検査対象 | 社会保険庁 |
会計名 | 厚生保険特別会計 |
適用の根拠 | 健康保険法(大正11年法律第70号)、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号) |
適用促進の概要 | 政府管掌健康保険及び厚生年金保険の未適用事業所に対して適用の促進を行うもの |
保険料収入の徴収決定済額 | 健康勘定19兆0964億円(平成14年度〜16年度) |
年金勘定59兆3548億円(平成14年度〜16年度) |
1 制度の概要
社会保険庁では、健康保険法(大正11年法律第70号)に基づき業務外の疾病、負傷等に関し医療、療養費等の給付を行う政府管掌健康保険事業を、また、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)に基づき老齢、死亡等に関し年金等の給付を行う厚生年金保険事業をそれぞれ運営している。
政府管掌健康保険(以下「健康保険」という。)及び厚生年金保険が適用される事業所は、健康保険法及び厚生年金保険法に定められている事業の事業所で常時5人以上の従業員を使用するもの、常時従業員を使用する法人の事業所など(以下、これらの事業所を「適用事業所」という。)とされている。適用事業所は、事業主等の意思にかかわらず健康保険及び厚生年金保険に加入しなければならず、両保険は強制保険となっている。そして、事業主は、健康保険法施行規則(大正15年内務省令第36号)及び厚生年金保険法施行規則(昭和29年厚生省令第37号)(以下、これらをあわせて「施行規則」という。)の規定に基づき、上記の要件を満たして適用事業所となった日から5日以内に、事業所の名称、所在地等を記載した「健康保険・厚生年金保険新規適用届」(以下「新規適用届」という。)を事業所の所在地を管轄する社会保険事務所等に提出しなければならないこととなっている。
また、適用事業所が解散したり休業したりするなどして、適用事業所に該当しなくなったときは、事業主は施行規則の規定に基づき、適用事業所に該当しなくなった年月日及びその事由等を記載した「健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届」(以下「全喪届」という。)に適用事業所に該当しなくなったことを証する書類を添付して提出しなければならないこととなっている。
健康保険の被保険者は適用事業所に使用される者とされ、また、厚生年金保険の被保険者は適用事業所に使用される70歳未満の者とされている。
そして、被保険者の資格の取得及び喪失は、社会保険事務所等の確認によって、その効力が生じ、また、この確認は、事業主からの届出若しくは被保険者からの請求により、又は職権で行うものとされている。
健康保険及び厚生年金保険の保険料は、標準報酬月額(注1) 及び標準賞与額(注2) に保険料率を乗じた額(平成15年度以降の場合)とされており、その負担割合は、事業主と被保険者がそれぞれ2分の1となっている。保険料は月単位で計算され、事業主は、その使用する被保険者及び自己の負担する保険料を合わせて、翌月末までに納付する義務を負っている。そして、社会保険事務所等は、保険料が納付期限までに納付されなかった場合には指定期限を定めて督促状を送付すること、また、指定期限までに納付されなかった場合には国税滞納処分の例により徴収することとなっている。
(注1) | 標準報酬月額 健康保険では第1級98,000円から第39級980,000円まで、厚生年金保険では第1級から第30級620,000円までの等級にそれぞれ区分されている。被保険者の標準報酬月額は、実際に支給される報酬月額をこの等級のいずれかに当てはめて決定される。 |
(注2) | 標準賞与額 各被保険者の賞与額から千円未満の端数を切り捨てた額で、健康保険では200万円、厚生年金保険では150万円が上限とされている。 |
昭和61年度の基礎年金制度の導入と時期を同じくして、健康保険法及び厚生年金保険法が改正され、両保険の適用事業所の範囲を段階的に拡大する措置が執られた。これにより、従前は、常時5人以上の従業員を使用する事業所が適用事業所とされていたが、63年度以降は、常時従業員を使用する法人の事業所がすべて適用事業所とされた。
適用事業所であるにもかかわらず未適用となっている事業所(以下「未適用事業所」という。)に対する適用の促進(以下「適用促進」という。)は、社会保険事務所等により、次のように行うこととされている。
〔1〕 法務局等で商業登記申請書等を閲覧するなどして適用促進の対象である事業所(以下「適用促進対象事業所」という。)を把握する。
