会計名及び科目 | 一般会計 (組織)水産庁 (項)水産業振興費 |
部局等の名称 | 水産庁 |
補助の根拠 | 予算補助 |
補助事業者 | 北海道ほか13県 |
間接補助事業者(事業主体) | 市12、町25、村3、漁業協同組合4、計44事業主体 |
補助事業 | 漁業経営構造改善等 |
事業の内容 | 効率的かつ安定的な漁業経営を育成し、水産物の安定的な供給を図るなどのため、漁業経営基盤の強化に資する築いそ等共同利用施設を整備するもの |
費用対効果分析が適切に行われていない事業 | 127事業 |
上記のうち便益が費用を下回ると認められる事業 | 96事業 |
上記の事業に係る事業費 | 12億0185万余円 | (平成12年度〜16年度) |
上記に対する国庫補助金 | 6億0580万円 |
1 事業の概要
水産庁では、水産基本法(平成13年法律第89号。平成13年6月以前は沿岸漁業等振興法)に基づき、効率的かつ安定的な漁業経営を育成し、水産物の安定的な供給を図るなどのため、漁業経営構造改善事業等を国庫補助事業により実施している。そして、この一環として、沿岸漁業において持続的な生産体制を構築するため、市町村等を事業主体とする築いそ整備事業を実施し、漁業者の所得向上を図っている。
築いそ整備事業は、漁業者が共同で管理する漁業権漁場内において、広域性回遊を伴わない魚種、定着性水産動物及び海藻類の維持・増大を目的として、1t内外の自然石等を海中に投入するなどの方法により、人工の岩場を造成して、既存の天然漁場を拡張するものである。
築いそ整備事業を実施しようとする事業主体は、「水産業振興総合対策事業関係等補助金交付要綱」(平成10年10水漁第945号農林水産事務次官依命通知)等に基づき、その事業目的や事業効果等を記載した漁業経営構造改善事業実施計画(以下「事業実施計画」という。)を策定して都道府県知事に提出し、都道府県知事は水産庁長官とその内容について協議することとされている。
水産庁では、事業実施過程の透明性及び客観性を確保し、より効果的、効率的な事業の執行を図るため、12年度に、事業評価制度を導入している。これに伴い、事業主体は、上記の事業実施計画の策定に当たり、「沿岸漁業漁村振興構造改善事業等の評価指針の制定について」(平成12年12水推第271号水産庁長官通知)等(以下「評価指針等」という。)に基づき、事前評価を行うこととされている。そして、評価指針等によると、事前評価においては、便益と事業に要する費用の比(以下「費用便益比率」という。)を基とした費用対効果分析をもって行うこととされ、水産庁では、費用便益比率が1未満となって、便益が費用を下回るものについては、原則として事業の採択は行わないこととしている。
築いそ整備事業における便益は、当該築いその整備に伴う漁獲量(以下「実績漁獲量」という。)の増大により想定される生産額の増加分などとなっている。そして、事業主体では、上記の費用対効果分析における便益について、次のように計算している。
〔1〕 築いその整備で見込まれる1m3
又は1m2
当たりの水産資源の増加量等を基に当該築いそに係る1m3
又は1m2
当たりの漁獲増加見込量(以下「漁獲増加見込量」という。)を算出する。
〔2〕 〔1〕の漁獲増加見込量に事業量を乗じて年間の計画漁獲量(以下「計画漁獲量」という。)を算定する。
〔3〕 〔2〕の計画漁獲量に魚価を乗ずるなどして当該築いその整備による便益とする。
そして、事業主体では、計画漁獲量を算定するに当たって、次のいずれかの漁獲増加見込量を用いている。
ア 各県の水産試験場の調査結果に基づき、各県ごとに統一的に使用されている係数等を基礎とした漁獲増加見込量(以下「統一係数等による漁獲増加見込量」という。)
イ 昭和56年に発行された「新沿岸漁業構造改善事業実施の手引き」(以下「実施手引き」という。)等を基礎とした漁獲増加見込量(以下「実施手引き等による漁獲増加見込量」という。)
ウ 近隣海域において過去に実施した築いそ整備事業における直近5年間程度の実績を基礎とした漁獲増加見込量(以下「実績による漁獲増加見込量」という。)
なお、評価指針等においては、原則として、漁獲増加見込量や魚価は直近の過去5年間の平均値を用いることとされている。
水産庁では、政府による国と地方の税財政改革(いわゆる三位一体改革)の一環として補助金の交付金化を図ることとし、平成16年度まで地方公共団体等が補助事業により実施していた事業のうち、築いそ整備事業等の非公共事業に対する補助金のほとんどを、17年度に「強い水産業づくり交付金」(以下「交付金」という。)に統合している。
都道府県では、交付金により築いそ整備事業等を実施する場合、事業計画(以下「交付金事業計画」という。)を策定し、水産庁に提出することとされており、同庁では、交付金事業計画に記載された各事業の費用便益比率が1以上であることが事業の採択の要件とされていることから、この妥当性について審査することとしている。
2 検査の結果
