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  • 第4章 国会からの検査要請事項及び特定検査対象に関する検査状況|
  • 第2節 特定検査対象に関する検査状況

H−IIロケット及びM−Vロケットの開発について


第9 H−IIロケット及びM−Vロケットの開発について

(1) 検査対象 宇宙開発事業団
H−IIロケットの概要 高度36,000kmの静止軌道上に2t級(高度250kmの円軌道上では10t級)の大型人工衛星を打ち上げる能力を持つ全長約50m、重量約260tの2段式ロケット
H−IIロケットの開発費 4018億円
(2) 検査対象 文部省宇宙科学研究所
M−Vロケットの概要 高度250kmの円軌道上に約1.8tの衛星を打ち上げる能力を持つ全長約31m、重量約140tの3段式ロケット
M−Vロケット4号機の製作費   68億円
第19号科学衛星の製作費  116億円

1 我が国のロケットの開発体制

 我が国は、宇宙開発の意義及び内外の情勢を踏まえつつ、内閣総理大臣の諮問機関である 宇宙開発委員会が定めた宇宙開発政策大綱(平成8年1月改訂。以下「大綱」という。)に定められた基本方針により、平和目的に限り、宇宙開発を進めている。
 そして、宇宙開発の重点活動の1つであるロケットの開発に当たっては、大綱及び大綱に沿って宇宙開発委員会が定める各年度の宇宙開発計画に基づいて実施されており、H系ロケットについては宇宙開発事業団(以下「事業団」という。)、M系ロケットについては文部省宇宙科学研究所(以下「研究所」という。)がそれぞれ中心となって進められている。

2 検査の背景

(ロケットの打上げ失敗)

 事業団が開発してきたH−IIロケットは、これまで5回打上げに成功していたが、平成10年2月、11年11月の打上げは、いずれもエンジンの不具合により失敗している。また、研究所が開発してきたM−Vロケットは、これまで2回打上げに成功していたが、12年2月の打上げは、ロケットモータの不具合により失敗している。
 そして、これらの打上げの失敗により、搭載されていた各人工衛星を所定の軌道に投入できない結果となった。

(本院の検査の経緯)

 ロケットの開発には多額の資金が投じられていて、搭載される人工衛星の開発費等も含めると、その費用は極めて高額なものとなる。また、ロケットの開発は、我が国が宇宙活動を自在に展開していくための基本であり、これまでの開発で培った技術力を更に発展させる必要があるとされている。
 このような状況の中でロケットの打上げが連続して失敗したことは、その開発技術の信頼性を揺るがせる事態であり、宇宙開発事業の今後の展開等に対する影響が大きいことから、本院は、H−IIロケット及びM−Vロケットの開発について、重点的に検査することとした。
 それぞれの検査の状況を示すと次のとおりである。

〔1〕 H−IIロケットの開発について

1 H−IIロケット開発の概要

(H−IIロケットの開発経緯)

 事業団では、大綱に沿った各年度の宇宙開発計画に基づいて、人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケットの開発、打上げ等を実施している。そして、その事業費の大部分は国からの出資金で賄われている。
 事業団は、1990年代における大型の人工衛星打上げ需要に対応することを目的として大型で高性能なH−IIロケットを開発してきた。
 H−IIロケットは、高度36,000kmの静止軌道上に2t級(高度250kmの円軌道上では10t級)の大型人工衛星を打ち上げる能力を持つ全長約50m、重量約260tの2段式ロケットである。そして、第1段エンジン及び第2段エンジンとして、いずれも液体酸素と液体水素が推進薬のLE−7エンジン及びLE−5Aエンジン(8号機はLE−5Bエンジン)をそれぞれ使用するとともに、第1段エンジンの打上げ能力を補うため2基の固体ロケットブースタを使用している(参考図1参照)

(参考図1)

(参考図1)

 H−IIロケットは、昭和59年度に宇宙開発委員会において、我が国の自主技術により開発すること、H−Iロケットなどの開発技術を最大限に活用して早期の開発とコストの低減を図ること、などを基本方針として、ロケットの基本構成、目標性能及び開発計画が決定されている。これに基づき、事業団では、60年度にシステム設計及びエンジン、機体、衛星フェアリング、誘導制御系等の開発基礎試験に着手し、61年度から開発を進めてきた。当初の開発計画では、試験機1号機の打上げは平成3年度を目標としていたが、LE−7エンジンの主要な構成部分である液体水素ターボポンプの開発が遅れるなどしたため、その打上げは5年度(6年2月)にずれ込んだ。
 H−IIロケットは、この試験機1号機を含め8機打ち上げる予定で開発されてきたが、現在までに7機を打ち上げて開発を終了している。その打上げ実績は表1のとおりとなっていて、試験機1号機以降5回までは打上げに成功していたが、6回目、7回目と2回連続して失敗し、残る1機(7号機)は開発を中止している。

