会計名及び科目 | 一般会計 (組織)内閣官房 (項)内閣官房 |
部局等の名称 | 内閣官房、外務省 |
内閣官房報償費の概要 | 国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費 |
内閣官房報償費(一般行政に必要な経費)の執行額 | 一般行政経費 | 60億6850万余円 | (平成8年度〜12年度) |
首相外国訪問経費 | 4億4093万余円 | (平成8年度〜12年度) | |
計 | 65億0944万余円 | ||
内閣総理大臣外国訪問の際の宿泊費差額として支払った報償費の額 | 5億4040万余円 | (平成9年9月〜11年7月) | |
上記の使用に当たり元外務省職員が領得したと思料される額 | 3億7700万円 |
平成13年9月27日付け | 内閣総理大臣 外務大臣 |
あて |
標記について、下記のとおり、会計検査院法第34条の規定により是正の処置を要求し、及び同法第36条の規定により改善の処置を要求する。
記
A 本院の検査の背景
平成5年10月から11年8月まで外務省大臣官房総務課要人外国訪問支援室長(以下「支援室長」という。)であった松尾克俊(以下「松尾元室長」という。)が、内閣総理大臣(以下「総理大臣」という。)の外国訪問(以下「総理外国訪問」という。)に際して、内閣官房の報償費(以下「内閣官房報償費」という。)から総理大臣及び同行者に係る宿泊費差額(注1)
として交付を受けた公金を競走馬やマンションの購入に充てるなどしたとされる事件(以下「松尾事件」という。)が13年に報じられた。
そして、これをきっかけに、報償費についての国民の関心が高まっている。また、国会等において、松尾事件の早期解明、国の損害額の確定、再発防止策の徹底等が求められるとともに、報償費の意義、予算措置及び執行の在り方など種々の議論が行われている。
松尾事件について、外務省では、官房長を長とする調査委員会を設置して事実関係等の調査を進め、13年1月25日、総理外国訪問に際して内閣官房から松尾元室長に交付された報償費について、同室長による業務上の横領の疑いがあるとする「松尾前要人外国訪問支援室長による公金横領疑惑に関する調査報告書」を公表した。また、この調査結果に基づき、同日、松尾元室長を業務上横領の疑いで警視庁に告発し、懲戒免職処分にするとともに、松尾元室長在職当時の監督者である事務次官、官房長、大臣官房総務課長等に対する処分を行った。
また、2月9日に、民間有識者による外務省機能改革会議を発足させ、同種事件の再発防止を念頭に置いて、外務省の機能を抜本的に改革するための具体的方策についての提言をまとめることとした。そして、4月24日、同会議は、不正と疑惑を根絶するための厳正な仕組みの確立や報償費制度の改革等を含む提言をまとめた。この提言を受けて、外務省は6月6日、今後の外務省改革に向けて「外務省改革要綱」を公表した。
内閣官房では、13年1月25日、外務省から前記の調査結果及び松尾元室長を告発した旨の報告を受けた。そして、外務省の報告のとおりであれば、内閣官房の資金について被害が生じているおそれがあるとして、2月1日、警視庁に被害届を提出した。
その後、内閣官房において、外務省から資料を入手するなどして調査したところ、総理外国訪問に際して、内閣官房が報償費から松尾元室長に交付した宿泊費差額及び各省庁から「国家公務員等の旅費に関する法律」(以下「旅費法」という。)に基づき同行者等に支給され松尾元室長に交付された定額の宿泊料(以下「規定額宿泊料」という。)の一部が詐取された事実が判明した。そして、内閣官房では、松尾元室長の不法行為に基づく損害額が確認されたものから、損害賠償請求に係る債権を保全するため、同室長が所有する財産の保全処分の申立てを法務省に依頼し、東京地方裁判所からそれぞれ仮差押決定を得ている。
仮差押決定に係る国の損害額は、表1のとおり、10回の総理外国訪問について計2億5422万余円となっている(13年9月25日現在)。
表1 仮差押決定に係る国の損害額
(13年9月25日現在) | ||||||||||||||||||||
|
また、内閣官房では、この損害額について松尾元室長に納入告知を行っており、同室長から損害額が賠償されなければ損害賠償請求の訴えを提起することにしている。
東京地方検察庁は、松尾元室長が、内閣総理大臣秘書官付室の内閣事務官兼総理府事務官を介して首席内閣参事官に対し、総理外国訪問に係る宿泊費差額を水増しして請求し、その請求金額が正当な宿泊費差額であると誤信させて交付させたとして、本年3月から6月までに松尾元室長を詐欺罪で計5回起訴している。これらは、松尾元室長が支援室長在任中の46回の総理外国訪問のうち14回について起訴したもので、その立件額は計5億0665万余円となっている。
