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  • 第4章 特定検査対象に関する検査状況

第17 H—IIAロケットの開発等について


第17 H−IIAロケットの開発等について

検査対象 独立行政法人宇宙航空研究開発機構(平成15年9月30日以前は文部科学省宇宙科学研究所、独立行政法人航空宇宙技術研究所及び宇宙開発事業団)
H−IIAロケットの概要 静止トランスファ軌道に4tから6t級までの大型人工衛星を打ち上げる能力を持つ全長約53mの2段式ロケット
H−IIAロケットの開発費用等 1823億円

1 宇宙開発体制の概要

 我が国は、内閣府に設置されている総合科学技術会議が意見として取りまとめた「今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について」(平成14年6月)に示されている目標を目指して宇宙開発利用の施策を実施している。また、文部科学省に設置されている宇宙開発委員会(注1) は、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(以下「機構」という。)が行うロケットの打上げなどについて必要な調査審議を行い、機構の業務についての助言を行っている。

宇宙開発委員会  平成13年1月5日以前は総理府に設置されていて、宇宙開発に関する重要な政策等について企画、審議及び決定を行い、その決定に基づき内閣総理大臣に意見を述べることが所掌事務とされていた。

2 検査の背景

(機構の目的)

 機構は、我が国の宇宙開発における中核機関であって、15年10月に、文部科学省宇宙科学研究所(以下「旧宇宙研」という。)、独立行政法人航空宇宙技術研究所及び宇宙開発事業団(以下「旧事業団」という。)の宇宙関係3機関の権利及び義務を承継して設立された。
 機構の目的は、独立行政法人宇宙航空研究開発機構法(平成14年法律第161号)第4条において、宇宙に関する基盤的研究開発並びに人工衛星等の開発、打上げ、追跡及び運用並びにこれらに関連する業務を、平和の目的に限り、総合的かつ計画的に行うとともに、宇宙の開発及び利用の促進を図ることなどとされている。

(機構の中期目標)

 機構が達成すべき業務運営に関する目標は、文部科学大臣等が15年10月に定めた「独立行政法人宇宙航空研究開発機構が達成すべき業務運営に関する目標」(以下「中期目標」という。)に示されている。中期目標においては、その期間を機構が設立された15年10月1日から20年3月31日までの4年6箇月間とし、「我が国が必要なときに独自に必要な物資や機器を宇宙空間の所定の位置に展開できるよう、自律的宇宙開発利用活動のための技術基盤を維持・強化する」こと、また、この一環として、「H−IIA標準型について、我が国の基幹ロケットとして確実に運用するとともに、H−IIA標準型の信頼性を向上する技術開発を実施し、平成17年度までに技術を民間に移管する」ことなどとされている。

(H−IIAロケット6号機の打上げ失敗等)

 機構の開発したH−IIAロケットは、これまで5回の打上げに成功している。しかし、15年11月に打ち上げられた6号機は、第1段ロケットに装着した2本の固体ロケットブースタ(以下「SRB−A」という。)のうち1本の分離ができなかったため、飛行経路が予定の経路から外れて、打上げは失敗した。このため、搭載していた情報収集衛星を所定の軌道に投入できない結果となった。
 また機構の開発した人工衛星等についても、環境観測技術衛星(ADEOS−II)「みどりII」において15年10月に電源系統に異常が発生して運用を断念したり、第18号科学衛星(PLANET−B)「のぞみ」において燃料供給系等の不具合により15年12月に運用を断念したりする事態が連続して発生した。

(本院の検査の経緯)