表1 (単位:億円)
号機 打上げ年月 搭載人工衛星等 ロケット製作費 衛星製作費
試験機1号機 6年2月 軌道再突入実験機
性能確認用ペイロード
142 53
試験機2号機 6年8月 技術試験衛星VI型 137 297
試験機3号機 7年3月 宇宙実験・観測フリーフライヤ
静止気象衛星5号
160 163
4号機 8年8月 地球観測プラットフォーム技術衛星 209 264
6号機 9年11月 熱帯降雨観測衛星
技術試験衛星VII型
149 298
5号機
(打上げ失敗)
10年2月 通信放送技術衛星 143 380
8号機
(打上げ失敗)
11年11月 運輸多目的衛星 123 98
注(1) 金額は資産相当額で、打上げ経費は除く。
(2) 試験機3号機、8号機の金額は運輸省負担分を含む。

(H−IIロケットの開発体制)

 我が国の宇宙開発は、宇宙開発委員会、事業団、製作会社等それぞれの役割分担により実施されている。
 宇宙開発委員会は、我が国の宇宙開発に関する重要政策等について企画、審議、決定を行い、宇宙開発の長期的、基本的な指針となる大綱及び大綱に沿った各年度の宇宙開発計画の作成のほか、ロケットの打上げ失敗等があった場合には、その原因究明について調査審議し、その結果を報告している。
 事業団は、宇宙開発計画に基づき、宇宙開発委員会及び行政庁の指導・監督の下に、人工衛星、ロケットなどの開発について開発計画や技術仕様を定めたり、開発の各段階で評価及び設計審査を行ったり、製作会社間の技術調整等を実施したりしている。ただし、試作・試験、実機の設計・製作等については製作会社に委ねている。
 そして、製作会社についてみると、H−IIロケットは、主要部分である機体及びエンジンの製作と全体の取りまとめは三菱重工業株式会社が、エンジンに推進薬を供給するターボポンプの製作は石川島播磨重工業株式会社が、固体ロケットブースタの製作は日産自動車株式会社が行うなど、数会社により製作が分担されている。

(H−IIAロケットの開発)

 大綱においては、H−IIロケットの開発後、その開発成果を的確に反映させつつ宇宙ステーションへの補給等21世紀に向けて多様な需要に応えられる輸送手段として、高い打上げ能力を持ち、大幅なコストの低減が可能なH−IIAロケットの開発を行うこととしている。事業団では、これに基づき、現在、H−IIAロケットの開発を進めている。
 H−IIAロケットの開発は、衛星システムの利用による高度情報通信社会を支える重要なシステムの構築、地球科学の推進や地球環境の保全等に対する貢献の可能性、多様な分野での宇宙技術による新技術の創出に向けての貢献など多方面にわたり重要な意義を持っている宇宙開発の中で、重要な位置を占めるものとされている。

2 検査の着眼点及び方法

(検査の着眼点)

 事業団においては、現在、H−IIAロケットの開発を本格化させつつあるが、一方で、その開発の基礎となっているH−IIロケットは5号機、8号機と、ここ2回の打上げが、いずれもエンジンの不具合により連続して失敗している状況にある。
 このように、事業団におけるロケット開発が重要な時期に差し掛かっている時に、その開発技術の信頼性を揺るがせる事態が連続して生じたことにかんがみ、本院は、エンジンの製作及び各種開発試験は適切に行われたか、開発体制に問題となる点はなかったかなどについて検査を実施することとした。

(検査の方法)

 検査に当たっては、事業団本社、筑波宇宙センター、種子島宇宙センター及び角田ロケット開発センターにおいて、(1)H−IIロケットの開発状況、(2)打上げ失敗と原因究明、(3)打上げ失敗の影響、(4)打上げ失敗後の対応策などについて検査を実施した。また、製作会社の製作現場に赴き、エンジンの設計、製作等の内容について調査した。

