もコンクリート片の剥落が続き、福岡トンネルの事故を契機に、高架橋下が道路、公園等となっている張出床版等は平成11年7月に高架橋等の緊急点検を、また、その他の床版等は同年10月以降に点検をそれぞれ実施し、浮きを叩き落とし、その部分を特殊モルタルで埋めるなどの補修(面積15,025m2
)を行った。
さらに、高架橋等総合診断として12年末までに、すべての高架橋等約15,000橋を対象に、床版、柱、梁等ごとにコンクリートの劣化調査を行うこととし、このうち、12年3月末時点で高架橋等の全体の概況を把握するために抽出した394橋の調査を完了(この調査により得られたデータを以下「高架橋等調査資料」という。)している。
コンクリートの剥落原因の推定及び今後の中長期的な保守、管理の在り方について、トンネルは「トンネル安全問題検討会」(運輸省が11年8月に設置。以下「トンネル検討会」という。)において、高架橋等は「山陽新幹線コンクリート構造物検討委員会」(JR西日本の委託を受け財団法人鉄道総合技術研究所が11年8月に設置。以下「高架橋委員会」という。)において、それぞれ検討されて、報告書にまとめられており、それらの主な内容は以下のとおりとなっている。
(ア)トンネルについて
山陽新幹線におけるコンクリート塊の剥落の主な原因は次のように推定されている。
福岡トンネルについては覆工コンクリートの打設中に、コンクリート材料の供給に中断が生じてアーチ下部にコールドジョイント等が形成され、その後の長期間にわたる漏水等のため残っていた接合面にもひび割れが進展し、最終的に列車走行時の振動等により落下したとしている。また、北九州トンネルについては、打込み口と側壁本体との間に打設直後のコンクリートの沈降差等によってひび割れが生じ、その後の長期間にわたる漏水等のため残っていた接合面にもひび割れが進展し、最終的に自重により落下したとしている。
今後のトンネルの保守及び管理については、〔1〕既設のトンネルは、できるだけ早期に目視及び打音による詳細な検査を実施し変状展開図(注6)
等を作成、記録する。〔2〕目視を中心とした通常の検査は、従来どおり2年以内に1回とするが、このうち一定の周期の検査(新幹線は10年以内に1回)は目視及び打音による詳細な検査を行い、これらの検査過程により〔1〕の記録を修正し、その後の検査の基礎資料にする。〔3〕これらの検査において、その精度に留意しつつ自動検査システム等を導入していくことが望ましいとしている。
(イ)高架橋等について
コンクリート片の剥落は、鉄筋が腐食、膨張し、コンクリートにひび割れが生じたためであり、腐食の主たる原因は、コンクリートの中性化(注7)
(以下「中性化」という。)であり、また、コンクリートの塩分が多いほどその傾向が強いとしている。
また、鉄筋の一部が腐食している高架橋の耐力を調査した結果、現行の設計に基づく耐力を上回っており、現時点では構造上は問題ないとしている。
今後の高架橋等の補修については、劣化度の大きい床版の下面(以下「下床版」という。)の補修工法を示しており、高架橋本体の耐力を示す公称安全率(推定実耐力/設計耐力)、浮きの叩き落とし率(叩き落とした面積/当該部材の全面積)、中性化の進行度及び塩分含有率等から劣化度を判定し、劣化度に応じて6種の補修工法を選定することとしている。
2 検査の背景及び観点
山陽新幹線は西日本における旅客輸送の大動脈であり、JR西日本では、開業以来、列車の高速化を進めてきている。このような状況下で発生したコンクリートの剥落事故は安全な大量輸送に直接係わるものであり、また、今回の事故はこれまで考えられてきたコンクリート構造物の設計耐用年数(注8)
を大幅に下回って起きたものである。
そこで、本院では、構造物の建設当時の施工管理及びこれまでの維持管理が適切に行われていたか、また、今後改善を図る点はないかという観点から、それらの内容、総点検の結果等を調査分析することとした。さらに、維持管理費が経営に与える影響について、また、施工管理等がライフサイクルコストに与える影響についてそれぞれ検査を行うこととした。