 我が国の宇宙開発が「開発」から「利用・実用」の時代へ入り始めている現在、機構の開発技術の信頼性の向上は従来にも増して重要な課題となっており、機構においては、開発したロケットや人工衛星について、投入された多額の財政資金に見合う成果を発現させることが求められている。
 しかし、前記のように、H−IIAロケット6号機の打上げ失敗の事故等が連続して発生したことは、機構の開発技術の信頼性を揺るがせる事態であり、自律的宇宙開発利用活動のための技術基盤維持・強化等を目標とする宇宙開発事業の今後の展開に大きく影響すると危惧されるところである。
 また、国会の委員会審議においても、H−IIAロケット6号機の打上げ失敗を巡って、原因究明の状況、SRB−Aの開発経緯及び再発防止策等の質疑が行われるとともに、我が国の宇宙開発の在り方などについて質疑が行われた。さらに、参議院が平成14年度決算の審査において、政府に対し宇宙開発事業における一連の事故等の再発防止の徹底を求める警告決議をするなど、宇宙開発事業の今後の展開に対する国民の関心は高いものとなっている。
 以上のことから、本院は、H−IIAロケットの開発等について、重点的に検査することとした。

(本院の過去の検査状況)

 本院はこれまで、ロケットや人工衛星の製造契約における仕様及び予定価格は適切か、追跡管制施設等の施設整備は適切か、研究開発の成果は十分に発現しているかなどに着眼して検査を行ってきた。
 その結果、本院は、9年度から11年度にかけて旧事業団や旧宇宙研が開発したH−IIロケットやM−Vロケットの打上げ失敗が続いたことを踏まえ、特定検査対象に関する検査状況として平成11年度決算検査報告に「H−IIロケット及びM−Vロケットの開発について」を掲記した。この中で、旧事業団においては、H−IIAロケット開発への一層の重点化を図るなどして、その信頼性を向上させ、国から投入される資金が有効に活用されるよう開発体制について所要の見直しを図ることが望まれるとの所見を示している。

3 検査の対象及び着眼点

 宇宙開発の中核機関である機構を対象として、我が国の宇宙開発の中でも多額の財政資金を投じた事業であるH−IIAロケットの開発を中心に、機構における開発は適切に行われていたか、打上げ失敗に対する対応は適切に行われているかなどに着眼して検査した。

4 検査の状況

(1)旧事業団におけるロケット開発の概要

 旧事業団は、昭和50年9月に打ち上げたN−1ロケット1号機以降平成13年8月のH−IIAロケット試験機1号機の打上げに至るまでの26年間に、主なロケットとして、H−IIロケットなど計31機のロケットを開発して打ち上げている。
 このうちH−IIロケットは我が国の自主技術により開発されたロケットであって、連続5回の打上げに成功した。しかし、6回目(10年2月)及び7回目(11年11月)と2回連続して打上げに失敗したため、旧事業団はその後の開発を中止し、H−IIAロケット開発への重点化を図ることとした。

(2)H−IIAロケットの開発状況

(H−IIAロケットの概要)

 H−IIAロケットは、21世紀における人工衛星の打上げ・宇宙ステーションへの補給等の多様な輸送需要に高い信頼性を確保しつつ低コストで対応するという要請に応えるため、8年度からH−IIAロケットの開発技術成果を基に開発が開始されたロケットである。
 H−IIAロケットは、静止トランスファ軌道(注2) に4tから6t級までの大型人工衛星の打上げが可能な諸外国の大型ロケットとほぼ同等の打上げ能力を持った全長約53mの2段式のロケットである。そして、第1段エンジン及び第2段エンジンには、いずれも液体酸素と液体水素が推進薬のLE−7Aエンジン及びLE−5Bエンジンを使用するとともに、第1段エンジンの打上げ能力を補うためのSRB−Aと小型の固体補助ロケットの組合せによる形態を標準型としている(参考図1参照)

静止トランスファ軌道  静止衛星を高度約36,000kmの静止軌道に投入する前に、軌道調整のため一時的に投入する楕円軌道のこと

(参考図1)H−IIAロケット標準型の概要

(参考図1)H−IIAロケット標準型の概要

(打上げ状況)

 旧事業団は、H−IIAロケットの試験機1号機を11年度冬期に打ち上げることを目標としていたが、11年11月に起きたH−IIAロケットの2回目の打上げ失敗やLE−7Aエンジンの不具合発生等から打上げ時期を延期した。このため、試験機1号機は13年8月に打ち上げられることになった。
 そして、その後、5号機まで連続して打上げに成功したが、前記のとおり、6号機の打上げはSRB−Aの分離ができなかったため失敗している(表1参照)