3 検査の状況

(1)H−IIロケットの開発状況

 H−IIロケットのシステム設計などに着手した昭和60年度から平成11年度までに要した開発費用は、表2のとおり、開発基礎試験費、開発試験費等が1781億円、各号機の開発費等が2236億円、計4018億円と多額に上っている。

表2 (単位:億円)
開発基礎試験費等 ロケット開発費 共通開発費等
機体、エンジン等の開発基礎試験及び開発試験
H−IIロケット地上試験機の機体製作
等に係る費用
試験機1号機〜試験機3号機
4号機〜8号機
の製作に係る費用
共通部品材料の開発
射場用補用品の整備
試験検査設備の維持
等に係る費用
 
1781 1144 1092 4018
2236
(注) 共通開発費等には、一部、小型人工衛星の打上げ用J−Iロケット等に係る分を含む。

 また、昭和60年度から平成11年度までのロケット開発費、そのうちのH−IIロケット及びH−IIAロケットの開発費の推移を年度別にみると、表3のとおりとなっている。

表3

表3

 表3に示すとおり、昭和61年度から平成元年度までの間、事業費総額の中でのロケット開発費の割合は40%以上を占めており、特に、昭和62年度は505億円と事業費総額の5割近くを占めている状況であった。その後、国際協力による宇宙ステーションの建設、地球観測衛星、技術試験衛星等の開発等の多様な需要に応じていくために事業費総額が増加している中で、ロケット開発費の割合は低下する傾向にあり、平成11年度には363億円とその割合は18%となっている。
 そうした中で、H−IIAロケットは8年度から開発が進められているが、10年度以降H−IIAロケット開発費は一段と多額となり、かつ、H−IIロケット開発費を上回っていて、H−IIAロケットの開発に重点が移ってきている。

(2)打上げ失敗と原因究明

 2回の打上げ失敗とその原因究明の状況は次のとおりである。

ア H−IIロケット5号機

 5号機は、10年2月に種子島宇宙センターから打ち上げられたが、LE−5Aエンジン(第2段エンジン)が予定より早期に燃焼を停止したため、搭載していた通信放送技術衛星は、所定の軌道より大幅に低い軌道に投入せざるを得なくなり、計画されていた衛星間通信技術等の実験の多くが実施できない結果となっている。
 宇宙開発委員会は、失敗の原因究明に当たって、事業団による打上げデータの解析、製作・試験等の履歴調査等の結果を検討し、その結果を、10年7月に報告書「H−IIロケット5号機による通信放送技術衛星(COMETS)の軌道投入失敗の原因究明及び今後の対策について」として公表している。
 これによると、LE−5Aエンジンの燃焼室を構成する冷却管等にろう付けのばらつき(当時としては、許容の範囲内のもの)があり、これに領収燃焼試験時における想定外の低圧燃焼等の影響が加わって微小なき裂等が発生し、その部分がその後の領収燃焼試験や飛行中のエンジン燃焼・停止による熱応力の影響を受けて破損し、LE−5Aエンジンが停止したと推定している。
 5号機として打上げに使用したロケット及びこれに搭載された通信放送技術衛星の製作費は、それぞれ143億円、380億円で、総額523億円に上っている(表1参照) ほか、打上げ失敗に伴い、衛星間通信を行うための代替の人工衛星(米国)を有償で使用したり、7号機の打上げに向けて不具合対策を実施したりなどしたために18億円の経費を要している。