そして、第1回及び第2回の起訴に係る公判は7月31日に、第3回から第5回までの起訴に係る公判は9月4日に行われた。公判の中で、松尾元室長は、罪状について全面的に認めている。
B 本院の検査の内容と結果
本院では、国の会計経理の面から、松尾事件について、その事実関係を明らかにし、発生原因及びその背景について解明を図るとともに、宿泊費差額の支払財源とされる内閣官房報償費の執行体制は適切かなどについて検査することとした。
1 内閣官房報償費の概要
(内閣官房報償費)
報償費は、政府の公式見解では、「国が、国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費である」とされている。そして、内閣官房報償費は、「一国の総理として広く内政、外交の円滑な推進を図るうえにおいて、これに関し功労、協力及び努力があった者等に対し、その労苦に報い更にそのような寄与を奨励することが望ましいと考えられる場合において、その状況に応じ最も適当な方法で支出しているもの」とされている。
(内閣官房報償費の予算及び決算額)
内閣官房報償費の8年度から12年度までの予算額及び決算額は、表2のとおりである。
表2 内閣官房報償費の予算額及び決算額
(単位:千円) | |||||||||||||||||||||
|
内閣官房報償費は、予算の事項別分類においては、一般行政に必要な経費と情報収集及び分析その他の調査に必要な経費(以下「情報収集経費」という。)とに区分されている。また、一般行政に必要な経費は、更に、経常事務費の一般事務費(以下「一般行政経費」という。)と内閣総理大臣外国訪問等経費(以下「首相外国訪問経費」という。)に区分されている。
8年度から12年度までの決算額の各経費区分別の内訳は、表3のとおりである。
表3 内閣官房報償費の経費区分別決算額
(単位:千円) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
内閣官房報償費のうち一般行政に必要な経費については内閣官房長官が、情報収集経費については内閣情報官(13年1月5日以前は「内閣情報調査室長」)が、それぞれ取扱責任者となっている。
このうち内閣官房長官が取扱責任者となっている一般行政に必要な経費の支出に係る会計手続は、次のとおりとなっている(図1参照)。
すなわち、毎月、取扱責任者内閣官房長官から請求書の提出を受けた支出負担行為担当官である会計担当内閣参事官(以下「会計参事官」という。)が支出負担行為を行い、これに基づき、官署支出官である内閣府大臣官房会計課長(13年1月5日以前は「内閣総理大臣官房会計課長」。以下「会計課長」という。)が支出決定を行う。当該支出決定に基づき、センター支出官である財務省会計センター会計管理部長(13年1月5日以前は「大蔵省会計センター会計管理部長」)から、日本銀行を経て、資金前渡官吏である内閣府大臣官房会計課用度・給与担当課長補佐(13年1月5日以前は「内閣総理大臣官房会計課課長補佐(契約・用度担当)」。以下「会計課長補佐」という。)に資金が交付され、この資金の交付を受けた会計課長補佐が取扱責任者内閣官房長官に小切手を交付する。
図1 内閣官房報償費(一般行政に必要な経費)の支出手続
報償費は、支出官から取扱責任者への資金交付をもって会計法令上の支出事務は終了したといえるが、取扱責任者が交付を受けた報償費は依然として公金であり、取扱責任者は当該資金を報償費の支出目的に従って適正に使用しなければならない。したがって、取扱責任者から役務提供者等への報償費の支払は、会計検査院法第22条第1号の規定による本院の検査対象となる。
そして、計算証明規則(昭和27年会計検査院規則第3号)により、役務提供者等の領収証書等は、証拠書類の一つとして本院に提出することとなっているが、内閣官房報償費に係るものについては、その経費の性質上、使途を明示し多数の者を介して行われる一般的な証明方法によることが適当でないことなどから、同規則第11条に基づいて、本院から要求があったときに提出することとする証明方法を特に認めている。
2 検査の結果
本院では、松尾事件が内閣官房報償費のどのような執行体制から、また外務省のどのような事務体制から発生したか、宿泊費差額の支払財源とされる内閣官房報償費の執行やその内部での確認、監査は適切に行われているかなどの点に着眼して検査した。