水産庁では、上記のとおり、築いそ整備事業を交付金事業に移行した後においても、補助事業により実施していた場合と同様に費用対効果分析における費用便益比率を事業採択の基準とするほか、予算配分の指標としても活用することとしていることから、費用便益比率の適切な算定は、より効果の発現が期待できる事業の採択等を行うために重要なものとなっている。
そこで、事業評価制度が導入された12年度以降に実施した築いそ整備事業の事業実施計画における費用便益比率の算定要素の妥当性を検証するため、実績漁獲量を調査し、この調査結果と計画漁獲量の対比を行うなどして、その算定が適切に行われているかに着眼して検査した。
検査に当たっては、北海道ほか19県(注) において、2箇年以上の対比が可能であった6年度から14年度までの間に実施された築いそ整備事業1,115事業の実績漁獲量の調査結果等を基に、事業評価制度が導入された12年度から16年度までの間に実施された同事業311事業(事業費36億1617万余円、国庫補助金18億0416万余円)を対象として検査した。
事業実施計画における計画漁獲量と実績漁獲量の対比を試みたところ、ほとんどの事業主体では実績漁獲量を把握していなかった。このため、本院では、各種の統計資料を分析するとともに、事業主体等の協力を得て実施した漁業者に対するヒアリング調査等の結果を踏まえ、上記の1,115事業に係る実績漁獲量を調査し、計画漁獲量との対比を行った。
その結果、表1のとおり、277事業については実績漁獲量が計画漁獲量を上回っているものの、約半数の498事業については計画漁獲量の50%未満となっていた。
表1 計画漁獲量と実績漁獲量の対比 | |||||||||||||||
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また、この結果を、事業主体が計画漁獲量の算定に当たって用いた前記の漁獲増加見込量の種類別にみると、表2のとおり、統一係数等による漁獲増加見込量を採用した事業では、実績漁獲量が計画漁獲量を上回っているものの割合が21.7%、50%未満のものの割合が43.5%となっていた。また、実施手引き等による漁獲増加見込量を採用した事業においても、実績漁獲量が計画漁獲量を上回っているものの割合が20.6%、50%未満のものの割合が57.0%となっていた。
これに対し、実績による漁獲増加見込量を採用した事業では、実績漁獲量が計画漁獲量を上回っているものの割合が50.0%、50%未満のものの割合が18.4%となっていた。
表2 漁獲増加見込量の種類別の計画漁獲量と実績漁獲量の対比 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(注)
端数整理のため、合計が一致しない。
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このように、統一係数等による漁獲増加見込量及び実施手引き等による漁獲増加見込量を採用した事業では、実績漁獲量が計画漁獲量を大幅に下回っているものの割合が大きい。これは、沿岸の漁獲量が海洋環境の変化等に伴い全体的に減少していることなどにもよるが、これらの漁獲増加見込量が、実績を反映したものとなっていないのに十分な検証が行われないまま長年にわたり採用され続けたことにもよると認められた。
そこで、上記の結果及び近年の魚価の下落傾向を踏まえ、事業評価制度が導入された12年度以降に実施された311事業について、事前評価の費用対効果分析に当たり、便益の計算が適切に行われているかについて検査したところ、次のような事態が見受けられた。
(1)計画漁獲量の基となる漁獲増加見込量に実績が反映されていないため、便益が過大に算定されているもの
119事業 42事業主体 事業費14億5022万余円(国庫補助金7億2998万余円)
(うち便益が費用を下回っているもの93事業)
12年度以降に実施する事業に係る費用対効果分析に当たっては、評価指針等に基づき、原則として実績による漁獲増加見込量を用いることとされている。しかし、これを採用していたものは311事業のうち、79事業にとどまっていた。そして、当該築いその事業実施計画策定以前に同一地域で整備した築いそにおける実績漁獲量の把握が困難であるとして、統一係数等による漁獲増加見込量を採用していたものが159事業、実施手引き等による漁獲増加見込量を採用していたものが73事業あった。
しかし、上記の統一係数等による漁獲増加見込量や実施手引き等による漁獲増加見込量を採用していた232事業のうち、当該地域において初めて築いそを整備するなどした23事業を除く209事業では、同一地域において、同一の魚種等を対象とした築いそを過去に整備していることから、漁業者からのヒアリングを行うなどにより、実績漁獲量を把握し、これを事業実施計画に反映させることが可能であった。現に、一部の事業主体では、事業評価制度の導入に伴い、漁獲増加見込量について見直しを行い、実績による漁獲増加見込量を採用していた。
そこで、事業実施計画策定以前に同一地域で整備した築いそに係る実績漁獲量に基づいて漁獲増加見込量を算出し、これにより費用便益比率の試算を行ったところ、119事業について便益が過大に算定されていた。そして、このうち93事業(事業費11億7565万余円、国庫補助金5億9270万余円)については便益が費用を下回っており、半数以上が費用便益比率0.4未満であった(表3参照)