イ H−IIロケット8号機

 8号機は、当初11年8月の打上げ予定であったが、数件の不具合が発見されたこと、また、5号機が打上げに失敗したことなどから、慎重を期することとして現場特別点検を実施の上、同年11月に種子島宇宙センターから打ち上げられた。
 しかし、固体ロケットブースタを分離した後、LE−7エンジン(第1段エンジン)の燃焼が異常停止したことにより飛行経路が予定の経路から外れたため、ロケットを指令破壊することとなり、打上げは失敗した。このため、搭載していた運輸多目的衛星による気象観測等は実施できない結果となっている。
 事業団は、海洋科学技術センターの協力により8号機が落下したと推定される海域の海底調査を行い、12年1月、小笠原諸島沖の深海からLE−7エンジンの主要部分を回収した。宇宙開発委員会は、関係研究機関等の協力を得るなどして、回収されたエンジンの破損箇所に対する詳細調査等により原因究明作業を行い、その結果を、12年5月に報告書「H−IIロケット8号機打上げ失敗の原因究明及び今後の対策について」として公表している。
 これによると、液体水素ターボポンプの入口付近に液体水素のキャビテーション(気圧の低下に伴う気化によって液体内に泡が発生する現象)などによる異常に大きな変動応力が生じ、これが液体水素ターボポンプのインデューサ(ポンプの中に液体水素を吸い込むための羽根車)羽根に疲労破壊をもたらし、LE−7エンジンの燃焼が予定より早期に停止したと推定している。このキャビテーションは同じ設計を基に製作されたエンジンであっても微妙な形状の違いなどにより大きく変わることがあり、8号機のLE−7エンジンでは従来のものと比べて異常に大きな応力が生じたこと、さらに、その大きな応力の発生箇所となったインデューサ羽根に加工痕(設計基準の範囲内のもの)があったことから、そこに応力が集中し疲労き裂の生成に至って事故につながったと推定している。
 また、この疲労破壊を生じたインデューサは、石川島播磨重工業株式会社が製作した液体水素ターボポンプと三菱重工業株式会社が製作したLE−7エンジン本体とのインターフェース部分に位置するものである。このようなインターフェース部分は、製作会社間相互の技術情報の交換が必ずしも十分に行われないということもあり、トラブルが発生しやすいとされている。
 8号機として打上げに使用したロケット及びこれに搭載された運輸多目的衛星(運輸省調達)の製作費は、それぞれ123億円、98億円で、総額221億円に上っている(表1参照) ほか、8号機においては、前記の打上げ前における現場特別点検、打上げ失敗の原因究明等に17億円の経費を要している。
 以上のように、5号機におけるろう付けのばらつき、8号機における液体水素のキャビテーションやインデューサ羽根の加工痕など、いずれも、事業団が当時の技術的知見では事故に結びつくとは想定できなかった事象が打上げ失敗につながっている状況であった。

(3)打上げ失敗の影響

 事業団では、連続したH−IIロケットの打上げ失敗、特に8号機の失敗を契機として、宇宙開発計画の大幅な見直しを行うよう宇宙開発委員会に要望した。この要望は、11年12月、同委員会の決定を受け、12年5月、12年度宇宙開発計画に盛り込まれている。
 同委員会が決定した主なものは、次のとおりである。

ア H−IIロケット7号機の開発中止

 事業団は、7号機(打上げを予定していた構成品の製作費の総額132億円)について、12年度を目標にデータ中継技術衛星及び民生部品・コンポーネント実証衛星を搭載して打ち上げることとしていた。しかし、〔1〕7号機のLE−7エンジンに対し8号機失敗の対策処置を行うとすると2年程度を要し、その対策処置期間中に固体ロケットブースタの保証寿命が切れること、〔2〕H−IIAロケットの着実な開発を優先することなどを理由に開発を中止することとした。
 開発の中止により、7号機の主な構成品のうち、LE−7エンジン(製作費19億円)は8号機の不具合に対する原因究明のための燃焼試験に使用され、衛星フェアリング(同2億円)はH−IIAロケット試験機2号機に使用されることとなった。しかし、第1、2段の機体(同55億円)、固体ロケットブースタ(同31億円)、LE−5Aエンジン(同7億円)については、現在のところ利活用に関する結論が出ていない。

イ H−IIAロケット開発の変更

 事業団では、製作技術の民間移転による人工衛星打上げの商業化を視野に入れ、前記のとおり、H−IIAロケットの開発を進めている。そして、11年度宇宙開発計画では、H−IIAロケット試験機1号機は欧州宇宙機関の先端型データ中継技術衛星等を搭載して11年度中に打ち上げることとしていた。しかし、8号機の打上げ失敗以降、事業団は、H−IIAロケットの開発を着実に遂行するため、試験機1号機の打上げを12年度に延期するとともに、試験機2号機の開発を追加し、また、フライト条件より厳しい条件でのLE−7Aエンジンの追加試験を行うなど万全を期することとしている。

ウ 人工衛星開発等への影響

 前記のとおり、宇宙開発計画の大幅な見直しが行われた結果、12年5月現在の人工衛星等の打上げ計画は表4のとおりとなっていて、多くの人工衛星等の打上げ年度を後年度に繰り下げるなどしており、H−IIロケットの打上げ失敗は人工衛星等の開発にも大きな影響を及ぼしている。