検査は、主として内閣官房及び外務省、必要に応じてその他の関係省庁を対象に、8年度から12年度までに内閣官房長官が取り扱った報償費を中心に、関連する総理外国訪問に係る経費にも重点をおいて検査した。
検査したところ、次のとおりとなっていた。
(1) 内閣官房長官が取り扱う報償費の支払及び管理
ア 取扱責任者内閣官房長官に係る報償費の支払
前記の会計手続により取扱責任者内閣官房長官に支出された報償費の、その後の支払の流れは、〔1〕取扱責任者内閣官房長官から内閣官房長官自らが管理するものとして、同長官自身に対して交付され、その後、役務提供者等に支払われている一般行政経費(図2の[1])、〔2〕取扱責任者内閣官房長官から役務提供者等に支払われている一般行政経費(図2の[2])及び首相外国訪問経費(図2の[3])に分かれている。
図2 取扱責任者内閣官房長官に係る報償費の支払の流れ
イ 取扱責任者内閣官房長官における報償費の管理
取扱責任者としての内閣官房長官における報償費の取扱いについては、首席内閣参事官(13年1月6日以降は「内閣総務官」)及びその指示のもと内閣総理大臣官邸職員が事務補助者となって出納、保管の事務を行っており、その事務の一環として、取扱責任者内閣官房長官の支払承認に基づき、内閣官房長官自身(図2の[1]−1の場合)又は役務提供者等(同[2]及び[3]の場合)に対し現金支払又は口座振込を行い、その都度帳簿に記録するなどしている。また、これらの領収証書等が保管されている。
このうち、図2の[2]及び[3]の報償費については、役務提供者等に対する使途等が確認できる状況となっている。
ウ 内閣官房長官自身に交付された報償費の管理
取扱責任者内閣官房長官から内閣官房長官自身に交付された報償費の図2の[1]−2の支払については、内閣官房長官自らが管理し、役務提供者等に支払っていて、上記のとおり取扱責任者内閣官房長官に提出された内閣官房長官自らの領収証書はあるが、その後の役務提供者等への支払に関する帳簿や支払を証明する書類等を整備するなどの事務補助は行われていないとしている。このため、内閣官房長官における管理状況が十分把握できない状況となっている。
この内閣官房長官自身が役務提供者等への支払を行っている報償費についての会計検査は、上記のとおり帳簿や書類の整備などの事務補助が行われていないこと、内閣官房長官としての高度な政策的判断に基づき執行される特に機密性の高い経費であることなどから、取扱責任者内閣官房長官に対する内閣官房長官自らの領収証書を確認し、説明を受けてきたところである。
エ 宿泊費差額に係る経理
従来、内閣官房では、総理外国訪問の際の宿泊費差額は、内閣官房長官自らが管理する報償費から支払われるものとして整理していた。そして、この宿泊費差額の支払に当たっては、実態上、事務補助が行われており、関係資料が作成、保管されていたが、これを本院に提示していなかった。このため、これまで本院においては、総理外国訪問に係る宿泊費差額の支払等を把握することはできなかった。
(2)総理外国訪問に係る宿泊費差額の支援室長への交付及び精算
内閣官房は、松尾事件をきっかけに、13年次の会計実地検査に際して、総理外国訪問に係る宿泊費差額は内閣官房報償費から支払われたと説明し、総理外国訪問に係る宿泊費差額及び諸経費の精算書及び領収証書等の関係資料を本院に提示した。
上記の関係資料は内閣官房が保管していた9年9月以降のものであり、これに基づき、主として宿泊費差額の支援室長への交付、精算等について検査したところ、次のような状況となっていた。
ア 宿泊費差額の交付
a 報償費による宿泊費差額の支弁
国家公務員等が出張する際には、旅費法に基づいて、宿泊先の地域区分及び出張者の職務の級に応じて定められた規定額宿泊料が支給される。そして、出張者は通常自ら宿泊先を選定して宿泊するが、外国訪問で総理大臣が宿泊するホテルはそれぞれの国において最高級の部類に属するホテルに限定されることがほとんどであり、同行者も業務の必要上、同じホテルに宿泊する必要がある。このため、規定額宿泊料では出張者の宿泊費が不足する場合がほとんどである。
内閣官房では、原則としてこの総理外国訪問の際の総理大臣、官邸同行者(注2)
(以下、両者をあわせて「官邸同行者」という。)、警護官、外務省及びその他の省庁の同行者のすべてに係る宿泊費の不足額を、報償費から宿泊費差額として支払うこととして、長年対処してきた。
しかし、宿泊費差額は、各省庁において大蔵省(現「財務省」)との協議により、旅費法第46条に基づく調整額(注3)
(以下「46調整額」という。)として外国旅費の費目から支給することができたものである。