表1 H−IIAロケットの打上げ状況
号機 打上げ年月 搭載人工衛星等
試験機1号機 平成13年8月 性能確認用ペイロード
試験機2号機 14年2月 民生部品・コンポーネント実証衛星(MDS−1)「つばさ」高速再突入実験機(DASH)
3号機 14年9月 データ中継技術衛星(DRTS)「こだま」次世代型無人宇宙実験システム(USERS)
4号機 14年12月 環境観測技術衛星(ADEOS−II)「みどりII」ピギーバックペイロード(μ-Lab Sat/WEOS/Fed Sat)
5号機 15年3月 情報収集衛星
6号機 15年11月 (打上げ失敗)情報収集衛星

(開発費用等の予定と実績)

 H−IIAロケットの開発費用及び試験機1号機から6号機までの打上げ費用は、次のとおり計1823億円となっている(表2参照)

表2 H−IIAロケットの開発費用及び打上げ費用
区分 金額
開発費用 1189億円
注(1)
打上げ費用
号機 金額
試験機1号機 113億円
試験機2号機 112億円
3号機 105億円
4号機 93億円
5号機 99億円
6号機 108億円
1823億円
注(1) 打上げ費用には搭載する人工衛星の重量等により費用増となる部分を含む。
注(2) 各項目において端数整理のため、合計が一致しない。

 旧事業団は、H−IIAロケットの開発費用を7年度末の計画設定時に960億円と見積っていたが、H−IIAロケットの開発が完了したとしている13年度末時点における実績は1189億円となっていて、計画設定時に対して約2割増加している。
 また、機構は、H−IIAロケットの1機当たりの打上げ費用については、国際的な競争力を持たせるため、最も単純な機体構成でH−IIAロケットの約半額である85億円以下を目標としている。しかし、これまでの実績は、最も低額であった4号機においても93億円となっている。
 打上げ費用が目標を達成していないことについて、機構は、開発完了後も継続してロケットの信頼性向上のための各種試験を実施していることなどによるためであり、今後機能確認試験が終了し、定常的な運用に供される段階においては、目標を達成する見込みであるとしている。

(開発過程の管理と評価体制)

 旧事業団では、ロケットや人工衛星の開発に当たり、開発過程の各段階において、仕様書等に規定しようとしている開発方針、開発目標等が妥当なものであることなどを確認するための審査を実施することとしていた。
 H−IIAロケットの開発に当たっては、旧事業団において、7年度に概念設計、8年度に予備設計を行ってロケット全体の仕様を決定し、この仕様に基づいて各製造企業が各機器の基本設計や詳細設計を行い、これらの審査を実施した。そして、旧事業団は、13年2月に開発完了審査を実施し、13年8月の試験機1号機の打上げに成功した。その後、旧事業団は、試験機2号機の打上げに成功した後、14年3月に打上げ後審査を実施し、これによってH−IIAロケット標準型の開発を完了したとしている。
 また、旧事業団は、H−IIAロケットの開発をより確実なものにするため、開発プロジェクトから独立した「H−IIAプロジェクト評価チーム」を10年6月に設置し、同評価チームは上記の各種審査等への立会い、関係文書の精査等を通じて評価を実施している。
 一方、宇宙開発委員会はH−IIAロケットの開発状況の調査審議を随時行っており、12年12月に「H−IIAロケットの打上げ前段階における技術評価について(報告)」を取りまとめた。また、試験機2号機打上げ後の14年5月に「H−IIAロケット標準型試験機プロジェクトの評価報告書」を取りまとめ、H−IIAロケット標準型試験機プロジェクトが所期の目的を十分に達成したと評価している。
 なお、機構は、前記H−IIAロケット標準型の開発完了後も開発過程や試験機1号機等の打上げ結果から生じた各種の技術的課題のうち、LE−IIAエンジンの開発過程で生じた各部の振動に対する信頼性向上対策等を現在も解決していない課題としている。