表4 (単位:億円)
人工衛星等名 これまでの製作費 打上げ年度の変更 備考
環境観測技術衛星
ADEOS-II
333 12→13 ・9年6月に運用停止した「みどり」の後継機
データ中継技術衛星
DRTS-W
DRTS-E
185 12→14
14→未定
・DRTS-Wは当初7号機で打上げを計画
・DRTS-Eは開発を継続
民生部品・コンポーネント実証衛星
MDS-1
31 12→13 ・当初7号機で打上げを計画
ライダ実証衛星
MDS-2
2 14→取り止め ・搭載用実験機器は地上研究に移行
技術試験衛星VIII型
ETS-VIII
128 14→15 ・展開アンテナの小型モデルを12年度欧州宇宙機関で打上げ
月周回衛星
SELENE
12 15→16  
宇宙往還技術試験機
HOPE-X
1 15→16  
 (注) 金額は、平成11年度末現在の資産相当額。

(4)打上げ失敗後の対応策

(アクションプランの策定)

 10年2月の5号機の打上げ失敗後、宇宙開発委員会は、宇宙開発基本問題懇談会を設置し、11年5月に「宇宙開発基本問題懇談会報告書」を取りまとめている。
 事業団は、上記報告書の提言とこれに先立つ宇宙開発事業団評価委員会の審議結果を踏まえ、11年6月、〔1〕より確実なプロジェクトの遂行、〔2〕先端的な技術・ミッションの開拓と技術基盤の強化、〔3〕成果の還元と国際貢献、の3項目を基本理念として「宇宙開発事業団の経営改革についてのアクションプラン」(以下「アクションプラン」という。)を策定している。
 そして、このアクションプランでは、不具合発生への予防活動を徹底するため、試験・検証を充実すること、その一環としてH−IIロケット8号機、H−IIAロケットにおける追加地上試験を実施することなどが内容として盛り込まれている。

(アクションプランの改訂等)

 11年11月の8号機の打上げ失敗後、宇宙開発委員会は、今後再度失敗すれば、我が国の宇宙開発に対する国民的支持までも揺るがせかねないとの危機意識を持ち、宇宙開発委員会特別会合を開催し、12年5月に「宇宙開発委員会特別会合報告書」を取りまとめている。同報告書においては8号機の打上げ失敗を始めとする最近の一連の事故・トラブルにおいて顕在化した課題を踏まえ、事業団と製作会社の役割、責任分担をより明確化するなど、今後の改革の具体的方策等を示している。
 事業団は、同年7月、同報告書に示された改革方策を前記のアクションプランに盛り込む形で、H−IIAロケットの確実な開発・打上げに向け、事業の重点化と確実化、信頼性の向上、品質保証活動の強化等を図ることなどを内容とするアクションプランの改訂を行った。
 最初のアクションプランでは、より確実なプロジェクトの遂行のため、具体策のできたものから早急に着手するとして、8号機の打上げに臨んだが、打上げに失敗した。今回アクションプランを改訂し、H−IIAロケットの確実な開発・打上げに向けて当面の改革の重点施策を立案したところではあるが、試験機1号機の打上げが時間的に差し迫った中で、実効を上げることが急務となっている状況である。

(LE−7Aエンジンの設計変更)

 12年9月、H−IIAロケットの第1段エンジン用として開発中のLE−7Aエンジンにおいて、液体水素ターボポンプがインデューサ羽根付近で8号機失敗の原因と類似した異常な流体現象を起こすことが確認された。事業団では、LE−7Aエンジンの開発時、エンジン配管が設計より大きな抵抗を持つことが判明したためポンプの流量を当初設計より1割近く少なくしている。宇宙開発委員会は、上記の異常な流体現象は、このポンプの流量を少なくしたことによって異常振動が起きやすくなったことが原因とされたため、同年同月、LE−7Aエンジンが当初目指していた性能を確保するためには、14年1月又は2月に打上げ予定のH−IIAロケットへの組込みを目標に、LE−7Aエンジンの設計変更を行う必要があるという見解を示した。
 これを受け、事業団では、12年9月、13年2月打上げ予定の試験機1号機について、計画されていた欧州宇宙機関の人工衛星等の搭載を取り止め、現設計のLE−7Aエンジンを用いて、技術実証に特化した飛行試験を行うこととしたが、その後もLE−7Aエンジンに不具合が発生したことなどから、12年11月、試験機1号機の打上げを延期するに至っている。