そして、12年4月に旅費法の運用方針が改正され、総理外国訪問における宿泊費差額については、各省庁の判断により46調整額として支給できることになったことを受けて、外務省及びその他の省庁の同行者に関しては、同月から各省庁において46調整額として外国旅費から支給されている。
また、官邸同行者及び警護官に関しては、同年8月から内閣官房及び警察庁において46調整額により支給されている。ただし、総理大臣及び同行した内閣官房副長官に係る宿泊費については、同月以降、執務室の借上げ料として庁費から支払われている。
(注2) | 官邸同行者 総理大臣に同行する内閣官房副長官、内閣総理大臣秘書官、内閣官房副長官秘書官、公式カメラマン等 |
(注3) | 旅費法第46条に基づく調整額 旅費法第46条第2項において、実際の旅行に要する費用が旅費法で定められた定額の旅費では不足する場合には、旅費を増額して支給することができる旨規定されており、この規定により増額して支給される額 |
b 宿泊費差額の交付手順
支援室長に交付された総理大臣及び同行者に係る宿泊費差額の交付手順は、次のとおりとなっていた(図3参照)。
〔1〕 内閣官房において外務省と調整を図った上、訪問日程等を決定する(出発の2〜3週間前)。
〔2〕 訪問国との外交又は訪問用務を所掌する外務省の課(以下「主管課」という。)は、大使館、総領事館等の在外公館に対し、訪問に係る所要経費の見積り額等を報告するよう訓令を発し、在外公館から報告の返電を受ける。
〔3〕 主管課は、訪問先でのホテルの宿泊費等の宿舎に関係する情報を支援室長に伝える。
〔4〕 支援室長は、主管課から伝えられた情報等を基に、宿泊費差額に係る見積書を作成し、内閣総理大臣秘書官付室の内閣事務官兼総理府事務官(13年1月6日以降は「内閣総理大臣秘書官付室の内閣事務官」。以下「付室事務官」という。)を経由して、首席内閣参事官に提出し、所要額の交付を要求する(出発の数日前)。
〔5〕 首席内閣参事官は、宿泊費差額に係る見積書に基づき、内閣官房長官に対し所要額の報償費を要求する。
〔6〕 内閣官房長官は、宿泊費差額に係る報償費の支払を承認する。
〔7〕 首席内閣参事官は、内閣官房長官自らが管理する報償費から、支払の承認を受けた額を、付室事務官を経由して、支援室長に交付する(出発の前日又は前々日)。
図3 宿泊費差額の交付手順
イ 規定額宿泊料の交付
総理外国訪問においては、支援室長がその宿泊費をホテルに一括して支払う出張者(以下「一括払同行者」という。)と、自らが宿泊費を個別に支払う出張者(以下「個別払同行者」という。)がおり、官邸同行者、警護官及び外務省の大半の同行者並びにその他の省庁の一部の同行者が一括払同行者となっていた。
そして、一括払同行者に支給された規定額宿泊料が、各省庁において取りまとめられるなどして、支援室長に交付されていた。
なお、その他の省庁の一括払同行者について、規定額宿泊料の支援室長への交付状況等を調査したが、一部の同行者を除き、その大半が把握できなかった。
ウ 宿泊費等の支払
支援室長は、一括払同行者の宿泊費をホテルに支払い、また、個別払同行者に係る宿泊費差額を本人に支払うことになっていた。
しかし、個別払同行者の中には、支援室長から宿泊費差額の支払を受けていない者もいた。
エ 宿泊費差額の精算
a 宿泊費差額の精算手順
宿泊費差額の精算手順は、次のとおりである(図4参照)。
〔1〕 総理外国訪問が終了すると、支援室長は訪問前に交付された宿泊費(規定額宿泊料及び宿泊費差額)の支払実績額等を記載した精算書を作成し、その領収証書及び残額の返納がある場合にはその返納額とともに、付室事務官を経由して、首席内閣参事官に提出する。
〔2〕 首席内閣参事官は、精算書に記載された支払実績額が交付した額を上回っている場合には、追給額を支払う。
図4 宿泊費差額の精算の流れ
b 宿泊費差額の精算書類とその確認
支援室長が提出した精算書及び領収証書等をみると、次のような状況となっていた。
〔1〕 支援室長が官邸同行者及び警護官に係る宿泊費支払額として提出したホテルの領収証書は、ホテルのレター用紙に受領金額及びホテルの支配人の名前が記載されたものであった。しかし、領収証書には、総額のほかは、総理大臣一行に係る宿泊費を受領した旨の記載がされているだけで内訳がないことから、どの者に係る宿泊費であるかが確認できない状況となっていた。
〔2〕 外務省の同行者及びその他の省庁の同行者に係る宿泊費差額に関しては、それぞれ支援室長が交付を受けた旨の領収証書のみで、一括払同行者に係る宿泊費のホテルの領収証書や個別払同行者が宿泊費差額を受け取った旨の領収証書はなかった。