〔2〕 適用促進対象事業所のうち新規適用届を提出していない事業所に対しては、健康保険及び厚生年金保険への加入を勧奨する文書(以下「勧奨状」という。)を送付するなどして加入指導を行う。
〔3〕 勧奨状による加入指導を行っても新規適用届を提出しない事業所に対しては、社会保険労務士に委託して巡回説明を行う。
〔4〕 巡回説明後は、社会保険労務士から提出される巡回説明結果報告書を有効に活用し、社会保険適用指導員等の訪問等により加入指導を行う。
社会保険本庁では、従来から、健康保険及び厚生年金保険に係る適用対策及び保険料徴収対策の企画立案業務を医療保険課が行ってきた。そして、平成16年4月に、適用及び保険料徴収を、適正かつ効率的に実施するための対策について検討を行い、地方社会保険事務局が実施する各種対策について指導、支援等を行うことを目的として、医療保険課内に適用・徴収対策室を設置した。
一方、地方社会保険事務局では、適用に関する業務(以下「適用業務」という。)を保険課等が所掌して、社会保険事務所等に対する指導監督を行っており、また、社会保険事務所等では、被保険者に係る資格の得喪、保険料の決定等の事務とあわせて、適用業務を業務課等が所掌している。
また、社会保険庁では、昭和61年度から、適用業務等の処理の円滑な実施を期するため、非常勤の国家公務員として、社会保険事務所等に、社会保険適用指導員及び社会保険適用事務員を配置している。そして、社会保険適用指導員は適用促進対象事業所の事業主に対する新規適用届の提出等の指導業務を行うことなどを職務としており、社会保険適用事務員は適用業務等の補助を行うことなどを職務としている。
2 検査の着眼点及び対象
近年、年金に対する関心が高まる中で、新規適用届を提出していないことなどによる未適用事業所が数多くあるとの指摘がなされている。
また、本院においても、平成12年度決算検査報告(「政府管掌健康保険及び厚生年金保険の適用事業所の全喪処理について、その適正化を図るよう改善の処置を要求したもの」)で、社会保険事務所等へ全喪届を提出した適用事業所が引き続き事業を継続するなどしているのに、健康保険及び厚生年金保険の適用を受けていない事態について指摘している。
このように、未適用事業所が存在することは、健康保険及び厚生年金保険の強制保険としての役割を維持する妨げとなっており、未適用事業所を少なくすることが、被保険者等となるべき者に対する医療保障や年金受給権の確保、事業主間の公平性の確保及び制度の信頼性の確保のために重要と考えられる。また、未適用事業所に対する適用を促進し、適正な負担を求めていくことが、健康保険事業及び厚生年金保険事業の健全な運営を維持する上で重要である。したがって、適用促進の実施状況とその効果等について分析・整理して広く国民の理解に資することが必要であると考えられる。
そこで、適用促進の実施状況について、適用促進対象事業所の把握など適用促進のための各種対策は適切に実施されているか、また、適用促進の効果が把握され、その後の対策に十分に反映されているかなどに着眼して検査することとした。
検査に当たっては、社会保険本庁、北海道社会保険事務局ほか27社会保険事務局(注3)
において、平成14年度から16年度までの間における適用促進対策の実施状況等を検査した。
なお、調査項目によっては、各社会保険事務局において把握している情報の違いなどから、調査の対象とした地方社会保険事務局数が上記の28社会保険事務局と異なるものがある。
3 検査の状況
(1)適用事業所数及び被保険者数の推移
適用事業所の範囲の拡大とともに適用促進の本格的な取組が始まった昭和61年度以降の健康保険、厚生年金保険及び同じ被用者保険である雇用保険の適用事業所数の推移は図1のとおり、また、被保険者数の推移は図2のとおりとなっている。
すなわち、適用事業所数については、健康保険及び厚生年金保険共に、適用範囲の拡大と適用促進の強化及び経済環境が良好であったことにより62年度から平成9年度までは対前年度末比でそれぞれ1.2%から9.8%の増加となっていたが、10年度にいずれも減少に転じていた。しかし、16年度にはそれぞれ0.7%、0.5%の増加となっている。
また、被保険者数については、健康保険及び厚生年金保険共に、適用事業所数と同様に、昭和62年度から平成8年度までは対前年度末比でそれぞれ0.2%から4.6%で増加したものの、健康保険は9年度に、厚生年金保険は10年度にそれぞれ減少に転じ、16年度、14年度にそれぞれ再び増加に転じている。
なお、厚生年金保険の14年度の被保険者数が増加したのは、14年4月に被保険者の年齢上限が65歳未満から70歳未満まで引き上げられたことや、旧農林漁業団体職員共済が厚生年金保険に統合されたことが大きく影響している。