4 本院の所見

 H−IIロケットのように大型で高性能なロケットの開発には多額の資金が必要であり、また、搭載される人工衛星も大型となるなどのため、その開発には一層多くの資金が必要となってくる。そして、これら資金のほぼ全額が国からの出資金で賄われていることから、ロケットの打上げが失敗すると、これらの国の資金がその有効性を損なうことになる。
 一方、現在、事業団が開発を進めているH−IIAロケットは、宇宙開発上重要な目的を持つ多数の人工衛星等の打上げに使用されることが計画されているとともに、商業化を視野に入れて開発が進められているものである。このため、このロケットの開発の成否は、我が国の宇宙開発において重要な意味を有するものとなっている。
 こうした中で、事業団のH−IIロケットは、開発を計画した8機のうち5機までは連続して打上げに成功したものの、その後、2機が続けて失敗し、ほぼ完成していた残りの1機は開発中止により打上げを断念するに至るなど、その信頼性が揺らぐこととなり、事業団におけるロケット開発の現状は厳しい状況となっている。そして、このH−IIロケットの打上げ失敗は、H−IIAロケットの開発計画の見直し、これに伴う人工衛星の開発、打上げの延期など、我が国の宇宙開発に大きな影響を与える事態となっている。
 したがって、事業団においては、次のような対策を更に進めるなどして、H−IIAロケットの信頼性を向上させ、国から投入される資金が宇宙開発に有効に活用されるよう開発体制について所要の見直しを図ることが望まれる。
ア 近年、事業団においては、ロケット以外の開発分野への対応のため相対的にロケット開発費の比重を低下させている。そうした中で8年度以降H−IIロケットと並行してH−IIAロケットの開発が始まり、一方で、H−IIロケットの打上げがこの間に続けて失敗した。そこで、今後の宇宙開発を確実に進めるため、資源を効率的に活用することにより当面はH−IIAロケット開発への一層の重点化を図る。
イ 5号機に使用したLE−5Aエンジンにおけるろう付けのばらつきや8号機に使用したLE−7エンジンにおけるキャビテーション、加工痕などは、いずれも、事業団においては、当時の技術的知見では失敗につながるとは想定できなかった事象であった。そこで、開発において、事業団内部のみに止まらず、大学や関係研究機関からの知見を積極的に導入し、技術基盤の向上に努める。
ウ LE−7Aエンジンについては、8号機の失敗の原因と類似の異常な流体現象を確認したが、宇宙開発委員会の助言を得ることによってその設計変更の対策が執られることとなった。このことにかんがみ、事業団における技術面での審査・評価に当たっては、外部専門家の招へいも視野に入れるなど、その充実強化を図る。
エ 技術的に困難な問題を伴う可能性のある製作会社間のインターフェース部分については、従来のように事業団において細部にわたり技術調整等していくことが十分に行い得ない状況も生じつつあると思料される。このことから、一つの製作会社が責任を持つ体制へ移行することも検討する。

〔2〕M−Vロケットの開発について

1 M−Vロケット開発の概要

(宇宙科学研究所の概要)

 研究所は、国立学校設置法(昭和24年法律第150号)に基づき、宇宙理学及び宇宙工学の学理及びその応用の研究を行うとともに、当該分野の研究に従事する国公私立大学の教員等の利用に供すること等を目的とする大学共同利用機関として昭和56年4月に設置され、その経費については、国立学校特別会計により経理されている。

(M−Vロケットの開発及び打上げの実績)

 研究所は、1990年代以降の科学観測ミッションの要請に応えることを目的としてM−Vロケットを開発してきた。
 M−Vロケットは、高度250kmの円軌道上に重量約1.8tの衛星を打ち上げる能力を持つ全長約31m、重量約140tの全段に飛行制御機能を備えた3段式の固体燃料ロケットである。
 そして、M−Vロケットの製作契約は、高精度な総合的・先端的技術が要求され、また、この技術は長年の蓄積を要するものであることから、長年ロケットの研究開発や各種ロケット本体の開発・製作実績のある日産自動車株式会社と平成2年度より随意契約により締結している。
 M−Vロケットの打上げ実績は次表のとおりとなっていて、1号機と3号機は打上げに成功していたが、4号機は失敗したものである。