〔3〕 宿泊費について、精算書に記載されている金額と領収証書等の金額を突合するなどして精査したところ、領収証書では円換算額で16億0788万余円に相当する「US$12,899,186.85」と記載されているのに対し、松尾元室長が同領収証書に併記していた円換算額及びそれに基づく精算書の金額は「16,072,385円」となっていて、それが見落とされたものなどが見受けられた。
そして、これら支援室長が提出した宿泊費差額の精算書類に対する確認状況について検査したところ、内閣官房と外務省の間の事務の分担が明確でないことなどから、双方において、精算書と領収証書の突合等の実質的な確認は行われていない状況となっていた。
オ 宿泊費差額の交付額と精算額
宿泊費差額に係る精算書が保管されている9年9月から松尾元室長が支援室長として在任した11年8月までの18回の外国訪問に際して同室長に交付された宿泊費差額は、計5億4037万円で、その精算額は5億4040万余円となっている。
(3)外務省における宿泊費差額に係る業務の取扱い
外務省における宿泊費差額に係る業務の取扱いについて、松尾元室長が支援室長として在任した5年10月から11年8月までの間を中心に、支援室が外務省に設置された2年4月以前にもさかのぼって、その状況を調査したところ、次のとおりとなっていた。
ア 支援室が設置されるまで
宿泊費差額を内閣官房報償費で賄うことは、相当以前から行われていた。そして、宿泊費差額に係る業務を含む総理外国訪問の支援業務は、2年4月に支援室が設置されるまでは、各主管課が取り扱っていた。
当時の宿泊費差額に係る業務の手続は、外務省の説明によれば次のとおりであった。
〔1〕 主管課の庶務班長等の担当者は、宿泊費差額の見積書を作成し、主管課長の決裁を受けた後、内閣官房に持参又は送付し、出発の前日又は前々日に現金の交付を受ける。
〔2〕 交付を受けた宿泊費差額のうち外務省及びその他の省庁の同行者分については、各同行者ごとに宿泊費差額を封筒に入れて、各同行者に配付し、出張先のホテルにおいて各自が宿泊費を個別に支払う。このうち外務省同行者分については、宿泊費差額を配付する際に、領収証書の用紙を同封し、各同行者が署名等をした後、領収証書を回収する。
また、交付を受けた宿泊費差額のうち官邸同行者及び警護官の分については、これらの分の規定額宿泊料の交付も受けた上で、そのまま出張先に現金で携帯し、出張先のホテルにおいて一括して宿泊費を支払う。
〔3〕 帰国後、宿泊費差額の精算書を作成し、一括して支払った分のホテルの部屋ごとの請求書又は領収証書を添付して、主管課長の決裁を受けた後、内閣官房に提出する。
上記宿泊費差額の取扱いにおいては、扱う公金が多額であり、しかも訪問先又は訪問用務ごとに主管課が異なるにもかかわらず、その請求や精算等の手続や責任の所在を明確に定めたものはなく、主管課の庶務班長等の担当者は前例に従って業務を執行していた。
イ 支援室設立から松尾元室長就任まで
支援室は、総理大臣等要人の外国訪問の際、宿舎の手配、荷物の搬送等、訪問の支援業務(ロジ業務)を集約的に行うことにより、関係各課が支援業務以外の分野に力を向けられる体制を整えること、局ごとに区々となっている支援業務の統一を図ることなどを目的に、2年4月、官房総務課の下に設置された。
しかし、支援室は、官房長の決裁により設置されたもので、政令ないしは省令に基づくものでなかった。したがって、支援室の長は室長という新たな管理職が設置されたわけでもなく、課長補佐級のものであった。そして、支援室が所掌する事務、主管課との関係、要員数等具体的な体制などについては、官房総務課が作成した「要人外国訪問支援室の設置」と題する文書(以下「設置文書」という。)に規定され、関係課に通知するという形式を採っていた。
この設置文書によると、支援室の所掌事務は「総理(中略)の外国訪問時(サミット関係を含む)のロジ事務」とされている。そして、主管課との関係について、「外国訪問の一義的な責任は外国訪問担当局課(本院注:主管課)にあり、ロジ室(同:支援室)は主管課長の指揮下に行動」し、「具体的な事務分担は、各外国訪問毎に外国訪問担当局課と協議しつつ、臨機応変に対応する」こととされている。また、支援室に対する指揮系統については、「実際のロジ作業に当たっては外国訪問を主管する課長の監督下に置くが、実際の事務分担(中略)については官房総務課長の指揮をうけるもの」とされている。