一方、雇用保険の適用事業所数については、昭和62年度から平成13年度までは対前年度平均比で0.4%から3.9%の増加となっていたが、14年度に減少に転じていて、16年度は0.4%の減少となっている。また、被保険者数については9年度まで増加が続き、それ以降はほぼ横ばいとなっていたが、16年度は1.6%の増加となっている。
図1 適用事業所数の推移
図2 被保険者数の推移
なお、健康保険及び厚生年金保険と雇用保険とでは、後者にあっては従業員5人未満の個人事業所も適用対象となるという違いがあり、また、それぞれの制度における適用事業所の適用単位などが異なっている。
(2)適用促進の実績
ア 勧奨状の送付と事業所訪問の実績
26社会保険事務局(注4) 管内の194社会保険事務所等における、15、16両年度の適用促進業務の実績をみると、適用促進対象事業所に対する勧奨状の送付件数は、15年度の40,099件から16年度の57,563件と1.4倍に、また、常勤職員、社会保険適用指導員及び社会保険適用事務員(以下「職員等」という。)による事業所訪問件数は、7,282件から11,412件と1.6倍にそれぞれ増加していた。
イ 社会保険事務所等における実績
(ア)勧奨状の送付状況
上記の194社会保険事務所等を15、16両年度の勧奨状送付件数区分別に示すと、表1のとおりとなっていて、両年度とも、社会保険事務所等の間で、勧奨状の送付件数に相当のばらつきがみられる。
そして、勧奨状を送付してもその効果が期待できないなどとして、15年度では18社会保険事務所等、16年度では7社会保険事務所等が、全く勧奨状を送付していなかった。このうち6社会保険事務所等は15、16両年度とも勧奨状を送付していなかった。
表1 勧奨状送付件数区分別の社会保険事務所等数 | |||||||||||||||||||||||||
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また、28社会保険事務局管内の221社会保険事務所等について、適用業務に係る業務量の指標と考えられる管轄適用事業所数が同程度の社会保険事務所等における16年度の勧奨状の送付状況をみると、例えば管轄適用事業所数が中規模(5千事業所台)の34社会保険事務所においては勧奨状の送付件数が0件から1,085件と大きな開差があるなど、勧奨状の送付件数の多寡は、必ずしも実施すべき適用促進の業務量の多寡に対応したものとなっていないと考えられた。
(イ)事業所訪問の状況
前記の194社会保険事務所等を15、16両年度の事業所訪問件数区分別に示すと、表2のとおりとなっていて、両年度とも、社会保険事務所等の間で、事業所訪問件数に相当のばらつきがみられる。
そして、訪問を断られるなどしたために15年度では112社会保険事務所等、16年度では61社会保険事務所等が、全く事業所訪問を行っていなかった。このうち57社会保険事務所等は15、16両年度とも事業所訪問を行っていなかった。
表2 事業所訪問件数区分別の社会保険事務所等数 | |||||||||||||||||||||||||
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また、28社会保険事務局管内の221社会保険事務所等について、管轄適用事業所数が同程度の社会保険事務所等における16年度の事業所訪問の状況をみると、例えば管轄適用事業所数が中規模(5千事業所台)の34社会保険事務所においては事業所訪問件数が0件から313件と大きな開差があるなど、事業所訪問の実施件数の多寡は、必ずしも実施すべき適用促進の業務量の多寡に対応したものとなっていないと考えられた。
ウ 職員等の配置状況と社会保険適用指導員による事業所訪問の実績
28社会保険事務局管内の221社会保険事務所等における適用促進に従事している職員等の配置状況(16年度当初)は表3のとおりとなっている。
表3 職員等の配置状況 | ||||||||||||
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また、社会保険適用指導員による事業所訪問の実績についてみると、16年度においては、31人のうち25人が3,761件の訪問を実施しているものの、残りの6人は事業主に対する新規適用届の提出等の指導業務等を職務としているにもかかわらず、全く訪問を行っていなかった。
(3)各年度における適用促進の実態
ア 14、15年度の実施状況
(ア)商業登記申請書等や特定業界の情報の活用状況
社会保険事務所等では、職員等が定期的に法務局等で商業登記申請書等を閲覧するなどして、新規設立の事業所を把握していた。また、新規設立の医療法人については、保険医療機関指定申請書が地方社会保険事務局の保険課等に提出されることから、その情報を社会保険事務所等で利用するなどの方法で把握していた。