(単位:億円)
号機 打上げ年月 搭載科学衛星 ロケット製作費 衛星製作費
1号機 9年2月 第16号科学衛星「はるか」 67 101
2号機 第17号科学衛星 71
3号機 10年7月 第18号科学衛星「のぞみ」 71 114
4号機 12年2月 第19号科学衛星「ASTRO-E」 68 116
注(1) 2号機は製作を完了したものの、搭載予定の第17号科学衛星の改良を行っているため、ロケットの打上げは実施されていない。
(2) M−Vロケットの研究開発に要した経費(総額221億円)は除く。

2 検査の着眼点及び方法

(検査の着眼点)

 M−Vロケット4号機の打上げ失敗に対しては、国の推進する宇宙開発事業の今後の展開や宇宙科学に関わる研究開発に対する影響が大きいことなどにかんがみ、本院は、M−Vロケット4号機の打上げ失敗の原因の究明状況、事故原因と推定された部品の製造管理、納入検査の状況及び今後の改善策の検討状況などについて検査を実施することとした。

(検査の方法)

 検査に当たっては、研究所において、研究所が宇宙開発委員会技術評価部会(注1) (以下「評価部会」という。)に提出した打上げ失敗の原因究明についての報告に基づき、打上げ失敗の状況とその原因などについて検査を実施した。また、M−Vロケットの製作会社の製作現場に赴き、事故原因と推定された部位の生産工程管理状況、品質管理方法などについて調査した。

宇宙開発委員会技術評価部会 宇宙開発委員会に置かれた、人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケットの開発及び打上げに係る技術評価に関することを担当する部会

3 検査の状況

(1)M−Vロケット4号機の打上げ失敗の概要等

ア 打上げ失敗の概要

 M−Vロケット4号機は、銀河団からのX線を観測し、高エネルギー天体現象や宇宙の進化の研究を行うことを目的とした第19号科学衛星ASTRO−E(重量約1.7t)を搭載し、12年2月、研究所鹿児島宇宙空間観測所から打ち上げられた。
 M−Vロケット4号機は、当初、予定された飛行経路に沿って正常に飛行したが、打上げ後41.5秒から第1段モータの燃焼圧が低下し、第1段燃焼終了時の速度増分が計画値を下回った。その後、第2段及び第3段モータの燃焼及び制御は正常で速度不足分の回復に努めたが十分に回復せず、衛星を所定の軌道に投入することができず、打上げは失敗に終わった。その結果、M−Vロケット4号機(製作費68億円)及びそれに搭載された第19号科学衛星ASTRO−E(製作費116億円)は、その目的を達成することができなかった。

イ 打上げ失敗の原因

 評価部会では、研究所による打上げデータの解析、製造・試験・検査等の履歴調査、非破壊検査能力の調査等の結果を検討し、打上げ失敗の原因究明のための調査審議を行い、その結果を12年7月に、「M−Vロケット4号機打上げ失敗の原因究明及び今後の対策について」として宇宙開発委員会に報告している。
 これによると、M−Vロケット4号機の打上げ失敗時の状況として以下の点が推定されている(参考図2参照)
〔1〕 打上げ後4秒以前に第1段ロケットのスロートインサート(注2) の破壊が始まった。
〔2〕 打上げ後41.5秒付近でスロートインサートが完全に脱落し、推力が低下した。
〔3〕 そのため、耐熱性が低下したノズルスロー卜部(注3) から燃焼ガスがノズル側面に噴出した。
〔4〕 その結果ノズル周辺の姿勢制御系の機器等が損傷を受け、姿勢が大きく乱れ、これに伴う速度不足から衛星を軌道に投入することができなかった。
 そして、スロートインサートの破壊は、スロートインサートヘの熱入力の評価、強度解析等の結果からスロートインサートに用いられているグラファイト(注4) に内部欠陥(直径4mm以上)又は表面き裂(深さ3mm以上)が存在したことが原因で生じたものと推定されるとしている。

(注2) スロートインサート ノズルスロートに挿入されている耐熱性ブロック
(注3) ノズルスロート ロケットモータから固体燃料燃焼ガスが流出するノズル内部流路において最も細くなっている部分
(注4) グラファイト コークスにバインダーを混ねつし、焼成、黒鉛化処理した炭素製耐熱性断熱材料

(参考図2)

(参考図2)

ウ 部品の品質確保の方法

 製造工程での品質確保及び検収の方法について、評価部会へ報告した研究所による製造・試験・検査等の履歴調査の結果を参考とし、本院で検査したところ、次のような状況となっていた。