すなわち、設置文書によると、官房総務課長は、支援室がどのような種類の支援業務を行うかを指揮することになっており、一方、主管課長は、総理大臣等の外国訪問に際して支援室が行う支援業務を監督することになっていた。そして、支援業務の支援室への移管は支援室設置後段階的に行うこととされていたが、宿泊費差額に係る業務については特に定めがなく、結果として5年10月に松尾元室長が就任するまでは従来どおり主管課が中心となって行っていて、支援室が関与することはほとんどなかった。
ウ 松尾元室長在任中
松尾元室長が支援室長に就任して以降、従来主管課が行っていた宿泊費差額に係る業務は支援室が行うようになった。この変更が生じた正確な時期は不明であるが、松尾元室長の就任後、かなり早い時期であったと認められる。
この変更に際して、上司の決裁があったか否かについては、決裁書等の関係書類がなく、その有無を書類上確認することはできなかった。しかし、松尾元室長在任中の官房総務課長から聴取したところ、宿泊費差額に係る業務を支援室が行うようになったことを認識しておらず、決裁も下していないとしている。
したがって、松尾元室長は、総理外国訪問の際に各主管課と個別に折衝して、宿泊費差額に係る業務を支援室の所掌事務とした可能性が高いものと思料される。
エ 松尾元室長就任前後の相違点
松尾元室長が行った宿泊費差額に係る業務の方法等が、従来主管課が行っていたときと異なる点は、主に次のとおりである。
〔1〕 松尾元室長は、宿泊費差額の計算、現金の授受及び精算の実務をほとんど単独で行い、内閣官房への見積書の提出等に際しても、官房総務課長又は主管課長の決裁を受けなかった。
〔2〕 外務省の個別払同行者に対して宿泊費差額を渡す際に、従来は各同行者から領収証書を徴していたが、松尾元室長はこれを行わなかった。
〔3〕 ホテルヘの宿泊費の支払については、従来は、外務省の同行者の分は各自が個別に、官邸同行者等の分は主管課の担当者が一括して行っていたが、松尾元室長は外務省の同行者の分も一括して行うことが多くなった。
〔4〕 ホテルでの一括の支払は、従来は現金で行っていたが、松尾元室長はほとんど個人名義のクレジットカードで行った。
〔5〕 内閣官房に対して行う帰国後の精算に際しては、宿泊費を一括して支払う官邸同行者及び警護官の分について、従来はホテルの部屋ごとの請求書又は領収証書を添付して精算書を提出していたとされるが、松尾元室長は、ホテルが一行の宿泊費を一括して受領した旨の領収証書しか提出しなかった。
上記〔1〕から〔5〕の事項に加えて、松尾元室長が支援室長に就任した5年10月には、室員6名のうち3名は入省してから8年目以上の職員であったが、就任後9箇月の間にこの3名は全員配置換えとなり、就任の3年目以降は、室長以外の定員8名(実員は5名から8名)の室員のうち、1名以外は入省してから1又は2年以内の事務官となった。これについて、松尾元室長が人事担当課等に要請した事実は確認できなかったが、結果として、他の室員は松尾元室長の命令により作表等の単純作業を行うのみであったため、松尾元室長の宿泊費差額に係る業務の内容を窺い知ることはほとんどできない状態となっていった。
オ 支援室の廃止
今回の松尾事件の反省を踏まえ、支援室は13年1月に廃止され、以後、支援業務は官房総務課が引き継いで実施している。
(4)松尾元室長が領得したと思料される額
松尾元室長による領得額は、同室長に交付された宿泊費差額の精算額及び規定額宿泊料の合計額から、同室長が実際にホテルに支払った宿泊費、外務省及びその他の省庁の個別払同行者に渡した宿泊費差額を控除することにより算定する必要がある(図5参照)。
図5 領得額算定の概念
しかし、本院においては、松尾元室長が実際にホテルに支払った宿泊費を正確に把握することが困難なこと、同室長や同行者の全員から宿泊費差額の受渡し等について説明を受けることができないことなどから、同室長による領得額の全額を正確に算定することはできない状況である。
そこで、本院では、内閣官房から提出された関係資料がある9年9月から松尾元室長が支援室長であった11年8月までの18回の総理大臣外国訪問を対象として、おおむね次の条件により、同室長が領得したと思料される額を算定することとした。
(ア) 宿泊費の支払実績について、訪問国の在外公館等を通じてホテルに問い合わせるなどして調査し、ホテルから回答が得られないなどのため、その支払実績が把握できなかった1箇所の宿泊については、松尾元室長における受払のいずれも算定から除外した。
(イ)外務省及びその他の省庁の同行者については、ホテルでの支払記録、支援室と在外公館との交信記録等の関係資料により、一括払同行者と個別払同行者を区分した。