また、15年度からは、国土交通省自動車交通局との間で相互に貨物自動車運送事業者を対象とした情報提供を行うなどして、未適用事業所に対する適用促進を行っていた。
しかし、社会保険庁では、これらの調査方法ごとの適用促進対象事業所数を十分に把握しておらず、さらに、調査方法ごとの適用実績については、全く把握していなかった。したがって、これらの調査方法ごとの適用促進の実施効果については検証できる状況になかった。
また、適用促進対象事業所の把握に当たり、各種業界団体等から収集した情報も活用することとしているが、今までにこのような活用が図られていたのは、上記の貨物自動車運送事業者の情報のみとなっていた。
(イ)労働保険適用事業所データと社会保険適用事業所データを突合したリストの活用状況
社会保険庁では、未適用事業所が多数存在しているとの指摘を受け、14年度から、労働保険適用事業所データと社会保険適用事業所データを突合したリスト(以下「リスト」という。)を用いた適用促進対象事業所の把握を開始することとした。そして、従来から行っていた商業登記申請書等の閲覧などによる把握方法に優先してこのリストを活用し、適用促進を図ることとした。
このリストは、社会保険業務センターが管理する厚生年金保険適用事業所情報(13年12月末時点)と、厚生労働省労働基準局が管理する雇用保険適用事業所情報(被保険者が5人未満の個人事業所を除いたもの。14年2月末時点)とを、事業所名称、所在地、郵便番号、電話番号の4項目で突合して作成したものである。
突合した結果、雇用保険が適用されていた1,588,207事業所のうち、厚生年金保険の適用事業所と突合項目がすべて一致し、雇用保険、厚生年金保険共に適用されていると判断されたもの(以下「完全一致事業所」という。)は1,084,185事業所(68.3%)となっていた。
一方、突合項目の一部のみ一致していて調査確認を要するもの(以下「部分一致事業所」という。)は251,506事業所(15.8%)、雇用保険は適用されているが、対応する厚生年金保険の適用事業所の情報が全くなく、厚生年金保険が未適用であると推測されたもの(以下「不一致事業所」という。)は252,516事業所(15.9%)となっていた。
社会保険庁では、部分一致事業所と不一致事業所について、適用済みか否かを確認することとしていた。そして、確認の結果、未適用であることが判明した事業所のうち、雇用保険被保険者数が5人以上の事業所について優先的に適用促進を行うこととし、5人未満の事業所については年次計画を策定するなどして順次適用促進を行うこととしていた。また、雇用保険は適用されているが、既に社会保険事務所等で休業等を理由とした全喪届により全喪処理が行われ、健康保険及び厚生年金保険の適用を受けていない事業所については、休業等の実態を確認するなどして適切な処理を行うこととしていた。
このリストを活用した適用促進の14、15両年度における全47社会保険事務局での実施状況は、表4のとおりとなっていた。
しかし、適用促進の対象と判断された23,570事業所のうち、適用促進によりどの程度適用に至ったかの実績を社会保険庁では全く把握していないため、その実施効果については検証できる状況になかった。
表4 リストを活用した適用促進の実施状況 | (単位:事業所) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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この中には職員等が直接巡回説明を行っている事業所も含まれる。
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リストを活用した適用促進対象事業所の把握においては、雇用保険は適用されているが厚生年金保険は適用されていない事業所を網羅的に把握できることから、これを有効に活用することが重要であり、前記のとおり、社会保険庁においても、他の把握方法に優先して活用を図ることとしている。
しかし、28社会保険事務局管内の社会保険事務所等においてリストの活用状況を本院が調査したところ、一部の社会保険事務所等において次のような事例が見受けられるなど、社会保険庁の適用促進に関する指導内容が必ずしも統一的に実施されていないと認められた。
〔1〕 社会保険事務所の業務課で、健康保険証の更新等による業務多忙を理由として、商業登記申請書等を利用した適用促進のみを行い、リストを活用した適用促進に着手していなかった。