(SRB−Aの開発経緯)

 旧事業団はH−IIAロケットの開発において、その基礎となったH−IIAロケットと比較して同等以上の信頼性を確保しつつ製造費用の低減を図るため、機体構造の簡素化やLE−IIAエンジン及びSRB−Aなどの開発を行った。
 このうち、6号機打上げ失敗の原因となったSRB−Aの開発経緯は次のとおりとなっていた。

ア 開発方針

 旧事業団は、SRB−Aの開発に当たり、H−IIAロケットの固体ロケットブースタの技術を基に、信頼性を確保しつつ、製造費用の半減を図るため、固体推進薬の格納容器であるモータケースを高価な高張力鋼製から、より安価で実績を有する米国から技術導入した一体型構造の炭素繊維強化プラスチック(以下「CFRP」という。)製に変更することにより、燃焼ガスの圧力を従来に比べて約2倍に高めるなどの開発を行った。

イ 開発時の不具合とその対策

 旧事業団は、SRB−Aの開発過程で実施した5回の実機大地上燃焼試験において、燃焼ガスによってノズルのCFRP製断熱材に周囲に比べて広い範囲で浸食が顕著に増大する現象(過大浸食)、周囲に比べて比較的狭い範囲で浸食が顕著に増大する現象(局所浸食)等の不具合を確認した。旧事業団は、これらの不具合についての原因究明を行うとともに、CFRP製断熱材の板厚を増加したり、安全余裕を確保するためノズル外周にCFRP製アウタパネル(補強板)を装着したりするなどの対策を講じた。そして、局所浸食の原因を究明するために小型の固体ロケットの地上燃焼試験を追加実施したが、局所浸食のメカニズムについて十分な解明までには至らなかった。

ウ 開発完了時の評価

 宇宙開発委員会は、前記の「H−IIAロケットの打上げ前段階における技術評価について(報告)」において、SRB−Aのノズルに係る浸食の深さの実測値から得られる確率密度分布を基にして、浸食が外壁に達する確率を評価して対策をとることなどを旧事業団に助言した。
 この助言を踏まえて、旧事業団は、SRB−Aの開発過程で得られた浸食の深さの実測値を基に浸食が外壁に達する確率を計算し、アルミニウム製ノズルホルダ外壁に浸食が達する確率は0.3%未満(H−IIAロケット1機当たり)、CFRP製アウタパネル外側に達する確率は0.02%未満(同)であることを確認した。
 そして、旧事業団は、前記のとおり13年2月に開発完了審査を行い、SRB−Aのノズルについての対策が妥当であると判断するとともに、宇宙開発委員会に対しても上記の計算結果を報告(13年6月)している。

(3)打上げ失敗に対する対応

(原因究明の状況)

 H−IIAロケット6号機の打上げ失敗の原因究明に当たっては、宇宙開発委員会が、機構が行った打上げ時のテレメトリーデータ(ロケットの動作や加速度、振動等のデータ)の解析、製造時の記録確認、実証試験及びシミュレーション解析等を基に調査審議を行い、16年6月に報告書「H−IIAロケット6号機打上げ失敗の原因究明及び今後の対策について」を公表した。この報告書において、打上げ失敗の原因等が次のように記述されている。
(ア)燃焼ガスによってSRB−Aのノズルに発生した局所浸食が深く進行してノズルを損傷した。そのため、燃焼ガスがノズル外に漏えいしてSRB−Aとロケット本体を分離するための分離機構を損傷した可能性が高い(参考図2参照)
(イ)ノズルに発生する局所浸食は、微細なメカニズムに起因する確率的な現象であることから、その位置と深さは確定的に求められるものではない。
(ウ)SRB−Aのノズルは、H−IIAロケットの固体ロケットブースタと比較すると、燃焼ガスが約2倍に高圧化されたことによって局所浸食が深く進行してノズルの損傷に至る可能性が潜在しており、5号機まではノズルの損傷に至っていなかったが、6号機の右側のSRB−Aにおいて初めて顕在化した。
 そして、宇宙開発委員会は、この原因究明と今後の対策の検討結果から判断して、結果的にノズルの設計上、旧事業団において局所浸食についての十分な配慮が足りなかったとしている。