3 検査の状況
(1)建設当時の仕様及び施工管理並びに実際の施工
ア トンネルについて
(ア) 検査の方法
コンクリートの剥落事故の原因であるコールドジョイント等について、発生原因等を建設当時の建造物設計標準、土木工事標準示方書、工事監督しゅん功検査要領等(いずれも国鉄が制定。以下、これらを「示方書等」という。)、JR西日本が実施した請負人に対してのアンケート調査結果等により検査した。
(イ) 検査の結果
示方書等では、覆工コンクリートの打設については一区画(トンネル延長12mから15m程度)を連続して行うこととしており、施工管理は、請負人から打設等の作業報告を求め、必要な場合は発注者側の監督員(以下「監督員」という。)が立ち会うこととしている。
しかし、実際の施工に当たり、打設の中断があったかどうかは建設当時の資料がなく確認できなかったが、請負人に対してのアンケート調査結果によれば、覆工コンクリートの打設中に、他の工種との競合による時間待ち、コンクリート運搬車の脱線等によりコンクリート材料の供給の中断があったとしており、一区画を連続して打設できない状況があり、コールドジョイントが発生したと推定された。
また、打込み口は、建設当時の発注図面には示されておらず、請負人が側壁コンクリート打設時の施工性の向上を図るため、監督員の承諾を得て設けることとしたもので、完成後も特に車両の走行に支障を来さないことから、一部が撤去されずそのまま存置されたものであった。そして、建設当時、打込み口と側壁本体との打設直後のコンクリートの沈降差等によって、ひび割れが生じたものと推定された。
イ 高架橋等について
(ア) 検査の方法
鉄筋の腐食は、前記のとおり、中性化及び塩分が原因とされている。このうち、中性化はコンクリートの表面から内部へ進行するもので、水セメント比(水の重量/セメントの重量)の高いコンクリートが使用されていると進行が早く、コンクリートの表面から鉄筋までの深さ(以下「鉄筋の被り厚さ」という。)が足りないとその分早く鉄筋に到達(中性化したコンクリートの先端から鉄筋までの残り深さを以下「中性化残り」という。)するものである。そこで、列車荷重が加わり、他の部位よりも表面積が大きく、劣化が進行している下床版について、水セメント比、鉄筋の被り厚さ、塩分含有率の仕様及び施工管理の方法を示方書等により、また、これらの実際の施工を高架橋等調査資料等により検査した。なお、高架橋等調査資料において調査した高架橋等は394橋であるが、PC桁等は劣化度が小さく調査を実施していない項目があるため、各項目の調査箇所数は394箇所より少ない。
(イ)検査の結果
〔1〕 水セメント比
示方書等では、水セメント比を55%以下としており、施工管理は、スランプ(注9)
試験、圧縮強度試験の結果等を提出させることとしている。
しかし、建設当時のスランプ試験、圧縮強度試験の結果等は資料がなく確認できなかった。そこで、本院が、建造物保守管理の標準・同解説コンクリート構造物(昭和62年財団法人鉄道総合技術研究所制定)等に示されている、水セメント比、中性化深さと建設後経過年数の関係式(以下「中性化関係式」という。)、高架橋等調査資料の中性化深さの調査データ及び実際の建設後経過年数に基づき、水セメント比を算定した。その結果、調査した314箇所のうち224箇所(約71%)が示方書等の水セメント比の値を超えており、これらの箇所は施工管理等が十分でなかったため、水セメント比の高いコンクリートが使用されていると推定された。
(注9) スランプ 固結する前のコンクリートの軟らかさを表す指数
〔2〕鉄筋の被り厚さ
示方書等によれば、鉄筋の被り厚さを25mmとしており、施工管理は、請負人から鉄筋の組立等の作業報告を求め、必要な場合は監督員が検測したり、立ち会ったりすることとしている。
しかし、鉄筋の被り厚さを調査した314箇所のうち68箇所(約21%)が示方書等で示された値を下回っていて、これらの箇所は施工管理等が十分でなかったため、鉄筋が適切な位置に配置されていないと認められた。
〔3〕 塩分含有率