〔2〕 従業員5人以上の事業所に対する適用促進を優先して実施したものの、5人未満の事業所については全く着手しておらず計画も作成していなかった。
〔3〕 休業等を理由とした全喪届を提出していた事業所を、調査確認しないまま適用促進対象事業所から除外していた。
(ウ)15年度の巡回説明実施結果
27社会保険事務局(注5)
が15年度に社会保険労務士に委託して巡回説明を実施した22,324事業所に係る適用状況等について、巡回説明結果報告書により本院が分析したところ、次のとおりとなっていた。
巡回説明実施時に既に適用済みとなっていたものが2,355事業所(10.5%)、適用対象外と判断されたものが3,048事業所(13.7%)、所在地不明で巡回説明が実施できなかったものなどが6,360事業所(28.5%)で、適用促進対象事業所と判断されたものは10,561事業所(47.3%)となっていた。
そして、適用促進対象事業所と判断された事業所のうち法人事業所(10,105事業所)の占める割合は95.7%となっており、その従業員数をみると、5人未満が63.8%、5人以上20人未満が33.2%、20人以上が3.0%となっていて、この中には、従業員数が約300人の事業所もあった。
また、適用事業所であることについての認識等に係る質問に回答した法人の適用促進対象事業所9,287事業所のうち、適用事業所であることを認識しているものは7,175事業所となっていて、上記の9,287事業所の77.3%と高い比率になっている。一方、これらの7,175事業所のうち、加入に積極的でないものは6,473事業所と90.2%を占めていて、法的義務を認識しているものの、これが履行されていない状況となっている。
そこで、これらの加入に積極的でない法人事業所についてその理由を分析したところ、事業主が負担する保険料の経済的負担が大きいことを挙げている事業所が最も多く79.4%を占めている。また、従業員が加入に反対しているとしている事業所が8.9%となっている。
(エ)巡回説明後の適用実績に関する本院の調査結果
前記のとおり、社会保険庁では、適用促進の結果、適用に至ったか否かの実績が全く把握されていないため、その実施効果については検証できる状況になかった。そこで、27社会保険事務局が15年度に適用促進の対象として巡回説明を実施した10,561事業所について、17年度当初における適用実績を本院が調査したところ、適用済みとなっていたのは413事業所(3.9%)にすぎなかった。このことと、適用事業所であることを認識している適用促進対象事業所の比率が高いこととを考え合わせれば、今後、さらに有効な手段による指導の強化や職権適用の積極的な実施を図らない限り、適用事業所の増加は望めないと思料される。
イ 16年度の実施状況
(ア)新規リストの内容
16年度においては、引き続き、商業登記申請書等の閲覧等による適用促進を行うこととしたほか、リストを活用した適用促進も行うこととして、15年7月時点の厚生年金保険適用事業所データと、14年3月から15年7月までの間に新規適用となった雇用保険適用事業所データ(被保険者が5人未満の個人事業所を除いたもの)とを突合していた。
その結果、雇用保険が適用されていた101,850事業所のうち、完全一致事業所は53,058事業所(52.1%)、部分一致事業所は18,264事業所(17.9%)、不一致事業所は30,528事業所(30.0%)となっていて、調査対象とすべき事業所数は、部分一致事業所数と不一致事業所数とを合計した48,792事業所となっていた。
(イ)重点的加入指導等の実施方法
15年度までは、従業員5人以上の適用促進対象事業所について優先的に適用促進を行うこととされているだけで、巡回説明実施後の適用促進の実施方法は具体的に定められていなかったが、16年度は、巡回説明実施後も加入手続をしない従業員5人以上の事業所の事業主等を社会保険事務所等に呼び出して、加入指導を行うこととしていた。
また、重点的な加入指導として、呼出しによる加入指導後も加入手続をしない事業所や、呼出しに応じない事業所のうち、従業員20人以上の事業所については、職員等の戸別訪問により加入指導を行うこととしていた。
そして、戸別訪問による重点的加入指導後も加入手続をしない事業所に対しては、職権による適用の検討を進め、17年度から実施することとしていた。
(ウ)16年度の実施結果
16年度の全47社会保険事務局における適用促進の実施結果についてみると、次のような状況となっている(表5参照)
。
〔1〕 適用促進の対象とした103,565事業所のうち、14年度のリストから把握したものは33,426事業所となっていた。そして、103,565事業所のうち89,156事業所に勧奨状を送付して加入指導を行ったが、適用に至ったものは1,383事業所(1.6%)に止まっていた。