〔1〕 製造工程での品質確保の方法

 製作会社では、ノズルスロート用グラファイト材を専門事業者に外注しており、専門事業者からの納入時には、外観検査、寸法検査のほか、専門事業者から提出された検査成績書に基づいて書類審査を行っていた。検査成績書の内容は、生産されたグラファイトの試験供試体を用い、曲げ強度、引張強度及び圧縮強度等の物性値測定の結果が、規格値を達成しているかを検証したものであり、特に異常は認められなかった。そして、グラファイトの非破壊検査は行われていなかった。

〔2〕 検収の方法

 研究所では、M−Vロケットの開発に関する契約の条項に基づき、成果物の引渡しの際に完成検査を行っている。この検査は、外観検査及び組立状況の検査を行うものであり、研究所では、ノズルスロート製造時に歪みが生じた場合は、表面き裂が生ずるなどし、外観検査により容易に異常箇所が発見できるものとしていた。そして、上記と同様に、グラファイトの非破壊検査は行われていなかった。

エ 原因発見の可能性

 研究所では、12年4月から5月にかけて、保管中のM−Vロケット2号機のスロートインサートを使用して超音波探傷検査、X線検査等を実施したが、欠陥は発見されなかった。そして、評価部会の前記7月の報告では、製造過程の適切な時期に超音波探傷検査を実施していれば、グラファイト破壊の原因となった可能性のある内部欠陥を検出できた可能性はあるが、完全に検出することは困難であると結論づけている。

(2) 改善策の検討

 評価部会では、前記7月の報告で、今後の対策として次の3点を提示している。

ア 非破壊検査の能力の向上

 アレイ型の電子走査式超音波探傷システムの開発などにより、現状の非破壊検査の能力を向上させる。

イ 分割型のスロートインサートの採用

 グラファイトを分割することにより、燃焼ガスからの熱負荷によって生じる熱応力や歪みを緩和し、許容内部欠陥寸法を増大させるとともに、非破壊検査による内部欠陥の検出を容易とする。

ウ 三次元カーボン・カーボン複合材製のスロートインサートの採用

 グラファイトを、強度が強くグラファイトに比べて遥かに大きな欠陥を許容できる材料である三次元カーボン・カーボン複合材料に置き換える。
 研究所では、これを受け、検討した結果、地上燃焼試験等十分な検証を行ったうえでグラファイトを三次元カーボン・カーボン複合材料に置き換えることとしている。

(3)科学衛星打上げ計画の変更

 研究所では、今回のM−Vロケット4号機の打上げ失敗を踏まえ、M−Vロケットに必要な改善策を講ずるため、今後のM−Vロケットを使用した科学衛星の打上げ計画について、宇宙開発委員会の審議を経て、次のとおり変更することとしている。
〔1〕 第17号科学衛星は、14年度の冬期から15年度の夏期に変更
〔2〕 第20号科学衛星は、14年度の夏期から冬期に変更
〔3〕 第21号科学衛星は、15年度の夏期から冬期に変更
 また、今回のM−Vロケット4号機の打上げ失敗により消失した第19号科学衛星ASTRO−Eについては、X線天文観測の空白期間を短縮するため、再度、ASTRO−EIIとして製作し、16年度に打ち上げる予定としている。この製作費は、当初の衛星製作費116億円より下回ると想定されているが、再度、多額の国費が投入されると見込まれる。

4 本院の所見

 研究所で推進する宇宙科学研究事業は、現在までに多額の国費が投入され、科学衛星の打上げを行い、宇宙理工学の研究の発展に寄与してきた。また、大綱においても、各分野における宇宙開発活動の展開として、宇宙科学諸分野の活動を拡大していくことが重要とされており、宇宙開発事業には、今後も引き続き多額の国費が投入されるものと見込まれる。
 そして、今後、研究所でのロケットの打上げ等において失敗が繰り返されると投入された多額の国費がその目的を達成しないことになり、国際研究協力体制を含めた宇宙科学分野の研究進展が阻害されることとなるので、今後の改善策については、万全を期する必要がある。
 特に、今回の打上げ失敗において、グラファイトの非破壊検査について、研究所における取組みが十分でないとされており、検収の適正を期するため、今後、ロケット構成部品の非破壊検査の能力向上、新しい検査手法の研究開発などが必要と思料される。