。
表3 便益が費用を下回った事業における費用便益比率の分布 | |||||||||||||||||||||
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A町では、昭和55年度から平成14年度までの間に、イセエビを対象とした築いそ整備事業を実施している。そして、12年度事業に係る事業実施計画の策定に当たり、実施手引きを参考とした水産資源の増加量0.40kg/m3
を基に漁獲増加見込量を0.14kg/m3
と算出し、計画漁獲量を616kgとしていた。
しかし、同町におけるイセエビの漁獲量は、昭和40年代をピークに減少傾向にあったにもかかわらず、同町ではこのような状況を漁獲増加見込量に反映させることなく事業実施計画を策定していた。
したがって、平成11年度までの実績漁獲量に基づき漁獲増加見込量を算出すると0.0757kg/m3
となり、これにより修正計算すると、上記の計画漁獲量616kgは333kgと大幅に減少し、12年度事業における費用便益比率は0.599と便益が費用を下回る結果となる。また、13、14両年度事業についても同様に修正計算すると、費用便益比率はそれぞれ0.917、0.704となり、いずれも便益が費用を下回る結果となる。
(2)実態を反映していない魚価を採用するなどしているため、便益が過大に算定されているもの
14事業 9事業主体 事業費1億6078万余円(国庫補助金8039万余円)
(うち便益が費用を下回っているもの 8事業)
評価指針等では、費用対効果分析に当たり、魚価についても、原則として直近の過去5年間の平均値を用いることとされているが、実態を反映していない魚価を用いるなどしていたため、311事業のうち14事業について便益が過大に算定されていた。そして、このうち8事業(事業費1億0925万円、国庫補助金5462万余円)については、便益が費用を下回っていた。
B町では、平成15年度にイセエビを対象とした築いそ整備事業を実施している。そして、事業実施計画の策定に当たり、イセエビの価格について、統計資料に掲載された当該地域における5年から9年までの平均価格6,664円/kgを採用しており、これに計画漁獲量を乗ずるなどして、費用便益比率を1.06と算定していた。
しかし、同町では、当該地域のイセエビの価格が近年下落傾向にあるのに、これを考慮することなく上記の価格を採用していた。
したがって、15年度事業の事業実施計画策定におけるイセエビの平均価格について、統計資料に掲載された直近5年間(8年から12年まで)における当該地域の総漁獲金額を総漁獲量で除して算定すると5,668円/kgとなり、これにより15年度事業の費用便益比率を算定すると0.900となって便益が費用を下回る結果となる。
上記(1)、(2)のとおり、311事業のうち127事業((1)、(2)の事態が重複している6事業について重複分を控除)は事業主体において費用対効果分析が適切に行われておらず、また、水産庁において事業実施計画における計画漁獲量等の根拠となる数値の審査が十分になされていないものと認められた。そして、このうち96事業((1)、(2)の事態が重複している5事業について重複分を控除。これに係る事業費計12億0185万余円、国庫補助金6億0580万余円。)については、本院の試算によると便益が費用を下回る結果となった。
上記のように、築いそ整備事業の事業実施計画の策定に当たり、費用対効果分析における便益が過大に算定されている事態は、補助事業から交付金事業に移行した後においても採択の要件を満たしていない事業に国費の投入を継続していくこととなること、また、これに加え、交付金の予算配分に影響を及ぼし、ひいては的確な事業採択等がなされなくなるおそれがあることから適切とは認められず、改善を図る要があると認められた。
このような事態が生じていたのは、次のことなどによると認められた。
事業実施計画の策定に当たり、
ア 道県及び事業主体において、過去に整備した築いその実績漁獲量を把握していないこと、及び漁獲増加見込量や魚価などの実態を反映した費用対効果分析を行うことの重要性について認識していなかったこと
イ 道県において、事業主体が適切に費用対効果分析を行うよう指導を十分に行っていなかったこと
ウ 水産庁において、事業実施計画の審査に当たり、費用対効果分析の根拠となる数値の妥当性について確認が十分でなかったこと
3 当局が講じた改善の処置
上記についての本院の指摘に基づき、水産庁では、17年9月に、都道府県に対して通知を発し、築いそ整備事業の交付金事業計画を策定する際に事業主体が実施する費用対効果分析が、過去に整備した築いその実績漁獲量を把握するなどして、実態を反映した適切なものとなるよう指導を十分に行うことについて周知徹底を図る処置を講じた。また、採用する漁獲増加見込量の根拠や調査年次等を交付金事業計画に記載させて、交付金事業計画の審査に当たり、費用対効果分析の妥当性について十分確認することとした。