建設当時、塩分がコンクリートに与える影響が十分把握されていなかったこともあり、示方書等では、コンクリート用細骨材として海砂を使用するときは十分に水洗いするとしているのみでコンクリートの塩分含有率の許容値は規定しておらず、施工管理についても塩分含有率の品質管理を行うこととしていない。
そこで、塩分含有率について、本院が高架橋等調査資料の調査データを現在の塩分含有率の許容値と対比できるよう換算して比較したところ、調査した252箇所のうち192箇所(約76%)がその許容値を超えていた。これらの箇所は現在の塩分含有率の許容値からみると、十分に水洗いをしていない海砂が使用されていると推定された。
(2)JR西日本がこれまで実施してきた維持管理の内容とその分析
ア 検査の方法
これまで実施してきた維持管理について、〔1〕定期検査の根拠法令及び規定並びに体制及び方法がそれぞれどのようになっていたか、〔2〕定期検査の記録簿と総点検等で確認した不良箇所を対比することにより、これまで実施してきた定期検査はどの程度有効であったかを、剥落事故の発生した福岡、北九州両トンネルに重点を置き分析した。
また、他団体における構造物の維持管理の方法についても調査した。
イ 検査の結果
(ア) 定期検査等の根拠法令、規定等
構造物の検査について、新幹線鉄道運転規則(昭和39年運輸省令第71号)では、鉄道事業者は2年を超えない期間ごとに定期検査を行い、その検査を行った年月及び成績を記録しなければならないとし、また、定期検査の規定を定めて運輸大臣に提出しなければならないとしている。
JR西日本では、上記の規則に基づき、新幹線線路検査心得(昭和62年4月施達第4号)を定め、運輸大臣に提出している。同心得では、定期検査は2年を超えない範囲で行うなどとしており、方法等については、建造物検査準則(平成5年施工第477号)等に定め、検査は主として徒歩で目視により行い、検査後、トンネルは目地間(注10)
ごとにクラック、剥離・剥落、漏水等について、高架橋は部位等ごとにクラック、剥離・浮き、漏水等について、それぞれ構造物の健全度の判定を表2のとおり行うこととしている。
表2 健全度区分とその内容 | ||||||||||||||||||||
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目地 トンネルの覆工コンクリートを、一区画ごとに打設するためにできる型わくの打継ぎ目
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(イ)定期検査等の体制、方法
山陽新幹線の保守を担当する4支社(注11)
において、主に構造物の維持、管理に直接従事する土木系社員数の推移についてみると、8年度に238人、9年度に226人、10年度に203人、11年度に204人となっていて、福岡トンネルでコンクリートの剥落事故が発生するまで、維持管理要員の見直し等により年々減少している傾向にあった。
そして、定期検査等の方法は、トンネルが列車運転終了後の深夜に3人から4人の編成で一日当たり約2kmを、高架橋等が昼間4人の編成で一日当たり約1kmを、いずれも徒歩で主に目視によって行っているが、トンネルは地上からアーチ部の頂部までの高さが約8m、高架橋等は地上から下床版までの高さが約7mから11mあることから、いずれも構造物から離れた位置からの検査であった。
(注11) 4支社 神戸、岡山、広島、福岡各支社
(ウ)定期検査の有効性
〔1〕 トンネルについて
福岡、北九州両トンネルを含む延長7km以上の7トンネルを対象として、総点検等の打音検査の結果に基づいて補修した207箇所について、総点検等実施以前で、直近の定期検査の検査記録を本院が検査したところ、健全度の判定は図1のとおり、約79%がC(軽微な変状等)又はS(健全なもの)としており、補修の要はないとしていた。
図1 直近の定期検査の健全度(トンネル)
また、福岡、北九州両トンネルについて、コンクリートの剥落が発生した箇所の定期検査を、福岡トンネルでは10年11月に、北九州トンネルでは11年7月にそれぞれ実施しており、当該箇所の健全度の判定は、表3のとおり、両トンネルとも補修の要はないとしていた。