〔2〕 巡回説明を行った59,994事業所のうち、社会保険労務士に委託して実施したものは48,765事業所、職員等が直接実施したものは11,229事業所となっていた。そして、これらの中には既に適用済みとなっていたものが4,391事業所あり、また、適用促進の対象であると確認された28,252事業所のうち適用に至ったものは1,075事業所(3.8%)に止まっていた。
〔3〕 巡回説明実施後も加入手続をしない残りの27,177事業所のうち4,171事業所については、社会保険事務所等に呼出し、加入指導を実施することとしていたが、3,243事業所(77.8%)が呼出しに応じていなかった。このため、適用促進の対象とした3,840事業所のうち、呼出しによる加入指導で適用に至ったのは64事業所(1.7%)にすぎなかった。
〔4〕 呼出しに応じなかったり、呼出しによる加入指導後も加入手続をしなかったりした事業所(計3,513事業所)については、職員等の戸別訪問による加入指導を実施していた。しかし、このうち既に適用済みとなっていた事業所や適用対象外と判断された事業所を除いた適用促進対象の3,137事業所のうち適用に至ったものは74事業所(2.4%)にすぎなかった。
上記のように、適用促進対象事業所に対して勧奨状による加入指導などの様々な方法で適用促進を行ってはいたが、適用に至った比率は低い状況となっていた。その背景には、適用促進への取組が十分でない社会保険事務所等があることなどもあると考えられた。
また、適用実績等は把握していたものの、その評価や今後の適用促進のための活用方法は明確とはなっていなかった。
このような16年度中の適用促進の実施により適用に至ったものは計2,596事業所であり、未適用であることが確認されたものは26,332事業所である。
仮に、この2,596事業所について、15年度の巡回説明後に適用済みとなった事業所における従業員数を用いるなどして算出した常用従業員数に、厚生労働省が作成した毎月勤労統計調査の平均月間現金給与額等を乗じるなどして年間保険料を試算すると116億3266万余円となる。また、同様に、未適用であることが確認された26,332事業所について年間保険料を試算すると1182億2210万余円となり、適用促進の実施により適用に至った事業所に係る年間保険料の10.2倍となる。
4 本院の所見
健康保険及び厚生年金保険の未適用事業所に対する適用促進は、昭和61年度の適用事業所の範囲の拡大から本格的に取り組まれることとなった。
その後、未適用事業所の存在が問題とされたことを契機として、社会保険庁では、平成14年度からリストの活用等による適用促進の強化に努めているところであるが、本院において適用促進の実施状況について検査したところ、次のような状況となっていた。
ア 社会保険事務所等の中には、適用促進への取組が十分でないものや、配置された社会保険適用指導員の活動が低調であるものがあった。
イ 社会保険庁と各省庁との連携強化が図られているのは、現在までのところ、貨物自動車運送事業者の未適用情報提供のみである。
ウ 14年度においてリストを活用した適用促進を行っていなかった社会保険事務所が見受けられるなど、社会保険庁の指導内容が必ずしも統一的に実施されていなかった。
エ 適用事業所であることを認識しているものの加入に積極的でない事業所の比率が高いことから、制度の周知による勧奨のみでは適用に至る可能性は低いと考えられる。
オ 16年度から適用実績等を把握していたが、その評価や今後の適用促進のための活用方法は明確とはなっていない。
上記のような状況を踏まえると、社会保険庁において、今後、健康保険事業及び厚生年金保険事業の健全な運営を図るため、未適用事業所に対する適用促進について、次のような点を検討するなどして適切な実施を図ることが必要と考えられる。
ア 各社会保険事務所等において適用促進に積極的に取り組むよう努めるとともに、社会保険適用指導員の一層の活用を図ること
イ 各省庁等との協力連携を十分に図り、適用促進の推進体制の拡充強化を図ること
ウ リストの活用について、社会保険事務所等の間で取扱いに差異が生じないよう指導するとともに、これまでのリストの活用の実態について再検討した上で今後の改善策を検討すること
エ 職権適用の積極的な実施を前提に、適用促進対象事業所に対する重点的加入指導の一層の強化を図ること
オ 適用実績等を十分に把握・分析し、今後の実施方法の選択、評価等に活用すること
本院としては、健康保険、厚生年金保険の適用促進の実施状況について、今後も引き続き注視していくこととする。