そして、一括払同行者に支給された規定額宿泊料は、その他の省庁の一括払同行者から松尾元室長に交付されたことが調査により確認できなかった分を除いて、同室長に交付されたものとして整理した。
また、個別払同行者に係る宿泊費差額は、その他の省庁の個別払同行者が松尾元室長から支払を受けていないことが調査により把握できた分を除いて、当該同行者に支払われたものとして整理した。
そして、上記により算定したところ、同室長が領得したと思料される額は、表4のとおり、18回の総理外国訪問に際して、松尾元室長に交付された宿泊費差額の精算額5億3488万余円及び規定額宿泊料4174万余円、計5億7663万余円(宿泊費の支払実績が把握できなかった1箇所の宿泊に係る分を除く。)から、同室長がホテルに支払ったことが確認できた額1億0702万余円、同室長が個別払同行者へ支払ったものとして整理するなどした額9161万余円、計1億9863万余円を差し引いた、3億77百万余円となる。
表4 領得したと思料される額の算定過程
(単位:千円) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
なお、東京地方検察庁では、起訴状によると、立件した14回の総理外国訪問について、松尾元室長に交付された宿泊費差額5億0665万余円の全額を立件額としており、また、同室長に交付された規定額宿泊料は立件の対象としていないなど、本院において算定した領得したと思料される額とは算定の対象及び方法が異なっていることから、同庁の立件額と本院の算定額は一致しない。
一方、内閣官房では、前記10回の総理外国訪問に係る損害額2億5422万余円の算定に当たっては、本院と同様に、松尾元室長に交付された宿泊費差額及び規定額宿泊料から、同室長が実際にホテルに支払った宿泊費等を控除している。しかし、松尾元室長が交付を受けた外務省及びその他の省庁の個別払同行者に係る宿泊費差額は、原則として当該同行者に支払われていないものとして整理し損害額の算定の対象とし、内閣官房以外の省庁から支給された規定額宿泊料の一部は算定の対象としていないなど、本院において算定した領得したと思料される額とは算定の対象及び方法が異なっていることから、内閣官房の算定額と本院の算定額は一致しない。
内閣官房では、前記のとおり、損害額が確認されたものから、財産の保全処分の申立て依頼を行っているが、松尾元室長が関与したと思われる総理外国訪問のすべてについて損害額を確認し債権保全措置を講ずるまでには至っていない。
(5)松尾事件に対する内閣官房及び外務省の責任
〔1〕 内閣官房の責任
内閣官房においては、宿泊費の支払は組織の役割分担として外務省が行ったもので、精算書等は外務省の確認を経た後に提出されたものであるとの認識があり、支援室長が提出した精算書等の実質的な確認は行っていなかった。
しかし、現地における宿泊費の支払は組織の役割分担として外務省が行ったものであるとしても、内閣官房が取り扱う報償費からの宿泊費差額の支払は、内閣官房の執行責任の下にあり、その精算に当たっては、細心の注意を払って実質的な確認を行う必要があったと認められる。
〔2〕 外務省の責任
宿泊費差額に係る業務の変更は、松尾元室長が上司に相談することなく単独で行った可能性が高いものの、外務省内において、総理外国訪問の同行者、在外公館及び主管課で総理外国訪問の支援業務を担当した者など多くの者は、宿泊費が規定額宿泊料では不足していて、この不足額を補うために何らかの公金が用いられているということは承知していたと認められる。そして、総理外国訪問の支援業務を担当する支援室が、宿泊費差額に係る業務に少なくとも何らかの関与をしているということは、十分考え得ることであったと認められる。
それにもかかわらず、上司である官房総務課長は、松尾元室長が宿泊費差額に係る業務を行っていたことに気付かず、長年にわたって必要な監督を怠ってきたと認められる。
また、主管課長は、外国訪問の一義的な責任がありながら、松尾元室長が単独で宿泊費差額の見積書や精算書等を内閣官房に提出していたことなどを把握していなかった。
以上のように、外務省では、宿泊費差額に係る業務が外務省に委ねられているという認識が希薄であったことなどから、多額の公金が外務省職員によって扱われているにもかかわらず、その取扱いに当たっての統一的な手続を定めていなかったり、責任の所在を明確にしていなかったりなど、公金の使途をチェックする体制を組織として執っていなかったと認められる。
(6)総理外国訪問に係るその他の経費について