表3 剥落箇所の健全度の判定結果 | |||||||||||||||||||||
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(注)「−」は、判定項目がないということである。 |
〔2〕 高架橋等について
8年7月以降4年間にコンクリート片の自然剥落のあった45高架橋等は、11年7月の緊急点検において、その多くが浮きを叩き落とすなどして補修されていることから、緊急点検以前で、直近の定期検査の検査記録を本院が検査したところ、健全度の判定は図2のとおり、約48%がC又はSとしており、補修の要はないとしていた。
図2 直近の定期検査の健全度(高架橋等)
(エ) 他団体における構造物の維持管理の方法
高速道路を管理している他団体では、トンネル、高架橋等の点検については、年1回の定期点検の他に1年から5年に1回、リフト車等を使用して至近距離からの目視、打音等による定期詳細点検を実施しており、また、新幹線を保有している他の旅客鉄道株式会社では、トンネルの点検について自動検査システムを導入している状況である。
(3) 総点検の点検結果等の分析
ア トンネルについて
(ア) 検査の方法
総点検等における142トンネルの点検結果を基に、各トンネルの単位長さ当たりの不良箇所数の傾向について分析した。
(イ) 検査の結果
〔1〕 コールドジョイント
a トンネル所在地とコールドジョイントの関係
トンネル所在地とトンネル延長1km当たりのコールドジョイント数(以下「単位コールドジョイント数」という。)の関係についてみると、図3のとおり、岡山以西で多くなっている。単位コールドジョイント数の全体の平均は、7.3箇所/kmであるが、当初開業の岡山までは、平均1.0箇所/km、工事期間も短かく、その間にオイルショックの影響を受けた岡山以西では、平均8.9箇所/kmとなっている。
また、10箇所/km以下のトンネルが、全体の約67%を占めているが、20箇所/km以上のトンネルも約10%存在するなどトンネルにより大きなばらつきがある。
図3 トンネル所在地とコールドジョイントの関係
b 施工業者とコールドジョイントの関係
トンネルの施工業者と単位コールドジョイント数の関係についてみると、図4のとおり、総施工延長の短い施工業者のトンネルは、単位コールドジョイント数が多くなっている。具体的には、総施工延長10km以上の施工業者のトンネルは6.3箇所/km、10km未満の施工業者のトンネルは10.3箇所/kmとなっている。そして、総施工延長の短いトンネルの施工業者は、比較的規模の小さな建設会社が多い傾向にある。
図4 施工業者とコールドジョイントの関係
〔2〕 トンネル所在地とクラックの関係
トンネル所在地とトンネル延長1km当たりのクラック数(打音検査で濁音のしたもの)の関係についてみると、図5のとおり、新神戸付近のトンネルに多く、また、岡山から博多に近づくにつれてやや増加する傾向がある。
図5 トンネル所在地とクラックの関係
〔3〕 トンネル所在地と浮き、ジャンカの関係
トンネル所在地とトンネル延長1km当たりの浮き、ジャンカ数との関係についてみると、浮きは小郡付近のトンネルに多い傾向があり、また、ジャンカはトンネル所在地との関係においては特に傾向は見受けられず、個々のトンネルによってそれぞれ大きなばらつきがある。
イ 高架橋等について
(ア) 検査の方法
高架橋等調査資料における下床版の鉄筋の被り厚さ、中性化残り及び塩分含有率について分析した。
(イ) 検査の結果
高架橋等調査資料における高架橋等所在地と鉄筋の被り厚さ、中性化残り、塩分含有率の関係についてみると、図6、7、8のとおり、いずれも高架橋等所在地との関係においては特に傾向は見受けられず、個々の高架橋等によってそれぞれ大きなばらつきがある。
図6 高架橋等所在地と鉄筋の被り厚さの関係
図7 高架橋等所在地と中性化残りの関係
図8 高架橋等所在地と塩分含有率の関係