(参考図2)事故発生過程の概要

(参考図2)事故発生過程の概要

(SRB−Aの改善策の検討)

 機構は、原因究明の状況を踏まえた再発防止対策として、SRB−Aについて次のような改善を検討している(参考図3参照)
(ア)SRB−Aの推進薬の設計を変更して燃焼ガスが高圧力となる時間を短縮するなどし、ノズルに浸食が発生しにくくする。
(イ)ノズル形状を、従来の円錐型から、浸食が発生しにくい釣鐘型に変更する。
(ウ)ノズルの設計を見直し、CFRPよりも浸食されにくい三次元カーボン・カーボン複合材料を用いる範囲を拡大する。
(エ)各種地上燃焼試験によってデータをさらに蓄積し、解析による評価を踏まえ、必要な板厚余裕も含む新たな板厚設計基準を設定し、CFRP製断熱材の板厚を設定する。

(参考図3)SRB−Aの改善内容の概要

(参考図3)SRB−Aの改善内容の概要

(総点検の実施)

 また、機構は、「H−IIAロケット6号機の打上げ失敗に関しては、5号機までの成功にもかかわらず失敗に至ったことや開発過程で内在していた問題への対処が結果として及ばなかった可能性があることなどから、今後より確実にH−IIAロケットの打上げを行っていくためには、直接原因に対する対策を確実に実施していくだけでなく、ロケットの信頼性向上に向けた取組みをさらに強化していく必要がある」として、H−IIAロケットの再点検を実施し、確実かつ早期の打上げ再開を目指すとしている。
 さらに、機構は、H−IIAロケット6号機のほかにも、「みどりII」及び「のぞみ」と一連の事故等が発生したことを受けて、「事故の直接の対策のみならず、現在開発中の人工衛星並びにロケットについて、品質・信頼性の向上の観点から、設計の基本にまで遡った全体の総点検が必要」であるとして、16年2月に副理事長を長とした総点検委員会を設置し、人工衛星及びロケットの確実な開発、打上げ、運用に向けて、製造企業を含めた総点検を実施している。

(再発防止に向けた体制の整備)

 宇宙開発委員会は、製造企業を含めた機構の業務の進め方について、これまでに同委員会が行ってきた提言等を適切にフォローアップし、潜在的な問題が残っていないかを再検証するため、特別会合を設置して調査審議を行った。そして、16年6月に「宇宙開発委員会特別会合報告書」を公表し、次のような方策を提言している。
(ア)機構と製造企業の間で役割・責任を応分かつ明確に分担するように見直し、機構は我が国における宇宙開発の中核機関として担うべき役割・業務に能力、資源を集中し、製造企業も能力に見合った役割や責任を負う体制に移行することが必要である。そのため、今後のロケット及び人工衛星の開発・製造の体制については、開発の初期段階で具体的な仕様を決定する段階である基本設計までは機構が責任を負い、基本設計に続く、製造に直結する開発段階である詳細設計と製造段階においては、製造企業が責任を負う体制の導入を進めること
(イ)機構において、第三者的な冷静な目で信頼性を確保する組織をプロジェクト担当組織から独立して設置し、徹底的な信頼性確認が行われていることをチェックする機能を構築すべきである。構成員は外部から招くなど、広く外部専門家の能力を活用することが必要である。この組織は、開発における技術的課題への対応が十分かどうかをチェックするだけでなく、開発過程全般における信頼性向上のための取組みの状況についてもチェックすること
 さらに、宇宙開発委員会は、前記の報告書において、機構、製造企業等は信頼性向上に向けた真摯な取組みを継続して実施するとともに、社会への説明責任を果たしながら宇宙開発に対する国民の理解を得ていく姿勢が強く求められると助言している。
 機構は、上記報告書の内容を踏まえて、今後、機構及び製造企業との間の責任分担体制の改革等を行うとともに、その進ちょく状況を宇宙開発委員会に対して報告することにしている。