総理外国訪問に際しては、前記の宿泊費差額及び諸経費並びに旅費のほか、自動車や会場の借料等の現地における経費などが必要になる。これらの経費は、内閣官房の庁費及び前記図2の[3]の報償費(首相外国訪問経費)において、予算措置が講じられている。しかし、これらの予算が実際に要する経費を支弁するのに必ずしも十分でなく、また、これらの経費のうちには本来外務省が負担すべき通常の外交政策を遂行するのに必要な経費も含まれているとの考えから、外務省がその一部を負担している(表5参照)。
また、内閣官房が上記の予算費目から支出した経費の大半については、外務省の在外公館において契約、業者への支払等の事務が行われており、このように内閣官房の予算執行事務の一部が外務省に委ねられているのに、支出委任等の会計手続は執られていなかった。
これらの総理外国訪問に際しての内閣官房と外務省との間における事務及び経費の分担は、以前から実行上行われてきたものであり、その範囲等は明確な取り決めによるものではない。このため、それぞれが所管する予算を自らの責任において執行する体制となっていない。
なお、内閣官房では、これらの経費について、内閣官房に計上されている予算額を上回った場合には、その経費の一部を、前記図2の[1]の内閣官房長官自らが管理する報償費(一般行政経費)から支払っている(表5参照)。この分についても、宿泊費差額の場合と同様、[1]−2の支払に当たり、実態上事務補助がなされている状況であった。
表5 総理外国訪問に係る経費内訳
(単位:千円) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「旅費」は、原則としてすべての同行者に係る旅費であるが、外務省の同行者については、9年9月の「橋木総理中国訪問」から11年7月の「小渕総理中国・モンゴル訪問」までの総理外国訪問に係る旅費支給額のみを計上した。
|
(7)内閣官房報償費の内部での確認及び監査について
報償費の出納、保管の事務は、前記(1)のとおり、取扱責任者としての内閣官房長官において取り扱うものについては、首席内閣参事官及びその指示のもと官邸職員が行い、また、内閣官房長官自身に交付されたものについては、内閣官房長官自らが管理しており、それ以外の者による出納、保管の確認、監査は行われていない状況であった。
松尾事件に係る損害については、その額を早期に確定し債権の保全を図る必要がある。また、上記のように、内閣官房と外務省との間における総理外国訪問に係る事務及び経費の分担が明確になっていないことや、内閣官房における報償費の執行体制等が整備されていないことは適切でなく、松尾事件はこのような体制を背景に発生したものであることから、改善の必要があると認められる。
松尾事件の発生原因及び内閣官房報償費の執行等に係る問題点は次のことなどであると認められる。
〔1〕 内閣官房と外務省との間において、総理外国訪問に係る事務及び経費の分担が明確となっていないため、相互に連絡する体制が十分でなく、双方とも組織的に関与しない部分が生じ、経費支払の実質的な確認が行われていないこと、また、それぞれが執行する事務に応じて、自らの責任において予算を執行する体制となっていないこと
〔2〕 内閣官房において、報償費に係る事務補助の範囲や内容及びその実施手続が明確に定められていないため、実態上は事務補助がなされている経費についても支払状況が把握できない状況となっていたり、報償費の管理状況が十分把握できない状況となっていたりなどして、その取扱いが不明確になっている部分があること
〔3〕 内閣官房において、報償費の出納、保管について、その事務を行っている特定の少数者以外の者による確認、監査を受けることがないなど、内部での確認、監査体制が十分でないこと
C 本院が要求する是正及び改善の処置
上記のことから、内閣官房において松尾事件に係る損害額を早期に確定し、債権を保全するための措置を引き続き講ずるとともに、内閣官房報償費や総理外国訪問に係る経費の適切な執行を期するため、内閣官房及び外務省において次のような処置を講ずる要があると認められる。
〔1〕 内閣官房と外務省との間における事務及び経費の分担の明確化
内閣官房及び外務省において、総理外国訪問における各々の事務分担を明確に定め、その事務の分担に応じ自らの責任において予算を執行すること
〔2〕 報償費の執行体制の整備
内閣官房において、内閣官房報償費の出納、保管に係る事務補助の内容及びその実施手続を定めるとともに、管理状況が十分把握できるよう、その執行体制を整備すること
〔3〕 内部確認、監査体制の構築
内閣官房において、内閣官房報償費の出納、保管について定期的に内部監査を行うなど、報償費が適正に使用されているかどうかの確認を内部で行うことができる体制を構築すること