これらのうち、中性化は今後も進行するものであることから、本院が、前記の中性化関係式を用いてその進行について推定した。その結果、建設当時、適切な水セメント比等で施工していたのであれば、今後約30年以上経過した後に中性化が鉄筋に達することとなるのに対し、調査した314箇所のうち、図9のとおり、既に中性化が鉄筋に達しているものが43箇所(約13%)あり、また、そのまま放置すると今後10年以内に中性化が鉄筋に達するものが34箇所(約10%)、同様に10年を超え30年未満のものが68箇所(約21%)あると推定される。
図9 中性化が鉄筋に達するまでの推定年数
(4) 構造物の維持管理費が経営に与える影響
山陽新幹線は建設後、新大阪から岡山までの区間が28年を、岡山から博多までの区間が25年をそれぞれ経過しており、これを更新する場合の建設費を計算すると、11年度の時点において約1兆1529億円(用地費等は除く。)になることから、構造物については、今後も、その設計耐用年数を念頭に置き適切な維持管理を行いながら、可能な限り使用していくこととなると思われる。
山陽新幹線の構造物に係る過去3箇年の維持管理費と減価償却費についてみると、次のとおりとなっている。すなわち、維持管理費については、9、10両年度が定期検査費、高架橋等のコンクリートの表面をコーティングする中性化対策工事費等としてそれぞれ約29億円、約24億円であったものが、剥落事故が起きた11年度には総点検等を行ったため約129億円になっている。また、減価償却費については、9年度約197億円、10年度約176億円、11年度約157億円となっている。この減価償却費は、新幹線鉄道保有機構からの取得額に基づき、トンネルは約1902億円、高架橋等が約1833億円、取得(平成3年)後の耐用年数を、無筋コンクリート構造のトンネルは新大阪から岡山までが14年、岡山から博多までが16年、鉄筋コンクリート構造の高架橋等は同様に34年、36年として、それぞれ定率法により算定したものである。
そして、剥落事故が11年度の損益全体に与えた影響についてみると、10年度に比べて維持管理費が約104億円増加、減価償却費が約19億円減少していて、これらを相殺した約85億円が営業費の増加要因となっているが、営業利益は約990億円確保されている。
また、各年度における維持管理費と減価償却費を合算した構造物の年間当たりの費用は、図10のとおり、9年度約226億円、10年度約200億円、11年度約286億円となっている。
なお、今後の維持管理費に関し、トンネルについては全面的な補修を行ったため従来程度の費用で済む見込みであるが、高架橋等については、高架橋委員会が示した補修を行うことから、その補修工事費を高架橋等調査資料に基づくなどして試算したところ、約280億円となる。この補修工事費は、補修工法が浮きの叩き落とし率等により選定されているため、現在、浮きが生じている高架橋等に限定された当面のもので、今後、中性化及び鉄筋の腐食は進行することから、長期的にも中性化等に対する補修工事費が必要になると認められる。
図10 構造物の年間当たりの費用
(5) 山陽新幹線と東海道新幹線における構造物の比較
ア 検査の方法
山陽新幹線は昭和50年3月に、東海道新幹線は39年10月に、それぞれ全線が開業している。東海道新幹線は、山陽新幹線の約10年前に開業したが、構造物からのコンクリート剥落事故は発生していない。
そこで、本院において、東海旅客鉄道株式会社から東海道新幹線におけるトンネルのコールドジョイント、高架橋等の中性化、塩分含有率等の調査資料の提出を求めて比較し、さらに、それぞれの構造物の単位長さ当たりの修繕費についても比較することにより、建設時の施工管理等がライフサイクルコストに与える影響を調査した。
イ 検査の結果