(4)打上げ失敗による影響等

(開発費用等)

 H−IIAロケット6号機の打上げに関連した機構の費用は、ロケットの打上げ費用108億円、これに搭載された情報収集衛星に係る開発費用316億円、計424億円に上っているほか、打上げ失敗の原因究明等の費用は29億円(16年6月末までの契約額)となっている。

(関連プロジェクト)

 H−IIAロケット6号機の打上げ失敗に伴い、搭載していた人工衛星が失われたり、その後に予定していた人工衛星の打上げができなかったりしている状況となっている。

ア 情報収集衛星

 情報収集衛星は、10年12月の閣議決定に基づき、我が国の外交・防衛等の安全保障及び大規模災害等への対応等の危機管理のために必要な情報の収集を主な目的として開発された人工衛星であり、H−IIAロケット5号機及び6号機で打ち上げられることとなっていた。
 そして、5号機に搭載されていた情報収集衛星は15年3月に打ち上げられたが、今回の打上げ失敗により、6号機に搭載されていた情報収集衛星は失われた。

イ 運輸多目的衛星新1号機(MTSAT−1R)

 運輸多目的衛星は、気象観測業務と航空管制業務とを同時に行うことのできる人工衛星である。この人工衛星は、11年11月のH−IIAロケット8号機の打上げ失敗により失われたため、新たに運輸多目的衛星新1号機がH−IIAロケットで打ち上げられる予定となっていた。しかし、6号機の打上げ失敗によりH−IIAロケットの打上げが停止されていることから、現在、同人工衛星は機構の種子島宇宙センターに保管されている。

(中期目標達成に対する影響)

 機構は、H−IIAロケットの開発に当たり、前記のように1号機から5号機までの打上げを連続して成功させている。しかし、6号機の打上げ失敗は、機構がH−IIAロケットの製造・打上げ技術の信頼性を十分確立しておらず、「H−IIA標準型について、我が国の基幹ロケットとして確実に運用する」という中期目標を現時点では達成していないということを示している。
 また、機構は、中期目標の一つであるH−IIAロケット標準型の技術の民間移管を行うため、15年2月に移管先である三菱重工業株式会社との間で「H−IIA標準型を用いた打上げサービス事業の実施に係る基本協定」を締結し、16年度末までに計画されているH−IIAロケット標準型の打上げを行い、信頼性向上対策等に関する飛行実証を通して設計を確定した上で技術を移転することとしていた。
 しかし、6号機の打上げが失敗し、事故原因の究明と再発防止対策に時間を要していることから、今後の打上げ再開の時期によっては、民間移管の完了が18年度以降にずれ込むことになる。

(5)H−IIAロケット開発以外の事業の状況

 近年における機構のH−IIAロケット開発以外の主な事業についてみると、次のように所期の目的が達成できていないプロジェクトが見受けられる。

ア 「みどりII」(旧事業団)

 「みどりII」は、地球温暖化等の環境変動のメカニズムの把握、気象、漁業等の実利用面への貢献、地球の水蒸気の量や海氷の分布、海面温度等に関する観測技術の開発・高度化を目的とした人工衛星であり、旧事業団によって14年12月にH−IIAロケット4号機で打ち上げられた。
 しかし、「みどりII」は、その寿命を3年として設計していたにもかかわらず、打上げからわずか10箇月後の15年10月に電源系統に異常が発生し交信が途絶した。このため、機構は同衛星の運用を断念した。
 宇宙開発委員会は、その報告書において、電源系統の不具合は太陽電池で発生した電力を人工衛星に供給する電線の損傷によって起きた可能性が高く、この損傷箇所は8年8月に打ち上げられた地球観測プラットホーム技術衛星「みどり」の電線を「みどりII」の設計に当たって変更した箇所であり、その際適切な注意が払われなかったとしている。
 「みどりII」の開発費用、観測情報処理等の地上設備整備費用は、それぞれ453億円、71億円、計524億円に上っている。