山陽新幹線は東海道新幹線に比べ、トンネルについては、単位コールドジョイント数が多く、高架橋等については、塩分含有率及び水セメント比の高いコンクリートが多く使用されていると認められた。このため、山陽新幹線の構造物1km当たりの修繕費は、東海道新幹線に比べ、表4のとおり、剥落事故の発生した11年度が突出して大きな額となっているばかりでなく、高架橋等については、事故発生以前の9、10両年度においても、浮き等の補修工事、コンクリートの表面をコーティングする中性化対策工事等を施工していることにより2倍以上の額となっており、今後の構造物の維持管理費を考慮すると、建設時の施工管理等がライフサイクルコストに大きな影響を与えるものと認められる。
表4 構造物1km当たりの修繕費 | (単位:万円/km) | |||||||||||||||||||||||||||||||
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4 本院の所見
山陽新幹線の構造物は、官民建設需要の大幅な伸び及びオイルショックによる資材不足、工期の制約等厳しい施工環境下で建設されたこともあるが、請負人が示方書等を遵守しなかったり、発注者の施工管理が十分でなかったり、また、示方書等の内容が明確でなかったりしていたため、一部に適切でない施工があったと認められる。
また、これまでJR西日本が実施してきた定期検査は、トンネルの崩落や高架橋等の耐力の低下に結びつくような比較的大きな変状に重点を置いたもので、開業から今回のコンクリート剥落事故までの間は構造物の変状に起因する車両事故は発生しておらず、その範囲で一定の役割を果たしてきたが、剥落に結びつく変状に対しては十分であったとは認められない。
山陽新幹線は開業以来30年を迎えようとしており、JR西日本では、近年、航空機とのシェア競争もあり、新型車両の投入などにより列車の高速化を進めているなかで、高速、大量輸送を支える山陽新幹線の構造物の維持管理を適切に行うことは、従来にも増して重要である。
JR西日本では、剥落事故後、トンネル検討会等の報告書等に基づき、構造物の維持管理の拠点である土木技術センターを増設したり、検査方法に関する社員教育を強化したりするなどして検査体制を整備するとともに、トンネルについては、これまでの検査方法に代え至近距離からの目視検査及び打音検査を定期的に行うこととしたり、高架橋等については、今後の補修に備え、各種補修工法の効果の確認等のための試験施工を行ったりしている。また、コンクリートの非破壊検査方法等についても開発を進めている。
上記のように、JR西日本では、維持管理方法の見直しを進めている状況であるが、次のような点も考慮のうえ改善を図る要があると認められる。
(ア) トンネルについて
〔1〕 総点検等の結果から判明した劣化度の高いものやコールドジョイント、クラック、浮きが多い岡山以西のものに留意して、効率的、重点的に検査する。
〔2〕 トンネルの点検は、列車運転時間外の深夜に行わなければならず、時間的な制約があったり、照明を必要とするなど作業条件が悪かったりすること、また、これらに加え全管理延長が280kmと長いことから、検査の精度に留意しつつ早期に自動検査システム等の導入を図る。
(イ)高架橋等について
〔1〕 高架橋等総合診断等の結果から判明した劣化が進行しているものに留意して、効率的、重点的に検査する。
〔2〕 今後、長期的にも中性化等に対する補修工事が必要となると認められるが、中性化及び鉄筋の腐食は放置すれば経年進行することなどから、維持管理計画を定め、劣化度の大きい高架橋等から順次、適切な補修を早期に行う。
〔3〕 高架橋等は約15,000橋と多数に上り、全管理延長も201kmと長いことから、高架橋等ごとに経年劣化が把握できるよう記録簿をシステム化するなどして整備する。
また、山陽新幹線と東海道新幹線の構造物を比較したところ、建設時の施工管理等が要因で建設後の修繕費に差を生じており、今後の維持管理費を含めたライフサイクルコストに大きな影響を与えるものと認められる。
したがって、今後、構造物の建設に当たっては、施工管理を適切に行うことにより高品質の構造物を建設するとともに、現存する構造物の維持管理を適切に行うことにより構造物を健全な状態に保つことが、ライフサイクルコストを低減させ、ひいては、経営の安定に資することになる。