イ 「のぞみ」(旧宇宙研)

 「のぞみ」は、火星の周回軌道上で上層大気と太陽風の観測を主な目的とした火星探査機であり、旧宇宙研によって10年7月にM−Vロケット3号機で打ち上げられた。
 しかし、「のぞみ」は、燃料供給系及び通信・熱制御系の不具合によって火星探査が不可能になったため、15年12月に機構は同探査機の運用を断念した。
 宇宙開発委員会は、その報告書において、燃料供給系の不具合は部品の作動異常により発生し、この部品は開発過程で設計変更したものであって、当該設計変更のリスクについての検討が不十分であったなどとしている。
 「のぞみ」の開発費用、「のぞみ」を打ち上げたM−Vロケット3号機の製作費用は、それぞれ113億円、71億円、計185億円に上っている。

5 本院の所見

 我が国における宇宙開発は、単に科学技術の一領域における研究開発にとどまらず、宇宙空間の利用拡大に伴う新たな付加価値と新産業の創出、研究開発成果の民間移転等を通じて国民生活に密接に関わるとともに、安全保障上も重要な事業である。特にロケットの開発は宇宙開発における基本的な部分であり、我が国の自律的な宇宙開発利用活動のための重要な事業である。
 我が国の宇宙開発が既に「開発」から「利用・実用」の時代に入り始めている現在、機構の開発技術の信頼性の向上は従来にも増して重要な課題となっている。そして、宇宙開発には多額の財政資金が必要とされ、我が国における宇宙開発の中核機関である機構の事業費は、ほぼすべてが国からの運営費交付金等の財政資金で賄われている。したがって、機構は投入された財政資金を有効かつ効率的に活用して成果を発現させることが求められている。
 そして、中期目標等においてH−IIAロケット標準型の民間移管が定められているが、その際には、機構において、宇宙開発の信頼性を一層向上させるため、製造企業との間の責任分担体制の見直しを図るとともに、国として自律性確保に必要な技術を高水準に維持し、信頼性確保に必要な技術等の研究開発能力の維持・向上に努める必要がある。
 また、宇宙開発には技術的困難さなどによるリスクが伴うことから、機構は事業の実施に係るリスクを適切に管理し、機構の実施する事業の成果だけではなく、事業実施に伴うリスクについても国民に対して積極的に説明し、事業についての理解と信頼を得る必要がある。
 このような中で、機構が実施した事業において、前記のようにH−IIAロケット6号機の打上げ失敗の事故等が連続して発生していることは、ロケットや人工衛星の開発に要した多額の財政資金に見合う成果が発現されていないだけではなく、我が国の宇宙開発に対する国民の理解と信頼を得ることが困難になりかねない状況である。
 したがって、機構においては次のような対策を進めるなどして、ロケット及び人工衛星の開発を確実に実施し、国から投入される財政資金を有効かつ効率的に活用されるよう業務について所要の見直しを図ることが望まれる。
(ア)一連の事故等の原因がSRB−Aのノズルなどの開発過程における不具合発生箇所等にあったことを踏まえて、これらに対するリスク評価体制を見直し、開発技術の信頼性確保に向けた体制の強化を図ること
(イ)H−IIAロケットの開発過程や試験機1号機等の打上げの結果から生じた各種の技術的課題のうち、現在までに解決していないLE−7Aエンジンの振動に対する信頼性向上対策等の課題について、確実かつ早期の解決に努めること
(ウ)H−IIAロケットの信頼性向上を図り、1機当たりの打上げ費用を低減させ、国際競争力の確保に努めること
(エ)ロケット、人工衛星等の宇宙開発に係る各種リスクを適切に管理し、その内容を国民に対して積極的に説明することにより、理解と信頼を得るよう努めること